鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

佐久間良子の無念さが伝わってきた

2007-09-30 | Weblog
 29日は東京・初台の新国立劇場で「アルゴス坂の白い家」を観賞した。2、3週間前のNHK朝の「この人にトキメキ!」に女優の佐久間良子が出て、この演劇にかける意気込みを熱っぽく語っていたので、さぞかし面白いことだろう、と期待して、開演10分前に中劇場へ赴くと、妙に静かで、いつもの開演前のざわざわした熱気がない。予約した座席は14列だったが、舞台が前8列までせり出していたので、結構前の席だった。責について周りを見渡すと、両側にかなり空席がある。そのまま、開演となり、意外と人気がないことに唖然とした。
 その落胆が尾を引いてか、演劇が始まっても舞台に溶け込んでいけない、幕開けはエレクトラ役の小島聖が勇ましい格好で、弟のオレステスを従え、母クリュタイメストラを討つことを宣言する。その後、ギリシャ悲劇「アトレウス家の悲劇」の原作者と称するエウりピデスと現代の作者、島岡が登場して、舞台上でギリシャ悲劇を現代風に焼き直すことに策を凝らす。
 現代に置き換えられたアルゴス家の女主人、クリュタイメストラを」演じる佐久間良子が娘らと登場するが、さっと観客席を眺め渡して、左右の席の空きが目立つのを見て、がっくりきているのか、声にいつもの張りがない。主演のはずなのに舞台を引っ張っていくのだ、という気合いも感じられなかった。20日に公演を開始して以来、8回目の公演であり、土日の公演としては3回目にあたる。何回か、この国立中劇場に来ているが、これほど観客の少ない公演は初めてである。
 佐久間良子を演劇で見たい、というお客は少ないのか、それとも佐久間良子が演劇の主客層である若い女の子の間では知られていないのか、わからないが、佐久間良子をカバーするには小島聖くらいでは観客を呼べなかった、ということだろう。とにかくまだ7公演残しているこの「アルゴス坂の白い家」は失敗としかいえないだろう。
 それでも休憩をはさんだ後半はギリシャ悲劇の現代版らしくテンポよくストーリーが運び、クリュタイメストラとアイギストスとの不倫は単なる疑惑であったり、夫のアガムメノンを殺すふり、そしてエレクトラのクリュタイメストラとアイギストスの殺人のふり、神の降臨がないことなど現代的な解釈ののちに、みんなでシチューを食べるあたり。演劇としては十分に楽しめた。最後にエレクトラがアルゴス家の白い家を訪ね、クリュタイメストラと抱き合うシーンは余分ではあった。
 ギルシャ悲劇を現代的に解釈、置き換えるために原作者、現代作家を登場させ、やり取りする複雑な手法をとったことが、わかり難くしたのかもしれない。
 フィナーレ後、カーテンコールに2度登場して、中央で手を広げ、拍手に答えていた佐久間良子の笑顔は無念さをかみしめた作り笑いであった。映画と違って、舞台は毎日作っていくもので、その積み重ねが財産にあんっていくのが演劇というものなのだろう。映画女優として数々の実績を上げてきた佐久間良子はいま改めて演劇の難しさを噛みしめていることだろう。
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もう相撲は見たくない

2007-09-29 | Weblog
 今年6月に愛知県犬山市で、大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(本名斉藤俊さん、17歳)がけいこ中に急死したことで、父親のの正人さんが27日に会見し、「助けを求めてきた息子に『もう少し頑張れ』と突き放してしまったことが悔やまれる。悔しい」と涙で心境を語った。そして、報道陣の質問に答えて「もう相撲を見たいとは思わない」と答え、「見られない」と付け加えた。最愛の息子を殴殺された親の心情が切々と伝わってきた。28日になって文部科学大臣に呼び出された日本相撲協会の北の湖理事長は改善に向けてやっと重い腰を上げたが、斉藤正人さんの「もう相撲を見たくない」との声をなんと受け止めるのか、朝青龍問題に続いて日本相撲協会のガバナビリティのなさが改めて浮き彫りとなった。
 相撲界でのしごきやかわいがりと称する暴力沙汰は昔からあり、勝つため、強くなるためには必要なことである、と是認され、見過ごされてきた。封建的な相撲界ではそれが親方の方針である限り、問題視されてこなかった。
