大阪松竹座、2025年2月14日16時15分(夜の部)、2月15日11時(昼の部)。
昼の部は『本朝廿四孝』の十種香、『恋飛脚大和往来』の封印切、『幸助餅』の三本立て。
夜の部は『義経千本桜』の鼓ターンで、序幕は大内の場、堀川御所の場、同掘外の場、二幕目が道行初音旅、大詰が川連法眼館の場、奥庭の場。
團子ちゃんの女形が見たくて、そして初めてのハコに行ってみたくて、いそいそとチケットを取りました。夜の部は1階とちり席どセンターの一等席、昼の部はケチって2階中通路すぐ後ろほぼどセンターの二等席にしましたが、正解でした。
まあどこでも観やすそうな客席で、階段もあるけれど細いエスカレーターで客席階まで上がる構造はややアレでしたが、ロビーその他そこそこの広さがあり、いい劇場ですね。トイレもそれなりに回転していました。そして外観がとにかく素敵でした! 夜に行ったときは位置をよく把握していませんでしたが、翌朝行ったらかの「かに道楽」がすぐ近くにあることに気づき、道頓堀にも気づいてグリコ看板も眺めてきました。このあたりは大学生のころに観光として来たことはあるけれど、以後はただ混んでいるだけのどこにでもある繁華街、という印象だったので、なんばをゆっくりすることもなく、さっと地下鉄で移動してしまいました…
昼過ぎののぞみで出かけて、まず夜の部を観ました。『義経~』は二世竹田出雲、三好松洛、並木千柳合作の全五段の人形浄瑠璃で、1747年大阪竹本座初演。翌年には歌舞伎に移されたそうです。源平合戦の後日譚で、戦死したはずの平家の武将を生きていたとしてその後を描く筋と、初音の鼓の皮に張られた親狐を慕い、義経の家臣・佐藤忠信に化けた狐の筋の、ふたつに大別されるそうです。
きちんと観たことはありませんでしたが、学校の日本史で学んだり大河ドラマで見たり『平家物語』は一応読んだことがあったりで(あとテレビ人形劇も見ました)、なんとなくの史実の知識はあるつもりでした。というか二幕目は去年、春秋座で團子ちゃんの素踊りで観た「
吉野山」ですよね。その前後の物語が観られるんだな、とワクテカでした。とりあえずお話が知りたい派の素人なもんで、通しが好きなんですよ…これで今度の歌舞伎座の全通し?版も観やすくなるのかな、楽しみです。
初音の鼓とは、桓武天皇が雨乞いをしたおりに、大和国に棲む千年の功を得た雌雄の狐の生き皮を使って作られたものだそうで、今回はそれが内裏の宝蔵からしずしずと出されるところから始まりました。義経は中村扇雀、弁慶は中村亀鶴、鼓を渡す藤原朝方は市川青虎。
しかしド古典の台詞は何故あんなにゆっくり語られるのか…? 昔の人のしゃべりはスローモーだったという解釈なの? それともお弁当したりしながらのんびり観るものだったから、あまりシャキシャキ進まない方がいいとされていたということなの? 義太夫ともども音律を聴いて楽しむ音楽のようなものだから、ということ? ド素人の私には単純に不自然に思えて、いつも鼻白むのでした…イヤホンガイドが嫌いなので半分ほども聞き取れてはいませんが、意味というかお話の流れはわからなくはないので、とりあえずおとなしく観ました。てか昼夜観ると、同じセットを使い回しているんだな、ということにのちに気づくのでした(笑)。
第二場、義経の館である堀川御所の座敷。幕がさーっと開いたらピンクのべべ着てお姫様ポーズの團子ちゃん卿の君がセンターにいて、思わず「かっわ!!!」と声漏らしましたすみません…
卿の君は義経の正妻で、夫君の心労を思ってご自身も気が晴れないご様子。それをお慰めするべく、義経の愛妾・静御前(市川笑也)が例の「♪しずやしず…」を踊っています。居並ぶ腰元たちもほのぼの見守り、ひとりの殿御にふたりの女性なれど仲良くて良き、みたいなことを言うのですが、ほんまかいなと思わないこともない…(^^;)でも笑也さんがすっきり美しいので許してしまう(笑)。
