鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

特別警報を出すことより、もっと正確な気象予報をすることに力を注いだ方がいいのでは

2013-08-30 | Weblog
 気象庁が29日、これまでの津波など災害警報に加えて「特別警報」なるものを発令する、と発表した。異常気象で未曽有の大雨や、暑さなどの現象が続いて起きているための措置であるが、その基準が「数十年に一度の規模なり、量」というのだから、素人にはわかりにくい。大雨、暴風、高潮、大雪などの気象情報はもちろん、津波、火山噴火、地震も対象にするというが、そうなると災害全般にわたることになり、そこまで徹底するとなると、それを発動するだけの事前の予報を行ううえでの情報収集が完備しているか、となるといささか心もとない感じがする。
 気象庁によれば、特別警報はいままでの注意報、警報の上に設けられるもので、対象となるのは大雨、暴風、高潮、波浪、暴風雨、大雪、それに津波、火山噴火、地震の3つも加わる、という。特別警報の基準はたとえば大雨の場合、「台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨となる大雨が予想される時」となっており、「数十年に一度の量なり、規模」が目安となっている。この特別警報は政府インターネットテレビを通じて出されることになっており、30日から実施となる、という。
 災害が起きるのを事前に察知して、できるだけ災害が起きるのを防ぐのにはだれも疑問をさしはさまないことだろう。ただ、問題は日本全国の地図を前におおざっぱな気象予報だけを伝えられて、特別警報を出されても視聴者は一体、どこのあたりが危険なのかを知りようがない。日本全国をメッシュにしてこれこれの地区が大雨なら大雨の特別警報が出ています、と地域を具体的に指定しての警報を発することができるものなのだろうか。
 さらに問題はこうした特別警報が発せられた場合、それぞれの災害に応じて、関係する地方自治体と連携して、避難する場所への誘導の体制ができているか、どうかである。気象庁の予報を聞いていると、最後に必ず「命を大切に」と結んで終わっているが、命を大切にと言われても具体的にどこへ避難して、災害が及ばないようにするのか、だれしも考え込んでしまうことだろう。もとより、気象庁の職員に言われなくともだれしも命は大事にしており、いまさらそんなことをいわれても困ってしまう。気象庁の職員も社交辞令でなく、本気でそう願っていることだろうが、視聴者にとってはそんなメッセージより、災害に応じての避難場所を具体的に指示してもらった方がありがたい。
 そのためにはこうした警報を発する前に、前提となる気象予報をより正確なものにすることがなによりも求められる。天気予報でも結構狂うことがあり、特に地震の予報などは先日に誤作動して誤った警報を発信してしまったことがあったが、そんなことは許されない。いままで以上に気象予報がより正確なものとなるようなことに力を注いでもらいたいものだ。特別警報云々より、気象予報をより正確なものとするために新たなシステムを開発する、というのが先決のような気があする。
 こう考えてくると、今回の気象庁の措置は9月1日の防災の日を前に官邸あたりの誰かから指示を受けて、やっつけ仕事でまとめた措置のようで、お粗末なことこのうえないようだ。
 
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イプシロン・ロケットの打ち上げ中止にはJAXA内部に”はやぶさ”の時の驕りがあるのでは

2013-08-29 | Weblog
 大騒ぎして中止となった27日の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の新型固体燃料ロケット、イプシロンの打ち上げ中止を決めた直後に「月内には打ち上げる」と言明していたが、28日になって「台風が接近しているので、打ち上げは来月以降に延期される」と訂正した。すぐにも打ち上げをすると言明していた時に内部でも「それは無理」との声があったようだが、中止の原因すら突き止められないのに再開するのは無謀というものだろう。
