駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

EMK『ベルサイユのばら』

2024年08月15日 | 観劇記/タイトルは行
 忠武アートセンター(韓国、ソウル)、2024年8月13日19時半。

 代々王室近衛隊を指揮してきた由緒正しいジャルジェ将軍家の末娘として生まれたオスカル(この日はチョン・ユジ)。ジャルジェ将軍(イ・ウスン)は家の名誉を守ろうと彼女を息子として育て、オスカルは祖国と王家に忠誠を尽くす近衛隊長となる。召使いのアンドレ(この日はキム・ソンシク)はオスカルに身分違いの恋をしているが、その気持ちを隠したままいつも彼女を守っている。パリのベルサイユ宮では連日華麗な共演が繰り広げられているが、町では民衆が相次ぐ凶作と増税に喘ぎ、絶望の中に生きていた…
 原作/池田理代子、脚本・作詞・演出/ワン・ヨンボム、作曲/イ・ソンジュン(ブランドン・リー)。EMKミュージカル、全2幕。

 以上のあらすじはプログラム(A4フルカラー、束が8ミリくらいあり、プリンシパルは扮装写真、アンサンブルはアー写ですがイメージが揃っているので新撮り? 稽古場写真とオスアン役者のコメントというオーソドックスな作りで12,000W、今の日本円で1,300円くらいなので、高騰している日本のプログラムからしたらかなりお手頃価格ですね…!)に唯一あった日本語を編集しましたが、フォントのせいかちょっと変な漢字があったり、句点がナカグロみたいな位置にあるのがなかなか趣き深いです。スタッフクレジットの筆頭はエグゼクティブ・プロデューサーとプロデューサーですが、割愛しました。ディレクター、というのが演出のことだろうと思ってこう書きましたが、違っていたらすみません…

  私は原作漫画とは小学校高学年のときに出会っていて、今でもボロボロのマーガレットコミックスを愛蔵しています。古い記事ですが、こちら。リアルタイム読者は私よりもう少しお姉さんたちだと思います。今回の雪組版もあまりにアレだったので、先日久々に再読しましたが、お若い読者で「絵がちょっと…」とかで未読の方が増えている、というのがなんとなくわからないでもない(特に前半とか…)、漫画としての古さは確かに感じました。意外にランボーなところとかあるしね…でもそれこそ若描きだからでもあって、24か5歳の若い女性が1年半の週刊連載で描き上げた凄みってものはあるし、やはり描かれている内容が、ストーリーが、ドラマが、とてもエポックメイキングだと思うし、私はやはり世紀の傑作だと考えています。なので漫画が至高なのであって、その舞台化がアレなのは仕方がない…のかもしれないが何故劣化する一方なんだ宝塚歌劇版!とやはり怒りに震えるのでした。宝塚版考察についてはこちらこちらこちらなど。一部重複がありますが、こちらなど、その後「その2」が書けていないのでは…(><)

 おそらく初期の契約がザルで、今さら原作者も集英社も口出しできないんだろうな、そしてここまできたら植Gはきっと死ぬまで脚本・演出を手放さないんだろうな、と思うと、もはや絶望しかありません。
 50年前当時、ファンからの「宝塚にこんな向いた素材があるよ」という声に素直に乗ってみて、初風諄がいたからかもしれないけれど、これはアントワネットの物語だからそこに当てて舞台化しよう、と決断した若き日の植田先生は、そら本当に慧眼だったと思うのです。そうしたら当たったし、オスカルに人気が出た。だから続演を、というのも、いい。そして安奈淳がいたからかもしれないけれど、ショーちゃんにオスカルばかりやらせるとスターとしての枠を狭めると判断して、次はアンドレをやらせた、という判断も素晴らしい。その成功で、その後のいろいろなキャラクター・フィーチャーと役替わり公演の道筋ができたと言っていいでしょう。
 ただ、脚本的には最初の3本が一番まともでした。あとはおかしくなる一方です。私が生で観ているのはノルユリ、タカハナの『2001』以降ですが、BOXまで買って全部見ていますし、その後もすべて観ていて、そして本当に毎回毎回、頭痛が痛いです…
 でも、当初の契約なのかなんなのか、おそらく国内では外部プロダクションでももう他の舞台化が難しいのだろうと思われていたところに、確か一昨年くらいでしたでしょうか? 韓国でのミュージカル化が発表されて、その手があったか!と小躍りする思いでした。実際にはまずはコンサートバージョンでの上演となり、その後にちゃんとしたミュージカル版での上演が発表されたので、そのころちょうど誕生日に合わせてソウル旅行を計画していたこともあり、なら誕生日に観るか!とチケッティングをがんばってみたのでした。
 チケット購入はインターパークというサイトから。韓国の舞台やコンサート・ライブなどのチケットの海外販売サイト…なのかな? 日本語ページもあります。この公演は4か月の長丁場で、ひと月分ごとにチケット販売があり、発売日の予告はSNSなどでされていました。国外分は韓国内分の翌日、だったのかな? ともあれその発売日、朝から待機…なんてことはしなくて、昼ごろにそろそろつないでみるか、という感じでおっかなびっくりサイトを触り、パスポートや住所なんかの登録に手間取りつつも、一階後方どセンター席が無事に買えました。140,000W、日本円で16,000円くらいでしょうか。今やフツーのお値段ですね。手数料が8,000Wかかりました。
 予約完了メールのプリントアウトと、パスポートと照合するからというのでパスポートも持って劇場に出向きました。劇場は外観はフツーのビルで、ロビーラウンジは二階。チケットカウンターに行くとTOHOシネマズの発券機みたいな機械を示され、予約番号を入力したらそれだけで無事に発券されました。
 もぎりは開演30分前に劇場扉前で行われ、ロビーにあるフォトスポットやキャストボード、グッズ売り場にはチケットがなくとも誰でも来られるのでした。これはいいですね。グッズ売り場にはなぜか人っ子ひとりいなくて、レジのお姉さんも暇そうで、「う、売っていただけます…?」みたいな感じでプログラムと、薔薇のイラストとフランス語タイトルが入ったゴブレット(18,000W)を記念に購入しました。他にピンバッジやキーチャーム、ポーチなどがありました。ところで今回の雪組版では公演バッグに英語タイトルが入っていたようですが、何故フランス語じゃないんだ劇団…?
 キャスト発表時に、オスカルが主役で、アンドレとベルナールが大きなお役であること、どうやらアントワネットとフェルゼンはいない(プリンシパルは他にポリニャック夫人、ロザリー、ジェローデル、マロン・グラッセ、ジャルジェ将軍とド・ゲメネ公爵、シャルロット)模様なのが話題となっていて、私もそこは残念に感じました。オスカルがどんなに魅力的なキャラクターであろうとも、「ベルサイユ宮に咲く大輪の薔薇」とはアントワネットのことであり、この物語のタイトルロールはアントワネットだと私は考えているからです。
 ただ、ではどう物語が切り取られ再構成されるのか、には興味がありましたし、韓ドラ歴20年程度の耳学問では聞き取れる台詞はたかが知れているでしょうが話は知っているんだから大丈夫だろうし、何より韓国ミュージカル俳優はみんなめっちゃ歌が上手いというじゃないですか! それを浴びたい! と思い、検索すれば公演評なども読めるでしょうしYouTubeなどにも動画がいろいろ上がっているようでしたが、あまり予習せずに行きました。
  新しいのか、客席はとても綺麗で、芸劇みたいな感じでしょうか。センターブロックは千鳥になっていて段差もまあまあありましたが、左前にとても背の高い男性が来たため(ちなみに男性ふたり組でした。家族連れも多く、なかなか幅広い客層という印象でした)、私は下手端を観るには伸び上がるか右手前に乗り出すかしかなく、後列の方に申し訳ありませんでした…また、私の隣はなぜか空席でした。逆サイドはアジュンマ3人組でした。後ろから二組くらい、日本語の会話が聞こえました。二階席はリピーターが多いのか、曲終わりの歓声は上から降ってくるようでした。
 プログラムにあるミューバカルナンバーはこんな感じ。これだけでもどの場面が取り上げられているのかは、なんとなくわかるかと思います。DeepL で翻訳したものを一部修正しましたが(私はこの作品において「ばら」を「バラ」とすることが何より嫌いなので…)、アンダースコアというのはどういう意味かよくわかりませんでした。

第1幕
01.誕生
02.パリの街並み
03.マダム・ド・ポリニャック
04.傾いた大地
05.税金の殻
06.このまま朝まで
07.黒騎士
08.ヴェルサイユのばら
08a.尋問室 Underscore
09.ロザリー・ラ・モリエール
10.セーヌ川の記憶
11.どうしてあなたは女なの?
12.仮面舞踏会 Underscore
13.私はオスカル
14.暗闇の果てに

第2幕
15.点滅するお金を見るだけで
16.点滅するお金を見るだけで Underscore
17.舞台事故 Underscore
18.秘密結社
19.あなたは私に与えるだけ
20.貴族ってなんだ
21.あなたなら
22.メヌエット
22a.敵 Underscore
23.私の住む世界
24.別れ
24a.衛兵隊
25.オスカルと踊る
26.毒杯
27.革命
28.私を包んだ風は私だけに吹いたか
29.私を包んだ風は私にだけ吹いたのか Rep.
30.カーテンコール

