我々自身が有している「意識」は、
簡潔に言えば「精神」とも言われる。
それに対して、五感で知覚できる様々な事物のことを
一般に「物質」と呼んでいる。
今の世界は精神のことなどお構いなく、
肉体五感で知覚できる「物質」ばかりに注目し、
それを加工し、付加価値をつけ、蓄積することを良しとしている。
つまり物質偏重文明と言える。
精神は・・思考・感情・想像などの働きであり、
それをもとに様々な物質を加工して機械文明化してきたわけだが、
とうとう作った物質が勝手に一人歩きをはじめ、
その文明の主人公である人、「人の精神」が忘れられ、
気付かず知らずの間にじわじわと乱れ、
歪み切った状況になってきたことに気付けるだろうか。
少なくとも、主要メディアが、
同期したように垂れ流している内容は、
フェイク、利益誘導、宣伝・・が増大しているし、
それを真に受ける人たちも多くいるだろうから、
その流れ、精神の乱れた流れが、これからも続き、
かならずその先の滝つぼに落ち込んで行くものと思われる。
人間の文明を創り上げるところの・・人間の意識・・精神
これが乱れてはどうにもならず、
必然的に文明自体が乱れ、腐敗し、崩壊してゆくことになる。
一部には今さら、こころを入れ替える気もないだろう。
良いも悪いもない、自然と・・、
それぞれにとってなるようにしかならない。
思考、感情、想像・・それらの働きを一般に「意識」といい、
かいつまんで「精神」と言っている。
あなたの精神は乱れていないだろうか?
いつの間にか本来あるべきと感じる方向から、
大きくそれていないだろうか?
例えばタダ同然のテレビばかり呆けたように見ていないだろうか?
世の中の乱れ切った「常識」なるものに気付いているだろうか?
生活全般が、銭、金、物、損得ばかりの追求で終始し、
今だけ、金だけ、自分だけという生き方が・・
常識化している現状に気付いているだろうか?
世界をリセットしようとする流れが確実に起きていることを、
あなたは知っているだろうか?
いやいや、まだまだ世界は大丈夫です・・
そう想いたいのは山やまだが、
意識と環境、精神と生活の相関関係が理解している場合、
意識の乱れと混乱、その質的腐敗が起きているからには、
今までの文明世界は、今はもう明らかに、
確実に崩壊の一途を辿っていることに気付けるだろう。
光と闇の戦いで、光が勝っている?
光が勝って、またもとの安楽な生活に戻る?わけではない。
今は特別な時代、時節、その時が来ているのだ。
次元上昇、アセンションとも言われるが、
その言わんとするところは何であろう?
あなたはそれなりに理解しただろうか?
あなたは、何で、
どこから来て、
どこに行くのだろうか?
死んだら終わりの物質・動物なのか?
さらに、
乱れた精神、物質化された精神、肉体感覚だけを信じる精神、
そういう精神でプログラムされた目標が、
国家の目標に掲げられてしまっては、
これはもう、この先は「終わり」であると気付けるだろうか?
多くの人々は、何も知らず知らされず、皆が皆マスクして、
さも当然のように街を歩いているけれども、
例えばこれも、
終わりのはじめを意味しているのだ。
当初はなかなか信じられなかったことだが、
ムーンショット計画なるものが、
内閣府のホームページにあることを知っているだろうか。
別に批判するつもりはないけれど、
官公庁らしからぬ、
アバターなる、仮想の分身キャラのような造語が平気で使われ、
科学の針先で人間自身の肉体神経を改造し、
その五感の知覚範囲を広げようとしていると同時に、
電子化、機械化された時間空間の中、
サイバー空間の中で安住することが、
人間の幸せで平和な生き方であると、
そういうう風にも読み取れるのであるが、
結構やるね・・と浮かれている場合ではなかろう。
ここには精神さえも、物質の高度な働きであるという信念、
あるいは、ここより先には行きたくないという、
物質文明内へ自己逃避するような
そういう病的信念が反映されている。
人間の創り上げた物質科学、
電子的、遺伝子的に肉体を造り替えて、
誰かの作る人工的なサーバー空間で遊ぶだけで、
どうして幸福になれるのだろうか?
これを全人類にとって実現しようとするならば、
膨大な物質科学的資産と資源を消耗し、
ただでさえ環境汚染が叫ばれる中、
それを補填する膨大な富・エネルギーは存在しないとなれば、
どうなるかは見えているではないか。
必然的に、
その世界に住まんとする人類数は非常に少ないものとなる。
80億人の全福祉の目標と思っているのだろうか?
これから世の中はそういう、
さらに文明が進んだ世界になるのだ・・等と、
ぼんやり考えている人々は、
意識の真眼を見開かなければ、
何が隠されているのかを知らなければ、
最終最後の、最大フェイクに遭遇することにもなるだろう。
逆に、多くの人がその歪んだ企てを知れば知るほど、
その歪エネルギーは解放され、解消されることになるのである。
しかしながら、このままでは、
大難がすべて消え去るということは期待薄だろう。
・・・
少しは・・名残惜しいけれども、
ホピの種族が関りを持っている人類文明の、
4番目の最終フィナーレが、
どの程度のカタストロフを伴って現象化するのだろうか。
しかしながら、
人は、いついかなる時であろうとも、
出来うる限り、自然の動きを謙虚に読みながら、
大自然と人とが真に調和しつつ、
与えられた貴重なこの人生を歩まねばなるまい。
たとえ、文明の自業自得であるところの、
動乱と混乱の時節になったとしても、
動ぜず、乱れず、穏やかであらねばならないはずだ。
そういう精神にまで到達させなければなるまい。
それがもっとも難しくもありながら、
それこそが、次なるステージへの課題なのだ。
あなたはどう感じるだろうか?
ホピの岩絵に残されている象徴画、
大元のマサウから始まった地上の4つの文明、
思い上がった4つの人類文明の先には人間がいない・・、
それと対照的に、
地に足をつけ、大自然の知恵を備えた人による、
天地・宇宙・大自然との調和した、
第5の文明だけが残されるとも解釈できるだろう。
本日も拙い記事をご覧いただきまして、誠に有難うございました。