とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

久々にボーリング

2009-11-20 22:29:58 | スポーツ
今日は、何年かぶりにボーリングをやった。ここ何年もやっていなかったので本当に久しぶりである。業界仲間うちでの親睦ボーリング大会である。会社の同僚たちも十数人参加した。全部では約100名以上いたようだ。

さて、自分の成績といえば、全然自慢できるような結果ではなかった。1ゲーム目はまったくダメで100もいかない。2ゲーム目は少し慣れてきたのか116出たが、総合結果はかなり下位のほうだった。ストライクが出ても次がスペアを取れなかったりして点が伸びない。1投目が9とか8とれても、2投目がミスの連発でダメだった。

表彰式では上位3名以外に飛び賞の授与もあったが、結局飛び賞にも外れ参加賞の洋菓子を貰って帰ってきた。ボーリングもたまにやるのはいいなと思ったが、少し練習しておけばよかった。慣れてない動きをしたせいか、右腕が少し痛くなってきた。

台風被害の清算が全て終わった

2009-11-19 18:44:15 | 呟き
先日、台風18号の影響で我が家のカーポートが飛散し、隣の家の車を損傷したのだが、やっと保険金が支払われ清算が全て終わった。他人への損害賠償については、「ファミリー交通損害保険」という保険から支払われた。この保険は、一般的には交通事故での対人対物保障がメインだが、それ以外の要因で他人に損害を与えた場合も対象になり、自然災害による今回の事例もしっかり対象になったので助かった。しかも、被害金額は100%対象となり、修理工場の口座に直接保険会社から支払われたようだ。隣家との関係もあり、大事にならずに済んでよかった。

また、我が家のカーポートの修理代については、火災保険から全額補償されることになり、これはしばらく前に100%+αで私の口座に振り込まれた。火災保険が、火災だけではなく自然災害による家屋や屋外施設の被害も対象になることは当初知らなかったのだが、保険屋さんに教えてもらい、こちらも大いに助かった。保険は無駄に感じることが多いが、今回のこともあり、やはり入っていて良かった。


インターネット完全復活

2009-11-18 23:02:44 | パソコン
昨日、急に不通になったインターネットを急遽仮接続して使っていたが、やはり不便なので、電気屋で新しいブロードバンドルーターを買ってきた。親機と無線LANができるよう無線子機も合わせて買った。

早速、故障したルーターを取り外し、新しいルーターを接続した。パソコンに設定用のCDを入れると後は案内に従って設定を進めるだけだ。設定は簡単に無事終了して、インターネットに接続ができた。これで、パソコンの電源を入れると何の手順も必要なく接続が出来るようになった。これで、デスクトップのほうは完璧である。

次に、もう一台のノートパソコンのほうは無線LANで接続するようにした。以前も無線LANで使っていたのだが、途中から無線通信ができなくなって、ここ最近は有線LANにしていたのだ。有線だと場所が固定されてしまい不便だったので、この際無線通信できるように再度設定しなおした。こちらも設定用CDの手順に従ってインストールし、無事終了した。もちろんインターネット接続もOKである。昔の無線LANの子機は名刺大のカードだったが、最近のはUSB接続で幅1cm、長さ3cmと非常に小さい。まあ、スマートでコンパクトになったものである。

これで、ネット環境は無事、以前の快適な状態に戻った。

ネットが一時不通になった

2009-11-17 21:26:37 | パソコン
今夜、パソコンを立ち上げてみたら何故かインターネットとメールが接続しなかった。前日までは普通に繋がっていた。何も触ってないのに不通になっていたので困った。

ただ、こういうことは時々あるので、とりあえずルーターや光電話アダプタ等の電源を切ってもう一度入れなおしてみた。ほとんどの場合は、電源を入れなおすと直ることが多いので、楽観視していた。だが、何度電源を入れなおしても接続できない。

さあ困った。このままではメールチェックもブログ更新も出来ない。次にやってみたのが、ケーブルの接続状況だ。ケーブルの接続が不完全かもしれないと思い嵌めなおしてみた。しかし、これもうまく行かない。ただ、この時ルーターのケーブルを接続したポートのランプが点灯していないのに気付いた。時々は点灯するのだが、直ぐ消えてしまう。これは、どうもルーターがおかしいのではないかと気付いた。

試しにルーターを取り外し、直接ランケーブルを光電話アダプタに接続する。すると、何のことはない。無事接続が完了した。やはり、ルーターの故障が原因であったようだ。現状では、1台のパソコンの接続は出来るのだが、2台目以降のパソコンの接続が出来ない。つまり同時に2台のパソコンでのネット接続が出来ないのだ。このままでは、妻のパソコンでのネット接続が出来ないので早急にルーターを買い換えるしかないようだ。

