鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

最初のきっかけは知らない人同士であることを改めて教えてくれた映画「われらが背きし者」

2016-10-26 | Weblog
 26日は東京・有楽町の東宝シネマズでスパイ物で有名なジョン・ル・カレ作の「われらが背きし者」を観賞した。ロンドン大の教授がモロッコに休暇旅行に出かけた際にふとしたきっかけで知り合ったロシア人と付き合い、別れ際になにかの情報の入ったメモリーを手渡されたことから事件に巻き込まれ、ロシアマフィアに狙われることとなるが、次から次へと新しい人物が登場し、それが主人公とどうかかわりあっていくのかが呑み込めないまま展開していくので、ストーリーを追うのに精一杯だった。それでも冷戦終了後のスパイ映画をつくるのがいかに難しいものかを改めて証明してくれたような感じを受けた。

 「われらが背きし者」はいきなりロシア・モスクワのボリショイ劇場で男性ダンサーが舞台を飛び跳ねるシーンから始まる。観客席で母娘がそれに見入る姿が映し出され、母娘の夫が公演終了後のパーティでロシアのマフィアのボスたちはじめ有識者たちに挨拶をし、打ち上げ後に車で帰宅する途中、高速のどこかで大型車が止まっていて、停車すると、男がやってきて、いきなり窓越しに運転席と助手席の夫婦を射殺する。驚いた後部座席の娘は車から降りて、雪のなかを逃げていくが、追いかけてきた男にあっけなく射殺されてしまう

 場面が変わってモロッコのマラケシュのホテルで抱き合うユアン・マクレガー演じる大学教授ペリーとナオミ・ハリス演じる弁護士ゲイルの男女が映し出されるが、ゲイルがその気になれずベッドを離れる。その後、2人は街中のクラブでグラスを傾ける。とその先に1本100万円するワインを派手に開けているロシア人がいて、妻にすげなくされたペリーに同情してか一杯ついでくれる。で、話し合ううちにお店を変えて飲むことになり、そこでも2人は大いに打ち解ける。翌日には娘の誕生日パーティに、そしてテニスを一緒にやることになり、ロシア人の家族とも知り合いになる。

 実はそのロシア人ディマはマフィアの幹部で重大な秘密を握っていて、モロッコの空港での別れ際にペリーにメモリーをロンドンのMI6に預けるよう頼み込む。ディマはマフィアから抜けたがっていて、特に家族を英国に亡命させることを望んでいた。で、ロンドンに着いたペリーはそのメモリーを空港の職員に差し出し、早速飛んできたMI6の局長はメモリーの中身を点検したうえでペリーから詳しく事情を聞くこととなる。

 ところが、ディマはMI6との接触でペリー教授の同席を希望してきたことから、ペリー夫婦の身辺にも危機が押し寄せることとなる。パリのルーブル美術館やテニスコート場での接触などを通じてディマ家族の救出を図るが、最後にはディマはあえなく死んでしまう。しかし、ディマの家族は無事に脱出に成功し、ペリーはディマからひそかに託されたメモをMI6の手に渡し、ディマの願いは聞き届けられることとなる。

 最初はだれが主人公なのか、出てくる登場人物がどう絡んでくるのかがわかりにくかったし、ロシア・マフィアのしようとしていることの全容が掴めないなどでいまひとつ画面に入っていくことができなかったが、中盤になってようやく筋が終えるようになってきた。最初に登場した夫婦の残された子供が実はディマの養子になっていたことが最後の方になってやっとわかるなど二重三重に仕組まれたストーリー展開でもあった。

 主人公がディマ家族の救出に乗り出すことを妻に相談する場面で、妻が「そんな知らない人のためになぜ」と言うと、ペリーは「弁護士だって最初は知らない人のためにあれこれやっているじゃないか」と切り返すところはなるほどと思わせた。ビジネスにしろ、奉仕にしろ、最初のきっかけは知らない人であることは案外見過ごされているなとも思った。
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見終わってやや違和感が残った米ピューリツアー賞受賞の演劇「フリック」