 ところが、今回は前途有望な新弟子が死亡、しかも部屋抜け出しを図った懲らしめのため、親方と兄弟子が寄ってたかって殴り、惨殺するに及んで、常識を超えた振る舞いとして刑事事件にまで発展している。時津風親方がビール瓶で殴ったり、遺体の全身にたばこの火傷、打撲の痕があり、「通常のけいこでできた」(時津風親方)とは思えない状態だった、という。しかも当初は遺体を火葬に付したい、とも申し入れもあった、というから確信犯である。
 今回、不思議なのは北の湖理事長以下日本相撲協会の面々が、口では反省しているようなことは言っているが、心からそう思っているふしがうかがえないことである。朝青龍問題の時もそうだったが、自分たちの行っていることはおかしいことはないし、悪くもない、とでも思っているとしか思えないような言動に終始していた。
 斉藤正人さんの「もう相撲なんか見たくない」との言をもっと重大なものと受け止めるべきである。1人のファンを失うということはいずれ10人、100人、1000人、そして多くのファンを失うことにつながっていくことを冷静に考えるべきことだろう。
 28日に渡海紀三朗文部科学大臣が北の湖理事長を呼び出した、と最初聞いた時は「こんな手があったのか」と改めて大臣なる職責の重さを認識させられたが、役所に現れた北の湖理事長がまず旧知の松浪健四郎副大臣の部屋に顔を出し、様子伺いをしてから大臣の部屋に赴くあたり、おっかなびっくりの態で、とても心から反省している、とは感じられなかった。朝青龍問題の際も一切、記者会見には応じなかった北の湖理事長は今回も大臣と会見後、文科省の廊下でようやく記者団の質問に答える始末で、当事者としての説明責任を果たしていない。
 日本相撲協会には横綱審議会なる諮問機関はあるが、何か事が起きた場合のリスク管理がまるで出来ていないし、経営のガバナンスも全くできていない。こんなことではいくら改善を図る、といっても口先だけのことで、実質は伴わないことは明らかだろう。
 協会の寄付行為施行細則によると、、幕下以下の力士は「力士構成員」と呼ばれ、構成員本人に番付に応じて一場所ごとの手当て(序ノ口は7万円)と電車賃が支給される。親方には構成員1人につき一場所11万5000円の「部屋維持費」、同じく5万5000円の「稽古場経費」が支給される、という。暴力団みたいな呼称も含め、こうした制度のあり方を根本から見直し、協会をきちんとした経営体として機能するように改めることから手をつけない限り、相撲界の明日はないだろう。
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みせかけの”清新”の福田つなぎ内閣 

2007-09-28 | Weblog
 新聞各紙の福田内閣に対する支持率調査が27日、一斉に出揃ったが、朝日の53%を最低に日経の59%まで見事に50%台とまるで申し合わせでもしたように同じような結果となった。安倍前内閣より大幅に上向きはしたが、とりあえずトップが替わって少しはやってくれそうだ、という期待がこうした数字となったのだろう。ただ、発足早々に新たな大臣として入閣した石破茂、渡海紀三郎両大臣が政治とカネでつまづきをみせ、新内閣の船出は必ずしも順調ではない。福田総理は新内閣を背水の陣内閣と命名したが、これは中曽根康弘元首相の名付けであることが判明し、清新さが売り物のはずの新内閣の化けの皮が早くも剥がれ、前途多難を思わせる。
 福田新内閣は安倍内閣時代の閣僚18人のうち13人を留任させ、2人を横すべりさせたので、結局新顔は自身を含めわずか3人だけとなった。これでは饅頭の皮をむいて、裏返しにしただけのことで、だれかが安倍改造内閣の時から想定していたような布陣である。いかに臨時国会開会中とはいえ、まる20日間も政治空白を作った割にはお手軽な人事である、といわれても仕方がない。
 考えてみれば、福田康夫なる人物は官房長官を経験しただけで安倍前首相とほぼ同じ政治キャリアしかない。派閥の長を務めたこともなければ、政治的に重要な職責をほとんど果たしたことがない。なにかをまとめることはうまいかもしれないが、新たにことを為すのはどうも苦手なようである。事実、今回の総裁選、新内閣の発足にあたって「信頼を取り戻す」とか、「仕事を着実にこなしていく」などといった発言は度々聞いたが、実際に日本をどうするのか、ビジョンの類の話は聞いた記憶がない。配下の閣僚や官僚がすることをうまくまとめて発言することだけに長けている政治家ではあるまいか、とも思えてくる。