 また、いわゆるゲネプロが公開されたプレスコールがこちらにありました。かなりの尺があり、だいたいのノリがわかるかと思います。


 では、以下、すでにややあいまいになった記憶をもとにネタバレ全開で感想を語ります。このあと来日公演や輸入上演があるかもしれないので、ネタバレがお嫌な方はここまでで…ちなみに私はめっちゃおもしろく観ました。なんてったって本当に全員歌が上手い! 日本では劇団四季以外の舞台では必ずいるじゃないですか、声量が足りないとか音程が取れないとかな役者さんが…それがまったくありませんでした。ゴージャスな歌と音楽を存分に浴びて、とても楽しかったです。ナンバー数が多いこともあり、オペラチックではありましたが、振りが入るのでやはりミュージカル、かな? ただ、いわゆる「バスティーユ」みたいなダンスナンバーはありませんでした。
 お衣装も素敵でした(衣裳/ハン・ジョンギム)。ポリニャック夫人(この日はパク・へミ)のドレスが昔の少女漫画チックな、ややダサめな派手さなのが、ザッツ・ヴィラン!でよかったです。オスカルの軍服もどれも素敵でした。どれも歴史考証的にはアレなのかもしれませんが、舞台として観ていて目に楽しいほうがいいので、問題ないと思います。鬘が宝塚歌劇ほど良くない、みたいな話も耳にしましたが、ノーオペラで観る分には全然気にならず、綺麗でした。ジェローデル(この日はソン・ヨン)の髪がちょっと野暮ったかったかな…? てかこの方はとてもガタイが良くて声も野太く、口調もあまりノーブルでなかった気がして、ジェローデル好きの私としてはややハラハラしてしまいました…ただキャラの扱いはとても良くて、無駄に(笑。宝塚歌劇ならせいぜい四、五番手がやってカットされるようなエピソードが、むしろわざわざ増やされている印象)出番が多かったのにはニヤリとしました。愛されているキャラクターなんだなあ…!
 セットや映像もちゃんとしていましたが(装置/ソン・スクチム)、ものすごい!というほどではなかったかな…セリや盆がゴンゴン動く、みたいなこともなかったです。でも百合カーテンがないだけで御の字です(笑。ところでこの「御の字」の使い方は誤用なんだそうですね…)。ミラーボールもなかった気がしましたが、カーテンコールとかで回っていたのに私が気づいていないだけだったらすみません…
 1幕60分、20分の休憩をはさんで2幕70分の計2時間半で、最近の舞台としてはコンパクトだったのもとても良きでした。てかこの尺でここまで描けるんじゃん、観て学べよ植G!と心底思いましたね…サイドブロックの後列に空席がないことはなかったですが、売れてはいるんだと思いますし、好評でブラッシュアップされて再演され輸出されていくといいな、と思いました。その際は〇〇〇〇がない件に関しても是非ご考慮いただきたく…というかまたのちほど語りますが、この件の経緯についておくわしい方がいらしましたら、どうかご教示くださいませ…!

 開演ベルは、例の♪リンゴ~ン、ではありませんでした(笑)。オケピットがあって生オケで、指揮者にライトが当たり拍手できる時間があり、指揮者は女性でした(指揮/イ・ソニ)。
 スマホ切り要請などの注意喚起アナウンスがその日のオスカル役者の声でなされるようで、名乗りから始まってワクテカしました。シメが「用意はいいか、アンドレ!?」みたいなのにもきゅんとしました。てか韓国語だと「ペルサイユ」になるのがラブリーすぎます…ペルサイユエチャンミ!

 幕が開くと、夜会にさんざめく貴族たち。語り部のような感じでアンドレが出てきて、おそらく状況を語るようなくだりがあり、場面はすぐにジャルジェ家になって、マロン・グラッセ(この日はイム・ウニョン。役名は「乳母」でしたが、彼女には名前があるのよ…!)が赤ちゃんのおくるみを抱いて出てきて、ジャルジェ将軍に「イェップンアガシ…!」とか言うもんで、もうテンション上がりました!(笑。これは「綺麗なお嬢様」というような韓国語です)ジャルジェ将軍も「ノィェアドゥル(わが息子)」とか言うし…! すぐに時間が経過したようで、マロン・グラッセはオスカルにドレスを着せられないでいて、そこへ白い軍服に身を包んだオスカルが登場! 朗々と歌い出します…これは「わが名はオスカル」みたいなものか!? 国王らしき人物から叙勲されるような振りがありました。
 本当のことを言えば、オスカルはオーストリアからお輿入れになったアントワネットと同じ歳、同じ女性だからこそ特別に近衛隊に入れたのであって、その関係性が描かれないのは残念ですが…そのあと、ポリニャック夫人の大ナンバーがあるのですが、そこでアンサンブルが演じる、白いドレスの、台詞を言わないアントワネットがイメージ像のようにあえかにはかなく出てきて、オスカルが「ハジマン、ペア(ですが、陛下)…」と話しかけてポリニャックにさえぎられる、というくだりかありました。
 次がベルナール(この日はソ・ヨンテク)登場、だったかな? これがもう、強くて激しくてカッコよくて、そらこの革命は成功しますよ…!ってな感じなんですよ。ここだけレミゼみあったな…このあと出てくるパン屋をクビになるなるロザリー(この日はユ・ソリ)がまた、コゼットめいていましたからね…! でもそのあとむしろエポニーヌかな、みたいな思わぬ強さを発揮するんですけど(^^;)。
 ロザリーが若い貴族に絡まれて、ベルナールが助けて、「ベルナルシャトレ、シンブンキチャイムニダ」ってまんまやー! さらにすぐド・ゲメネ公爵(ソ・スングォン。ところでこの人は実在の人物なのでしょうか? プログラムにアンリ・サルヴァトーレとファーストネームが記載されていました。でもポリニャックは称号だけだな…)のピエール坊やへの発砲やら(隣の隣の席のアジュンマが素で小さく「あっ」って驚いていて、良きでした)、ロザリーがオスカルの馬車の前に「ナウリ…」って言いながら出て、オスカルがアンドレから借りたお金を渡すくだりやらがありました。ジャンヌはカット、まあ仕方ないかな…展開は早い印象でした。
 ベルナールは、母親の入水につきあわされるくだりの歌なんかもあって、貴族を憎む民衆側の代表としてオスカルに対峙し拮抗するライバルのような、大きなお役になっていました。アンドレも恋心をせつせつと歌ったりするけれど、辛抱役なので…「アイゴー、ハルモニ(ああ、おばあちゃん)…」とか言うのがまたカワイイ(笑)。くさくさしたオスカルが酒場で飲むくだりがあり、そこではアンドレが「チョンチョニマショ(ゆっくり飲め)」と言っていてホントおもしろすぎました。つぶれたオスカルをお姫様抱っこして、星空の下で歌うナンバーあり。これは宝塚版でもバージョンによってはある名シーンですよね…!
 その後ロザリーがベルサイユと間違えてジャルジェ家に侵入したようで、母親がポリニャック夫人の馬車に轢かれて「文句があったらいつでもベルサイユへいらっしゃい」と「チンチャオモニ、マルティヌカブリエル(本当のお母さんはマルティーヌ・ガブリエル)…」の回想があって、ロザリーはそのままジャルジェ家で暮らすようになりました。ドレス姿でですが、オスカルに剣の稽古をつけてもらうくだりもアリ。袖がほつれたオスカルの軍服を抱いて歌うナンバーもあり、おそらくは「おおオスカル、どうしてあなたは女性なの」ってなことを歌っているんだと思うんですけど、あっけらかんとあっかるい曲調で、これもかなり、ちょっと、おもしろかったです。というかこのロザリーは地声がしっかりしていてまったくカマトトめいたところがなく、全然ピンクの春風でもないのでした…この解釈は日本ではちょっと起きない気がします。庶民の女性としての強さなのか、韓ミュだからなのか…?(^^;)
 前後しますが黒い騎士のくだりがあって、黒い騎士を誘い出すための夜会にオスカルがドレス姿で参加するくだりがありました! ここでジェローデルが「サランハムニダ、ジンシムロ(愛しています、心から)…」とか言ってくるので、激しく萌えましたねー…! でもキスシーンはナシ。ドレスもオダリスクふうではなく、シルバーブルーの上品な、横にボート型に張り出すスタイルのドレスでしたが、とても美しかったです…! 今回はフェルゼンは出てこないんだけれど、やはりオスカルのこの女装()はこの物語の白眉のひとつだと思うのですよ、やらんでどーする…!!
 というか今回、オスカルはあたりまえですが女優さんが演じていて、アンドレやジェローデルたちリアル男性よりほっそりしているし背も低いです。声も女性としては低いのでしょうが、男声ではない。でも十分に凛々しいし素敵だったし、胸はつぶしていなかったようだけれどそれも自然でした。別に男役が演じなくてもいい役なんですよねオスカルって…ただ宝塚歌劇においては、ここを娘役にやらせてしまうといろいろな意味でいろいろな前提が崩れてまずいのだ、ということはわからないでもないです。
 黒い騎士が現れて、黒い騎士に偽装したアンドレと戦い、アンドレは目を負傷します。黒い騎士も逃がしてしまう。オスカルは「わが名はオスカル」のリプライズみたいなのを歌いあげながらまず髪飾りを外し、頭をふるうと結い上げた髪が落ちていつものヘアスタイルになって、ドレスもがっと脱ぎ捨てると中に白ブラウスに白パンツ白スターブーツを着ています。そのまま熱唱、かーっこいーい!
 でもこれが一幕ラストじゃなかったんですよね…一幕終盤、「おお、ここで切って休憩かな?」と思うような大盛り上がりが三回くらいありました(笑)。結局どこで終わったのか記憶がナイ…とにかくみんな歌が上手くて展開が早くて、台詞や歌詞はわからなくてもおもしろすぎたのでした。
 そうそう、『ドン・ジュアン』かな?みたいな、赤い薔薇をバックに薔薇の花びらが散る中をオスカルが歌う一曲もありました。これが「ベルサイユのばら」かな…? こういうところは、もしかしたらストーリー展開にはあまり関係ないナンバーなのかもしれず、残念ですがブラッシュアップの際に再考してもいい部分なのかもしれません。