 今回の打ち上げ中止はいまだに不可解である。打ち上げを見守る1万5000人の前ではカウントダウンが発射の「0」まで行われていたが、実際には現場のカウントダウンは発射の19秒前で地上用コンピューターが打ち上げを自動停止していた、という。JAXAによると、打ち上げ20秒前にロケットを搭載したコンピューターが起動し、機体の傾きを検知するジャイロのデータを地上側コンピュータに送信し、その値が超過(傾き過ぎ)と判断された、という。ところが、実際には傾いておらず、基準値設定やプログラムミスなど「データのやりとりに想定外のことがあったのではないか」とも言われている。
 イプシロンは全長24.4メートル、重さ91トンの3段式固体燃料ロケットで、2006年に開発が中止となった「M5」の後継機。従来のロケットに比べ高さも重さも3分の1で、開発費も半分の約38億円で済んでいる、という。これまでロケットの打ち上げをそれほど詳しく見ているわけではないが、イプシロン・ロケットの場合、打ち上げの2時間くらい前に発射台に設置され、発射までの時間が短かったのではないか、という気がする。3段目にあたる先端部分が傾いているのではないか、とコンピューターで判断されたようだが、発射台へ据え付ける際に手順が狂って、誤作動を起こしたのではなかろうか。
 イプシロン・ロケットは新開発の人工知能を搭載し、ロケット自ら機体や衛星を点検する「セルフチェック機能」を持っているのが特徴で、打ち上げの準備期間が従来の1カ月半から1週間へと世界最短の記録を打ち立てることができた、という。といっても打ち上げに成功しなかったのだから世界最短というわけにはいかない。しかも、宇宙開発用のコンピューターならそうしたセルフチェック機能を備えているのは当然のことで、ことさらいまどき人工知能と強調しているのが不思議なことである。
 それに誤作動した、というのなら、なぜそういうことが起きたのか、はすぐに解明できるはずで、まる一日以上経っても原因についてなんら発表がないのは合点がいかない。
 打ち上げ中止後にJAXAの内部から「緊張感が足りない」といったような声が漏れてきたが、表に出ていない不祥事が起きている可能性すらありそうだ。3年前の2010年6月19日に約7年間、60億キロメートルの旅を終え、大気圏に再突入し、地球圏外にある固体表面に着陸して、世界で初めてサンプルを採取してきた「はやぶさ」の偉業がいまだに記憶から消えていないJAXAにいまだにその時にの名残である驕りのようなものがあるとしたら、問題だ。
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作家であることを明かしての100日余の集団生活が恐怖だった、と推察された

2013-08-28 | Weblog
 先日、高津図書館で書庫を閲覧していたら、直木賞作家、車谷長吉の「世界一周恐怖航海記」なる本が目についた。手にうとってパラパラめくってみると、昨年乗ったピースボートの世界一周クルーズに乗った日記が綴られているではないか。早速借りてきて、読んでみたら、南周りとコースこそ違うものの、全く同じ体験をしていて、作家の観点から面白おかしく書いていて、楽しませてもらった。同乗の奥さんと奥さんの友達の詩人3人の行状を中心に船内生活のあれこれを綴っているが、別に生命が危機にさらされたわけもでなく、どこが恐怖なのか最後まで疑問が残った。
 車谷長吉は2005年12月26日から2008年3月30日までの第52回ピースボート世界一周クルーズに奥さんと知人2人の4人で乗船するはずだったのが、知人の1人がドクターストップで乗船できなくなり、3人となった。そもそも奥さんが乗りたいと言い出し、1人で100日余も一人家に放っておかれるのが嫌で、一緒に行くことにしたというが、本来ずぼらでこれといってしたいことや観たいものがあるわけでなく、船内ではひたすらラウンジに居座って読書に邁進し、周りに群れている人たちを作家の鋭い視点で観察した。
 同乗者のなかには過去45回ピースボートに乗船した女性がいたり、作家だと知って近づいてきたりする人たちがいたり、老いも若きも性の相手を見つけようと必死になっている人たちの生態をつぶさに観察するあたり、作家らしさがうかがえた。