2016-10-22 | Weblog
 22日は東京・初台の新国立劇場の小劇場で米国のピューリツアー賞を受賞したアニー・ベーカー作の演劇「フリック」を観賞した。劇場に入ってまず目にしたのは座席数100余の映画館が客席の方を向いて並んでいたことで、カーテンもなくまるで観客席を観賞しながら演技をするといった特異な舞台装置に目を奪われた。3人の若き映画館の従業員が主役といった感じで、仕事である上映終了後の館内の掃除をしながら映画のあれこれや仕事ぶりを映写係りの女性とからみながら舞台回しを務めるという内容で、それなりに面白いのだが、見終わってなにか違和感の残る演劇であるという印象を持った。

 「フリック」はいまや懐かしいフィルムによる映画を上映する米マサチューセッツ州ウースター郡の古びた映画館の名前である。そこで働くサムとエイヴリーがモップで映画終了後の館内掃除をする場面から始まる。ご丁寧に100余の座席を背面から手前まで隈なく掃除をしながら、先輩のサムが掃除の仕方をエイヴリーに教えながら、映画の良さについてそれぞれ知っている知識をひらけからしあう。そんな2人を後方の映写室から眺めている紅一点のローズが時に茶々をいれたりする。サムはローズを心のなかで思いながら打ち明けられずにいる一方、当のローズはエイヴリーに気があるような素振りをする。

 そんな三角関係にある3人はある日、日ごろサムとローズが行っていた切符の売り上げのごまかしを新たに入社してきたばかりのエイヴリーにも仲間に加わるように持ちかける。エイヴリーは最初は断わるが、執拗に迫る2人に抗しきれずにしぶしぶ承諾する。そんななか、サムが兄の結婚式で休んだので、ローズはエイヴリーを誘って閉館後にフィルム撮影機のノウハウを教え、そのあとに館内でひそかに2人だけの上映会をし、2人だけの秘密を持つに至る。

 で、その翌日に出勤したサムはエイヴリーの何気ない一言で、そのことに気づき、ひそかに撮影係に昇格することを望んでいたのを裏切られた気持ちを持つ。その悔しい思いをローズにぶつけ、ついでにかねてからのローズに対する恋愛感情をもぶつけるが、ローズは依然として冷たい素振りをして相手にしない。

 そんな折り、フリックの経営者は競争相手に映画館を売り飛ばすことを決めてしまい、フィルム上映館からデジタル上映館に変貌を遂げることとなり、従業員が整理されることになる。順番に経営者と面接し、エイヴリーだけに売り上げのごまかしの嫌疑がかかり、なぜかエイヴリーだけが退職することになる。そのことを思ってか、サムはエイヴリーにいらなくなったフィルム映写機をあげることにする。その後、サムはエイヴリーの代わりに入った従業員と相変わらず館内の掃除をしているところで幕となる。

 米国の市井の市民の悲哀を描いた演劇であるが、絶えずモップを動かしながらの演技にピンとくるものがなく、日本でなら考えられない展開だな、と思いながらなにか物足りないものを感じた。終わって観客席を見渡すと後ろの5分の1ほどの席が空席で、土日の新国立劇場でかくも空席の目立つ演劇を見るのは初めてのことだった。主演の木村了とソミンがそれほどビッグでないのかな、とも思われた。
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双方とも中国人で通訳を交えたもどかしい尋問に難しい判断を迫られた損害賠償請求裁判

2016-10-19 | Weblog
 19日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。午後1時半から634号法廷での損害賠償請求の民事裁判を傍聴した。東京・小岩のクラブの経営をめぐって中国人の女性が運営を委託されたものの、営業態度がよくないとして契約を取り消されたことについてその委託した女性を相手どって裁判を起こした。原告、被告とも中国人で、細部にわたる尋問は通訳を交えてのやりとりで、裁判長も双方の代理人ともなかなか質問の意が通じないもどかしさを感じながらの尋問にもどかしさを見せる場面が多かった。