そこへ頼朝の使者・秩父庄司重忠(市川中車)がやってきて、まあ要するにアレコレ因縁をつけ出す。最後には卿の君が平大納言時忠の娘であることを持ち出し、それを北の方に迎えたことへの申し開きを要求する。と、卿の君は義経の潔白を示すため、自ら飛び出ていって胸元ガッと開けて乳の下に懐剣をグサリ! ぎょえーーーそんな展開!?と驚きつつも、覗けた赤い襦袢に悶絶する私…本当の下着としての色なのか、出血を表現したものなのか? そしてはらりと乱れる君の前髪…ヤダ素敵…!(ヒドい)
重忠が「でかした娘!」とか言うんで、出たよこういう忠義とかなんとかのために犠牲にされた生命を称える歌舞伎あるある…!と思っていたら、なんと卿の君は時忠の養女で、実の親はこの重忠とのこと。えええーーーそういう設定!? てか実の親子が実の父娘を演じるて…「あっぱれ娘」と再び言われて、これまた物語のために女が死ぬパターンではあるのだけれど、泣かせることは間違いないのでぐぬぬ…となりました。
重忠が介錯し、その生首を鎌倉殿への申し立てに使うことに。出たよまたも生首…とこのとき思いましたが、その後すぐに十作分ほどの生首を見ることになろうとは、このときはよもや思わず。
鎌倉方が攻め込んできて弁慶の大立ち回り。攻め寄る軍兵の首を次々引っこ抜き、襟元から赤い風呂敷出して広げてブシャーッてな鮮血が表現されるのが妙にコミカルで、生首は用水桶みたいなのにホイホイ投げ込まれるし、最後に箍が外れて真っ赤な本水と生首がゴロゴロ転がり出る演出だったりしたらどうしよう…とかドキドキしました(笑)。凄惨なバトルシーンもエンタメに変える歌舞伎の懐の深さよ…!
で、最初の幕間。新大阪駅のエキマルシェで買ってきた喜八洲のみたらし団子をいただきました。イヤしかし卿の君、出てきたと思ったらあっという間に自害まで走り抜けて退場する、エリザのルドルフみたいなお役だったな…
二幕目は源九郎狐が中村虎之介、静御前はここから中村壱太郎。團子ちゃんの素踊りでもこの旅装外して…とか付けて…みたいなの、やってたなーといろいろ思い出しました。
逸見藤太(中村鴈治郎)と追っ手たちがドタドタ出てきて大騒ぎしていって…というのは以前観たものにはなかったので、コミカルパートとして楽しかったです。ラストは、これもぶっ返りというんでしょうか? 虎之介くんが狐の本性を表す白いお衣装にダーンと早替わりして軽快に花道を去って行き、拍手、拍手…! ホントにエンタメ!!
大詰からの忠信/源九郎狐は中村獅童。義経に静の安否を尋ねられて、会っていないのでわからない、みたいなことを答えるしかない様子を見て、そうだよね静と会っていたのは虎之介くんだからね! 別人だね!! みたいな気持ちになりました(笑)。引っ込んですぐ早変わりしての二役、これも歌舞伎あるあるですよね。
その虎之介くんは駿河次郎になっていて、團子ちゃんの亀井六郎とともに忠信を詮議する役回り。團子ちゃんは初の赤っ面役。勇ましさを表しているんだろうけど、床をドカドカ鳴らす登場や大音声、学校なら帰りの会で学級委員の女子に「廊下は静に歩きましょう」って怒られるヤツ…!とニマニマしてしまいました。
そこへ静ともうひとりの忠信が現れて…忠信が狐であることが明かされて…引っ込んだと思ったら白い毛皮のお衣装になってパッと出てくるアレを初めて生で観ました。イヤお客は喜ぶよね! 親子の別れを悲しんで鼓が鳴らなくなる、という展開は知りませんでした。鼓は狐に下賜されて、ワンコのように喜んで去る狐…
奥庭。横川覚範(中村鴈治郎)、実は平家の残党・能登守教経が攻め込んできたところに、全員揃ってビシッと決めて、この続きはまた別のお話…みたいな感じでおしまい。華やかで大満足、というところでしょうか。團子ちゃんの黄色いタータがキュートでした、これも勇ましさの記号なのかな…