 しかし、記述している大半は自らの半生を振り返ってのことで、いかに作家となってきたかを物語っていて、ところどころ、船内での同乗者たちとの会話や、船内生活、それに下船して世界各地の観光の模様が書かれている。乗船して、すぐに直木賞作家が乗っていることが知れて、講演を頼まれて嫌々ながら講演したことも書かれている。
 もっとも、乗船する半年ほど前に日本経済新聞のコラム「死の安らぎ」のなかでピースボートに乗ることを予告し、乗船中の2006年3月9日付けの朝日新聞に「日本脱出」と題して乗船記を掲載し、船内に掲示板に貼り出された、という。乗船中になるが、文芸春秋社の「文学界」の2006年3月号から6月号に航海記が連載され、原稿は船内からピースボートのスタッフの強力により、送稿された、というから、あらかじめ文筆活動の一環として乗船したものと見られる。ひょっとして、ピースボートから水先案内人として乗船することを要請されたのを断ったのかもしれない。
 ということは最初から作家として乗船したわけで、事の経緯はともかくレポーターを買って出たことになる。本人は何もしないとはいいながら、何か伝えなくてはいけない、それも素性を明かしての乗船で、それでは本当の世界一周クルーズの実態を伝えることにはならないだろう。作家であることを明かしては入ってくる情報も限られてしまうし、いいところだけしか見えなくなってしまうことだろう。
 人は周りから見られている、と意識するだけで疲れる。それが有名人であったりする、なおさらだろう。ひょっとして、車谷長吉氏は作家であることを知られて100日余も見知らぬ人たちと一緒に共同生活すること自体が恐怖だったのではなかろうか、と推察された。
 つくづく、凡人で無名であるため、何ものにもとらわれずに伸び伸びと、世界一周クルーズを過ごすことができたことの幸せを思い知らされた。
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安倍首相よ、パフォーマンスはいいから、肝心の日本経済成長戦略を早く決めてほしい

2013-08-27 | Weblog
 26日、首相官邸で来年4月に予定されている消費増税が景気に与える影響を検討するため、有識者や専門家60人から意見を聞く集中点検会合が行われた。初日は7人で、31日まで意見を聴取する。すでに増税が決まっているのにあえて、大々的に意見聴取の機会を設けたのは安倍首相なりの考えがあってのことだと思われるが、いかにも熟慮しているとの国民に向けたパフォーマンスに過ぎず、本人は中東諸国を漫遊して麻生財務相以下に事務方を任せているのは納得がいかない。もうひとつ福島第1原発の汚染水漏れについても26日になって、やっと茂木敏充経済産業相が現地視察を行い、国の予備費を使ってでも対策を講じる、と発表したが、これもいかにもやっています、というパフォーマンスで、政府はパフォーマンスばかりで、肝心なことをやっていないのではないか、と思えて仕方がない。
 消費増税はすでに民主党政権の時に民主、自民、公明の3党で来年4月に8%にすることが取り決められており、いまさらこんなパフォーマンスをしていかにも一生懸命に取り組んでいます、と国民に見せつけるのはなにか間違っているような気がしてならない。3党合意では景気動向で再検討することもありうるとの留保乗降がついていたのは確かだが、それをどう判断するかはもはや時の政府に任せられたことで、いまさらじたばたしているような様子を見せること自体、自ら判断することに自信が持てないのではにか、とさえ思えてくる。
 つい先日、国の借金は1000兆円を超え、基礎的な財政収支の均衡を図らなければならないことはいまや国際的な公約にまでなっている。安倍首相は国会討論で、民主党に対し、いつも東京証券市場は昨年より50%方上向き、いかにも景気が上昇している、といわんばかりの主張をしており、それがこと消費増税に論点が移ると、途端に慎重な姿勢に変わるのは理解できない。
 果たして、消費増税はこんな外部の識者、専門家を総動員しなくては決められないことなのだろうか。自民党のなかには税制調査会なる組織があり、そこに諮ればすむことではなかろうか。党の税制調査会のなかには官邸主導で進めることに異議を唱える向きもあると聞く。こんあに大騒ぎして外部の声を聞くというのは400人も抱える党で決められないことを物語っているともいえないだろうか。
