駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA 映画記念BOXセット全5巻)

2024年04月07日 | 乱読記/書名ま行
 亡き夫と通った思い出の喫茶店が閉店し、立ち寄った書店では料理本がいつもと違うコーナーに。時が過ぎ去る寂しさのなか、彼女の目に止まったのは一冊のBLコミックス。75歳の老婦人と書店員の女子高生が織りなすのは、誰もまだ見たことがない日々でした…

 確か連載が始まってすぐくらいに、「これはいい!」と話題になっていて、電子で試し読みをちょいと読んだ記憶があります。でもそのときは、老婦人と女子高生がBLという共通の趣味を解して友人になる話なのねー、くらいの受け取り方しかしなかったように思います。その後、映画化もされて再度話題になっていた気もしますが、やはりスルーしていました。
 が、そのとき発売されたボックスで全巻借りられることになったので、ならば、と読んでみました。ら…確かにそうなんだけど、それだけではないお話でしたね。
 今や私は市野井さんに自分を重ねて読むべきなのかもしれません。あちこち身体を労りながら、周りのコミュニティに支えられてもいるけれど、基本的にはひとりでできることはなんでもひとりでして、ひとりの暮らしを続けている女性…満ち足りているような、寂しいような。
 一方で、自分がうららくらいの歳の頃はどんなだったかな、とも思いはせました。ここまでボッサーとはしてなかったかもしれないけれど、でも外見には全然かまっていなかったかな。少なくとも英莉ちゃんみたいな朝からキラキラの女子では全然なかった。なんなら友達もそうたくさんはいなかったかもしれません。何をしていたかといえばやはり趣味に走っていて、創作同人活動バリバリでした。初めて行ったコミケはまだ晴海だったし、世はキャブ翼全盛期でしたが私はオリジナルを描いていたので…なので同人友達はいたかな。ともあれ空想の世界で息をしていたんだと思います。
 そういう意味ではうららの方に近いのかもしれないけれど、家庭環境は全然違うし(でも両親が離婚していても子供を通してそれなりに行き来があり、離れて暮らす父親ともかったるいときもあるけどちゃんと会っている、というのはいいことですよね。離婚家庭がこういうふうに描かれることってあまりない気がするので、新鮮でした。この両親は夫婦としては破綻したけれど子供の親としてはちゃんとしていて、喧嘩別れの没交渉、とかではないのがすごくいいなと思いました)、彼女がずっと通奏低音のように感じている将来への漠然とした不安みたいのものは、まあ思春期特有のものなのかもしれませんが、私はこんなに繊細に感じ悩み迷っていたろうか…?とは思いました。まあ当時はそれなりに悩んでいて、今や忘れてしまったのかもしれないけれど…私はまあまあ学校の勉強ができたので、受験がんばろう、進学して就職したい、自分で自分を食わせていきたい、とは考えていたので、そのために目先のテストに集中しつつ、ひとつひとつやっていけばなんとかなるだろう…とは考えていて、あまり不安に感じてはいなかったのかもしれません。今よりずっと、将来に希望が見える、右肩上がりの社会だったから…というのは、あるかもしれません。
 でも、つむぎくんのような近所の幼馴染みはいなかったし、こんな甘酸っぱい想いもしなかったかな…ちゃんと好き、っていうのとは違うのかもしれない。でも彼女といる様子を見ると胸がザワつくんよね、わかるよ。お姉ちゃん含めて三人で子犬のように転げ回って遊んでいたころと違って、彼が意外にも美形に育ち上がってしまったので、好きとかなんとかとは違うんだけどなんか腰が退けて…というのも、とてもわかる気がします。その彼女であるキラキラ女子の英莉ちゃんに対しても腰が退けちゃうところも。そしてそんな英莉ちゃんのほうでも、「うらっち」のことが気に障るし、自分の将来に不安がないわけではないことも…ああ、甘酸っぱいー!
 アオハルだね!と一言で片付けるのはランボーだと思いますし、一方で市野井さんもこの歳でも青春なんだなーとか思いますが、要するに全部含めて人生の物語、なのかもしれません。万物は流転する、エントロピー増大の法則…
 ふたりの友情は確かに築かれた、しかしそれはそれとして、市野井さんは国際結婚をして海外にいるらしい娘のもとにふらりと暮らしを移してししまう。そういうことってありえると思うし、その軽やかさがいいし、さみしくはあるんだけれど、このままふたりでずっと縁側でお茶飲んでBL読んで暮らしました、なんて絶対に嘘なワケだし、なのでとても素敵な終わり方だなと思いました。そこまであってのこのタイトルでもあるのですね。人は変態する。変化し、移動し、生きていく…
 特に目新しいところはない気はしますが、ふたりが出会うきっかけとなったBLコミックがちょいちょい挟まれるのもいい。その漫画家とアシスタントさん、担当編集の様子が描かれるのもいいですよね。
「大事なものを大事にできてすごいね」という台詞がありますが、それが無理なくできるようになることが、大人になる、幸せになる、ということなのかもしれません。自分が大事なもの、人が大事なものを大事にして生きていきたい、と改めて思ったり、しました。

