駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(中央公論新社)

2024年04月28日 | 乱読記/書名た行
 結婚から逃げる日本人作家・千鶴子は、台湾人通訳・千鶴と“心の傷”を連れて、1938年、台湾縦貫鉄道の旅に出る…台湾グルメ×百合×鉄道旅小説。

 日本人女性作家の手記、のていを取った台湾人女性作家の小説…というギミック自体はよくあるものな気がしましたが、ともあれ楽しく読みました。しかし著者は台湾で歴史百合小説なるジャンルを起こしたとして注目されている人物なんだそうですね。本の帯といい訳者あとがきといい、「百合」に関してなんの説明もないままに進められているんですが、そんなに周知で当然の用語なんでしたっけね…?
「日本統治時代の台湾を舞台とし、綿密な資料考察に基づいて創作された百合小説」ということだそうですが、歴史とか百合とかよりはグルメもの、というか美味しいごはんものとして、おもしろく読めました。逆に言えば、歴史小説としても百合としても中途半端には感じました。尻切れトンボ感があるというか、隔靴掻痒感があったというか…
 もちろんそれこそ「日本統治時代の台湾が舞台」だったからで、日本人の千鶴子と台湾人の千鶴との間に真の意味での友愛なんて存在しえなかったのだ…ということこそが「歴史」の物語ではあったのでしょう。でも小説としては、たとえば千鶴は千鶴で何か覚え書きみたいなものを残していたことにするとかして、彼女側から見た物語についても足すなどしないと、やはり上手く成立しない気がしました。
 ただ、この時代のこの問題に関して、私を含めて現代日本人の多くはほとんど知らないし考えたこともないと思うので、でもそれはやはり駄目なことだと思うので、こういう小説がきっかけでも、まず知り、考え、未来に生かすことは必要だな、と改めて感じました。謝罪するとか、責任を取るとかいうことではなくて、未来に向けてきちんと考えることが大事なのだと思うので。それが千鶴の傷を癒やすことになると思うので…
 そんなことを考えた読書になりました。



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『チャーリーはどこだ!』

2024年04月27日 | 観劇記/タイトルた行
 日本青年館ホール、2024年4月22日18時(初日)。

 英国名門校オックスフォード大学で、卒業を間近に控えたチャーリー(林翔太)とジャック(室龍太)。ふたりは仲良しのルームメイトであり、愛するエイミー(蘭乃はな)とキティ(敷村珠夕)を迎えてのランチを計画。だが時はビクトリア朝末期、独身の男女が立会人なしに同席することは許されない。折良くやってくるチャーリーの叔母ドナ(彩乃かなみ)に期待をかけたが、彼女は現れず…
 作/ジョージ・アボット、作曲/フランク・レッサー、演出/中屋敷法仁、上演台本/勝田安彦、訳詞/山内あゆ子、音楽監督・編曲/栗山梢。1948年ブロードウェイ初演のロマンチックラブコメディ。全2幕。

 蘭ちゃんとミホコが出るブロードウェイ・ミュージカルで中屋敷さんの演出か、ジャニーズ案件だけど行ってみるか…くらいの気持ちで出かけてきました。
 要するに叔母が来ないのでチャーリーが女装して叔母の振りをし、ガールフレンドたちと会うことになるのだが…というだけの、それでオチまでわかるようなたわいないお話なのですが、みんな可愛いし楽しかったのでまあいいか、という仕上がりでしたかね。ただもうちょっと小さいハコでほっこりやるのがよかったかもしれません。また、セット(美術/古謝里沙)はキッチュに見えるかはたまたチープに感じるか、感想は人によるかもしれません…
 あとは、プログラムによればチャーリーは「好奇心旺盛で元気」、ジャックは「裕福で頑固」、エミリーは「優しく賢く礼儀正しい」、キティは「正直」とされていますが、そんなキャラ立ちはまったくしていなかったので、もっと脚本に手を入れて、それに添った芝居をさせないと役者たちもやりづらかろうよ…とは思いました。
 女子ふたりはタッパも違うし、私は蘭ちゃんのファンだから「じゃない方」との見分けもつくけれど、男子はマジでニコイチに見えて、お衣装の色が違うのと、片方がちょいちょい「叔母」の女装をしに行くから見分けがつく…というレベルでした。これではちょっと困ってしまうと思います。それに、ジャニーズ案件で基本的にファンが観るものだから主役に好感を持って当然、とされているのかもしれませんが、普通の観客にとっては役がキャラ立ちしてないと好感も何もないので、これはやはり演出にもっと手を入れてくれないと…と感じましたね。
 また、これは蘭ちゃんの役作りなのか、むしろエイミーはちょっとすっとんきょうで、キティの方がリリカル・ロマンス・ヒロインになっていて、その差異はいいなと感じたんですが、これはたまたまなんですかね? そのあたりも、もっと仕事してくださいよ演出…とは思ったかな。こんなたわいないロマコメにもいちいち注文つけて申し訳ございませんが…でももっとウェルメイドなものを目指していいと思うので、そこはがんばっていただきたいのです。