 今回の内閣のキャッチフレーズである「背水の陣内閣」は実は福田氏が25日に中曽根元総理に挨拶に行った際に言われた言葉である。このことは27日付け毎日新聞夕刊2面の特集ワイドの「中曽根元首相に聞く」にはっきりと出ている。
 日経BP社がビジネスオンラインの読者1700人にアンケート調査したところによると、今回の内閣の命名では「派閥均衡内閣」とするのが一番で、次いで「自民党先祖返り内閣」、「つなぎ内閣」となっている。注目すべきは福田内閣の支持率がここでは29%しかないことで、「支持しない」は43%にものぼっている。さらに次ぎの衆院選で福田内閣が「勝てる」と見ているのがわずか15%しかなく、逆に「負ける」と見ているのが58%もいた。
 一皮むいただけのみせかけの”清新”福田内閣の寿命はもって半年という予言がどうやら真実味を帯びてきたようだ。
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天高く物みな上がる秋

2007-09-27 | Weblog
 彼岸過ぎて夏の暑さもようやく峠を越えて、秋らしくなってきたが、不気味なインフレの影がしのび寄ってきているようで、天高く馬肥える秋ならぬ物みな上がる秋が来たようだ。即席めんや冷凍食品など続々と値上げの動きとなっている背景には史上最高値に近づいている原油価格の高騰がある。需要期に向かい、原油価格はさらに高くなることが予想され、バブル崩壊以来ずっとコスト削減でしのいできた企業が限界に来たとして、提供商品・サービスの値上げに走ることになりかねず、デフレから一挙にインフレへ向かう重要な局面にさしかかったようだ。
 秋口の値上げの口火を切ったのは明星食品で、来年1月出荷分からチャルメラなど即席めんの全商品を10~20円値上げする、と発表した。袋めんのチャルメラは90円から100円に、カップめんの一平ちゃんは155円から170円になる。理由は原料の小麦の価格が高騰していることにあり、値上げは90年6月以来17年半ぶり、という。
 また、味の素は「お弁当にエビ寄せフライ」などエビを使った6品目を10月下旬から、出荷価格は据え置くものの、エビの使用量を減らす形で実質値上げする。鶏肉を使った「レモンとバジルのチキン香り揚げ」など2品目は11月20日から出荷価格を値上げする。店頭価格で20~70円程度の値上げになる、という。
 さらにコクヨがコピー用紙83品目を10月1日から、ノートや製図用品など865品目を来年1月1日から希望小売価格で平均15~17%値上げする。コピー用紙はA4判500枚入りを155円値上げして1380円とし、キャンパスノートはB5判の30枚1冊を20円値上げして150円とする。ノートの値上げは90年以来18年ぶり、という。
 最近は新聞も大きく報道しないが、金価格は1トロイオンス(28.35グラム)で738ドルあたりとなっているし、原油価格もWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)もので1バーレル(158リットル)84ドルと史上最高値あたりになっている。原油が高いので、バイオ燃料としてとうもろこしをエネルギー原料とするため、穀物価格が高騰する副次的な現象も起きている。
 コーヒー豆も米ニューヨーク市場の先物で1ポンド(450グラム)132ドル40セントと05年3月以来の高値を記録した。これも原油価格高騰の余波で、農産物への影響は今後じわじわと出てくることが当然予想される。
 産業界各社はこれまで減量経営を強いられてきたが、もう原材料のアップを合理化で吸収できるだけの体力はほとんど残っていないところが大半だろう。これまでデフレもあって、製品の値上げは極力抑えてきた。しかし、もう限界に来たようで、今後原油の需要期に向かい、原油高騰の余波が襲ってくるようだと、相次いで製品・サービスの値上げムードが一斉に出てくることだろう。
 
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マリオネット安倍を操ったのは?

