先週末、箱根の明神平へ行き、帰りに「箱根ガラスの森美術館」へ立ち寄った。今回で3回目であるが、名古屋から箱根初めてのお客さんを案内して内心渋々訪れた。確か4~5年前に初めて来た時にはいかにもイタリアらしい瀟洒な造りに感動した覚えがある。推薦してくれた人もいたせいで、さすが箱根、と思った。その後、実際にイタリア・ヴェニスを旅行したあとになる昨年2月、2回目に訪れた際には本物を見てきた直後だったこともあって、「どうしてこんなものがガラス越しに展示されているのだろう。こんなものはヴェニスならお店に一般の売り物としていっぱい並んでいるのに。ヴェニスに行ったことがないから、みんないわばまがい物にコロッと欺されてしまうのだ」と思って、入場したことを後悔したほどだった。
それが、今回園内に入って、ガラスの樹木がクリスマスツリー状に飾られているのを見て、季節らしい飾り付けにやや意外性をもった。それで、多分前回と同じであるはずの展示作品を順番に見て回るうちに前回感じた後悔がどこかに吹っ飛んでしまっているのに気がついた。この他にも会場内、および展示作品にちょっとした今風の味付けがしてあり、改めて主催者の努力のあとが感じられ、見直した。
この感覚は一体、何だろう、と我ながら思った。時間が経つことでヴェニスの本物の感覚が薄れてしまい、つまり鮮度が鈍ったのだろう。人間の記憶なんてそんなものかも知れない。センスというか、感覚は絶えず磨かないと寂れるもの、ということか。
考えてみれば、昨年2月は帰宅後、脱水症状が出て、高熱を発したことを思い出した。それで失望感も消え去ったのかもしれない。本当、人間の記憶、感覚なんていい加減なもの、とつくづく思い知った次第。
それが、今回園内に入って、ガラスの樹木がクリスマスツリー状に飾られているのを見て、季節らしい飾り付けにやや意外性をもった。それで、多分前回と同じであるはずの展示作品を順番に見て回るうちに前回感じた後悔がどこかに吹っ飛んでしまっているのに気がついた。この他にも会場内、および展示作品にちょっとした今風の味付けがしてあり、改めて主催者の努力のあとが感じられ、見直した。
この感覚は一体、何だろう、と我ながら思った。時間が経つことでヴェニスの本物の感覚が薄れてしまい、つまり鮮度が鈍ったのだろう。人間の記憶なんてそんなものかも知れない。センスというか、感覚は絶えず磨かないと寂れるもの、ということか。
考えてみれば、昨年2月は帰宅後、脱水症状が出て、高熱を発したことを思い出した。それで失望感も消え去ったのかもしれない。本当、人間の記憶、感覚なんていい加減なもの、とつくづく思い知った次第。