 最初に尋問に立ったのは原告で、被告からクラブの運営をやらないか、と持ち掛けられ、いずれは全面時に経営を任すこともありうる、との言葉に魅力を感じて、とりあえずいまの家賃の貸借関係が切れる向こう8カ月半の運営を行うことで合意し、200万円支払った。ただ、その時の領収書もなければ賃貸契約や警察からの営業許可の名義変更もなかった。翌年の2月15日にいまの賃貸契約が更新されるので、その時に合わせて名義変更する、ということだった。そのクラブの運営はそれまで被告が行っていたが、体調を壊したこともあって、新たに原告をいわゆる雇われママとして雇い入れた格好である。それで成績が上がれば、いずれ店の経営を全面的に譲渡してもいい、との話もあった、という。

 しかし、原告が店の運営一切を取り仕切るようになっても被告は毎日出てきて、原告にアドバイスをするような姿勢を見せていた。しかも5カ月経った段階で、それまでの友好的な態度を一変させ、今後客引き行為や風俗営業法違反などをしないことを書いた新たな契約書を取り出し、これらのことを守らない場合には保証金としてもらった100万円を返さない、と言ってきた。さらに当初の契約期間の切れる直前になって「もうあなたにはこの店を継がせない」と通告してきた。やむなく原告は当初の契約が切れた段階でその店から手を引き、裁判に訴えることにした、という。

 これに対して尋問に立った被告は運営を任したクラブはホステスが8人おり、年間の売り上げがいい時には9000万円もいく優良なお店で、200万円でママになれるのは極めて安い、といえる、といい、毎月130万円の揚がりを得ることができる、とも語った。ところが、原告に運営を任せたら決められた営業時間は守らないし、客引き行為はするし、料金は高くするしなどで、とても任せておけないことが分かって当初話していた経営譲渡はとてもできない、と判断するに至った、と言い出した。ことが風俗営業法に関することだけにどちらかといえば被告に軍配が上がる。

 しかし、双方とも中国人で通訳を介しての尋問で、簡単には裁きをしかねる状況にある。裁判長は最後に被告に対し、「賃貸契約を前提としない経営権はあるか」とまるで禅問答のような質問をしたうえ、「大家さんは中国語を理解するのか」と聞くなどした。で、最後には傍聴人を退出させ、和解を持ち掛けたようだが、被告が頑なな姿勢を見せていたのでそれで決着を見なかったようで、最終的には若干の損害賠償を認める方向で落ち着きそうな感じだった。                
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メトロ、JR東日本さん、相互乗り入れの精算の際の二重価格についてきちんと説明すべきだ

2016-10-16 | Weblog
 先日、会合で東京を横断してはるか千葉の天王台へ出かけた。田園都市線の溝の口駅から回数券で渋谷めで行き、そのままメトロに乗り入れ、表参道駅で地下鉄の千代田線に乗り換え、北千住駅で降り、そこでJR常磐線に乗り換え、天王台駅で下車した。自動精算機で受け付けてくれないので、改札で東急の回数券をだし、「渋谷からここまで」と言ってパスモを出したら、メトロの240円とJRの北千住から天王台までの470円合わせて710円を徴収された。で、帰りも同じコースを辿り、今度は溝の口駅で行きと同じように改札で回数券とパシモを出したら、なんと引き去り額は701円と9円安かった。
 
 そういえば、以前に溝の口駅からメトロに乗り入れ、銀座駅で降りたらメトロの改札ではIC乗車券扱いではなく掲示板の表示通りの200円を徴収された。逆にメトロ銀座駅からパスモで乗車し、溝の口駅で東急の回数券を出して精算をお願いすると、IC乗車券の195円の引き去りとなり、5円安くなる。スイカが売り出された頃にはこうしたJR、地下鉄、メトロの相互乗り入れの精算についてはきちんとした取り決めがあったのだろうが、相当年数が経って、そんな取り決めがあったこともどこかへ吹き飛んでこうした二重価格が公然とまかり通っている。ユーザーにとってはわざわざ自動券売機で乗車券を購入しなくて済むので、たかが1~9円の問題で大したことではなさそうに思える。が、年間に相互乗り入れの際にIC乗車券を使って精算するケースが月に2~3回はあると思われるので、仮に3000万人がIC乗車券を使っていると、そのトータルは裕に10億円を超えることになる。