曽爾高原と倶留尊山

2009-11-15 23:53:25 | 山登り
今日は、朝5時発で奈良県曽爾村にある曽爾高原散策と倶留尊山登山に行ってきた。

曽爾高原は、ススキの草原が広がり多くの観光客が訪れていた。特にこの時期はススキの穂が日差しを浴びて銀色・金色に輝きカメラマンの絶好な被写体となっていた。今回の目的は、このススキの銀波を見るために来たといってもいい。

曽爾高原のススキは、昔から屋根の材料として使われていたが、トタンや瓦が普及したことにより年々使用が減ってしまっていた。そのため昭和44年春には、杉などの植林が進められたそうだが、村ではこの素晴らしい景観が杉山などに変わっていくことは忍びなく思い、約40haのススキの草原を奈良県に保護してもらうことになったという。その後、ススキ以外の植物の成育を抑え、山焼きで発生した灰は肥料とする目的で毎年3月に山焼きを行い、地元の人々の努力によって曽爾高原のススキは守られているそうである。まさに素晴らしい景観であり、見に来た甲斐があった。

また、中腹にあるお亀池には次のような伝説があるという。
『昔、太良路に住む若者がお亀と言うみずみずしい美人の嫁をもらいましたが、産後、実家へ帰ってしまいました。こどもが夜泣きをするので、お亀に乳ををもらいに出かけたところ、お亀池までお亀がやってきて一度だけ乳を与えてくれました。また夜泣きをするので、乳をもらいに行くと怒ったお亀が大蛇となり、このお亀池に現れたといいます』

そして、曽爾高原から亀山峠に登り、更に二本ボソに続く稜線はなかなかきつい道である。折から強い横風が吹き、吹き飛ばされそうになりながら登った。二本ボソから先は私有地となり、入口のところで入山料500円を払い先に進んだ。なかなか展望がいい場所で、空気が澄んでいれば伊勢湾や知多半島が見えるそうであるが、そこまではよく見えなかった。

二本ボソからはいったん下って、倶留尊山まで登り返す。この道もなかなかきつい登りであった。倶留尊山は日本300名山の一つで標高1038mの山である。既にたくさんの登山者たちがきていた。ただ、山頂も風が強くのんびり休憩するのも憚れたのでそのまま亀山峠まで戻った。亀山峠からは亀山経由で曽爾高原をぐるっと回り、入り口の駐車場まで戻った。結局、下も風が強く、のんびり昼食を取れるいい場所がなかったので、更に下った「お亀の湯」の駐車場の片隅で、おにぎりやラーメン、お汁粉などを食べて遅い昼食をとった。「お亀の湯」は温泉のランキングでは全国3位になっているらしく、なかなかいい泉質の温泉であり、帰りも体がポカポカしていた。

「行政刷新会議の事業仕分け」簡単すぎないか!

2009-11-14 21:57:59 | 政治
来年度予算要求の無駄を洗い出す行政刷新会議の「事業仕分け」が数日前から始まり、各省庁の予算の無駄を見つけ出し、削減する作業が行われている。そして、3日目の作業では、文部科学省所管の「次世代スーパーコンピューター」の技術開発(概算要求額約270億円)は、財政難などを理由に予算総額の削減を求められた。

会議では、「スパコン、世界一になる必要あるのか」「一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか」「一番だから良いわけではない」という意見が相次ぎ、次世代スーパーコンピューターの開発予算に事実上の「ノー」を突きつけたそうだ。会議は一つの案件を1時間で全て決定するシステムとなっており、初めに削減ありきの人たちが集まっている会議では事実上規定の路線となっている雰囲気でもある。

文科省側は「技術開発が遅れると、すべてで背中を見ることになる」と防戦したが、圧倒的な「世界一不要論」を前に敗北。同研究所の理事長でノーベル化学賞受賞者の野依(のより)良治氏は「(スパコンなしで)科学技術創造立国はありえない」と憤慨していた。結局、「科学技術立国日本」を否定しかねない結論が導かれ、文科省幹部は「日本の科学技術振興政策は終わった」と吐き捨てたそうである。

このところ、この事業仕分けのニュースで、予算の無駄が明らかになってきており、公開の場で議論することはいいことだと思えるが、1時間の議論で簡単に決めていいことばかりではないと思う。資源や軍事力では劣る日本が、唯一世界に抜きんでていくには科学技術は最重要な分野ではないのか。事業仕分け人たちが全ての面で知識があると思えない。このような国の将来に係わるような事業予算の決定は、拙速に決めることなく十分な論議を得て決定して欲しいものだ。事業仕分けによって決まった来年度予算の行方が気がかりでならない。