 2幕は、何故か『フィガロの結婚』の劇中劇みたいなのから始まりました。アントワネットがプチ・トリアノンで『セビリアの理髪師』を仲間内で上演するくだりが原作漫画にありますが(戯曲で貴族が皮肉られている意味をわかっていない、とオスカルが怒る)、何故フィガロに変更されているのでしょう…? 別にオペラのフィガロの曲が使われていたようではありませんでした。しかも仮面をつけたオスカルが舞台に乱入して、役者たちとロケットを踊る…? うーん、謎。
 その後、黒い騎士捜索で庭園を歩くオスカルが、アントワネットとフェルゼンの逢引に遭遇するくだりアリ。フェルマリはここでも台詞がなく、オスカルはふたりを他の近衛兵たちに見つからないよう逃がすだけですが、フェルゼンへの恋みたいなターンはカットされているので、王妃を哀れに思う程度なのでしょうか…その後、アントワネットに耳打ちして注進するようなくだりアリ。
 また、原作とは順番が入れ替わっていますが、盛装のオスカルがアントワネットと舞踏会で踊るくだりもありました。私、ここ大好きなんですよね…! 宝塚版ではこれまで一度も取り上げられたことがなかったのでは? ノルユリではあってもよかったと思うんだけれど…
 でもこの舞踏会、展開が怒涛で、そもそもロザリーのお披露目だったんですよ。で、ロザリーが泣いているシャルロット(この日はユ・スンイン)と行き会い(「オンニガトワジュッケ(お姉ちゃんが助けてあげる)」「キョロン、シロエ…(結婚なんて嫌)」)、これがまた子役で泣かせるワケですよすごいわ韓ミュ…! そこへ娘を呼びに来たポリニャック夫人が現れ、母の仇!とロザリーが銃を向け、そこへオスアンがマルティーヌ・ガブリエルとはポリニャック夫人のことだ、と言って駆け込み、そこへシャルロットが投身自殺するのです…! 泣き崩れたポリニャック夫人はすぐにロザリーを娘として迎えようとし、しかしロザリーが「オモニトラガショッソヨ(母は亡くなりました)!」と拒絶する…いやぁ濃い、濃いよ早いよ展開が! ちょっとひとまとめすぎるよ!!(笑)
 その前後に、オスカルを襲った黒い騎士をロザリーが撃つくだりもありましたね。原作よりだいぶ腕のいい撃ち手なのでした(笑)。介抱されるベルナールが上半身裸で、コレは宝塚歌劇ではできないヤツ…!となりました。結局オスカルがロザリーをベルナールに託して逃がし(「ネガトンセンヤ、プタッケ(私の妹だ、頼む)…」!)、ジャルジェ将軍に叱られ、アンドレが庇って割って入るのはここだったかな? 「けれどそのまえにだんなさま、あなたをさしオスカルをつれてにげます」はなかったけど…というかアンドレはジャルジェ将軍を「チュインニム(ご主人様)」と呼んでいましたね。
 それともジャルジェ将軍が怒ったのは、オスカルが勝手に衛兵隊に異動したからかもしれません。
 前後を忘れましたが、オスカルの求婚者探しの舞踏会が開かれて、しかしオスカルはドレスではなく男性の盛装で現れる…のくだりがありました。原作漫画では軍服仕立てでしたが、今回は宮廷服ふうで、それもいいな!とときめきました。ご婦人方とバンバン踊ったあと、ふと行き会わせたアンドレにダンスの手を差し出すくだりもあり、これにもめっちゃときめきました! ここまでの中で、オスカルがシルエットのアンドレに歌いかけるようなナンバーがあったので、そのあたりでアンドレへの想いを自覚していたのかもしれませんが、歌詞がわからないのでちょっと追いきれませんでした…あと、ここでは単におかんむりの父親をさらに怒らせてやろうという茶目っ気だけだったのかもしれません。ともあれ、ワンフレーズだけでも踊ってもよかったのになあ、BL的にも萌えますよね…! でも懲りないジェローデルが現れてダンスに誘うので、オスカルは去ってしまう…という流れだったかと思います。衛兵隊士たちもタダ飯食いに乱入していました(笑)。
 それで残ったジェローデルが、アンドレと語るくだりがあったのかな? アンドレはもうオスカルの夜のワインを支度していて、なので熱くないショコラのくだりはなかったのですが、会話の感じからしてジェローデルはいつもオスカルのそばにいられるアンドレを純粋にうらやましがり、オスカルを彼に託していく感じだったのかもしれません。なんかくだけて床に座って語るんだけど、ジェローデルはそんなお行儀の悪いことはしないんじゃないかしらん…とは思いました。
 おそらくアンドレはその後、「どんなに愛しても身分のない男の愛は無能なのか!?」に当たるようなソロを歌い上げ、ワインに毒を入れます。けれど現れたオスカルが、原作漫画からするとだいぶ晴れやかにあっけらかんと「もうどこへも嫁がないぞ、一生」みたいなことを言って去るので、その場面はそのまま終わりました。そういえば無理チューや結核、肖像画のエピソードもありませんでしたね…まあこのあたりは宝塚歌劇版でも取り上げられたことがないと思いますが、重要な要素なのになあぁ…
 本当はそもそも、かつて不注意でアントワネットに怪我をさせたアンドレが、死刑になりそうなところをオスカルやフェルゼンに救われて…というくだりがあって、「おれはいつかおまえのために命をすてよう」というかつての誓いをアンドレがここで思い出して、それでオスカルが毒入りのワインを飲みかけるのを止めるんですよね。私はこのそもそもエピソードは、フェルゼンの良さを表現するためにもいいものなんじゃないかと考えていて、宝塚歌劇版に採用されるのをずっと待っているのですがね…馬じゃなくても、なんとでもなるでしょ?
 さて、これまた前後しているかと思いますが、衛兵隊の場面ではすぐオスカルが椅子に縛られているくだりになっていました。でもアンドレが助けに入るまでもなく、オスカルが自力で縄をぶっちぎって逃れ、叩き割った椅子の足で隊士たちをノシていて、アランはあっさり心酔していました(笑)。レイプまがいの恋のなんのという色っぽい要素はなかったように見えました。「おまえもかアラン…」はいいエピソードなんだけどなー…!
 そしてついにオスカルにパリ出動が命じられて、でも民衆の側に回ることになって、でもジェローデルが立ちふさがり、けれど道を譲り…ビンタとかしなかったよ正しいよ! ただ、で、これはいつなの12日なの13日なの今宵一夜はどうしたの!?と思っていたら、なんとアンドレがオスカルを庇ってあっさり撃たれてしまったんですよ…!! 橋はなくて、それはいいんだけどでも、「こん夜ひと晩をおまえと…」は!? ねえ、ないの!?!? そういえばここまで誰にもキスシーンがなかったけれど、レイティングとか何かそういう事情なの? 台詞では語られていたの?? ちょっとーーーー!!! 動揺しつつも舞台は進む…
 ただ、このアンドレはオスカルの腕の中で息絶えるんですよ…原作漫画とは違うけれど、その構図は美しい。よかったねアンドレ、とも思いました…でもやっぱり「愛しあっているなら、からだを重ねてみた」かったよね!?!?
 さらにそこから一日経っているのかどうかもよくわからないままに、どうやらすぐさまバスティーユ襲撃場面に突入したようで、今度はオスカルがあっさり撃たれるのでした…ああ、でもそうだその前に、ベルナールたちと並んでいざ進撃!というときに、オスカルが誰もいない虚空に向かって「用意はいいか、アンドレ」と言って、応えがなくて固まる…というくだりがあったんですよ。てかそれは原作漫画準拠なんだけれど、つまりあの開演アナウンスはネタバレしてたってことなのでは…!? このあたりから私はもう号泣でした。
 オスカルはロザリーの腕の中で、「ウルチマ(泣かないで)…」と言って絶命します。「おまえがたえた苦しみなら」や「フランス万歳」はなかった気がします。ロザリーの絶叫…ところでロザリーはオスカルを呼び捨てしてるんですよね、韓国語だとこういう世界観や関係性で「オスカルシ」と呼ぶのは変なのかな…? 白旗も上がらなかったような…でも涙でいろいろ見えていなかっただけだったらすみません。
 ラストシーンは、オスカルの亡骸をベルナールがお姫様抱っこして舞台奥に向かって進んでいき、ロザリーが付き従い、そこにゴースト?のアンドレが現れて、亡骸を受け取るのかなと思ったらそのままやはり付き添っていって、暗転、おしまい…でした。このアンドレが、スモークが焚かれるわけでも青いライトが当てられるわけでもなくて、ただまんま出てきたのでちょっとおもしろかったです。泣いていいんだか笑っていいんだか、感動してるんだかなんなんだか…しかもすぐパレードなんだコレが! てかオスカルはマジで宝塚以上の早着替えを裏でしてるだろう、って場面が何度かありましたよ…? ここからすぐスタオベで、あわてて合わせて立ちました。
 アンサンブルが何グループかに別れて挨拶をし、次にプリンシパルがひとりずつ順に出てお辞儀して、ポリニャック夫人のターンで劇中同様に厳しめに「シャルロット!」と呼びつけるとシャルロット子役が走り出てきて、でも仲良くハグして…また泣きました。そしてベルナール、アンドレ、オスカルの順で登場。最後の斉唱はなんの歌だったかな…もう思い出せません、すみません。ここでプリンシパルが立つセリが上がりましたが、一番高いセリにオスカルとアンドレが並んで立っていて、次の段にベルナールとロザリー、でした。まあフェルマリがいないなら、この四人の物語になりますよね。ただしベルナールとロザリーのラブのち夫婦、のターンはカットでした。
 ラインナップになると、センターのオスカルの上手隣はベルナールで、アンドレは下手隣でしたが、まあ普通は上下にそんなにこだわらないものなのかもしれません。でもアンドレの方が二番手役でありおいしかった…かは、やはり謎だったかな? ナンバーはたくさんあるんですけれど、ホント辛抱役ですし、しつこいですが今宵一夜がなかったので…なんでなの? 主役カップルが結ばれる場面はやはり必要なのでは…? このあたり、インタビューとかで何か事情や演出論などで言及されたものがあるようでしたら、どなたかご教示くださいませ…!
 なので総じて、オスアンのラブストーリーというよりはやはり、あくまでオスカルが主人公の、「我、いかにして革命に目覚め、生きたか」という物語になっていたかと思いました。だから、セックスの有無は関係ない、と判断されたのかもしれません。そこが最先端韓国フェミニズムミュージカルだったのかもしれません。昭和に育ったシスヘテロ女性としては、寂しいですけれどね…
 私個人としては、セックスそのものより、あのつながり、関係性をもってオスカルが自分とアンドレは夫婦になった、とみなしていることが、子供ながらに衝撃的だったのです。結婚が社会契約であることは私はもう理解していて、けれどその本質は、届を出すことにも式を挙げることにも同居することにも家族に紹介し合うことにもないのだ、ふたりがお互いを唯一無二の相手だと認め合い、「すべてを分かち合う」ことが大事なのだ、と理解したのです。永遠の誓い云々は、今まさにに朝ドラ『虎に翼』が扱っているところだけれど…たかだか百年も生きない身に永遠を語る資格などそもそもないのだ、としておきましょうか。
 ただやはり、オスカル主役でいくならまあこの形でこうまとめるしかないかもね、という感想も持ちました。今、日本で巡回中のベルばら展のメインビジュアルには、オスカルにエスコートされるアントワネットのイラストが使用されています。あれがこの物語の本質だ、と私は考えているからです。友情を育み、しかし袂を分かち、そしてともに革命に散ったふたりの女性の物語…その舞台化を、いつか観てみたい、と思うのでした。