 それで、当のメトロ、JRはどう思っているのか、ネットのそれぞれのホームページで問い合わせてみた。メトロからは「あくまでもIC乗車券で改札を通った場合にICの割引料金を適用することにあしている」として問題はないとの回答だった。他社が行っていることについては「感知しません」との回答だった。それに対して「法的にはどうなっているのですか」と再度問い合わせたが、回答はなかった。JR東日本はすぐに「検討したうえ回答します」と言ってきたものの、一週間経ったいまも回答は来ていない。

 おそらくそうした相互乗り入れの精算についてなんらかの取り決めがあり、他社路線の精算をした場合のトータルのお金のやり取りについてもルールがあるのだ、と思われる。ただ、そのなかには徴収の手数料もあるし、細かいチェックが行われるわけでもないし、定期券の売り上げの精算やら、電車の運行のコストの負担のやりとりもあるので、最後はわけのわからないことになってしまっているのだろう。たしかに年間のIC乗車券の精算の金額は無視できないものにのぼることは否定できないが、そこまで細かくチェックしている人はいないことだろう。まして窓口の係員はそこまで関わりあっていられないので、機械的に処理しているのすぎないのだろう。

 ただ、消費者からみてたかが数円のことと言って見過ごせない問題をはらんでいるのは確かである。ここは納得できる説明をきちんと伺いたいものだ。

追記 2週間経った21日になって、JR東日本から返事があったが、「あくまでもIC乗車券で乗車した場合に限りIC料金を適用している。だから、改札で回数券を使っての精算は切符と同じ料金となる」としており、私鉄がIC料金を適用しているのは私鉄サイドの問題と突き放していた。それはそれで筋は通っているのかもしれないが、ユーザーから見て二重価格となっている印象は抜きがたく、ユーザーの立場に立った回答を期待したかった。JRもかつての国鉄時代のお役所的な考えがいまだにはびこっている、といわざるを得ない。
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水素自動車などハイブリッド車の無音の走行のメリットをつぶすようなことはやめてもらいたい

2016-10-11 | Weblog
 ここ3,4年受講している川崎市民アカデミーで、先日神奈川トヨタの広報の人による水素自動「MIRAI」の講座があった。水素自動車がすでに実用化されていることはうっすらと聞いていた程度であったので、実際に水素自動車の走りぶりを見て音もなく走破する姿を目のあたりにして科学技術の進歩を改めて実感させられた。しかも水素自動車は排気ガスを出さない環境にやさしく、仮に衝突するようなことがあっても火災になるようなことがなく安全でもあり、まさに未来の自動車といった感じだった。
 
 水素自動車は排気を出さないので、従来の自動車の概念である排気量〇〇CCといった表記はできず、排気量はゼロである。従って講師が運転してきた水素自動車の馬力は155馬力でベンツEクラスに相当する、という。燃料は満タンで700気圧の水素ガス5キログラムを充填すれば400㎞から650㎞走る、という。水素ガス1キログラムで約1100円する。難点はまだ水素ガスステーションが神奈川県下で14カ所、東京都内で13カ所しかないことだ。神奈川トヨタではすでに受注を400台かかえており、全国でも数千台受注しているが、いまは月産14台しか生産されていないので、納車に10~20年先になる人がでてくる、ともいう。

 そんな好評の水素自動車の講義を受けて感激していたら、2、3日前に音もなく走る電気自動車や水素自動車に従来の自動車が出している音を出すことを義務づける立法化の動きがある、との報道が飛び込んできた。なんでも目の見えない人に対して自動車が近づいてきたことを知らせるために電気自動車などハイブリッド車に音がするような装置の装着をさせるのだ、という。自動車メーカーは音楽を奏でるようなことを検討している、ともいうが、電気自動車が街中を音楽を奏でて走破していくことを考えるとなにか間違っているのではないか、という気がしてならない。