 消費増税で景気の腰折れが懸念されるというのなら、そうならないような対策を打てばいいだけのことではなかろうか。いまの日本経済にとって重要なことは経済を振興させるための対策をきちんと立てることである。金融緩和でデフレから脱却し、成長への軌道に乗せることである。そのためのアベノミクス第3弾がいまだに具体化していないのではなかろうか。
 アベノミクスの一番の課題はこの日本経済の成長戦略であり、単なる通過点である消費増税にこんなに時間と手間をかけるよりは成長戦略の立案にもっと心血を注いでもらいたいものだ。安倍首相のブレーンである浜田宏一イェール大名誉教授も消費増税に反対を唱えるのではんかう、こちらの日本経済成長戦略の立案に力を貸してほしいものだ。
 後段の福島原発の汚染水問題は本来、経産省の管轄なのだろうか。鳴り物入りで原子力庁を経産省から切り離し、環境庁に持っていったのに、また震災前と同じように相変わらず経産省で原子力問題を扱っているのはいかがなものか、という気がしてならない。 
 
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福島第1原発の汚染水問題の対策で、東京電力はもはや当事者能力を失くしている

2013-08-26 | Weblog
 東京電力福島第1原発の地上タンクから高濃度の放射性物質を含んだ汚染水の流出問題がどんどん拡大している。当初120リットルと言っていた流出量が300トンに増えたか、と思っていたら、今度はその汚染水を貯めていたタンクが使い回しのものであることが判明した。一方で、放射能汚染された地下水が海に流出している問題は相変わらず解決の糸口さえ見つかっていない。東京電力にはもはや統治能力がないと見る向きもあるほどで、管理すべき原子力庁の石原伸晃長官の声がさっぱり聞こえてこないのも不思議なことだ。
 当初、福島第1原発からの地下水の湧出量は120リットルと言われていた。それが実は300トンだ、と言い出し、海へ流出するのを止めるのに地下に凍結した防水壁をつくるのだとか、違うところへ溜めるのだ、と言ったりしていたが、数日して今度は汚染水を貯めて地上に設置していたタンクからの水漏れが発見された。この汚染水には数時間いれば年間に許容されている数量の放射能が含まれていることが判明した。しかも新たな事実が分かる度にまるで他人事かのように記者会見している東京電力の担当者の姿がテレビに現れ、視聴者の怒りを買っていた。
 そして、さらに25日になって汚染水が漏れ出していた地上のタンクが、実は使い回しのタンクであることが判明した。問題のタンクは2011年6月から福島際1原発の敷地北部に設置されていたもので、東電は東日本大震災後にこれを解体していまの場所に移設した。タンクの設置に関わった協力会社の幹部は「タンクは工期も短く、金もなるべくかけずに作った。組み立て式で、ボルトや水漏れを防ぐパッキンの劣化がひどく、事故は織り込み済みのことだった」と明かしている。
 そもそも福島第1原発を建てるときに地下水がどのくらい湧出してくるものなのか、原発からの排水とどう混じり合うのか、といったことを全く想定していなかったのだろうか。建設した当時の資料なら、データがほとんど残っていないことなどありえない。事情を知っている人がいなくなったというのならわからないでもないが、
基本的な地下水対策ひとつとっても内部の管理体制がきちんと出来上がっていないことのなによりの証拠である。
 国の原子力規制委員会も福島第1原発の事故回復状況をいまのレベル1からレベル3に引き上げる方向で検討に入った、というが、遅すぎる措置である。事故発生後、数日経ってから東京電力の副社長が福島県庁を訪れ副知事に謝罪したニュースが流されていたが、いまはそんな形式的なことをしている場合ではなく、事故処理をいかに図るかに全力を注ぐべき時であるというのに、東京電力はもはや当事者能力を失いつつあるような感じがしてならない。
 毎日新聞が全国の1549世帯に対して24、15日に行った世論調査では、91%の人が「汚染水対策にもっと国が関与すべきだ」と答えていることがそのことを物語っている。東京電力はもはや自らのガバナンス能力を失くしている、といっていいだろう。
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失くしたとおもっていたPasmoが出てきた。世の中には善意の人がいるものだ、と痛感した