2007-09-26 | Weblog
 安倍首相が24日夕、入院先の東京・信濃町の慶応病院で記者会見し、辞任の本当の理由は「体力の限界を感じた」ことにある、と語った。用意したメモに目を落としながら、力弱く発言する姿がテレビに映っていたが、端正なその顔を見ていて、これはマリオネットではないか、と思った。考えてみれば、丁度1年前から安倍首相は上からの糸こそないが、だれかの操作の下で日本国首相という役を演じていたのではなかろうか、憲法改正、教育再生と強がって言っていたのもだれかの指示で、慶応病院での最後の記者会見で見せた姿こそ安倍首相の本当の顔だったのだろう。
 産業界でもよく、創業者の息子だから。孫だからと社長の座に座る同族会社がある。が、企業の場合は中をよく知っていて、実質的には切り盛りしてくれる補佐役がいて、経営なり、対外的な活動なりをサポートしてくれる。しかし、政治の世界はいってみれば、一政治家が一企業みたいなもので、お互い表面では協力しあったり、サポートしているが、みんなライバルでもある。世が世であれば、俺が、俺がの世界である。
 安倍首相の親である故安倍晋太郎氏は「晋三には政治家のリーダーは務まらない。そんな器ではない」と言っていたとの聞いたことがある。叔父の西村正雄元興銀頭取が安倍首相の首相就任にあたって、厳しいことを雑誌の記事に書いていた、ともいう。そんな人物がどうして首相に祭り上げられてしまったのか、。一般より賢いはずの集団である政治の世界でもそんなことが起きてしまうのだから、恐いといえば恐いことである。丁度、第一次世界大戦後、ドイツにヒットラーが登場した時のフィーバーや、日本が太平洋戦争に突っ込んでいってしまった時のような世論の高揚があったのだろう。
 安倍首相は24日の記者会見で、12日に辞任して以来、首相代理を置かなかったことの危機管理の甘さを突かれて、説明らしい説明もしなかった。一国の死命を預かる任にある者としての自覚はなかった、と言っていいだろう。こんな態たらくの人がよくぞ首相の座に1年も居座っていたものだ、との思いを深くする。
 マリオネットは操作の糸が切れるとぐったりして、それこそしわくちゃになる。24日の会見での安倍首相の姿はそのしわくちゃの姿そのものであった。切れた糸をたぐり寄せてその正体を見たいものであるが、いまとなってはそれが中曽根康弘元首相なのか、それ以外の人であるか、だれもわからない。いまごろはきっと次はだれを標的にしようか、と探しあぐねていることだろう。
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球場には熱気が残っていた

2007-09-25 | Weblog
 24日はかみさんと東京・後楽園の東京ドームへ中日対巨人の野球観戦に出かけた。この3年間、プロ野球を観戦したことがなく、今シーズンの中日のスケジュールを見たら、もう24日しかチャンスがなかったので、見られるかどうか確信もなく、出かけてみた。後楽園について、レフト側の切符売り場はもう閉まっていて、ホームベース寄りのところへ回ると、マイクを持った係員が「もう指定席券は売り切れです」と叫んでいて、その前に立見席券1枚1000也で窓口発売している。立見席券があるとは初めて知ったが、2時間~3時間も立ち見で見るのはきついな、と躊躇していたら、中年の男性が寄ってきて、2枚あるうちの1枚の立ち見席券をあげる、という。遠慮なくもらい、1枚券を購入して、見ることにした。
 近くの成城石井で食べ物と飲み物を買い、4時半ころに25番ゲートから場内に入ると、すでに外野の立ち見席は満員、やむなく内野に回ると、ほとんどがシーツを敷いて占拠されている。かろうじて柱の横のネット裏のところに1人分のスペースが確保できた。隣は小学生と中学生の2人組が5人分くらいスペースをとってどこうともしない。係員が「半分に」と注意しても知らん振りで、マナーがなっていない。
 それでも試合前の練習と両チームのシートノック、そして試合開始直前の観客動員のダンスやフライキャッチショーなどを見ながら、簡便な食事をした。いつも試合が始まってからしか来たことがなかったので、試合前にこんな盛り沢山のパフォーマンスがあるとは思いもしなかった。