 確かに目の見えない人にとって音もなく自動車が近づいてくるのは危険なことであろう。では音が聞こえない人に対してはいまどういうことをやって、今後どうしようとしているのだろうか。全国で目の見えない人と音の聞こえない人のどっちが多いのかよく知らないが、こうしたマイノリティの人に対するケアをいかに果たしていくかは確かに重要なことであるが、一方で科学の進歩に対して環境や人にいかにやさしく対応していくかを多面的に検討し、調和を図っていいくのが政治というものではなかろうか。

 仮にハイブリッド車すべてに音楽を発することを義務づけることにしたら、目の見えない人に対してはケアできることになる、ただ一方では静かな朝と夜中にやたら街中や自然の草原で音楽が鳴り響けば騒音となることもあるのではなかろうか。流す音楽にもよるかもしれないが、どんな音楽を流すかによっても違ってくる。要は運転する人が周囲の状況を注意深く見渡しながら運転することを周知徹底するようにするしかないと思う。折角、科学技術の進歩によって生活環境が改善されていくのにそれに棹さすようなことがあってはならないだろう。
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安倍首相よ、いい加減に株式市場を操ろうとするのはおやめなさい、そのうちに大火傷しますよ

2016-10-08 | Weblog
 先日の産院予算委員会で共産党の小池晃議員が安倍首相にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用成績が5.3兆円の赤字だったことを問題だと指摘したのに対し、安部首相は「その前の3年間の運用収益が37.8兆円もあり、まったく問題はない」と一蹴した。その後のやりとりについては新聞、テレビでも取り上げていないのが、安倍首相の言うように全く問題がないとはいえず、問題は昨年11月から株式市場の活性化のためかGPIFの運用資産に占める株式の割合の上限を従来の2倍にあたる50%に引き上げたことにあり、単に累積の収益がプラスなのでいい、とするのは間違っている。

 安倍首相が常に世論調査の内閣支持率と同様に東京株式市場の相場に神経をとがらせているのは有名で、一説には「首相官邸の壁に東京株式市場の相場のグラフが張り出してある」、とも言われている。おのれの経済政策の巧拙を映し出すのは株式相場だといわんばかりで、上がっていれば上機嫌だともいわれている。こんなに株式相場に神経質な首相はかつて聞いたことがなく、安倍首相はポピュリストだといわれる所以はここにある。

 だから安倍内閣は少しでも株式相場が下向くと活性化を図るための方策を探ってきて、昨年末には禁じ手といわれていたGPIFの運用資産を株式市場に大幅に振り向けることを画策し、子飼いの塩崎厚労大臣に命じて強引にカビ式への運用比率を従来の2倍に引き上げてしまった。その後、GPIFは株式の購入を続けたようで、2012年から2014年まで年間10兆円を超える運用益を上げていたのに2015年は5.3兆円の赤字へと転落してしまった。11月末以降の株式買い入れが収益をプラスからマイナスへと大きく振れることに預かったのはいうまでもない。

 問題は表面には表れていないものの、いまや日本の上場企業の4分の1の企業の筆頭株主の座にGPIFが躍り出ていることで、まさに日本の株式市場は官製市場と化していることだ。しかもこのままの相場を続けば、GPIFは保有した株式を売りたくても売れない状況になりかねず、仮に損を覚悟で売りに出せばGPIFは大きな損失を計上するうえ、日本の株式市場は大暴落するという二重の悲劇を招きかねないことだ。しかもGPIFの大元である日本国は1000兆円を超える財政赤字を抱えており、ことは単に株式市場の崩落だけにとどまらない深い根にもつながっている。日本を発火点とする国際恐慌の引き金ともなりかねないだろう。