山陽道てくてく旅が終わる

2009-11-13 22:19:44 | テレビ
5月から始まった「山陽道てくてく旅」が今日終了した。NHKBSで放送していた番組のことである。去年から見始めて、楽しみに見ていた番組だ。去年は、四国八十八か所めぐりで卓球選手の四元奈生美さんが歩いていたが、今回はシンクロナイズドスイミング選手(北京オリンピック銅メダリスト)の原田早穂さんだ。

春編と秋編に分かれて放送された。春編は太宰府天満宮から尾道へ向かい、しまなみ海道を渡って生口島まで歩いた。秋編は尾道から平城京(奈良)まで歩く。全長約800キロのコースである。そして今日、無事に平城宮朱雀門に到着した。いつも冷静な顔でゴールしていた原田さんだが、最後のゴールに近づくにつれて、今までの思いが万感に迫ってきたのか感激で涙が溢れてきた様子に私も目頭が熱くなった。とてつもなく長い距離を自分の足で歩き、ゴールしたときの達成感は最高であっただろう。私もウルトラマラソンのゴールした時の気持ちを思い出し、原田さんの気持ちがすごーくよくわかった。

この番組では、シンクロナイズドスイミングのアクションとともに「それではVTR ごら~んくだっさいっ♪」と言う原田さんのポーズや、道中で見つけた景色や花、食べ物等を原田さん自身がスケッチした絵を見るのも一つの楽しみであった。絵を描くのは初めてだったという原田さんだが、どうしてなかなか上手に描いていた。最初にプロのイラストレーターに指導を受けたそうだが、プロも顔負けのスケッチで感心した。

これで、しばらく楽しみがなくなってしまったが、来年も同じような企画があることを期待している。この次は、どんなコースを誰が歩くかが楽しみである。そして、私もいつか自分の足で日本の歴史街道を歩いてみたいと思っている。

バンドエイド誕生秘話

2009-11-12 21:28:13 | 呟き
最近読んだ新聞記事にこんな話が載っていたので紹介する。

ちょっとした切り傷には、欠かすことの出来ない救急用具のバンドエイド。また、マラソンなどでもマメ防止や擦れ防止に役に立ち、大変役に立つアイテムだ。そんなバンドエイドにはこんな誕生秘話があったのだ。

バンドエイドは、1920年当時ジョンソン・エンド・ジョンソン社の社員であったアール・E・ディクソンが開発した。彼は当時妻のジョセフィンとアメリカのニュージャージー州にて新婚生活を送っていたが、結婚したてで台所仕事に不慣れであったジョセフィンは度々手に火傷や切り傷を負っていて、その度に彼は彼女にガーゼと粘着テープで手当てを行っていた。そして自分が留守の時にも彼女が一人で簡単に手当てできる包帯を作ろうと思い立った彼は、適当な長さに切ったテープにガーゼを貼り綿布をあてたものを考案した。こうしてバンドエイドは誕生したのである。 なお、当初のバンドエイドは幅8cm×長さ40cmで現在のものよりかなり大きく、これを必要な分だけハサミで切って使っていた。 なおこの発明者のアール・E・ディクソンはその功績が認められ1929年にジョンソン・エンド・ジョンソン社の取締役となり1932年から1957年までは副社長を務めた。

と、まあこんなことから開発され広く世界で愛用されているのだ。私も、バッグの中には、バンドエイドを何枚も忍び込ませている。ちょっとした怪我をした時、何度も役に立っているのだ。必要は発明の母というが、ちょっとしたアイデアでヒットした商品は、いろいろあるものだなと思った。


デジブック 『錦秋の石鎚山』

2009-11-11 22:06:27 | デジブック
デジブック 『錦秋の石鎚山』


昨日に続いて、四国一の高峰「石鎚山」の高画質写真をデジブックにアップしました。剣山登山の翌日に登りましたが、この日も天気がよく穏やかな日和で紅葉を堪能しました。この山の特徴は、なんといっても四つのクサリ場です。試しのクサリ、一,二,三のクサリとありそれぞれスリル満点です。人出も最高で、クサリ場は数珠繋ぎ、山頂は超満員でした。

ブログ記事はこちらです。

四国百名山めぐり 2日目(前編)
http://blog.goo.ne.jp/maduka/d/20091016
四国百名山めぐり 2日目(後編)
http://blog.goo.ne.jp/maduka/d/20091017