あ、一本ものには必ずあるものなのかな? 大薩摩(東武線久大夫、三味線は東武線松)が今回もあって、私はこれがクライマックス前の盛り上げみたいで大好きなので、嬉しかったです。
昼の部の『本朝廿四孝』は近松半二らによる全五段の時代浄瑠璃で、1766年大坂竹本座初演。四か月後には歌舞伎になったそうです。竹田、上杉両家の争いを主題とした物語だそうで、「十種香」の通称で知られる今回の演目はその四段目とのこと。このあとの「狐火」とともに上演の多い人気狂言だそうです。三大赤姫のひとつ、八重垣姫は30年ぶり(!)の扇雀さん、腰元・濡衣(すごい名前ですが、たまたまなのか…)が壱太郎さん、武田勝頼が虎之介くん。今度は親子が恋人役ですよ…
扇雀さんはさすがに声が若い娘には聞こえなかったので、それこそ長男に譲ってやっても…と思わなくもなかったですが、大名家のお姫様の品格、を出すにはこれくらいのキャリアが要るものなのかもしれません。
これも、死んだと思われた勝頼は実は子供のころに取り替えられていた偽者で…みたいな設定なのですが、双子じゃないんだからそっくりに成長することはないのでは、とはつっこみたかったです。ともあれ八重垣姫は許嫁の絵姿とそっくり、と騒ぎ、また偽者の勝頼の恋人だった濡衣も心乱れて…みたいな感じでしょうか。うん、虎之介くんの美麗な武者ぶりに胸とどろくのは仕方ないやね(笑)。
長尾謙信(中村鴈治郎)が白須賀六郎(市川團子)を勝頼征伐に差し向ける。またドタドタやってきて颯爽と去る團子ちゃん…お声が凜々しく、素敵でした。八重垣姫と濡衣が謙信にすがりついて、幕。いいところまでやってパッと切る、歌舞伎あるあるよ…!
最初の幕間で、ロビーで買った一口いなり弁当をぺろりといただき、舞台写真が出ていてので注文。次の幕間で受け取れてお支払い、というスタイルでした。團子ちゃんばかり5枚ほど購入。
続く「封印切」は、宝塚歌劇の『
心中・恋の大和路』を始め、さすがにいろいろ観ています。大坂で実際に起きた事件をもとに、近松門左衛門が書いた『冥途の飛脚』とその改作『傾城三度笠』を素材にした人形浄瑠璃『けいせい恋飛脚』が生まれ、それが歌舞伎化されたもの。1796年初演。「新口村」と並び、独立して上演されることが多い場面ですね。亀屋忠兵衛/獅童、梅川/壱太郎、槌屋治右衛門/中車、井筒屋おえん/扇雀、丹波屋八右衛門/鴈治郎で大阪で観る上方和事の代表作、趣深かったです…!
てかさー、忠兵衛ってホントなんやねんって男なんだけど、獅童さんにまたしなしなやられると腹立つやらおかしいやら情けないやらで…梅川もビシッと言ったり!とか思うのですが…おえんさんや槌屋の大人チームがちゃんとしていて頼もしく、また八右衛門がもう憎たらしくてほんまに友達なんか!?とキレそうになり、なかなかに感情を揺さぶられました。しかしすごい話ではあるよ…
ラストの「幸助餅」は1915年京都谷座で初演された、創作喜劇みたいなものだったんでしょうか。長く松竹新喜劇で受け継がれ、2005年歌舞伎化とのこと。なんというか、推し活の悲劇みたいなものが題材のお話でした。贔屓の相撲取り・雷(中車)に入れあげて身代を傾かせかけた大黒屋幸助(鴈治郎)が、雷に嘘の愛想づかしをされて一念発起して商売を再興し、雷の真意もわかってめでたしめでたし、みたいな人情劇。女房おきみの青虎さん、女郎屋に売り飛ばされかける娘のお袖の虎之介くん、その女郎屋三ツ扇屋の女将・お柳の笑三郎さんがそれぞれ素敵で、途中ヒヤヒヤさせられつつもよかったよかった、となって大満足の締めくくりでした。もちろん鴈治郎さんの愛嬌は素晴らしい…! そして昼夜通してうっかり中車パパに惚れそうになりました(笑)。
でも先日、