 カーテンコールは特になく、あっさり終演して、観客もみんなあっさり退場していきました。宝塚以上の潔さ…!(笑)
 私はどこかで飲んでゆっくりつぶやいていきたかったのですが、帰り道にいいバーやカフェがなかったので、ホテルまで戻って下のコンビニでロゼのスパークリングワインとおつまみになるお菓子を買って、ひとっ風呂浴びてからゆっくり部屋飲みしました。てかソウルは東京よりもう2、3℃気温が高かったように思います。風はあったけど、深夜も早朝も別に全然涼しくありませんでした。普段はなるべく在宅勤務を増やして、炎天下の外出を避けているというのに、ガンガン観光した私も元気なものですよ…! いやぁもう終始汗だくでした。劇場は別にキンキンに冷えているという感じもなかったけれど、あのお衣装では役者さんたちも大変なことでしょう…!
 プログラムには、50年目の待望の再ミュージカル化!みたいなことを謳うページもあって、本来なら2、3年前の上演だったんだからこの節目になったのはたまたまだったわけですが、いいよね新作が出ていいタイミングだよ…!と感じ入りました。原作漫画にはそれに耐える強度がありますし、こういう新企画はホント大歓迎だと思うのです。アレ? 新作劇場用アニメも今年? 来年? あるんですよね。テレビアニメもまたいろいろ別物ながら傑作だったわけで、こちらも楽しみに待ちたいです。以前あったフランス人役者を起用した映画は…まあ、なかったことにしてもいいんじゃないですかね? 私は見たのかなあ、記憶にないなあ…
 今の韓国で、原作漫画はどれくらい読まれているのでしょうね? 今回の舞台をまっさらで観に来た観客だっているとは思いますし、それでわかる、伝わる内容になっていたのかどうかは、正直言って私にはわかりません。私は単なる原作厨なので…でも、新しい顧客が開拓できているなら何よりです。日韓の新たな架け橋のひとつにもなることでしょう。私はまた韓国ミュージカルを観にソウルまで来たい、と思いましたよ…! 韓国オリジナル作品ではなく、BWやWEのミ革命に散った二人の女性俳優の素晴らしい歌唱力で観るなら海を渡る価値がある、と思えました。そしてもう早晩、日本はいろいろなことで後れを取っていくのだろうな、とも思えました。原作素材として日本の漫画が活用されることはまだしばらくは続くかもしれないけれど、それも韓国発のウェブトゥーンとかが凌駕していくのかもしれませんしね…
 ホント、いろいろ考えさせられましたが、とりあえずは本当に楽しくておもしろくて大コーフンして、良き55歳の誕生日になりました! 大満足でした。引き続き漫画と舞台と旅行を愛して、楽しく元気に生きていきたい、と念じたことでございます。みなさま、こりずにおつきあいいただけたら嬉しいです…!!