2013-08-25 | Weblog
 23、24日と、伊東へ出かけた時のことである。以前は溝の口から武蔵小杉経由、東海道線で行っていたが、ある時小田急線を使って小田原経由で行った方が往復800円近くも安いことがわかって、ずっとそうしており、まず溝の口駅からJR南武線で登戸駅まで行った。そこで、小田急線に乗り換えて、小田原まで行き、降りようとしたところ、財布に入れたはずのPasmoのカードがない。登戸駅で確かに改札にタッチし、財布のなかにしまったところまでは覚えているが、週刊誌を丸めて持っていて、入れた積もりがスルッと落としてしまったのだろう。折角、5000円チャージしたばかりなのにパーだ、と思って落胆していたら、かみさんが有人改札に行き、ことの詳細を話したところ、「戻ったところに遺失物センターがある」という。
 Pasmoが落ちていたら、拾った人はそのまま残額を確かめて使ってしまうことだろう。まあ、ないものと思って観念し、ダメもとと思って、小田原駅の遺失物センターに行き、ことの経過を申し立てたところ、登戸駅へ連絡を取って、問い合わせしてくれた。そのPasmoは以前勤めていた会社から通勤用に支給されたもので、使っただけの内容をコンピューターでチェックできるように名前を片かなのフルネームで印字してくれたものであったことを思い出し、その旨を告げた。
 しばらくして、折り返しの返事があり、「そのようなPasmoが届けられている」というではないか。なんというラッキーなこと、そんなことがあるのだ、と声こそ挙げなかったが、驚きというより感激した。駅員は身元を明らかにするようなものはないか、と聞いてきたが、生憎免許証も持ち合わせていなくて、携帯電話の番号を告げた。で、「どうするか」と聞いてきたので、まさかこれから登戸まで往復するのも煩わしいので、「約束があるので」と言って、帰りになる翌日の昼ごろに取りに行くことにした。
 無事に事件が解決して、かみさんとこの世にはなんと親切な人がいるものだ、と話し合った。かみさんが言うには「あなただったら、拾ったPasmoを自分のものしてしまうことだろうから、そんな届ける人がいるなんて思いもしないのだ」という。確かに、人は自らどう行動するかを考えて、物事を見極めようとするものだ。Pasmoは形はカードではあるが、チャージされている内容によっては現金と変わりないことになる。現金を落としたら、まず出て来ない、だからPasmoも同じだと思い込んでいた。しかし、世の中には心がけのいい神さまのような人がいる、ということをすっかり失念していた。
 で、伊東で一日ゆっくり静養して帰途につき、登戸の駅務室で、名乗って申し出たところ、無事に5000円チャージされたPasmoが戻ってきた。サインして受け取ったあと、善意の人にお礼をしたいので、駅員さんに「一体、だれが拾ってくたのでしょうか」と尋ねたところ、当の駅員さんは書類をひっくり返して、「うちの駅員が拾ったようです」と言ったので、「それはそれはありがとうございました」と頭を下げた。かみさんのところは戻ってから、たまたま小田原で買った饅頭があったので、それをお礼に「みなさんでどうぞ」と差し出したら、最初は「そんなのいいです」と言っていたが、結局快よく受け取ってもらえた。
 善意の人は駅員さんというオチがついたが、それでもこんなことがあるのだ、日頃から人には親切にしなくてはいけない、ということを痛感した次第。
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「新宿の女」でデビューした藤圭子が新宿のマンションから飛び降り自殺した

2013-08-23 | Weblog
 22日、歌手の藤圭子が自殺した。自宅か、知人の住んでいたマンションか、わkらないが13階から飛び降り自殺し、午前7時ころに路上にあおむけに横たわっているのを通りがかりの人に発見され、藤圭子とわかった、という。享年62歳だった。昼のNHKのニュースで、「ただいま入ってきたニュースです」と言ってアナウンアサーが読み上げた。トップニュースのイチローの日米4000本安打の快挙の喜びを吹っ飛ばす感じだった。1969年7月に「新宿の女」でデビューした歌手がその44年後に新宿のマンションから飛び降り自殺するなんて本人は自覚していなかっただろうが、劇的な結末となった。