  





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柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日文庫)

2023年03月07日 | 乱読記/書名ま行
 正子は75歳の元女優。CMで再デビューを果たして順風満帆かと思いきや、ある出来事で事務所を解雇され、急遽お金が必要な状況に。周りを巻き込み逆境を跳ね返す生き方は「マジカルグランマ(理想のおばあちゃん)」像をぶちこわす…圧倒的パワフル・エンターテインメント。

 スピーディーでテンポ良く爆走する展開に、ニヤニヤしながら読みました。なんかすごくよかったです。ヒロインは特に強い主張とかこだわりがあるわけではなくて、ほとんど流されるままに、必要に応じて進んでいるだけのようなんだけれど、それがいわゆるフツーのよくあるコースじゃなくて、でも謎のパワーと愛嬌があるから周りも巻き込まれていくのが、なんかホント微笑ましいような傍迷惑で気の毒なような…なのです。一応息子も出てくるけれどいい歳だし、だから家族とか親戚とかの身寄りよりも、単なるご近所みたいな赤の他人たちが、意気投合したりあきれたり衝突したり喧嘩したりをアグレッシブに重ねていくのも、読んでいてすがすがしくて楽しいのです。みんながみんな正直だからいいんだろうな。
 そしておこがましいようですが、なんか精神性というか在り方が自分に似ている…!と思えておもしろすぎたのでした。私はヒロインのまだ2/3程度の年齢でしかありませんが、やはり人生ざっと100年と考えると折り返しが50歳なわけで、その少し前くらいから後半生というものを私も考えるようになっていたんですよね。そもそも、学校の勉強ができたから大学行って就職して定年まで働いて…ってとこまではわりと幼いころからイメージはできていたんですよ。結婚とか出産とかはそこまで希望がなかったのでまあなりゆきで、と考えていて、そしたらナシでここまで来てしまったので、子育てとかがないと余計にこの先何やろうがフリー、って感じが強まります。まあありがたくも未だピンピンしている両親をいかに見送るか、とか、弟も独身なので最後は老老介護かな、とかの懸念はありつつも、会社奉公もまあまあしたしそろそろもっと好きにし出してもええやろ、となんか妙な開き直りが私の中にも生まれてきていて、たとえば元気なうちになるべくたくさん旅行しよう、とかは実践し始めているわけですけれど、このヒロインはなんかもっとずっと上を行っているわけです。それがもうおもろくてうらやましくてまぶしいのでした。
 こういうヒロイン像を肯定的に、というか肯定も否定もなくただそのまんま書ききるこの作家がまずいいし、タイトルも本当に秀逸だと思いました。「マジカル○○」なんて幻想で、勝手な理想で押しつけで、ホント冗談じゃないんです。そういうことに華麗にアッカンベーしてただ好きなように生きているヒロインが本当に輝いていて、いいのです。読んでいて元気になります。作家自身はまだまだ全然お若いはずなのに、すごいところに目をつけるよなあ…!
 楽しく読むだけでよくて、別に自分もかくありたい、なんて思うことはなくて、みんながみんな自分のいいように生きればいいんだと思うのです。それで上手く行くことも行かないことも当然ある、それが人生だ、という達観ももちろんある小説です。でもだからって何もしないのはもったいないしつまらない、止めないからやってみようぜ楽しいよ?って挑発がある、元気でアグレッシブな小説だと思いました。帯のアオリに軽やかで柔軟で、みたいなものがありましたが、まさしくそんな感じでした。カバーイラストも素敵で、解説もよかったです。オススメ!








