シアタークリエ、2015年8月25日ソワレ。
小都市ギュレンで、アルフレッド(山口祐一郎)は妻のマチルデ(春野寿美礼)と雑貨店を営んでいる。しかし街は失業者であふれ、財政破綻寸前という危機的状況に直面していた。そこへ、かつてこの街で暮らし、今や大富豪の未亡人となったクレア(涼風真世)が何十年かぶりで帰ってきた。市長のマティアス(今井清隆)、校長のクラウス(石川禅)、警察署長のゲルハルト(今拓哉)、牧師のヨハネス(中山昇)たちは、莫大な財産を持つ彼女が故郷の街を救ってくれるのではないかと期待していた。彼らはかつて彼女と交際していたアルフレッドに、彼女に財政援助を依頼するという大任を任せるが…
脚本/クリスティアン・シュトルペック、歌詞/ヴォルフガング・ホファー、音楽/モーリッツ・シュナイダー、マイケル・リード、演出/山田和也、翻訳・訳詞/竜真知子。
フリードリヒ・デュレンマットの戯曲『老貴婦人の訪問』を原作にしたミュージカル。2013年スイス初演、2014年にはウィーンで上演。全2幕。
気にはなっていた演目だったのですが、上演期間が『王家』とダダかぶりだしなあ…とチケットを手配しませんでした。が、なかなか評判が良かったので、急遽さくっと駆け込んできました。
設定としては『メリー・ウィドウ』と同じようなものですが、なかなかどうして、ブラックなサスペンスものだったのですね。豪華キャストに圧倒され、複雑でダイナミックな楽曲と歌唱を堪能しました。
私はカナメさんの現役時代には間に合っていないのですが、その歌声は衰え知らずで素晴らしいですね。ある種のスゴツヨソングというか、お金があればなんでもできる、みたいな歌を歌い上げるのが圧巻で、今にも「♪最後のダンスは俺のもの」と歌い出しそうで、イチロもズンコもオサもトウコも歌上手トップスターだったけれど、カナメさんのトートこそ観たかったよ!とか思いました。シシィも浮き世離れしていてよかったけどね。
なのでこの作品はタイトルロールも主人公もヒロインもクレアだと思うのですが、何故ファースト・クレジットは山口さんなんでしょうかね…?
というかなんで山口さんは台詞があんな発声なの? アルフレッドってなんなの? 気の弱いしょうもない男ってことなの? でも私には何かどこか足りない人間にしか見えなかったんですけれど?
そしてそもそも過去にはいったい何があったの? 単にアルフレッドがクレアとマチルデを両天秤にかけたってことなの? マチルデはクレアやアルフレッドとまったく同世代には見えなかったので、私は彼女はアルフレッドの若い妻なのかと思っていたのだけれど、クレアはマチルデを知ってるんですよね? じゃあなんでオサをキャスティングしたの? そしてなんでオサはあんな若妻ふうの作りなの? 二児の母親に見えなくない?
アルフレッドはクレアを捨ててまでマチルデと雑貨店の主人という地位が欲しかったってこと? でもこの雑貨店ってかなりしょぼいって演出になってない? そんなものが欲しかったの? そんなもののために妊娠したラブラブの恋人を見捨てたの? 事故かもしれないけど救いもせず? 友達に偽証を頼んでまで認知を避けて? そんなことある?
あの裁判は何に対してのものなの? 事件はどういう時系列で並んでいるの? あの事故でクレアは足を痛めたのではないの? でも街の男たちに娼婦と呼ばれてたらい回しにされるくだりでは若きクレアは普通に歩いていましたよね?
アルフレッドはそんなふうにクレアを捨ててマチルダと結婚して、なのにマチルデのことは全然愛してなくてクレアのことがずっと好きだったっていうの? ありえなくない?