ロジャース/ハート』でも良かった林くんはさすがの座長っぷりでした。対してこれが二度目のミュージカルだという室くんは歌唱がまだまだで、残念でしたね。ダンスはいい感じに見えましたが…
 蘭ちゃんも歌は健闘、というレベルで、もちろん現役時代よりは良くなっていたけれど、ややもの足りなかったかな…ただし芝居と座持ちと華が抜群だったので、それはやはり実力だなあ、と思いました。私は『バイ・バイ・バーディー』でも観ているらしい、けれど記憶がない敷村さんは素晴らしかったです! さすがコゼット女優!! まさしくひばりのような歌声でしたよ…!
 もちろんミホコは素晴らしく、壮麻さんとのデュエットはもうオペラのようでした。福田転球も塩梅がちょうど良くて、こういう役があくどすぎたりかわいそうすぎたりすると全体に居心地悪くなると思うんですけれど、ちょうどいいコミカルさでさすがだと思いました。
 プログラムにある、「恋をする純粋な気持ちが肯定的に描かれ、その甘さ、爽やかさ、愚かさが豊かな楽曲で綴られていく。まさに王道!」「そのストレートさに驚かされる」「ミュージカルの本質的な喜びがダイレクトに感じられる」というのは、そのとおりかなと思えました。休憩なし2時間にまとめられなくもない気もしましたが…でもまあ、楽しかったのでいいです。
 大阪公演もどうぞご安全に…






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宝塚歌劇雪組『ALL BY MYSELF』

2024年04月25日 | 観劇記/タイトルあ行
 相模女子大学グリーンホール、2024年4月20日11時。

 半年後に卒業を控えた雪組トップスター彩風咲奈がこれまで作り上げてきた作品の名場面を中心に構成した、ストーリー仕立てのドラマチック・リサイタル。作・演出/野口幸作。全2幕。

 東西ともけっこう公演期間が短いんですね、なので中日くらいに観た感覚かもしれません。いい、いいという評判を聞いていましたが、本当によかったです! 私は特に咲ちゃんファンでも雪担でもありませんが、ひととおり観てきていて十分ワクテカでしたし、これはファンならなおさら…と思うといっそう感動しました。
 主演スターを架空?のスターに見立てて、その回顧の形でそのスターの来し方を見せる…というのはよくある手法だと思います。でもそれだけにならない愛、情熱、アイディアがありました。そして主演スターだけでなく、比較的少人数だったこともあって組子の起用もバランス良く、素晴らしかったと思いました。野口先生と咲ちゃんは一期違いの入団になるそうですが、そういう出会い、歴史がここに結実したんだと思います。素敵なリサイタルを作ってもらえてよかったねえぇ咲ちゃん、としみじみ思いました。音校ポスターから始まって、ドのつく雪組の御曹司としてここまできたのに、結局代表作や当たり役がないまま去らせるんだね劇団…とか私は考えていたからです。イヤ斎藤一とか冴羽遼とかよかったよ? でもそれでいいのか?ってのがあるじゃないですか。あとはポスターが新感覚で素敵だった退団公演のフェルゼンが、脚本の改善は期待できないにしても、役者の力で芝居が、キャラが良くなっていて「さすが…!」となることを祈るしかありません。今の咲ちゃんなら、可能性はあると信じていますけれどね…
 れいちゃんなんかも、早くから「ああ、花組のこの世代はこの子なのね、ハイハイ」って感じに周知させる抜擢起用がありましたが、なんせ花男は多士済々なので、あまり一本被りの御曹司育ちって感じじゃありませんでした。咲ちゃんみたいなひとりっ子政策はチエちゃんくらいまで遡らないとないのでは…まこっちゃんでもこんな感じではなかったように思うからです。『ビシャイ』は素晴らしいプレ・サヨナラ・コンサート・ショーだったなと思っていますが、単独退団のリサイタルだと、今回の構成が本当に素晴らしい、と思いました。