 その後、夜までのニュースで度々報道され、多くの関係者が談話を発表したり、語っていたが、鎌田某という医者が「藤圭子の歌は元気がでるようなものだった」と語っていたが、とんでもない。藤圭子の歌は決してそのような歌ではない。世の中に絶望したような、言ってもれば地獄の底から聞こえてくるようななんともいえない凄さがあって、世の男性を魅了した。デビュー当時は東京オリンピックも終わり、高度成長期にさしかける前で、決して明るい未来が開けていたわけではなく、若者はそれぞれに苦難を抱えていた。作家の五木寛之が「怨念の歌声」と絶賛していたこともあって、鈍想愚感子も虜になり、当時のLPレコードを購入し、何回も聴いた記憶がある。
 藤圭子は岩手県で生まれ、その後北海道旭川市で浪曲師の父と三味線弾きの母に育てられ、上京して歌の道に入り、作詞家の石坂まさをに認められ、「新宿の女」でデビューし、続く2作目の「圭子の夢は夜ひらく」が77万枚の売れ行きで一躍スターダムに乗り、すぐに紅白歌合戦に出場するなど恵まれた歌手生活を送った。私生活では決して恵まれず、前川清と結婚しても1年後に離婚し、引退して米国へ渡って新生活に入るものの、再び歌手になるなど波乱万丈な生活を過ごしてきた。06年には米国の空港で42万ドルの現金を持っているのが発見され、事件として報道されたこともあった。
 最近では歌手の宇多田ヒカルの母親として有名になり、その分、歌手としての活動はほとんどなく、芸能界からは忘れられた存在だった。自殺を報道したニュースのなかで6、7年前に某テレビ局がインタビューした場面を流していたが、24時間頭痛と吐き気がする、と語っていたのが気になった。飛び降り自殺したマンションには30代の知人の男性が住んでいて、そのベランダから飛び降りたようだが、別の部屋にいた当の男性は知らなかった、という。遺書もなく、スリッパが片方飛び降りた部屋のベランダに残されていた映像が写っていたが、少なくとも飛び降りる前の本人は正気だった、とは思えない。薬物の常用といったことがあったとも考えられる。肝心の宇多田ヒカルが何のコメントも発表していないのも気になるし、葬儀などのスケジュールも一切発表されていないのも変である。
 波乱万丈な一生だった藤圭子を振り替えって見てみると、人間の運というものはどこかで辻褄がとれるようにできているものなのだ、と思えてくる。宇多田ヒカルというとてつもないものが母親の藤圭子の運を食いつぶしてしまったような気がしてならないのだ。
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問われるべきは、秋田書店が雑誌をいかなる考え方で発行しているかだ

2013-08-22 | Weblog
 秋田書店の読者プレゼント不正問題が泥沼化してきた。当初、消費者庁の「景品表示法違反」に基づく再発防止などの措置命令で、怪しからぬ不正を行っていた秋田書店が景品水増しを行っていたと社内で訴えていた女性社員を解雇していたことが明らかになった、と思ったら、今度は秋田書店が当の女性自身がプレゼントを不正に流用していた、と逆に訴える構えを見せ始めたからだ。どちらの言い分が正しいのかは法の裁きを待つしかないが、そもそも秋田書店のコーオレートガバナンスが行き渡っていなかったことだけは確かで、これまで隣国の中国で似たようなあきれた企業の振る舞いを笑ってきたのが日本でも同じような状況にあることが裏付けられたようだ。
 秋田書店の主要なマンガ雑誌の読者プレゼントで当選者数を実際より多く表示していたうえ、架空の名前の人に景品を発送したとの事実も明らかとなった。2010年6月から2012年5月にかけて、携帯型DVDプレイヤーやテレビゲーム機、商品券などの景品について、それぞれ1~50人の当選者が出ると記載しながら、実際はそれより少ない数しか発送せず、なかには当選者が全くなかった景品もあった、という。同社の内部告発を受けた社内調査で事実関係を把握し、不当表示を中止した、という。ということはもう不正はしていない、とも受け取れるが、問われるべきは秋田書店がいかなる考え方で雑誌を発行しているか、ということだろう。