※追記※
インスタに写真日記を上げました。








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『第6回 花詩歌タカラヅカ in YOKOHAMA』

2024年08月03日 | 観劇記/タイトルは行
 横浜にぎわい座芸能ホール、2024年7月28日14時。

 花詩歌=噺家、ということで、主に関西の宝塚歌劇ファンの落語家による催しで、前半は宝塚落語四席(桂あやめ、桂春雨、立川らく次、笑福亭蕎龍)、後半はなりきり宝塚歌劇ショー『ロミオとジュリエット名場面集』。『ロミジュリ』は2014年初演、20年再演だそうで、今回は配役的に新人公演に当たるそうです(笑)。
「宝塚カフェブレイク」でおなじみのらく次さんが神保町でやる宝塚落語の会みたいなのには行ったことがあって、宝塚ネタもおもしろいけど落語自体もおもしろくて、いいもんだなと思ったものでした。寄席自体にも大昔ですが行ったことがあります。
 花詩歌タカラヅカの関西での公演は遠征に絡めて行きたいなとずっと考えていたのですが、なかなか予定が合わず、横浜公演が開催されるようになってもやはりなかなか都合がつかず、今回やっと行けました。
 会場は三越劇場とか紀伊國屋ホールくらい? もう少し小ぶり? とてもちゃんとしているハコで、演芸だけでなく普通のお芝居も出来そうでした。日曜昼でまあまあの入り。歓談を聞いているとリピーターも多いようでした。
 落語は、これも新人公演なのか(イヤ、らく次さんとかあやめさんとかはまあまあ芸歴が長いんだろうけど)、はたまた後半にショーが控えていて気もそぞろだったのかもしれませんが、なんかみんなあんまり出来が良くなくて、ちょっと残念でした。「時そば」はネタとしては知っていたけれど聞くのは初めてで、関西だからかうどんになっていました。
 後半のショーは、「名場面集」となってはいましたが、それこそ新公くらいの、全2幕を上手くカットしつつほぼほぼ通しでやりきったと思います。
 最初は、素人といえど好きでファンで覚えて真似ちゃうくらいなんだからもっと上手いもんなんじゃないんだろうか…と困惑するくらい、要するに下手に見えて、自分がどの立場で何をどう観ていいのかとてもとまどいました。だってそれこそ新公とかは下手でも将来性を観るものだし、ファンならなんでも嬉しいわけですが、私は別に噺家さんたちのファンなわけではないので…音響の問題もあるかもしれないけれど(マイクがほぼ機能していなかったと思います。付けるのにゴソゴソしたり、変な雑音ばかり拾ったり、あげく断線したり…これがさばけるだけでプロってすごいんだなーと思いました)、とにかく歌が下手な人は微妙どころか本当に下手なので、素人のカラオケだってこれよりマシでしょ?と非常に困惑させられたのです。音楽も、カラオケ演奏の音源なんかないから耳コピから起こしたものなのか、とてもたどたどしくて歌唱のサポートにはなっていないので、さらに怪しく…途中からプロンプならぬ歌声の音出しみたいなのが入るようになって、そこが捕まえられるとその後の歌はまあまあ音が取れる、という様子に手に汗握りました。
 そう、なんか、だんだん子供の学芸会を見守る親のキモチになっていくんですね…学芸会といえばレベルが低いものの代名詞であり、親ではない私はケッと見下すのが常なワケですが、手に汗握っているうちについつい親身に寄り添ってしまうというか…それは、噺家さんたちが本当に一生懸命で、真面目に、そして楽しんでやっているのが伝わってきて、照れ隠しに笑ってごまかしたりすることがまったくなかったからなのです。カッコつけたいわけではなく、やりたいからやりたいようにやっているだけで、それがとにかく眩しいのでした。
 そのうちアドリブが入ったり、トラブルがあってもうまくつないだりもしてたいしたものでしたし、ふたりの夫人(キャピュレット夫人/中田まなみ、モンタギュー夫人/ヴァチスト太田)の歌がまあまあ上手くてうっかり感動しましたし、あやめさんとかホントに好きでこの企画を先頭切ってやってるんだろうなというのがこの舞台だけ観てもわかりましたし、ティボルト(桂春雨)も堂に入っていたし、ピーター(沢村さくら)可愛いし、乳母(真山隼人)が浪曲歌うしラストはエトワールだし、なんかもうホント最後は感動しました(笑)。
 本物の音痴って本当に実在するんだな…と思ってしまった(すみません)蕎龍さんのジュリエット、しかし首が長くて美しく、本来の優男ぶりを上手く生かした可憐な演技が胸を打ちました(笑)。ロミオの月亭天使さんは榛名由梨にしか見えませんでしたよ、これも褒めてるのかどうか微妙ですが…(笑)
 私はこういう経験がないのでよくわかりませんが、でも素人の手作りでお芝居をひとつ打つって衣装もセットも照明も音楽も、あたりまえですが全部自分たちでなんとかするのでものすごく大変なことだと思うのです。歌とか演技とかはその最後に乗せるものでほとんどおまけで、そこまでの骨組を作るのがとにかく大変なんだろうと感じたんですよね。でも、超簡略セットでも観る方もファンだから補完できるし、ちゃんと成立しているし、それもまた舞台のすごさだなと思いました。ピンスポが迷子なのもホント愛しかった…人力、大変だよね(笑)。
「フォーエバータカラヅカ」みたいな団歌?があるのもよかった。気持ちよく拍手してしまいました。
 ちゃんとした落語ももっと聞いてみたいし、宝塚落語ももうちょっとちゃんとしたものを聞きたいし、なりきりショーもまた観てみたいと思いました。一回こっきりの上演、お疲れさまでした!





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宝塚歌劇星組『BIG FISH』

2024年06月17日 | 観劇記/タイトルは行
 東急シアターオーブ、2024年5月30日15時(初日)、6月2日15時半、14日13時。

 まるでお伽話のように自らの人生を語り、周囲を魅了するエドワード・ブルーム(礼真琴)。自分の運命を教えてくれた魔女(都優奈)やともに故郷から出てきた巨人(大希颯)の話、サーカスでの最愛の妻サンドラ(小桜ほのか、若かりしサンドラは詩ちづる)との出会いなど、彼の奇想天外な話は幼い息子ウィル(極美慎、ヤングウィルは茉莉那ふみ)を虜にしていた。しかし成長するにつれて、ウィルは父の話を素直に聞くことができなくなっていき…
 脚本/ジョン・オーガスト、音楽・作詞/アンドリュー・リッパ、潤色・演出/稲葉太地、訳詞/高橋亜子、音楽監督・編曲/太田健。ダニエル・ウォレスの小説をもとに2003年にティム・バートン監督で映画化、2013年にはブロードウェイでミュージカル化され、2017年に日本でも上演された作品。全2幕。

 川平さんとウラケン、きりやん、ねねちゃんで上演されたとき、タイトルは知っていましたがなんとなく食指が動かなかったんですよね。タイトルからもなんの話かよくわからなかったし…でも宝塚歌劇での上演が決まって、そのあと映画のテレビ放送があったので見てみました。人は釣果を大きく吹聴しがち…というところから、ホラ話とか、ほら吹き男とかいう意味がある言葉だったんですね。それは洋の東西を問わないと思うので、わかる気がしました。ただ私はティム・バートンに特に思い入れがないからなのか、また映画館で観ていたらもうちょっと没入感が違ったと思うんですが、この映画はそんなにおもしろいとは感じなかったんですよね。なんか、父親と息子の、いかにも男性が好きそうな男のロマンの話だな-、とか思いました。
 男性って自分では産めないから、妻に産んでもらう自分の子供に思い入れがひとしおある、というのはわかる気がします。それが娘なら愛する妻の延長なんだろうけれど、息子となるとダイレクトに自分の延長で、より深くこだわっちゃう、というのもわかります。女性からしたら性別問わず自分がお腹を痛めて産んだ子だ…とはならず、母親側にも子の性別によっていろいろ思うところはあるのでしょう、私は経験ないのでわかりませんが。ただ、とにかく自分では産まない性の人が自分と同じ性の子供にだけ入れあげる構造には、私は心底ケッと思うのでした。演目発表時も、恋愛パートがほぼなくて宝塚歌劇向きではないのに、何故…?というような意見もよく聞いていたのもあって、さてどんなもんなんだろうかねえ…と、やや穿って初日から出かけてきました。
 で、こっちゃんがやるから…というのもあるのかもしれませんが、宝塚歌劇の枠を超えて、素晴らしい作品になっていたと思いました。論評するためには外部版も観ておけばよかったな…でも両方観たお友達によればやはり人海戦術でショーアップされた部分が素晴らしく、より良い作品になっていたように思う、とのことでした。確かにエドワードのホラ話部分は舞台、しかもミュージカルに向いていますよね。舞台は生で上演されるからこそ魔法がかかるし、音楽や踊りの力でよりファンタジックになるものです。もちろんもともとは小説だからその形がベストなのかもしれないけれど、この作品は宝塚歌劇というスタイルを得てやっと完成されたのではないかしらん…とまで思ってしまいました。
 なんてったって、中の人は女性である男役がやるからこその「父と息子の物語」であり、そのことが私に「ケッ」と思わせませんでした。ウィルもまた息子を持つのだけれど、でもより広い意味での家族愛の物語に思えたし、親を見て子供が育つこととか、親が子供に教えてあげられることとか、なんなら伴侶や子を持つことがなくても人は人としてどう生きるのが正しいのか…みたいなことまで描いている作品のようにも感じられました。
 だってエドワードって別にめっちゃいい父親とか夫とか家庭人とかではないじゃん。それなりに稼いで妻子を路頭に迷わせはしなかったんだろうし、もちろん暴力を振るうようなこともしていない。でも人によってはネグレクトギリギリに感じるでしょう、少なくともウィルは寂しかったはずです。だから父親の話を疑うようになるし、真面目で堅実で現実的で、ちょっとおもしろみのない「ちっさなおっちゃん」みたいな男に育っていったわけです。
 サンドラにしたって、そりゃ「亭主元気で留守がいい」ってのにも一理ありますし、彼女自身はそんなに寂しそうにしている描写はなく、当人もややのほほんとしているところがありそうだからちょうどいい夫婦だったのかもしれないけれど、でもほぼワンオペで家事と育児をするってのは、いくらちょっと前のアメリカの話だろうと(今でもこうして車で担当地域を回って働くようなセールスマンっているのかな…? いるのかもな、なんせアメリカは広大だからな…)しんどかったに違いありません。きりやんで観てたらなおさら「こんな夫、ヤダなーかわいそう…」ってなってたんじゃないかな私、とか思います。川平さんが生き生き伸びのび楽しそうにやっていただろうだけに、余計に。
 エドワード自身に、自分がいる場所がどうにも正しくないような、常にここではないどこかへ行かないではいられなくなるような気にさせる、何か病理のようなものがあったのか、はよくわかりません。彼の生き様は、父親が寡黙だったから饒舌になった、というのの枠を超えていると思うので。ただ、彼が生きるためにはこういう暮らしが必要だったんだろうし、それでも妻や息子を愛していたことは間違いないことなのでしょう。こっちゃんエドワードはかりんさんウィルがあれこれ言ってきてもハイハイといなします。それは話を聞いちゃいねえってよりは、わかっていてさらに上から、親として、あくまでいいことだと思って自分を曲げないでいるように見えました。だからこそ本当にキレて喧嘩になっちゃったとき、私は本当に怖かったし泣けました。エドワードの老いを感じたし、そうやって正面から衝突してしまうと、家族だけに余計に傷が深くなるだろうと思ったからです。サンドラが割って入ったのは正しい。
 でも、ふたりとも、離れなかった、閉じてしまわなかった。ウィルは「本当のことが知りたい」という形ではあってもエドワードに食らいついていったし、エドワードは最後まで自分を曲げず、自分の語りたいように語り続けました。それは自分が年老いて、息子に見守られながら、病院のベッドで満足して大往生(と呼ぶにはいささか若かったかもしれないけれど)する最期を、魔女に見せてもらっていた自信に裏打ちされてのものかもしれません。魔女はいたのか、こんなふうに未来を見せてもらえた事実があったのか…それはわからない。というかフツーそんなことはありえない。でもおそらく似たような何かはあって、魔女らしき女性は実際に弔問に来たし、エドワードは自分の未来を見たと信じていたのでしょう。それこそが彼にとっての真実だったわけです。「自分」がある人間は強いし、自分も、家族も、世界も愛せる。これはそういう物語だったんじゃないかな、などと私は思いました。「ヒーローになれ」「物語がお前の道しるべ」「世界はお前の物だ」と親が子供に教えるとき、親自身がそれを信じていないと、知っていないと子供には伝わらない、通じない。ウィルはそこまでの万能感は持っていない、ごくまっとうな大人に育ったけれど、現実的で理屈っぽくても厭世的だったり悲観的ではない、世界を愛する明るい人間に育ちました。それはエドワード(とサンドラ)の勝利だと思います。みんな誰かの子供で、なるべくたくさん愛情をもらって明るく育つべきで、自分でも子供を持つならそう育てていくといいし、子供は持たなくても変わらず世界を愛して生きていこう、それが人間だ…そんな大きな物語になったように感じました。大袈裟で、良く言いすぎかもしれないけれど、まあ釣果を大きく言うように感動を大きく語ることがたまにはあってもいいものでしょう。
 少年から病持ちの壮年期まで、なんでもできるこっちゃんが鮮やかに演じ歌い踊り、出番も多くて大変だったでしょうけれどそれこそ水を得た魚のように舞台を縦横無尽に跳ね回り、この作品はこの主演を得て本当にラッキーだったよ…!と心底思わされる破格の出来でした。『モーツァルト』も『ロミジュリ』も『赤黒』ももちろんよかったけれど、こういうザッツ・ブロードウェイ!な作品が来て本当によかったと思います。代表作と言っていいでしょう、次やめるのこっちゃんじゃなかったよね?な仕上がりになってしまってはいましたが…てかオリジナルで作ってよホントこれくらい、とか思いますが…あとやはり宝塚歌劇のトップコンビ制はそれが異性愛規範で苦しいと言われようともやはり至高のものだと私は考えているので、相手役のトップ娘役不在の作品を代表作と呼ぶのは私は無念だけれども、それでも…素晴らしすぎる出来でした。観られてよかった、音源の許可も出たようでよかった!!! 配信ではなくCDが欲しいです!(強欲)