 だからか、安倍首相は日銀に対しても国債だけでなく、ETF(上場投資信託)の買い入れができるようにしたほか、異なる手法で株式市場にテコ入れを図っている。これも官製相場の上塗りをするだけで、まさに経済のイロハを知らない素人の悪あがきに過ぎない。こんなことを続けていると、国際金融市場での日本の評判は地に落ちることになるのは明らかで、遅かれ早かれ、外交の場で安部首相が何を言おうと信用されなくなることだろう。所詮、政治家が株式市場を意のままに操ろうとするのは間違ったことである。これも言ってみれば、政治とカネの問題である。
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訴える相手を間違えているのではないか、と思わせた損害賠償請求裁判

2016-10-07 | Weblog
 7日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。午後1時半から707号法廷での一般女性が丸井のクレジット会社、エポスカードを相手どって損害賠償請求している民事裁判を傍聴した。どうやらエポスカードから徴収されたクレジット金額の返金を求めているような裁判のようで、証人尋問を聞いているうちにエポスカードを相手どるのではなく、クレジットカードを不正使用した相手に対して請求した方がいいのではと思わせた。裁判長も最後には原告に対して「クレジット会社ではなく、不正使用した相手を訴えるべきではないか」と問いかけるほどで、原告の弁護士が「それをしても取れる金額はごくわずかで弁護士費用の方が高くつくといったんです」と吐露する意外な展開を見せていた。

 まず証人尋問に立ったのはかつての原告の恋人だった。宣誓を一緒にするのを拒否した原告は尋問が始まる前に退廷し、弁護士が「顔も見るのも嫌だから」と弁解し、妙な雰囲気のなかで始まった。被告側の弁護士の尋問に対し、一昨年の10月から1年間、原告と恋人関係だったことを告白し、その間2人で全国各地の有名ホテルに泊りがけで旅行に出かけたことと述べた。そうした時、原告は相手がその費用を全額払うことを当然としていたが、月収20万円程度の収入しかないので、そのうちにお金がなくなり、時に喧嘩となって、原告が嫌々、自身のクレジットカードを差し出すことがあり、それで支払ったことが数回あった、と語った。その時のサインは原告でなく、自ら行った、という。それがエポスカードから請求が来て、原告の口座から引き落とされることとなり、裁判となったわけである。

 原告はこのかつての恋人の証言に対し、クレジットを使われたのは了解していなくて、知らない間に使われたのだから、本来の請求は使った本人にしてほしい、として、エポスカードに一旦口座から引き落とされた分を返還してほしい、と申し入れた次第。しかし、その申し入れをしたエポスカードから「使ったのは確かに男性ですが、その人を知っていますか」と聞かれた際に「近所に住んでいる知っている人だ」と回答した。原告は同じようにクレジットカードをかつての恋人に不正使用されており、エポスカード以外のクレジット会社とは2人分のうち半額の半金を受けていることで話がついた、としている。ただ、被告のエポスカードの責任者はクレジットカードの使用については提携しているVISAカード側に責任があることなどとして返金には応じない構えである。

 原告は航空う会社のキャビンアテンダントで、父親が医者で済住んでいるマンションの家賃も父親が払っていることが明らかになるのを聞いて、わがまま放題のお嬢さんのような感じで、裁判もその流儀で押し通しているようだった。聞いていて、クレジットカードを不正使用した人がわかっているのなら、その人に対して警察に被害届を出して罪に問うべきであるし、あわせて損害賠償請求もすべきで、クレジット会社に対して訴訟を起こすのはお角違いではないか、という感じがした。だから、最後に裁判長は原告に対し「かつての恋人を訴えないのはなぜか」と問いかけると、代理人が「『彼にはお金がないからとても払えないし、弁護士費用のが高くつく』と説明しても『それでもいい』と原告はいう」と答えた。原告はその理由を「許せないから」というのだが、だからクレジット会社を訴えるのはどう見ても筋が違う気がしてならなかった。双方とも和解する気はないようで、最終的には却下される見通しが強そうな感じだった。
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そろそろ”小池劇場”の賞味期限が切れるころで、どこかで足元を掬われることもありえるだろう