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ベサン・ロバーツ『マイ・ポリスマン』(二見書房ザ・ミステリ・コレクション)

2022年06月01日 | 乱読記/書名ま行
 中学生だったころ、広い肩幅とたくましい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々の中で、情熱的にプロポーズされて幸せの絶頂を感じるが、やがてトムの思いがけない秘密を知ることになり…

赤と白とロイヤルブルー』や『ボーイフレンド演じます』のレーベルから出ているので、そんな感じのヤングアダルトBLというかLGBTQ文芸みたいなものかな、と手に取ったのですが、なんというか、BLややおいと名の付く前の少年愛ものみたいな、せつさなしんどさシビアさシニカルさがある、重い小説でした。
 主な舞台は1950年代後半のイギリス・ブライトンと、その約40年後です。1967年に条件付きで合法化される以前は、イギリスでは男性の同性愛行為が違法とされていたそうです。そんな時代に出会った、マリオンとトムとパトリックの物語です。マリオンはトムの妻になり、トムとパトリックはずっと秘密の恋人同士で、そして…という物語です。現代のマリオンが過去を回想するパートと、過去にパトリックが書いた日記が交互に綴られる構成になっていて、トム視点のパートはありません。この当該男性の透明化がひとつのポイントだと思いました。
 マリオンとパトリックは、性別も生まれも育ちも全然違いますが、ものの見方というか考え方になんとなく似ているところがあります。だからどちらもトムに惹かれたのかもしれないし、トムもまたふたりを同じように愛したのかもしれません。
 マリオンはパトリックのようには環境に恵まれなかったけれど、聡明というかある種の知性がある女性です。だからこそ経済的にも精神的にも貧しい実家から抜け出して、教師になったのでしょう。実家に恵まれていたらしい同僚のジュリアに比べたらずっと努力が要っただろうし、それだけの視野も意志も才能もあった、強い女性です。でも、もちろん限界もある。この時代のことなので、教えてもらったことしか知らないし、知ろうとすること自体に怯えてしまうようなところがあるし、知る手段すら知らなかったりする。水爆実験反対運動しかり、女性の権利拡張運動しかり。そもそもが男女のこと、夫婦の初夜、要するにセックスについてすら全然知識を与えられないままに大人になっている。まして同性愛についてなど、口に出すのも憚られる、でも存在は聞かされている、みたいなところで生きてきて、そりゃ動揺しジタバタし、しかし結局何もしないで目をつぶる、となるのもわかる気がとてもしました。現代に生きる我々のようにある程度知識があったり人権意識があったりSOGI差別はいけないという思いがあっても、いざ当事者となればそれは近いものがあるだろうと思います。愛する人に裏切られたショック、愛する人に愛されていない絶望、愛する人の幸せを願えない自分への失望、困惑と混乱と羞恥と怒りと…
 そして時代は、告発されれば逮捕され証拠が揃えば起訴され有罪にされ服役させられる時代だったのでした。そこで失われるものはあまりに大きい。そしてこの物語は、それ以外にもけっこうな時間を飛ばして描いていますし、最後もけっこう放り出し気味で終わります。そこがいい。すべてを描ききることなんてできないし、無意味だし、めでたしめでたしになんて終わるはずがないし、でもそれが人生です。私はトムは弱く卑怯な人間だと思いますし、トム視点のパートを置かないことでこの小説は彼を責めているんだと思いますが、だからといって人が彼に惹かれてしまうことがあることは否定できなくて、それが人間です。そういうものを描いた小説だと思いました。
「私の警察官」とはパトリックが日記の中でトムを記すときの呼称です。これがタイトルになっていて、でも全体としては現在地点のマリオンが総括するような構成になっている。そこもミソかなと思うのは、これが結局は女性の読者を想定している作品だろうからと思うからです。そろそろマリオンとジュリアの物語みたいなものも読みたいけれど、『明日のあなたも愛してる』はそういう作品なのかなあ? ともあれ、ドリームでもファンタジーでも理解が進むのはいいことだろうし(消費、搾取の面はあるにしても)、少しずつでも人は人に優しくなり世界は明るくなっている、と信じたい、と改めて思ったのでした。