 消費者庁が調べたところ、そうした事実はあったことが判明し、20日になって秋田書店に対し、景品表示法違反に基づく措置命令を出した、と発表した。命令に従わない場合は法人に対し3億円以下の罰金、その代表者には2年以下の懲役、または300万円の罰金が科されることになっている。命令を受けた秋田書店では社長名で、「読者や関係者に深くお詫びし、再発防止に取り組む」との謝罪文を公表した。
 秋田書店はこうした不正を行った理由として、「近年、メーカーから景品の無償提供が受けられなくなり、経費削減のためやった」と同社の場合、しているが、読者プレゼントをすべてメーカーからの無償提供で行うという考え方がいまの時代にそぐわない。読者プレゼントは読者アンケートと一体になっており、プレゼントをつけないとアンケートに答えてくれない体質となってしまっていることが問題である。プレゼントほしさのアンケートに答える人の意見などはまず聞くに値しないものと考えるのが普通だろう。読者が誌面、内容についてどう思っているかを本当に知りたい、と思ったら、別の形できちんとした読者アンケートを設計すべきだろう。
 解雇されたと主張している元女子社員と日頃、そうした読者アンケートのあり方について議論をして、会社側とコンセンサスを得るような雑誌のつくり方をしていたかどうかが問われなければならないだろう。となると、秋田書店がいかなる姿勢で雑誌をつくって販売しているか、が問われるということになるのだろう。
 
 
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意外な結末で、ちょっとしたミステリーでもあった高倉健主演の映画「あなたへ」

2013-08-20 | Weblog
 先日テレビで放映していた高倉健主演の映画「あなたへ」を観た。制作中に高倉健のことを取り上げたドキュメンタリーが放送され、何度もエピソードが取り上げられていて、脇役名優の大滝秀治が出演した場面での演技を高倉健がしきりと褒めていたこともあって、公開中に見に行こうと思って、ついつい見逃してしまった映画だった。妻が亡くなって、その遺骨を妻の故郷の海に散骨しに行く男の物語であるが、妻への愛を謳い上げるものと思っていたら、物語はとんでもない方向へいき、最後は思いがけない形で終わるちょっとしたミステリー映画であった。
 富山刑務所の刑務官を務める主人公は最愛の妻を病気で亡くし、亡くなった妻から後で手紙を受け取り、故郷の長崎・平戸の海に散骨してくれるように頼まれる。富山から長崎まで妻と一緒に自動車で旅行しようと言っていたその自動車で、遠路長崎までドライブに出かける。妻は刑務所へ慰問の公演に来たことのある童謡歌手で、富山刑務所に入っていた最愛の人に聴かせるために慰問と偽って公演した、という。結婚した経緯については描写しないが、夫婦仲は極めて睦まじかった様子は主人公の回想によって語られる。
 刑務所を辞めて旅に出ることを決意するが、出発の直前に上司から辞表は休暇として受け取る、と言われ、主人公の誠実な人柄が偲ばれる。旅に出た早々に北野たけし演じる元高校教師と知り合い、共に妻を亡くした男の悲哀を種田山頭火の詩で慰められる。ところが、再び会った男は実は車上荒らしで手配中であったことが明らかになり、いかにもたけしらしい役柄であることに納得させられた。次いで、草剛演じる駅弁の実演販売員と知り合い、実演販売を手伝うこととなる。その販売員のアシスタントを務める佐藤浩市が2度目に会った際の別れ際に平戸の港で漁船が見つからなかったら、といって漁師の名前を書いたメモを手渡してくれる。
 平戸に着いたら、折りからの台風で、とても船を出せる状態になく、港の漁港組合ではそっけなく断られる。思い余って近くの食堂に入り、佐藤浩市からもらったメモを片手に漁師の所在を尋ねると、それを見た食堂のおかみさんは色を変える。それでも何事もなかったかのように若い衆に漁師のもとに案内させるが、ここでもすげんかう断られる。
 翌日、港を散策しながら、ふと古ぼけた写真館で、妻の昔の写真らしきものが飾られているのを見つけ、妻から託された絵葉書にあった風景を眼のあたりにする。その足で、もう一度、先夜の漁師を訪ね、再度船を出してくれるように依頼すると、食堂のおかみから頼まれていたこともあって、了解してくれる。翌日の夕、漁師から出してもらった船で、平戸の沖に出て、無事に散骨を済ます。同時に、7年前に海で亡くなった食堂のおかみさんの旦那さんを弔うために花も海に流す。ただ、同時におかみさんから預かった娘とフィアンセの写った写真を海に流すことはしなかった。