 ブルーム、という役名は『ODYSSEY』のものでしたっけ? でもそもそも「花が咲く」という意味の動詞でしたっけ? なので咲ちゃん、ってことですね。これが、これから旅に出るスターとして引退公演?を行っている。マスコミやファンが詰めかける。そこに、彼の本を書きたいという記者カイル(華世京)が訪れる…かせきょーは雪組新進気鋭の若手スターですし、実際に咲ちゃんのファンだったのかな? よくある構造ですが、実にハマっていて良きでした。
 その引退公演のとある日のフィナーレから始まる構成で、エトワール(音彩唯)はばまいちゃん。パレードの形で出演者を全員見せて、バックステージ、楽屋となってインタビューが始まり、思い出の旅が始まる…上手い。客席係ルイ(眞ノ宮るい)ははいちゃん。てかここでブルームの影(苑莉香輝)というか若いころのイメージみたいなのを踊るエンリコの素晴らしさよ! こんなに踊れるんですね!? そしてスタイルの良さよ! 股下5メートルと言われる咲ちゃんの影をやって遜色のない脚の長さ、顔の小ささよ…! 私はこれまで華とオーラと愛嬌に惹かれていて、この間のショーの雪の華の花心みたいなのをやっていたときにもスタイルについてはそこまで感じなかったのですが、今回は刮目しましたね…! かせきょーとはまた違う大物感を感じているので、本当に楽しみなスターさんです。
 さて、まずは初舞台ロケットの再現から。場面のテーマはオレンジ。この夜光衣装、印象的でしたものね。ここでもエンリコの腰の高さ、脚の長さに私は目がテンでした。『シクハン』の名曲「Eres mi amour」を歌うのもいい。さらに『君愛』『カラマーゾフ』…そう、咲ちゃんは水しぇんの直系だったんですよね…
 続いて抜擢続きで苦しかった、というようなブルーのターンへ。ここでも若き日のブルームはエンリコ。『ソルフェリーノ』の新公主演、当時そこまで歌が下手だった印象はないけれど…それにこのくらいの学年で一度新公主演が来るってのはそんなにレアではなかったと思うので、当時の咲ちゃんがそんなにハカハカしていたとは知らなかったよ…と思いました。無難な作品でまずやらせておこう、ってことかな、とか考えていたので。『ロジェ』で、やはりハリーのスーツものをトップになってからやっておきたかったよねえぇ、などと思うなど。『ロミジュリ』の「世界の王」は問答無用に盛り上がりますね。さらに『』。結局、新公主演って何度やったんでしたっけ? 5回? それはやはりちょっと多かったかもしれませんよね、そらプレッシャー感じるよね…
 ゴールドのターンはジパング編ということで、衣裳係ヴァイオレット(愛すみれ)の「お祭りマンボ」から。上手い! そして祭りの女の美影くららちゃんがいい! てかときどきカガリリに見えました。『夢介』『幕末太陽傳』と来て、愛陽みちセンターの『さくら』がまたよかった! 愛すみれないしはばまいちゃんをヒロイン格に据えるのかな?とか思っていたのですが、よほどの下級生以外は全員ピンで使う!みたいな意志を感じてとても良きでした。みちちゃんは可愛いんだけど私の好みからするとちょっとお姉さん顔っぽすぎるというか、くらげちゃんを華やかに可愛くした顔みたいにしか見えないのですが(全方位に謝りますが)、とにかく目を惹きますよね。新公ヒロイン、待ってます!
 パープルのターンは別箱主演シリーズで、下級生が順に当時の咲ちゃんの役に扮していくので、これは下級生たちも嬉しいだろうと勉強になるだろうし、いいですよね。作品群の微妙さを覆って余りあります(オイ)。ネモ船長(月瀬陽)の月瀬くんがお衣装に着られて見えたのも愛しい…着こなしも場数です、がんばれー!