勘九郎さんが関取だかヤクザだかで恩返しをしていたような…お相撲さんは義に篤いというイメージがあるのかな?とか思っていたのですが、江戸時代だと女児は遊女、男児は相撲部屋に口減らしで売られ、そういう苦労人は義理人情に篤くなる…というイメージがあるのではないか、とのちにお友達に解説していただきました。なぁるほどねえぇ。せつない…
昼の部はバラエティに富んだ幕の内弁当みたいな三本立てで、夜はしっとり一本もの、という、よく考えられたプログラムに思えました。昼の部の團子ちゃんの出番は一瞬でしたが、どうせだし昼夜観よう、と手配してよかったです。全然くわしくないなりに、いろいろつながり出して楽しかったし、なるべく機会を捉えてさらにいろいろ観ていくと、いつかさらにもっといろいろとつながるんでしょうしね。
例えば来月の南座はついでの関係もあって今のところ桜プログラムしか観ない予定なのですが、来週文楽の『妹背山婦女庭訓』第三部を観るので、となるとこれを歌舞伎で観たら…となって松プログラムも気になってくるかもしれないんですよね。沼だわ…
6月の博多座も、他に旅行の予定があるから日和ろうかな…とかも思いましたが、街もハコもホント楽しいし、行ったら絶対おもしろいわけで、やっぱり観ておこうかなあ、とぐすぐず考えたりし出しているのでした…ホント、困った趣味に手を出してしまったものです!
ところで、ひとつおもしろいことがありました。
私はひとり観劇のときはわりとスンッとしているというか、話しかけられたりかまってほしくないオーラを出しているタイプだと思うので、お隣の見ず知らずの方から話しかけられてちょっと歓談する…みたいな経験がほぼないのですが、今回は夜の部の最初の幕間に、お隣のおじさまに話しかけられました。真横だしよく見ていませんが、おじさん呼ばわりしつつ同年代くらいだったかもしれません、すみません。でもなんか、教えたがりの困ったおじさんとかでは全然なくて、もちろんナンパでもなくて、普通に標準語で「ここ、観やすいですねえ」みたいに実にフランクに話しかけられたので、こちらもフツーに受け答えしてしまったのですが、意外に、と言ったら失礼かもしれませんが、その交流がとても楽しかったのでした。
夜の部の席は1階席の前後左右ちょうどまん真ん中、みたいな位置で、左手を見ればものすごく首をねじらなくても花道もひととおり観られるし、前列との段差もあって視界に人の頭が被ることもなく、とても快適だったのです。そして何故かこの1列だけが妙に空席が多かった…私は発売初日にネットで買ったのに、隣は二席空いていたようで(逆隣も一席座った先がまた空いていました…)、おじさまは昨日、別のチケットを買いに来たついでに、いいところが余っていたのでここをたまたま買ってみた、と語っていました。なんと…予約されたけど決済されなかった、とかの席だったのでしょうか?
大阪の方で、昼の部はもう観たとのことで、でもチラシも番附もお持ちでなくて、「静御前は壱太郎じゃなかったでしたっけ…でも今は…」「笑也さんですね、壱太郎さんはこのあとからでは」「ああそうか、で、もうひとりのお姫様は…」「自害した正室は團子さんですね、私は彼を観たくて東京から来ました」「へー…」みたいな。で、一緒に私の番附の配役を眺めたりして。忠信はこのあとも虎之介と獅童なんですね、とか、チケットは普段はネットで買うんですか?とか、まあたいした話じゃないんですけどなんとなく世間話ができて、楽しかったのでした。
最後まですごく楽しく見終えた終演後に、でも親の皮を張られた鼓をもらって子狐が喜ぶ、というのはどうにもシュールに思える、みたいなことを言ったら、「でも、位牌をもらうようなものなんじゃないですかね」と言われて、なるほど!と腑に落ちたりもしたのでした。勉強になりました、ありがたかったです。
また、いろいろな楽しい出会いに恵まれるといいな、と思います。行ったことのないハコはまだまだあるので、チャンスを見つけて出かけていきたいです!