 富山へ帰る途中、主人公はとある街で駅弁の実演販売をしている佐藤浩市を呼び出し、食堂のおかみさんから預かっていた娘さんとフィアンセの写真を手渡し、「私は実は刑務官で、受刑者は鳩を使って外部との連絡を取ることがありまして、鳩飛ばしというんです。本当はいけないんですが、わかっていて、見逃すこともあるんです。今回は私がその鳩となりました」と言って、立ち去る。食堂のおかみさんが言っていた海で遭難死した漁師が佐藤浩市である、と見越しての思い遣りだった。
 映画は写真を受け取った佐藤浩市のびっくりした顔を大写しし、立ち去る高倉健の後ろ姿で終わるが、妻への愛を讃美するのでなく、周りの人への思い遣りを謳い上げるという意外な結末で久しぶりに面白い映画であった。それとことし82歳になった高倉健がいつまでも魅力的な役柄を演じられる素晴らしさに、改めて拍手を送りたくなった。
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飛鳥Ⅱクルーズに格安で乗れると思い込んだ、とんだ勘違い。まだしばらくは夢に……

2013-08-17 | Weblog
 文芸春秋9月号に飛鳥Ⅱの南西諸島・台湾クルーズの広告が出ており、14泊15日で旅行代金が16万8千円からとなっていたので、これはいい、と思った。かみさんにも話し、わずか1ページの広告では詳細がわからなかったので、詳細な資料を取り寄せて、しばらく検討していた。ただ、スケジュールの面で、マンションの理事会の日と重なるので、これをなんとかしないといけない、と思ってしばし悩んでいた。
 飛鳥Ⅱのクルーズは昨年、ピースボートのオーシャン・ドリーム号で世界一周をし、船旅を満喫したものの、もともとは飛鳥Ⅱでの世界一周を考えていて、たまたま見かけた新聞広告で、飛鳥Ⅱの一番安い料金で、2人分の料金が出ることがわかり、急遽ピースボートに乗り換えたのだった。その後も飛鳥Ⅱには一度乗ってみたい、との憧れのようなものがあり、機会をうかがっていたのだった。
 ところが、かみさんに当のクルーズのパンフレットの資料を渡して見せたら、しばらく見ていたかみさんがしばらくしてやってきて、「この値段はクルーズ全体ではなく、区間クルーズではないか」と言ってきた。よくよく見てみると、14泊15日のクルーズ全体の料金は58万8千円となっていて、16万8千円は石垣島から大阪までの4泊5日の区間クルーズの料金であった。改めて広告を見てみるときちんとFコースと明記されてあった。それを見逃し、てっきり全コースの料金だ、と思い込んだのだった。
 ピースボート世界一周では全ルートの参加者を募って、締め切った後に船室に余裕がある場合には区間を区切っての部分売りを始めるので、最初から区間を限定しての販売があるとは思わなかったこちらの思い込みでもあったが、とんだ勘違いであった。
 ピースボートに乗っている時から、冗談のように「飛鳥Ⅱは帝国ホテルかホテルオークラに泊まって世界一周するようなもの。それに引き換え、ピースボートは東横インに泊まって世界一周するようなものだ」と言っていたが、部屋のグレードから食事、快適性、船内でのエンターテインメントの内容まですべて違っている。冷静に考えれば、1泊1万円程度で飛鳥Ⅱに乗船できるはずがない。当の「南西諸島・台湾クルーズ」では寄港地の那覇、石垣島でのオプショネルツアーも5~7万円とちょっとした国内ツアーの料金となっていて、さすがゴージャスを売り物としている飛鳥クルーズは違うと思った。
 試みに、飛鳥Ⅱの一番安い料金で計算してきると、1泊換算4万円強となっており、これが最高級のロイヤルスイートとなると1泊21万円と高級ホテルのスイートルーム並みの料金となっている。やはり、じゃぶじゃぶにお金が有り余っている超セレブならともかく、平民にはちょっと手が届かない。
 いつか飛鳥Ⅱに乗ってみようかな、とは思う。が、いまはいあっまで通りにまだ世界で行ってないところへ旅することとして、飛鳥Ⅱのクルーズはしばらく夢としてとっておこう。
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