 残念ながらヒロインカウントされていない様子のサンドラも、ふたりとも素晴らしかったです。どちらも実力派で老若ひとりでできたでしょうが、それこそひっとんに遠慮している采配でもあり、生徒をひとりでも多く起用するためでもあり、私は悪くなかったんじゃないかな、と思っています。
 若かりしころのサンドラのうたちですが、でも実は最初に登場するのはエドワードとウィルが話し込んでいるところに「もう寝る時間よ」みたく言ってくる母親の顔をした場面で、若い母親ではあるんだけれどしっとりおちついていて、ちゃんと小桜ちゃんと地続きになっている感じが素晴らしかったです。あとは逆に、もうエドワードの中のキラッキラのサンドラ、に振り切っている感じで、「アラバマの子羊」も「Red,White and True」もキレッキレの可愛さでたまりませんでした! もちろん「時が止まった」「スイセン」のデュエットも素晴らしい! 気が早いですがひっとんの後任、信じていますから…!!
 小桜ちゃんも、服装がいつまでもラブリーなのはエドワードが見ているサンドラだから、という説もありますが、普通にこんな感じの女性もいるのでは?と私は思いました。何より声がしっとりおちついていて、ちゃんとかりんさんウィルの母親に聞こえました。ほややんとしていそうで実はどっしりもしている、慈愛の母でありしっかりした中年女性っぷり、見事だと思いました。「屋根はいらない」も素晴らしすぎましたね…!
 しかし序盤ド肝を抜いたのはやはりスーパー都優奈タイムでしたよね、組ファンは知ってるけれどみんなこれで覚えたでしょ!?と言って回りたいくらいでした。それは若かりしジェニー(鳳花るりな)を演じたるりなたんもで、『RRR』で素晴らしいダンサーっぷりを見せましたが実は歌えるし芝居もいいんですよ!とこれまた言って回りたくなりました。こういうところに役が回ることは素晴らしい…!
 なんでも上手いさりおがサーカス団長(碧海さりお)をしっかり務めるし、こりんちゃんのベネット先生(ひろ香祐)も信頼しかありません。きさちんの人魚(希沙薫)はなんか接続部が変じゃね?と気になりましたが、これまた良きエッセンスのキャラクターでした。私は最後の弔問にいた女性は彼女にした方がよかったと思います。星影ななちゃんへの餞別は看護師役で十分だったと思うので…さきっぽとまっきーも頼れるし、あいみちゃんもあの高下駄は大変だったでしょうけれど、お芝居がホントよかったです。ジョセフィーン(星咲希)の星咲ちゃんもいつも手堅く上手いけどなんか地味…な印象でしたが、今回は塩梅としてよかったなと思いました。このウィルの結婚相手として実にいい感じ、というか…ただこの人は下手したらウィルより有名なジャーナリスト、ルポライター、アンカーウーマンといったバリキャリ女性のはずなので、そういう役作りにしてもいいのかな?とはちょっと考えましたけどね…ラストシーンも、たまたま帰省休暇中なんだろうけれど、復職したんだよね?とか考えたりしちゃったので。
 天希くんやにじょはなちゃん、御剣くんも活躍していて良きでした。あとは忘れちゃいけないヤングウィルの俺たちのふみたんの素晴らしさですよ! 本当に小さいは小さいんだけれど、それにしても芝居が上手すぎ、歌も素晴らしすぎ、でもサンドラの友人として踊るところはキュートすぎ! 主席の子なんで初舞台ロケットから観ていますが、休演を心配していたりもしたのでこの活躍がホントーに嬉しいです!! もちろん子役専科じゃないんでそこんとこよろしく!!!

 装置(装置/國包洋子)もよくできていましたね。映像(映像/石田肇)もよかったです。エドワードやウィルが湖面で石を跳ねさせるアレ、最後のだけ客席にライトが跳ねていくんですよね(照明/氷谷信雄)。マイ楽が3階席でよく見えて、感動しました…!
 生オケもありがたかったです(音楽指揮/御崎恵)。送り出し音楽があるのもよかった。ところでラインナップの手拍子は最後には裏拍で統一されたのかしらん? 初日に曲に乗ってなんの疑いもなく裏打ちしたら周りみんな表で、日本人のリズム感って…と絶望しましたよね…(ただラスト、曲調がスローダウンするし表でもハマるんですよね…あれは役者が舞台上で手拍子を先導してくれないと、揃えるのは無理だと思います)