 午後6時に試合開始、その直後に中日の井端がライト前にクリーンヒットで、続く荒木もレフト前ヒットで続き、5番森野の一二塁間ヒットであっさり2点を先取した。手を叩いて喜んでいると、回りは巨人ファンばかりで、冷たい目でみられた。その後は両チームお互いに点を取ったり、取られたりしたが、ペースは先行した中日ペース。5回には4番のウッズが思いもかけない盗塁を成功させ、流れは中日。
 5回を終わって、5対4ではあるが、巨人が投手3人も繰り出し、必死の態であるのに対し、中日は先発山井が勝利投手の権利の5回を無事に投げ切り、自然体。試合前の練習から3時間は立ちっ放しで、疲れた。頃はよし、今日は中日の勝ちと確信して引き上げることにした。このまま見ていると午後10時になってしまい、帰り時の混雑を考えると気が滅入ってしまうからだ。
 3年ぶりの野球観戦はバックネット裏から選手の顔こそ見られなかったが、戦況は十分に楽しめた。テレビ中継がないこともあって、場内は超満員で、異常な巨人ファンの応援ぶりにはうんざりしたが、プロ野球人気は十分にある、とも確信できた。
 家に帰って、NHKニュースを見ていたら、結局、中日が7対5で勝った。ほぼ予想通りに展開したわけだ。立ち見で疲れはしたが、贔屓の中日も応援できて、楽しい1日であった。
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暖かいピザと揶揄された福田新総裁に期待できない

2007-09-24 | Weblog
 23日、自民党の総裁選が行われ、予想通り福田康夫が麻生太郎を破り、自民党総裁に就任した。25日には首相になるはずである。戦前の予想では大差をつけて勝利するはずが、ふたをあけてみれば330対197票と133票の差しかなかった。国会議員のなかにも麻生支持に回った議員が多かったのと、地方で麻生総理を望む声が出たのがこうした善戦につながったが、考えてみれば67歳対71歳と老人の戦いに自民党の退潮は否定できない、と見る向きもあり、自民党崩壊の流れが止まった、とはとても思えない。海外紙に暖かいピザと揶揄された福田新総裁がどこまで手腕を発揮するか、だが、その流れを変えるのは容易なことではないだろう。
 麻生率いる麻生派はわずか16人しかいなくて他の7派閥はいずれも福田支持を表明し、圧倒的に福田優位で始まった葬祭選は若手議員が名乗りを挙げなかったこともあって、終始低調のままに終わった。クーデター説を流され、劣勢に立った麻生氏が持ち前のさわやかな弁舌と明るいキャラクターで大衆の心を掴み、秋葉原、大阪の街頭では人気をひとり占めした。対する福田氏は自身、一度は総裁レースから降りたことがひっかかってか、麻生氏を攻めきれず、各種の討論会では負けばかりいた。それでも永田町の論理では福田優位で、海外紙が総裁選では劣勢だった故小渕恵三氏が総裁選挙では勝ったのになぞらえて、暖かいピザともじったのも納得できる。
 派閥論理の福田氏を推す旧自民党の体質をきらって、若手議員が派閥の支持を嫌って麻生支持に回ったのと、地方で次回総選挙を考えて、麻生支持を表明した党員が多かったことが麻生氏善戦につながったようである。地方票数では76対65と福田氏が勝ったが、党員の実投票では25万3692票対25万613票と麻生票の方が3079票上回った。麻生氏支持というより、昔の自民党は回帰するのを嫌った党員が反福田ということで、麻生票を投じたようである。反福田というか、反旧自民党であるが、さりとて革新を期待できる人が立候補していないので、むしろ棄権でもしたい、とでも思ったことだろう。
 そのあたりを自民党、福田氏周辺はどう感じ取るのであろうか。参院選の反省がこの総裁選で生かされたとはとても思えない。総裁選で福田氏は自らを苦労人と表現したが、本当の苦労人はそんな表現はしないもので、苦労したことを売り物にする人に碌な人はいない。苦労人とは他人が言うことで、本人から苦労人というのは間違っている。
 福田氏が官房長官をしている時しか、テレビで拝見したことがないので、よくわからないが、案外、安倍首相と同じようにお坊ちゃん育ちなのではないだろうか。政治家歴も20年余と年の割には長くないし、それほど重職にはついていない。たまたま、変人の小泉前首相の官房長官を務め、当たり前の言動が変人の下では光った、ということだったのではないだろうか。