 そして突然花道から躍り出たすわっちセンターで「ミュレボ」。男役もかせきょーだけでなくすわっち、はいちゃん大活躍で塩梅が上手いと思いました。
 からの、今の咲ちゃんが扮する斎藤一キター! パンツの線の細さがたまらない…原作漫画になんの思い入れもない私でもたぎりました。
 1幕ラストは黄色のターン、名作「海の見える街」完全再現です。ひらめのところははばまいちゃん。イヤよかった、この場面だけどもごちそうさまでした…!
 2幕のインタビュー、かせきょーのポーズがそのまま『CITY HUNTER』原作イラストのポーズに重なって、トップ時代編に突入! これも上手い。イメージカラーはグリーンで、ゲワイや『ライラック~』『Fire Fever!』まで。さらに咲ちゃんとすわっちで『愛短』の「アンフェア」! これはファンも嬉しかったことでしょう。
 そして愛すみれさまが「愛の宝石」を熱唱するターンで咲ちゃんと白綺華ちゃんのデュエット・ダンス…! 最近やっと歌手起用されてきたけど、雪組は毎年毎年主席の娘役をもらっていてあまり使わないのはなんなの!?とこっそり憤っていただけに嬉しかったです。てか踊りもいいじゃんねえぇ!
 最下から3カップルの「フロホリ」もフレッシュで良き。次いで大道具係ウィング(天月翼)がブルームの運転技術を褒め、そのまま『ボニクラ』の車を転がしてブルームが登場! ヒュー!! 幼きボニーを演じていたみちちやんが夢白ちゃんのところに入って「踊らないの?」…たまらん!!! そのあとの天月くんと愛すみれさまのデュエット・ソングも素晴らしかったです。天月くんも本公演ではなかなか歌が回ってこないけど、上手いんですよねえぇ…!
 日替わりコーナーは「リベルタンゴ」でした。咲ちゃん、すわっち、かせきょーに眞ノ宮るいこちゃんと有栖妃華ちゃん、はばまいちゃんのトリプル・デュエダン。はいちゃんの女役、しなやかでとても素敵でした。
 その次がみちちゃんセンターのヨジャドルみたいな場面で、これもよかった! めっちゃアガりました。野口先生といえばアイドル場面ですが、娘役にも作ってくれるんだ!と飛び上がりたいくらいでしたね。
 ラテンの女で有栖ちゃんフィーチャーがあり、「カリビアン・ナイト」は咲ちゃんがサエちゃんのファンだったから無理矢理、ってことだったんでしょうがこれもよかったです。みんな、誰かを夢に描いて憧れて、その人がまた誰かの夢になって…と続いてきた、続いていくのでしょうからね…
 一度日程が飛んだ『ODYSSEY』で、おそらくそのまま上演していたらすわっちが歌ったのだろう大商人の歌をここで歌わせてあげる…というのもニクい。からの金の奴隷と囚われの王妃のターン、かせきょーの女装感が増していて成長を感じました。テティスははばまいちゃん、そしてここでセレネとして踊る瑞季せれなよ…! てか上手い!! 本公演でももっと使ってー!!!
 再び楽屋でのインタビューに戻り、ファンやマスコミが集まる中、ブルームがひとり歌い、去っていく…美しい構成でした。振りの参加は私はしなかったけれど、主題かもとてもよかったと思いました。満足!
 プログラムもとても豪華な作りで、写真も手がかけられていてとてもよかったです。白のファーコートは同期の愛ちゃんが『不滅の棘』で着たものなのかもしれませんね…それもまた良き。愛されているスターの愛すべきリサイタル、素晴らしかったです。GW後半の大阪公演も盛り上がりますよう、お祈りしています。