2016-10-01 | Weblog
 都知事に就任以来2ケ月経って、華々しい活躍を見せている小池百合子氏は余勢を駆って、オリンピック組織委員会と自らの足元である東京都に大太刀を振るったが、いずれも厚い壁に阻まれて、いまのところ撥ね返された感じとなっている。300万票にも達しようかという圧倒的な得票を得て、世論をバックにバッタバッタと既得権力層を押しのけようとして、いまや時の人となっているが、ここへきて、どうやらその鉾先にかげりが出てきたようだ。人の噂も75日といわれ、就任してからそろそろ賞味期限が変わる時期にさしかかり、ややメッキも剥げつつあるようだ。
 
 小池知事は11月7日に予定されていた築地市場の豊洲移転に待ったをかけたところ、土壌汚染問題から始まって土盛りが行われていなかったことや地下空洞構造が発覚するなど仕掛けた本人も思ってもみなかった問題が次から次へと発生し、国をあげての大きな問題となり、テレビは連日この問題を取り上げるなどまさに小池劇場化しつつある。小池知事はこの間、東京都が自らの手でなぜこんな事態となったのか、だれが決めたのかを解明するための調査に乗り出させ、都の自浄能力を測りたい、と語っていた。ところが、30日に発表された調査報告書では「責任者を特定することは難しい」との結論が出て、自浄能力どころか、うやむやのうちにそうした流れになってしまった、ということしかわからなかった。
 
 たまりかねた小池知事は「ガバナンス(内部統制)の欠如と責任感の欠如」と厳しく批判し、今後重要な課題を部門をまたいで共有する「都庁マネジメント本部」を設置するとともに都政改革本部のなかに内部告発を受け付ける公益通報制度を充実することを決めた。ただ、今回の調査が身内が身内を調査することの難しさを露呈したことから、見て公益通報制度が有効に機能することは考えにくい。また、ガバナンスを強化するということはトップの在り方にもかかわってくることで、いずれ小池知事自身のガバナンスが問われることとなるのは避けられないことだろう。いまは前任者のガバナンスを問題にすればいいが、今後のガバナンスは自らに振りかかってくることを覚悟しなければならないことはいうまでもない。

 もうひとつ小池知事は先月29日に2020年の東京オリンピックの総事業費が当初7000億円くらいだったのが、いまや3兆円にも膨らんでいることを重視し、このうち都が整備を進めているボート・カヌーの海の森水上競技場、水泳のアクアティクスセンター、バレーボールの有明アリーナの3施設の建設費が当初の2倍から7倍へと大幅に増えていることから、オリンピック組織委員会に見直しを申し入れた。指摘していることはもっとなことだが、翌30日に開かれた衆院予算委員会でもこの問題は取り上げられ、オリンピック担当の丸川珠代大臣は「オリンピックの予算を決めるのは東京都とオリンピック組織委員会」と語り、東京都が当時者であることを言明した。小池知事はいかにも被害者のようなスタンスで切り込んだわけだが、それを決める当事者であることがはっきりとしたわけで、今後は自ら事業費の見直し、抑制に乗り出さなければならなくなるだろう。

 小池知事はかつて小泉元首相のもと環境大臣などを務めていたことがあるせいか、その政治手法はかなり小泉氏の真似をしているようなところがみられる。さらには大阪市の元市長だった橋下徹氏の橋下劇場の手法も真似たところもみられる。いずれも世論をバックにマスコミ受けするような言動を重ねていくパーフォーマンス型政治手法である。ただ、橋下氏の場合は多少の暴言や勇み足をしても大阪という立地の事情っもあって、見逃されることがあった。しかし、東京都の場合はいささかの失言もあってはならないし、極めて慎重な言動が要求される。それには何をやるにしてもそれなりの優秀なスタッフが控えていて、万全の体制を取らないとどこかで足を掬われることともなりかねないだろう。そろそろ小池劇場の賞味期限も切れる時期が近づいている。改めてこれまでの言動を振り返って、今後は慎重に足元を固めていくことが求められるだろう。
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