 海外特派員協会の討論会でリーダーの資質を問われ、福田氏は「決断」と答え、その前に安倍首相の辞任の感想を聞かれ、進退を決断するのは難しいことだ、と答えていたのが想起され、この人はもう辞める時のことを考えているのか、と感じた。
 23日のサンデーモーニングで金子勝慶大教授が言っていたように「自民党の退潮傾向はずっと続いている」。この流れを変えるのは福田氏ではなく、少なくとも麻生氏ではない、次ぎの首相だろう。
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苦い味?「ビター・ブラッド」

2007-09-23 | Weblog
 雫井修介の「ビター・ブラッド」を読んだ。雫井修介のデビュー作の「犯人に告ぐ」がその年のベストワンミステリーになり、確かに読んでみて面白かったので、その後の作品は大体読んでいる。今回もその流れで読んだが、期待はずれで、題名をもじって言えば、苦い味であった。ミステリー作家が本として刊行する作品のいずれをも読者をうならせるものとするのは至難の業なのだろう、と思う。
 「ビター・ブラッド」は刑事に成り立ての主人公が所轄の警察署内で起きた情報屋の殺人事件の捜査を警視庁捜査一課から派遣されてきた刑事と一緒に捜査することになるが、相棒となったのはずっと前に家を出たきり音信不通の父親だった。妻子を捨てて家庭をかえり見なかった父親は同じ世界に入った息子をなにかと面倒をみようとするが、主人公は受け付けない。それでもスーツを買ってくれ、聞き込みの仕方を教えてくれ、なんとか捜査が軌道に乗ってきて、犯人逮捕に貴重な手柄を立てるまでに成長する。
 それでも父親を父親と認めない主人公に再度、警視庁捜査一課から捜査一課の係長が殺された事件の応援要請があり、再度、主人公が父親と一緒に捜査することになる。今度は父親とは違う刑事とコンビを組みことになるのだが、殺された係長がその直前に別の事件で犯人と名乗って自殺した人の娘さんと会っていたことがわかり、偶然その娘さんと会った主人公が係長が捜査一課の課員とも会う約束だったことを聞き出す。ここから、主人公は父親を含めた捜査一課のメンバーを疑い出し、単独で捜査活動に入るが、刑事になったばまりの新米刑事がそんなことができるのだろうか、と疑問が湧く。
 情報提供屋にも見込まれ、単独で捜査を進めていくうちに犯人のすぐ側まで来て、最後は情報提供屋を追うことで、犯人の刑事と打ち合い寸前となり、父親の刑事らが出てきて、犯人逮捕の運びとなる。そして、父親の同僚刑事が意外なことを打ち明ける。先の情報屋を殺したのは自分である、と言い、12年前に失踪した彼女を殺したからで、彼女のを掘り出す。同時に見つかった骨が母親のものではないか、と思わせるが、そうではないことが明らかとなり、ジ・エンドとなる。父親との必ずしもいい関係でない状況を「ビター・ブラッド」と表現したのだろうが、もっといいタイトルがあったのではないか、とも思えた。
 警察ものの内情を描くのが雫井修介の得意のようだが、そこに血を持ち込んだ意欲作ではあるが、設定・進行にやや無理があるような感じがした。そのあたりが苦いと映った。
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気を付けよう、年とっての新築

2007-09-22 | Weblog
 かみさんの実家が新築され、そのお祝いに行こう、と思っていた矢先、新築なった家の縁側で足を踏みはずして、義母がひっくり返り、頭を打って入院してしまった。で、この連休、新築祝いと見舞いをかねて里帰りした。まず、新築なった家を拝見したが、工期半年の割りには2階建ての立派なもので、家業の注文仕立て屋から近代的な管工資材メーカーへの転身を図ったオフィス兼住宅に生まれ代わった。そこで、義母が転落した現場を見ると、年寄りにはきつい段差で、壁には流れた血の跡が残っている。
かみさんと病院に行くと、頭には包帯を巻き、まだ腰が痛い、と言って義母がベッドに横たわっている。起き上がるのも容易でない、とあって、前3日間は義妹が付き添いで泊まり込んだ、という。幸い、頭も腰の骨も異常はなく、打撲だけで済んだが、80過ぎだけに後遺症の心配がないわけではない。大事をとって痛みが治まるまで入院する、という。