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『王様と私』

2024年04月17日 | 観劇記/タイトルあ行
 日生劇場、2024年4月15日17時45分。

 1860年代のシャム(現タイ)。イギリス人将校の未亡人アンナ(明日海りお)が、はるばる王都バンコクに到着する。植民地化を図る欧米列強が迫る中、王様(北村一輝)は国の将来を背負う子供たちに西洋式の教育を受けさせるために、アンナを家庭教師として雇ったのだった。オルトン船長(今拓哉)に見送られ、クララホム大臣(小西遼生)にバンコク式の出迎えを受けたアンナは、異国の地に趣く難しさを痛感するが…
 音楽/リチャード・ロジャース、脚本・歌詞/オスカー・ハマースタインⅡ、翻訳・訳詞・演出/小林香、振付/エミリー・モルトビー、音楽監督・歌唱指導/山口琇也、美術/松井るみ。
 アンナ・レオノーウェンズの手記に基づくランドンの小説を原作にしたミュージカルで、ブロードウェイ初演は1951年。日本では市川染五郎(現・松本白鸚)と越路吹雪で1965年初演。東宝では四半世紀ぶりの上演、全2幕。

 ケンワタナベ凱旋公演版を観たときの感想はこちら
 今回は、えっ北村一輝ってミュージカルもやるの?とかみりおちゃんの歌はその後上手くなってるの?とかいろいろ不安もありましたが、作品が好きだし日本語で観たいし小林香のアップデート力、フェミニズム観は信頼できると思っているので、みりお担の親友に連れていっていただきました。H列のほぼほぼセンターというお席でたいへん観やすく、休演日の花組子が来ているのも眺められて(れいちゃん、まどか、はなこと…あとは誰だったのでしょうね?)、楽しい観劇となりました。銀橋か作られていて、なかなか効果的に使われていたのも印象的でした。
 オーバチュアが流れる中、まだ暗い舞台に船を模したらしい装置が現れるのが見えて、舳先に人影、ドレス姿っぽいシルエット…これはみりおかな?と思っていたらぱっと明転して、まさしく白とブルーのドレス姿のそれはそれは麗しいみりおアンナがいたものだから、思わず拍手しましたよね…! これは別に宝塚式ということもない、開幕への、そして耀くように美しいヒロインへの正しき拍手でした。てかそもそも『アンナと王様』だもんね、むしろアンナが主役のお話ですものね。オペラで見ると顔にちょっと隈があって驚きましたが、もともと出やすいタイプなんだそうな…肌が薄いのかしらん?
 さて、みりおの歌は、ここで最初に歌う歌の高音が弱かった以外はまったく問題なく、あとはあのまろやかな美声を久々に朗々と響かせてくれました。つかみで失敗したんじゃダメじゃん、とも言えるんだけど、この高音問題は今後も課題なのでしょう。ミュージカル女優をやっていくんだったら、ホントなんとかしていただきたい、とは思っています。
 でも、でも…もともとオールド・クラシック・ミュージカルでナンバー数がそれほど多くなく、演技の比率がずっと高い舞台だ、というのもあるのですが…みりおアンナ、素晴らしかったです!
 アンナって、わりと普通の女性なんだと思うんですよね。すごくプライドが高い貴族の貴婦人、とかでもないし、逆にものすごく先進的で開明的で科学的思考の持ち主で…というんでもない、ごく普通の母親、成人女性なんだと思うのです。もちろん、おそらくは夫の赴任地の関係でアジア諸国を回っているようだし、その経験から来る、一般的な西洋人よりは東洋に対する偏見がない、とかはあるかもしれませんが、それですごく居丈高になっているわけではない。仕事だから、契約だから、約束だから誠心誠意果たそうとし、人と人として誠実に向き合おうとしている、けれど理不尽なことには黙っていないし、でも頑固一辺倒ではなく引くときは引くこともできる、優しく賢く柔軟な、でも決してスーパーレディではない、ごく普通のまっとうな女性。みりおはそれを実にチャーミングに演じていて、誰もが好きになるに決まっているアンナになっていました。観ていて本当に気持ちがよかったし、共感し、応援し、一緒に泣き笑いしました。そういう演技ができる確かな実力とテクニック、空間把握能力を感じました。ステージングもあるだろうけれど、なんてことない歌を歌うときの振りがいちいち決まっていて、ひとりでも舞台が保つ。その華、輝き、スター力よ…! 私はミュージカルなんだからまず歌える人がやってくれ、と再三言ってきましたが、その上でこのスター力がないと、舞台の主演はできないんだな、と痛感しました…!!