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吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』(新潮文庫、Rose,Bleu全2巻)

2022年03月16日 | 乱読記/書名ま行
 1770年1月1日、未来のフランス王妃は日記を綴り始めた。オーストリアを離れても嫁ぎ先へ連れてゆける唯一の友として。冷淡な夫、厳格な教育係、衆人環視の初夜。サービス精神旺盛なアントワネットにもフランスはアウェイすぎたが…時代も国籍も身分も違う彼女に共感が止まらない、衝撃的な日記小説。

「ハーイ、あたし、マリー・アントワネット。もうすぐ政略結婚する予定www」てなノリの文章で全編綴られている一人称小説というか日記小説で、楽しく読みました。要するに今どきのギャル口調というかネットオタク語りというかな文体なのですが、確かにアントワネットってこういうキャラだったのかもな、と思わされます。そして改めて池田理代子『ベルサイユのばら』のものすごさを感じるのでした…(参考文献のトップに掲げられているし)まだ若かった当時の池田氏はものすごく勉強して当時入手できる限りの資料を読みまくり、その上でフィクションを上手く織り交ぜてあの傑作を週刊連載で発表したんですよね、本当に偉業です。
 個人的には脚注がツボでした。脚注というか、いかにも翻訳であると思わせるような仕掛けとして訳注めいたものがついていて、今どきの流行り言葉やネットスラングなんかにくわしくない人のために解説がなされているのですが、意味を薄ぼんやりとしか把握していなくて「正しくはそういう意味だったのか!」とか「語源はそこにあったのか!」となった言葉も多く、学びも深かったので。もちろん「そういうニュアンスじゃないんじゃない?」とか「その説明じゃわからなくない?」ってのもちょいちょいありましたが…
 しかし本当に数奇な、そしてとドラマチックな生涯を送った女性です…合掌。



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和泉かねよし『新装版 メンズ校』(小学館ベツコミフラワーコミックス全8巻)

2020年11月14日 | 乱読記/書名ま行
 海まで5分、1日2本のフェリーあり。徒歩ではほぼ脱出不可能の全寮制名門男子校・私立栖鳳高校は別名・アルカトラズ刑務所日本支店。超ド僻地で繰り広げられる恋もHもやりたい盛りの男子高校生たちの狂宴の行方は…

 テレビドラマ第1話は見てみたのですが、私がなにわ男子の誰ひとりとして知らないからか、今ひとつノリきれなかったので、原作漫画を読んでみました。ちょっと前の作品で、映像化に合わせて新装版が出たようでした。
 しかし変わった作風の作家さんで作品ですよね…男の子主人公の少女漫画って別にそんなに少ないわけではないけれど、これは少女漫画ではない気がする…といって、では少年漫画誌か青年漫画誌に載った方がよかったんじゃない?とも思いにくいのです。読者であるこちらとしてもどの立ち位置でどのテイストで読んだらいいのか、困るような…そして結局この作家さんは常に一風変わった作品を描いていて、高校で先輩や同級生にキャッキャウフフみたいなタイプの少女漫画は全然描けない人なのでした。不思議…
 だからこれも、リアルでもないしドリームでもないし、露悪的でもないけれどあるあるというほどでもない、もちろんBLでもない、けれどまあ青春模様を描いているのでなんとなく読めてしまう、不思議な作品だなと思いました。
 エリカのエピソード、というかこういう作品において人の死を扱うのはなかなか難しいものかと思いますが、それこそ人生においてはないこともないものなので、そこはすごく丁寧に、真剣に扱われていて、好感を持ちました。
 あとは、私はメガネに甘いから(笑)野上くんとミキちゃんのパートをもっと見たかったですけど、まあ全体としてはこのバランスくらいでいいのかな…
 なんにせよ、とまどいつつも楽しく読みました。


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