私、この話が全然わかりませんでした。
別にアルフレッドがくだらない男でもかまわないし、それでもクレアが愛して執着してしまうってこともあると思います。でもとにかくどういうことなのか事情をきちんと説明してほしかった。で、それでも愛とか執着とかがあって正義とか復讐とかを求めてしまうよね、でもそれで救われるとか報われるとかはないんだけどね、せつないねぇうんうん、とか思いたかった。
でも事情があきらかにされることがさっぱりないまま、アルフレッドが街の人々に殺されて、クレアは「人殺し!」と叫んで金を撒いて街を去る…なんだそれ、ってのが私の感想でした、すみません。
お金でできることはたくさんあります。そんなことはみんなわかってる。その空しさを描きたかったの? でもその空しさの対極にあるはずの真実の愛、みたいなものが、何故どう壊れたのかが描かれていないので、片手落ちというか、ワケわからなかったのですが…私は何か見落としているのでしょうか…
照明(成瀬一裕)が効果的で印象的でした。
小都市ギュレンで、アルフレッド(山口祐一郎)は妻のマチルデ(春野寿美礼)と雑貨店を営んでいる。しかし街は失業者であふれ、財政破綻寸前という危機的状況に直面していた。そこへ、かつてこの街で暮らし、今や大富豪の未亡人となったクレア(涼風真世)が何十年かぶりで帰ってきた。市長のマティアス(今井清隆)、校長のクラウス(石川禅)、警察署長のゲルハルト(今拓哉)、牧師のヨハネス(中山昇)たちは、莫大な財産を持つ彼女が故郷の街を救ってくれるのではないかと期待していた。彼らはかつて彼女と交際していたアルフレッドに、彼女に財政援助を依頼するという大任を任せるが…
脚本/クリスティアン・シュトルペック、歌詞/ヴォルフガング・ホファー、音楽/モーリッツ・シュナイダー、マイケル・リード、演出/山田和也、翻訳・訳詞/竜真知子。
フリードリヒ・デュレンマットの戯曲『老貴婦人の訪問』を原作にしたミュージカル。2013年スイス初演、2014年にはウィーンで上演。全2幕。
気にはなっていた演目だったのですが、上演期間が『王家』とダダかぶりだしなあ…とチケットを手配しませんでした。が、なかなか評判が良かったので、急遽さくっと駆け込んできました。
設定としては『メリー・ウィドウ』と同じようなものですが、なかなかどうして、ブラックなサスペンスものだったのですね。豪華キャストに圧倒され、複雑でダイナミックな楽曲と歌唱を堪能しました。
私はカナメさんの現役時代には間に合っていないのですが、その歌声は衰え知らずで素晴らしいですね。ある種のスゴツヨソングというか、お金があればなんでもできる、みたいな歌を歌い上げるのが圧巻で、今にも「♪最後のダンスは俺のもの」と歌い出しそうで、イチロもズンコもオサもトウコも歌上手トップスターだったけれど、カナメさんのトートこそ観たかったよ!とか思いました。シシィも浮き世離れしていてよかったけどね。
なのでこの作品はタイトルロールも主人公もヒロインもクレアだと思うのですが、何故ファースト・クレジットは山口さんなんでしょうかね…?
というかなんで山口さんは台詞があんな発声なの? アルフレッドってなんなの? 気の弱いしょうもない男ってことなの? でも私には何かどこか足りない人間にしか見えなかったんですけれど?
そしてそもそも過去にはいったい何があったの? 単にアルフレッドがクレアとマチルデを両天秤にかけたってことなの? マチルデはクレアやアルフレッドとまったく同世代には見えなかったので、私は彼女はアルフレッドの若い妻なのかと思っていたのだけれど、クレアはマチルデを知ってるんですよね? じゃあなんでオサをキャスティングしたの? そしてなんでオサはあんな若妻ふうの作りなの? 二児の母親に見えなくない?
アルフレッドはクレアを捨ててまでマチルデと雑貨店の主人という地位が欲しかったってこと? でもこの雑貨店ってかなりしょぼいって演出になってない? そんなものが欲しかったの? そんなもののために妊娠したラブラブの恋人を見捨てたの? 事故かもしれないけど救いもせず? 友達に偽証を頼んでまで認知を避けて? そんなことある?
あの裁判は何に対してのものなの? 事件はどういう時系列で並んでいるの? あの事故でクレアは足を痛めたのではないの? でも街の男たちに娼婦と呼ばれてたらい回しにされるくだりでは若きクレアは普通に歩いていましたよね?
アルフレッドはそんなふうにクレアを捨ててマチルダと結婚して、なのにマチルデのことは全然愛してなくてクレアのことがずっと好きだったっていうの? ありえなくない?
私、この話が全然わかりませんでした。
別にアルフレッドがくだらない男でもかまわないし、それでもクレアが愛して執着してしまうってこともあると思います。でもとにかくどういうことなのか事情をきちんと説明してほしかった。で、それでも愛とか執着とかがあって正義とか復讐とかを求めてしまうよね、でもそれで救われるとか報われるとかはないんだけどね、せつないねぇうんうん、とか思いたかった。
でも事情があきらかにされることがさっぱりないまま、アルフレッドが街の人々に殺されて、クレアは「人殺し!」と叫んで金を撒いて街を去る…なんだそれ、ってのが私の感想でした、すみません。
お金でできることはたくさんあります。そんなことはみんなわかってる。その空しさを描きたかったの? でもその空しさの対極にあるはずの真実の愛、みたいなものが、何故どう壊れたのかが描かれていないので、片手落ちというか、ワケわからなかったのですが…私は何か見落としているのでしょうか…
照明(成瀬一裕)が効果的で印象的でした。