 クリノリンを入れるような、わっさー!っとしたドレスはみりおもまだまだ不慣れなはずですが、スカートさばきも素晴らしく、美しくて見とれました。衣裳はもちろん有村淳、ゴージャスでエレガントで素晴らしかったです。
 王様がまた…舞台経験はあるもののこれが初ミュージカルだったそうですが、歌も大健闘していたと思います。そもそも王様にはソロが一曲しかありませんしね。あとでチュラロンコン王子(この日は前田武蔵)とルイス(田中誠人)がリプライズで歌う方がよっぽど上手いしミュージカルになっていましたが、でもいいんですよ。なんせ芝居歌として正しかった。そしてこれまたとてもチャーミングな王様でした。
 王様の父親は、悩まない、迷わない国王だった。それで済んでいた、古き良き時代だった。てっぺんでただ威張っていても政治は大臣たちがみんなやってくれていたんでしょうし、国民はみんな崇めてくれていたのでしょう。でも今、周りの国々がどんどん西欧諸国の植民地になっていくような世界情勢の中で、迷い、悩み、恐れている。子供たちに西洋人の家庭教師を呼ぶくらいには開明的で、でもまだまだ古くて頑固で因習に縛られていて、何より威張ることをやめられないでいる…要するにそこらの男と同じってことなのですが(笑)、現実に男性に「俺も悩んでいるんだよねえ…」とか言われると、その「悩んでいるんだよねえ…」の背後に「(チラッ)」みたいなのが感じられて「知るかボケ!!」って返したくなっちゃうわけです。でもこれは舞台だから、王様がひとりで悩んでいるところを覗いちゃうだけだし、王様は大臣にもアンナにも素直に悩みや迷いを打ち明けられないでいる。それでなんとかしようとしてジタバタしてドタバタする、それを眺める作品だから、手放しでキュンキュンできるのです。その芝居がものすごく達者だな、といたく感心しました。
 ただ、上着をなんか必要以上にバサバサさせるんだよなー…あれは王様の乱暴さとかワイルドさとかあまりお行儀にかまわない感じの演技、というよりは、単に中の人が長いお衣装を扱い慣れていないだけ、のように私には見えて、そこは優雅でもいいんじゃないの?とは思ったのです。それこそソロの間の動きもそう美しくはなく、これは場数やテクニックが要るのだな、と改めて再認識できました。
 でも、いい王様でした。ちょっとおじさんっぽくわざとガラガラ声っぽくしゃべるのもよかったし、臨終の演技もとてもよかったです。人が死んで泣くとか単純すぎてサイテー、と思っている私ですらダダ泣きしました。というか基本的にずっと泣いていました…
 だって「Shall We Dance?」の幸福感ったらなかったんですもの…! サビになる前のフレーズをみりおアンナがほろほろ歌い出した瞬間からもう泣いていましたが、手を取り合って、身を寄せてホールドして、ふたりでくるんくるん回って…歌詞は今回オリジナルのものになっていたと思いますが(プログラム不記載)、よく歌われるものでは「♪もしも愛し合うことになっても~」とあるじゃないですか。今まではあくまでビジネスパートナーで、雇用主と被雇用者で、意見の相違も多い相手で、でも異性で、今はお互いがお互いの腕の中にいて…ふたりの心がひとつになっていくのがわかるダンスでした。そして王様がふっとアンナの頬に手を伸ばす、でも次の瞬間にはそっと引っ込めてアンナも身を引く、その一瞬のときめきととまどいとためらいと、そして大人の判断と…もう爆泣きしました。なんてせつないの、ロマンチックなの!てなもんです(「先生なのにロマンチストなんですね」みたいな台詞はよかったなあぁ! 科学的、という言葉に対してまだ極端なんだよね…)。