 では、最後に極美日記を。
 押しも押されぬ2番手ポジション、というかヒロインがナシ扱いなのでむしろヒロイン枠だったウィル役ですが…よかったですよね!?!?
 初日の「知らない人」なんて私は手に汗握って聞いちゃったんですけれど、まったく問題なかったし、歌はホントこっちゃんに引っ張られて組子みんなが努力し成長し向上していると思いますが、こんな大曲を危なげもなく朗々と…!と感動しちゃいましたよ私。力みは見えてもいいんです、そういう役のそういう歌だったとも思いますしね(甘い)。首つりの歌なんかもよかったし、最後の「ヒーローになれ」のリプライズはホント卑怯でした…! ナウオンでやたらうるうるしていましたけど、これはやってる本人だって感極まりますってマジで…!!
 ウィル(ウィリアム、なのかな? イギリス系なんでしょうか)は「ちっさいおっちゃん」と言われるような、生真面目でお堅くて想像力とかはそんなになくて、親の病気を聞いて保険だのローンだのを心配しちゃうような現実派なんだけれど、冷酷ではないしクールでもなく、また世を拗ねたりグレたりもしていなくて、気持ちよくまっすぐ育った青年です。それを、髪型も美しく顔も良く脚がとんでもなく長くスタイルのいい、すっきり爽やかなかりんさんが真摯に、丁寧に演じている…惚れ直しましたよね-。父との屈託や距離感がホントいいし、甘えて子供っぽくダダこねてるんじゃなくて、純粋に本当のことが知りたい、という感じなのがよかったです。本当のこと、なんて実は誰にもわからないのにね…
 ジョセフィーンとどんな出会いでどう交際にいたってどうプロポーズしたのかしらん、とか考えるとニマニマしちゃいます。だってジェニー(白妙なつ)に対して「たった一度のキスでしょう!?」とか言っちゃうような朴念仁なんですからね…! 出来婚というのはこの当時はさすがにアレで外聞がやや悪かったのかしらん? でも安定期に入るまでは身内にも明かさない、というのは正しい判断だと思うし(特に妊婦本人の希望であればなおさら)、それは祖父になる人といえども口を出していい領域の話ではないので、あのくだりは今観ても、ほとんど女性の観客が観てもウィルが怒るのは納得でしょう。でもこうやってなんでもすぐ自分の手柄話にしちゃうおっさんはホント世にたくさんいるワケでさ…こっちゃんでも許されませんよ、その塩梅も実によかった。ジョセフィーンはその場では上手く話題を変えるし、実はウィルほどには気にしていなかったのかもしれないけれど、実際その後何かあったかもしれないくらい妊娠ってのは不安定なものなんだから、世の男どもはホント猛省してほしいものです。まあ承知で婚前に子作りしたのはウィルおまえでは…ってのもあるけど、避妊してたってできるときはできますしね。まあそれはいい。お腹の中の子供の性別が判明するくだりも、ブロードウェイ版にもあったんでしょうが(それで言えば「サッカーなんてスポーツじゃない」とかもね。こっちゃんが言うんでたいそうおもしろいことになっちゃってましたけどね。でもこの一連の会話がまたアメリカ~ン!で実にいいのです…!)宝塚歌劇ではなかなか攻めた表現だなと思ってしまい、それもまたおもしろかったです。大真面目に「右ってどっち?」ってやってるかりんさんウィル、愛しすぎました。嫁ぎたい…!(笑)
 ありちゃんトップでかりんさん2番手の時代が来たら、華で押して芝居は誰か周りがしてくれるんでしょ…とか思っていたのですが(オイ)、どうしてどうして、ちゃんと進化していますよ大丈夫ですよ…!という気持ちになりました。目が曇ってたらすみませんけど、でもハートのある誠実な演技をするし、フツーに踊れるし、とにかく顔とスタイルは極上だし、歌含めてテクニックもちゃんとついてきているし、滝汗タイプだったのが目立たなくなり常に美しく出られるようになってきているし…! そもそも昔っからハートはあって決して棒ってタイプじゃなかったと思うし、でも上げられすぎてあっぷあっぷして見えたり周りももっと上手い子は別にいるのに…みたいに引いた空気が漂ったりするのを感じたりすると、なんかホント申し訳ないような、でもこういうスターって過去にもいっぱいいたじゃん絶対なるんだよ我慢してよ…となんか言い訳がましく言いたくなったりもしていて、イヤ私は別に贔屓ではないのでアレなんですが、でもホントやっといろいろついてきて、確実に前進している、押しも押されぬ路線スター!と改めて今回思えて、安心し感動したのでした。まあ私は『RRR』でも『1789』でもそう思ったし、なんならずっとそう思ってきたわけですけれどね…ファンの欲目ですよ、すみません……
 でもこの作品は、エドワードの物語ではあるけれど、やはりウィルから見た視点が大事だと思うので、そこを観客が感情移入しやすいよう、素直にウィルとして存在してみせたかりんさんの功績は大きいと思うのです。いいお役、いい作品に出会えてよかったです。きっと財産になったことでしょう…!


 次の本公演がマジで不安ではあるのですが、そして不安と言えば宙組大劇場公演が事故なく事件なく上演されることも本当に祈っているのですが、引き続き注視していくしかありません。しかし宙全ツの件はさすがに不可解ですよね…? 株主総会もまあまあ荒れたようで、ホント大丈夫なのかこの会社、って気もしますけれど、中で改革は地道に進んでいるものと信じ、生徒やスタッフさんたちが健康で幸せで働けていることを信じて、私は観劇し続け、応援し続けたいと思っています。













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『ハムレットQ1』

2024年05月15日 | 観劇記/タイトルは行
 PARCO劇場、2024年5月14日18時半。

 デンマーク王急死の報せを受け、留学していた王子ハムレット(吉田羊)は父の葬儀のため帰国する。葬儀後間もなく、母である王妃ガートルード(広岡由里子)は父王の弟である叔父クローディアス(吉田栄作)と再婚。悲しみ、苛立つハムレットのもとへ、親友ホレイショー(牧島輝)と歩哨たちから父王の亡霊(吉田栄作の二役)が現れたことが告げられて…
 作/ウィリアム・シェイクスピア、訳/松岡和子、演出/森新太郎。1603年印刷の原作Q1版を上演、全2幕。

 オールフィメールで上演された『ジュリアス・シーザー』は観ていて、そのときの吉田羊のブルータスがよかったので今回はハムレットを、となったそうですが…ただし男装というか男役をやっているのは彼女だけで、オフィーリア(飯豊まりえ、フォーティンブラスと二役)やレアティーズ(大鶴佐助)、ボローニアス(佐藤誓、墓掘りと二役)たちは特に男女逆転していません。役者は全員女性で、シェイクスピア当時に女優はいなかったはずですから、この変換には意味があるのかな? ただし簡素で抽象的なセット(美術/堀尾幸男)に男性陣は現代的なスーツ姿(衣裳/西原梨恵)という舞台だったので、いつという時代設定はない作品なのかもしれません。そんな中で喪服というか黒衣を着た吉田羊は、小柄な青年王子にちゃんと見えました。地声も高くはないし、狂乱を装っているときには変な発声をするので、そういう意味でも自然というか…てか喉が強そうだなあ、すごいよなあぁ。
 ただ、別に、おもしろくはなかった…最近だと『リア王』も『新ハムレット』も私はダメだったし、私にはシェイクスピアを観る素養がないんだとと思います…ホントすんません…『ジュリアス~』も「『暁のローマ』の方がおもしろかったかな…」などと感じましたし、今回も「『HAMLET!!』の再演がぼちぼち観たいな、誰が主演だとハマりそうかなあ、ずんちゃんとかいいかもな、あーさとかもいいかも、確か出てなかったっけ…? あとは天飛くんとか、もえこもアリかも…」など考えながら観てしまいました。
 プログラムの森さんと松岡さんの対談とか、すごく熱量があるのはわかるんですけど、ついていけないというか、そういうふうに舞台を観られないというか…なんですよね。別に誰かに共感して観ることもできるお話だと思うんですけれど、そういうふうには演出されていない気もするしそういう演技になっていない気もするし。もちろん誰かに共感したり感情移入しなくても観られる作品ももちろんあるけれど、ではこれは何を見せられているのかと思うと私にはよくわからないのです。復讐ではなく解放、みたいなことがプログラムでは語られていましたが…うぅーむ。
 それにシェイクスピアといえばストーリー展開とかキャラクターのドラマ云々よりやはり台詞の素晴らしさなんだろうけれど、それは現代英語やまして日本語にされてしまったら大部分が失われるものなのでは…とか思っちゃうんですよね。こんなふうにしゃべる人はリアルではいないし、さりとてすごく詩的で素敵で文学的だ、とかも思えなくて、胡乱なことを長々語っているようにしか私には思えないのでした…
 ハムレットはもちろん、ガートルードにしたってクローディアスにしたって、あるいはオフィーリアやレアティーズにだってもっといろいろ言い分はあるだろうし、それぞれフィーチャーすればおもしろいドラマになるんだろうな、という要素の良さは毎度感じるんですけれど…
 ああ、もうよほどの翻案ものでなければ、どんなに好みの役者が出ていてもシェイクスピアものを観に行くのはもうやめた方がいいのかなかな…とはいえ大空さんの『真夏の夜の夢』が控えているわけですが。あとは有名どころだと『オセロー』を最近観ていないので、何かいいのがあればまた観たくないこともない点前回はおもしろく観た気がしなくもしないし。あとは『十二夜』も宝塚歌劇以外でちゃんと観たことがない気が…
 と、こんなことを言っているからまたホイホイ出かけてしまう気もします…








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『ハザカイキ』

2024年04月03日 | 観劇記/タイトルは行
 THEATER MILANO-Za、2024年4月1日18時。

 芸能記者である菅原裕一(丸山隆平)が担当することになった、国民的人気タレント橋本香(恒松祐里)と人気アーティスト加藤勇(九条ジョー)の熱愛疑惑。このスクープをリークしたのは、なんと香の友人・野口裕子(横山由依)だった。菅原には同棲している恋人・鈴木里美(さとうほなみ)と親友・今井伸二(勝地涼)がいて、里美との生活に安らぎを得、今井には仕事の愚痴をこぼしたりとごく普通にすごしていて、そんな平和な日常が続くと信じていたが…
 作・演出/三浦大輔、音楽/内橋和久、美術/愛甲悦子。全2幕。

