駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『貴婦人の訪問』

2015年08月26日 | 観劇記/タイトルか行
 シアタークリエ、2015年8月25日ソワレ。

 小都市ギュレンで、アルフレッド(山口祐一郎)は妻のマチルデ(春野寿美礼)と雑貨店を営んでいる。しかし街は失業者であふれ、財政破綻寸前という危機的状況に直面していた。そこへ、かつてこの街で暮らし、今や大富豪の未亡人となったクレア(涼風真世)が何十年かぶりで帰ってきた。市長のマティアス(今井清隆)、校長のクラウス(石川禅)、警察署長のゲルハルト(今拓哉)、牧師のヨハネス(中山昇)たちは、莫大な財産を持つ彼女が故郷の街を救ってくれるのではないかと期待していた。彼らはかつて彼女と交際していたアルフレッドに、彼女に財政援助を依頼するという大任を任せるが…
 脚本/クリスティアン・シュトルペック、歌詞/ヴォルフガング・ホファー、音楽/モーリッツ・シュナイダー、マイケル・リード、演出/山田和也、翻訳・訳詞/竜真知子。
 フリードリヒ・デュレンマットの戯曲『老貴婦人の訪問』を原作にしたミュージカル。2013年スイス初演、2014年にはウィーンで上演。全2幕。

 気にはなっていた演目だったのですが、上演期間が『王家』とダダかぶりだしなあ…とチケットを手配しませんでした。が、なかなか評判が良かったので、急遽さくっと駆け込んできました。
 設定としては『メリー・ウィドウ』と同じようなものですが、なかなかどうして、ブラックなサスペンスものだったのですね。豪華キャストに圧倒され、複雑でダイナミックな楽曲と歌唱を堪能しました。
 私はカナメさんの現役時代には間に合っていないのですが、その歌声は衰え知らずで素晴らしいですね。ある種のスゴツヨソングというか、お金があればなんでもできる、みたいな歌を歌い上げるのが圧巻で、今にも「♪最後のダンスは俺のもの」と歌い出しそうで、イチロもズンコもオサもトウコも歌上手トップスターだったけれど、カナメさんのトートこそ観たかったよ!とか思いました。シシィも浮き世離れしていてよかったけどね。
 なのでこの作品はタイトルロールも主人公もヒロインもクレアだと思うのですが、何故ファースト・クレジットは山口さんなんでしょうかね…?
 というかなんで山口さんは台詞があんな発声なの? アルフレッドってなんなの? 気の弱いしょうもない男ってことなの? でも私には何かどこか足りない人間にしか見えなかったんですけれど?
 そしてそもそも過去にはいったい何があったの? 単にアルフレッドがクレアとマチルデを両天秤にかけたってことなの? マチルデはクレアやアルフレッドとまったく同世代には見えなかったので、私は彼女はアルフレッドの若い妻なのかと思っていたのだけれど、クレアはマチルデを知ってるんですよね? じゃあなんでオサをキャスティングしたの? そしてなんでオサはあんな若妻ふうの作りなの? 二児の母親に見えなくない?
 アルフレッドはクレアを捨ててまでマチルデと雑貨店の主人という地位が欲しかったってこと? でもこの雑貨店ってかなりしょぼいって演出になってない? そんなものが欲しかったの? そんなもののために妊娠したラブラブの恋人を見捨てたの? 事故かもしれないけど救いもせず? 友達に偽証を頼んでまで認知を避けて? そんなことある?
 あの裁判は何に対してのものなの? 事件はどういう時系列で並んでいるの? あの事故でクレアは足を痛めたのではないの? でも街の男たちに娼婦と呼ばれてたらい回しにされるくだりでは若きクレアは普通に歩いていましたよね?
 アルフレッドはそんなふうにクレアを捨ててマチルダと結婚して、なのにマチルデのことは全然愛してなくてクレアのことがずっと好きだったっていうの? ありえなくない?
 私、この話が全然わかりませんでした。
 別にアルフレッドがくだらない男でもかまわないし、それでもクレアが愛して執着してしまうってこともあると思います。でもとにかくどういうことなのか事情をきちんと説明してほしかった。で、それでも愛とか執着とかがあって正義とか復讐とかを求めてしまうよね、でもそれで救われるとか報われるとかはないんだけどね、せつないねぇうんうん、とか思いたかった。
 でも事情があきらかにされることがさっぱりないまま、アルフレッドが街の人々に殺されて、クレアは「人殺し!」と叫んで金を撒いて街を去る…なんだそれ、ってのが私の感想でした、すみません。
 お金でできることはたくさんあります。そんなことはみんなわかってる。その空しさを描きたかったの? でもその空しさの対極にあるはずの真実の愛、みたいなものが、何故どう壊れたのかが描かれていないので、片手落ちというか、ワケわからなかったのですが…私は何か見落としているのでしょうか…