かみさんの実家は戦後まもなくお祖父さんの代に建てられた木造2階建ての家で、約60年経って取り壊され、新築されることになった。近くのマンションに引っ越しをしたのが今年始めで、ようやく新居が出来上がり、再度引っ越しとなった。とはいえ、一挙に済んだわけではなく、家財道具は順次運びこんでいる。だから、まだ衣類の大半は残っているし、年寄りに生きがいの仏壇の中も整っていない。これでは義母も落ち着いた気持ちになれなかったことだろう。
しかも家を建て直すにあたっては祖父からの遺産相続でいまだに話し合いがついていない。叔父さんにあたる人が権利を主張していて裁判沙汰となっている。その叔父さんの土地が目の前にあり、義母が転んだのもその怨念がこもっている、ともいえる。
それと、高齢者にとって短期間に2回も引っ越しをするのは肉体的にも精神的にも過酷なことだったのだろう。それまでの生活を断ち切ることを求められるような気がして、耐えられない気持ちになるのだろう。
60過ぎたら引っ越しは寿命を縮めることになりかねないので、60過ぎたら引っ越しするな、と言いたい。
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奥の深いピアノ演奏を実感

2007-09-21 | Weblog
 20日は東京・後楽園の文京シビックセンターでの題名のない音楽会の公開番組収録に行った。前半はピアニストの中村紘子のピアノ教室、後半は中村紘子の独演会とまさに中村紘子ショーの趣き。特に前半のピアノ教室は中村紘子が師となって
いる浜松国際アカデミーでの生徒を登場させ、ピアノの教え方を実際に壇上で展開し、ピアノの弾き方から、演奏にあたっての心構えなどについて、中村紘子流の考えが披露され、そのうえで、中村紘子のベートーベンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聞かせてくれ、改めてピアノ演奏の奥の深さを実感させてくれた。
 前半は14歳、15歳の男子、それに22歳の女学生が中村紘子の前で与えられた課題曲を演奏し、それについて、中村紘子が弾き方を実地に指導した。最初はショパン、あとの2つはラフマニノフの曲で、作曲家によって弾き方が全く異なることをまず教え、それぞれの曲についての想いを込めて弾くことを諭していた。
 あとは指のどこで鍵盤を叩くか、で音の色が異なってくること、曲によっては身体全体で肘から弾くようなことも必要だ、と教えていた。14歳にしてはまとまった演奏だ、と思って聞いていたのが、そうした指摘を聞くとなるほどプロの目から見ると、注文をつけることはいっぱいあるものだ、とわかって面白かった。正面奥の席だったので、よくわからなかったが、2台のピアノが並んでいて、中村紘子が指摘した点をすぐその場で演奏すると違いがよくわかった。
 3人目の女学生はオーケストラとの共演で、初めての経験という割りによく弾けていたが、オーケストラとの音の合わせ方、会場を魅了するのだ、という気構えを持つことなど中村紘子の持論が展開され、なるほどと思った。14歳、15歳にしてはうまいのだが、プロへの道のりは遠いものだし、上には上がある、と感じさせてもくれた。
 なかで、中村紘子が男の子のピアニストを鼓舞するのに「実力派の男性のピアニストがいないので頑張って」と再三言っていたのが気になった。そういえば、長らくこの番組の司会をしていた羽田健太郎が亡くなってみると、確かに男のピアニストで世界に名だたる人はいない。中村紘子だから言えるのかも知れない。
 後半の「皇帝」は指揮の大友直人とベートーベンのピアノ協奏曲の魅力、「皇帝」の聴きどころなどを聞いたうえで、演奏を聴いたら、いままで聞いていた「皇帝」と違う曲に聞こえてきた。中村紘子も教師としていい格好をした後だけに力が入ったこともあったのだろう。全身全霊込めた名演奏で、ピアノ演奏はこうして聴くものか、とも思った。
 有意義は一夜であった。
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