 映画『娼年』『何者』とかはけっこう話題になっていたかと思うのですが、私は見られなかったのでこれが初・三浦大輔作品となりました。『ザ・シェイプ・オブ・シングス』で向井理、『裏切りの街』で田中圭、『物語なき、この世界。』で岡田将生、『そして僕は途方に暮れる』で藤ヶ谷太輔、映画『娼年』では松坂桃季、『何者』では佐藤健と主演させてきている人なので、私もどこかで観ていてもおかしくなかったのになー…今回も、大空さんさまさまです。いつも素敵な出会いをもたらしてくれる贔屓に感謝、です。
 タイトルは「端境期」ということでしょうね。何と何の、と言うのは難しいですが、とっても「今」な作品でした。こんなに今っぽい、生っぽい作品ってなかなかないと思いました。ザラザラと怖くて、とてもおもしろかったです。
 着想自体は七年前のものだそうで、「芸能人の謝罪会見というものに興味を抱いた」ところからスタートしたんだそうです。「大勢の人々に囲まれた状態で何かしらの自己表現をするって、非常に演劇的だと感じた」ので、「演劇作品として立ち上げて、ライブ空間でお客さんに見ていただく」ことにした、と。
 でも、多少はわざとではあるんでしょうが、場面数が多いこともあって、ほぼ終盤までずっと、これは映像向きの作品なのでは…と私は考えていました。舞台の上手と下手にそれぞれ小さな盆みたいなものがあって、下手は香の部屋や事務所、上手は菅原と里美の部屋や香の母・智子(大空ゆうひ)のスナックのセットがその盆に乗っていて、盆が回ってそのセットが現れるとそこで寸劇みたいな短い場面が演じられて…ということの連続だったからです。そしてマイクの調整の問題もあるのか、役者たちの演技もわざとなのか、下手というのとは違うんだけれど、芝居がすごく平面的で、映像っぽいというか、奥行きがなく、演劇っぽくない感じがしたのです。舞台上でテレビドラマが演じられるのをそのまま眺めさせられている感じ、というのか…舞台って、演劇って、その場で生身の役者が演じている、というリアルとは別に、というかだからこそ、何故か不思議なファンタジーの膜を一枚被るものだと思うんですけれど、それがほとんどないように感じる、異様な生っぽさがある作品だったのです。大空さんはプログラムで「とてもリアルで、現代社会をそのまま鋭い感覚で描いているような印象」「私は、もう少し拡大した世界観の舞台に立つことが多いので、これは私にとって新しい挑戦」と語っていますが、私がよく観る舞台、演劇もそういうものだな、とも感じました(そしてここで「拡大した世界観」という言葉を用いる大空さんよ…! 好き!!)。
 でも、クライマックスで、ああこれは舞台でないと、演劇でないと駄目だ、と思いました。これがやりたくて作った作品なんだ、ここに意味があったんだ、という驚きと、納得。そして圧巻のワンシーンでした。
 恒松さんは私は『ドン・ジュアン』や『ザ・ウェルキン』で観ていてもちろん認識できている女優さんで、しかしこうもすさまじい芝居ができる人だとはついぞ知りませんでした。脱帽です。ファーストクレジットにすべきだろう! ここの台詞は、脚本ももちろんすごいが演技が本当にすごかったです。テクニカルな意味でも、感情表現という意味でも…!
 あとは本水が使いたかったのかもしれませんね、これも舞台ならではでとても効果的でよかったです。
 1幕が短く、確かに起承転結の起というか、いろいろ並べて仕込んで終わり、という感じで、2幕が100分ある構成でしたが、それも納得だし、緊張感を持っておもしろく観ました。なかなか意趣格闘感ある座組ですが、みんな達者でしたしね…!
 しかしわけても大空さんと香の父で智子の夫・浩二(風間杜夫)役の風間さんとの場面が、なんかホントよかったです。ここは往年の人気俳優、人気女優で(しかし智子は演技力はあるけど顔は…と言われるタイプの女優だったらしい。ちょっとどういうこと!? いろいろつっこみたいわー…)、結婚したときは世紀のビッグ・カップルと騒がれたんだろうし、その後浩治の不倫が大スキャンダルとなってふたりは離婚、ともに引退し、浩二は芸能事務所を立ち上げて娘のステージ・パパとなり、智子はちょいと場末感あるスナックのママとなっています。香は何かあると母親のところに逃げ込んだりもしていて、そういう意味では良き家族ではあるのでしょう。けれど…という顛末の芝居が、なんか正しい意味で昭和感があるふたりなのと、わざとベタなテレビドラマ演技をしてもやっぱり上手さが滲み出ちゃう感じとかが、なんかもうホント観ていてツボでした。あと、このあたりから、ああこれはメインキャストみんながいろいろな形で謝る、謝罪の物語なんだな、とも思いました。
 でも裕子って謝りましたかね…? 結局彼女の心情というか、リークの理由とかがよくわからなかった気がするのですが、私が何か読み取り逃していますかね? 別に実は香を好きだった、とかではなかったかと思うのですが…香の裕子への謝罪のなんだかなあ感とか、でもするとすればそうなるよね、みたいなザラつきとかは、リアルでまたよかったんですけれどね…
 香のマネージャー・田村(米村亮太朗)と浩二の謝罪とかもね…この浩二の暴言とか暴力とか差別発言とか恫喝とか威嚇とか、ホントあるあるすぎてまたたまらんリアルなんですけど、そのリアルさが本当に絶妙でおもしろかったです。過剰になりすぎたり、綺麗事にまとめたりしない感じとかね…上手い。
 ところで主人公は菅原なのかと言われると(ところで三浦大輔の作品の主人公はみんな菅原裕一でその恋人は鈴木里美なんだそうな。おもしろいですね!)まあそうなんでしょうけれど、いい意味でフツーの人ですんごい目立つとか話を回すとかでないところもおもしろいですよね。そこをいわゆるアイドルの人がやっちゃうところもね。
 しかしここのBL(BL言うな)はすぐわかりますよ、だって勝地涼がまた上手いんだもん…! イヤちゃん台詞もあるわけですけどね。でもこういうホモソーシャル関係、またまたあるあるすぎるワケですよ…!!
 今井は菅原を名字で呼び、菅原は今井を「伸二」と名前で呼ぶ。学生時代からの友達で、一度告白してフラれていて、でもずっと友達で、今井は今はただの会社員で菅原の仕事とはなんの関わりもないけれど、愚痴を聞くだのなんだので3日と空けずに会って呑んでいる。菅原は今井が今でも自分を好きなことをわかっていて、でも知らん振りして、でもいじる。今井はそれがつらくても、菅原が好きでつきあい続けている。他に彼氏はいるのかもしれない、でもそれとは別なんだよね。里美もいるし、望みはほぼないってわかっていても、ワンチャンあるかもって希望が捨てきれないんだよね。だからサウナも、本当は興味なくてもつきあっちゃうんだろうし、それはまさしく裸のつきあいなわけでさ…
 それは里美は嫌だよね、わかるよ。でも今井を呼び出してなじるのは駄目だって、それは男ではなく浮気相手の女を呼び出してなじる女仕草すぎるでしょう。本当は菅原に言わなくちゃいけないことだし、なんなら結婚しようって自分から言わなきゃ駄目なんだよ。でも今井に当たってしまう里美、くうぅ…
 そして菅原も、そんなふうにしてずっとそばに置いていた今井に、いざ迫られたらビビるのか、それとも嫌悪感を抱いてしまったのか、突き飛ばしてしまう…どうなんでしょうね、今井は菅原に抱かれたかったのかなと私は思っていたけれど、菅原も抱いてやってもいいくらいに思っていたのかもしれないけれど、逆は嫌だったということなんですかね…それで今井は菅原に謝る。くうぅ…
 でもオチは、実家に帰っていた里美がいろいろ考えて戻ってくることにしたのはいいにしても、妊娠したから、とかだけは止めてよね…と念じながら私は観ていました。そういうイージーなの、ホント要らないから。でも逆で、里美が帰ってきてくれたことが嬉しくて仕方ない菅原が、思いついたようにプロポーズしちゃうオチでした。でもこれもすごく安易なんだよね、でもシスヘテロ男子の結婚観なんてホントこんなもんじゃん。このリアルさよ…! そして里美は、ずっと待っていた言葉だろうけど、意外にも喜ばない。そういうことじゃないんだよなあ、とわかっちゃったんですよね。だから返事はしない、でも一緒の家に帰る。膝カックンして菅原を笑わせて、暗転。イチャついている微笑ましいシーンのようでもあるし、女が好きな男にできる抗議の暴力ってせいぜいこの程度なんだよね、ということでもあるな、とも思いました。声を荒らげるとか、クッション投げつけるなんてのより、ずっとマシです。それが愛で、尊厳で、人間でしょう。菅原が学んでくれることを祈ります…!
 香も勇も、才能はありそうだし、きっと違う形でも仕事はしていきそうですよね。生きてさえいれば、なんとでもなるのです。まあレベチはかわいそうだったかな(笑)。しかしこういうところもホント上手かったです。あとワイドショーやコメンテーターのしょうもなさとかね…! 智子のスナックの女の子ふたりも、上手い。ホント細かくて上手い、唸らされました。
 三浦大輔は「映像向きの題材を演劇で扱うことに関しても、これが最大級のもの」「次回作は一周回って素舞台で、ワンシチュエーションものの演劇性の強い作品をつくるかもしれません」とも語っていて、なかなかにこの先が楽しみです。機会あればぜひ観てみたい! 映像も地上波か、せめてBSに下りてくれれば見るんだけれど…
 GWの大阪公演まで、どうぞどんどん盛り上がりますように。無事の完走をお祈りしています。











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