 そしてタプティム(朝月希和)のひらめがまた素晴らしかったんですよ! オペラばりのアリアをあんなに聴かせてくれるなんて、現役時代は決して歌の人じゃなかったのにすごい…!と震えました。しかも生腹まで拝ませてくれて…相変わらず相手役を素敵に見せる立ち居振る舞いも美しかったです。強くひたむきで、でもけなげで、理知的で聡明で、一瞬でも相思相愛の相手と睦めたことは幸せだったろうけれど、けれど悲しい女性…沁みました。そしてこれはかなり大きなお役なんだなあ、と改めて感心、感動しました。
 対して古い女性の代表、とされるのかもしれないチャン王妃(木村花代)ですが、これまた素晴らしかったです。木村花代のこういう歌い上げるソロを久々に聞いた気がしましたし、多くの妻妾や子供たちと暮らすなんて大変な日々に決まっているのによく管理し、何より王様を愛し王様のためにいろいろ気を遣っている、これまた優しく強く聡明な女性でした。西洋のイブニングドレスをちゃんと着こなしちゃうのもとっても素敵。
 ラムゼイ卿(中河内雅貴)が来るからって、西洋式の晩餐会、舞踏会で迎えよう、というのは本当は単なる迎合にすぎず、今ならシャム式の宴会で迎えることこそが正しい友好の場だよ、とも思えるんだけれど、このバージョンでもちゃんと1幕アタマの「Western People Funny」があるので、そういう批評性はちゃんとあって良きでした。てか今さんといい小西さんといい中垣内さんといい、歌わないのでなんて贅沢な器用!とこれまた震えましたが、でもお芝居でもがっちり脇を固めていて好印象でした。
 また、劇中劇場面は本格的なタイ舞踊の振付がついていたようで、これも素晴らしかったです。これも初演時は、もっと単純な、西洋の似非オリエンタリズムみたいな場面だったのではないかと思うんですよね。それがアップデートされてきている。今回は、白塗りして白人を演じているタイ人、に扮している日本人俳優、という構造になって、そこにちゃんと批評性があるなと感じました。そもそもはオペラにバレエ場面が組み込まれるようなノリだったのかもしれないけれど、一場面としてもとてもおもしろく、見応えがありました。ラストに仏陀の教えを説いちゃうところは、やはり本質的には仏教徒であろう我々日本人としてもなかなかおもしろいものがあるなと感慨深かったです。お妃さまたちの歌も素晴らしかったです。
 そして子役たちも素晴らしかった…! ドラゴンとエレファントの2チームでダブルキャストのようですが、プログラムを見たらひとり初舞台の子がいるだけで、あとは全員そうそうたる芸歴の持ち主なんですよ…! 本当に歌もお芝居も達者でした。子役で泣かせるなんて下の下よ、と思いつつもダダ泣きする私…どうしたどうした(^^;)。
 この回の王子とルイスは、王子がもう声変わりをしていてルイスはまだボーイソプラノで、そんなデュエットもとても素敵でした。ことに王子は眉目秀麗だったなあ、数年したらもう大人の役者としてミュージカルの舞台に立っていたりするんだろうなあぁ…
 ラストに王子が、王となってまず最初に決めるのが花火とボートレースの開催、ってのがいいのです。それはご褒美だからいいのよ、王様になったんだからそれくらいは好きなことをしていいと思うの。この先大変なことばかりだしね。
 でも2番目には、土下座の廃止を決めるのです。不必要だから、身体を傷めるだけだから、虚礼だから。民のために、そう決めたのです。民のために働く、これぞ王様の仕事です。一から百まで自分の金と名誉と権力のためにしか動かない、本邦の自民党の政治家たちに見せてやりたい演目です。このオチは覚えていたのに、ダダ泣きしました。もうフィナーレがないと耐えられない…!と思ったらフツーにラインナップでしたけど…(笑)

 はー、そんなわけで大満足でした。また適度に忘れたころに違う座組で観たいと思いました。クラシックだけど、古臭くはないと思うんですよね。差別も文化衝突もまだまだ現代の問題なわけですし、口笛吹いて強がってればホントに元気になれる、とか知れば好きになるし好かれたくなる、とかのテーマやメッセージは永遠のものです。そしてクラシカルだけれど豊かで色褪せない楽曲の素晴らしさ…! たっぷりしたオケ(指揮/森亮平)に、優雅なハコも似合いで、セットも豪華で舞台サイズもちょうど良いと思いました。
 プログラムの装丁もアンナのドレスに合わせていて素敵でした。箔をナシにしてもう200円安くしてくれてもいいけど…(笑)いえ、このゴージャスさが似合いですよね。
 小さい子でもわかるお話だと思いますし、GWとか、家族連れにたくさん観てもらえるといいなあ、と思いました。梅芸の方がちょっと大きそうですね、でもやっぱりハマりそうです。
 無事の完走を祈っています!











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マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』

2024年04月13日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 東急シアターオーブ、2024年4月11日19時。

 演出・振付/マシュー・ボーン、美術・衣裳デザイン/レズ・ブラザーストン、作曲/セルゲイ・プロコフィエフ、オーケストレーション/テリー・デイヴィス。
 この日はロミオ/ロリー・マクラウド、ジュリエット/ハンナ・クレマー、ティボルト/アダム・ガルブレイス、マキューシオ/キャメロン・フリン、バルサザー/ハリー・温度ラック-ライト、ベンヴォーリオ/アダム・デイヴィース。
「それほど遠くない未来」のヴェローナ・インスティテュートを舞台にした、ニュー・アドベンチャーズ2019年初演のバレエ。全2幕。

 両家の対立はなく、大人が反抗的な若者を収監する強制施設を舞台に、ティボルトは看守に、パリスはジュリエットの女友達フレンチー(この日はブルー・マクワナ)に改変され、マキューシオとバルサザーは恋仲とされています。ティボルトはずっとジュリエットに執着していて、機会を見ては虐待しており、ジュリエットが必死に抵抗しても状況に変化はない。そこに、親に反抗的なお坊ちゃんのロミオが施設に入れられてきて…という感じでしょうか。
 出会い、恋に落ち、ティボルトとマキューシオが揉めて、ティボルトがマキューシオを殺しロミオがティボルトを殺してしまう…という流れは同じかな。ここまでで1幕で、やっちゃったー! どうしようー! でヒキ、って感じが、あらWSSと同じだわ、など思いました。2幕は35分しかなくて怒濤の展開で、施設内でロミオが隔離されるのがマントヴァ追放に当たるのかな? ジュリエットが薬で仮死状態になるくだりはなく、ティボルトの幻影に苦しめられて錯乱し、ロミオを殺してしまい、絶望したジュリエットもあとを追う…みたいな感じでしょうか。
 どなたかが言っていましたがロマンチックではなく、セクシーでもない、なんなら美しくもないバレエ作品でした。生々しく、ギスギスしていて、ギラギラした怒りに満ちていて、パワフルでアグレッシブでした。若者は大人と対立しているのかもしれませんが、あまりに一方的に支配され、収監されたまま抗う術がないので、ラストの絶望感はたまりません。宝塚みたいな天国エンドもないしね、両家の和解みたいなのもないしね…
 でも、こんなことはあってはならない、ということを強く思わせられる、メッセージ性にあふれた舞台だな、と思いました。
 パ・ド・ドゥではマクミラン版やクランコ版の有名な振りのオマージュが散りばめられているようにもみえて、おもしろかったです。あとはなんといっても楽曲がいいよね…! だいぶ大胆に編曲されているな、とは思いましたが…
 フレンチーの存在があまり効いていない感じがしたのは残念でした。しかし、どんな翻案にも耐えるシェイクスピア作品の強さよ…!と改めて感心しました。






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