 照明(成瀬一裕)が効果的で印象的でした。


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宝塚歌劇専科・月組・宙組『オイディプス王』

2015年08月19日 | 観劇記/タイトルあ行
 宝塚バウホール、2015年8月17日ソワレ。

 古代ギリシャ・コリントスの王子オイディプス(轟悠)は自ら授かった「父を殺し、母を娶るであろう」との予言の実現を避けるために放浪の旅に出、テーバイ国で怪物スフィンクスを追い払い、請われてテーバイの王になる。前王の妃イオカステ(凪七瑠海)を妻に迎え幸せな日々を送るが、やがて国を襲った疫病災厄から国を救うため神託を乞い、「前王ライオスを殺した犯人を罰せよ」とのお告げに従って犯人を探るが…
 原作/ソフォクレス、脚色・演出/小柳奈穂子、作曲・編曲/手島恭子。全一幕。

 私は宝塚歌劇はトップトリオの三角関係のラブロマンス・エンターテインメントを上演してほしい派なのですが、バウなどの小公演は必ずしもそうでなくてもいいと思っていますし、まして専科公演なのですから様々なチャレンジがあってしかるべきだと思っていて、なかなか楽しみに出かけました。
 戯曲をきちんと読んだことはなく、外部の舞台なども観たことはありませんでしたが、ギリシア神話としてお話は知っていましたし、難しい題材だけどさてどうするのだろう、と期待していました。
 据え置きみたいなセットで、歌はありますがストレートプレイのような台詞の多い作りで、好みでした。
 少し前にNHKの「100分de名著」でちょうど取り上げられていて見ていたのですが、続編のオチを綺麗に忘れていたこともあり、どう締めるんだろう、と興味を持って見守りました。
 このラストが明るいものなのか、希望や光を見ていいものなのかはけっこう微妙だと思います。列聖されたからって報われたことにはならなくない?みたいな。そもそもオイディプス自身には罪はないのだから、そもそも罰がひどすぎるという気もしてしまうのです。彼に罪があるとすればそれは真実を知ろうと真剣になりすぎたことかもしれないけれど、そしてそれは確かに愚かなことであったかもしれないけれど、でもだからってこんな過酷な運命を負わされこれほどの罰を一身に引き受けるほどのものだろうか…と私は思うので。
 でも当時のギリシアにおいては、神というものは、というか世界というものは、冷酷で厳格で理不尽であり、決して優しいものではなかったのだろうな…とも思うのでした。それは、八百万の神々に見守られてうっすら感謝は捧げつつも特定の宗教として崇めたりはなかなかしないような、ゆるい宗教観しか持たない現代日本人には、なかなかわかりづらい感覚なのかもしれません。
 でも確かにこの世には人智を超えた何かがあり、それは神とか運命とか宿命とか呼ばれるものなのかもしれず、だからこそこの物語は今もなお人々の心に響き、世界中で繰り返し上演され続けているのでしょう。
 そのある種のファンタジーを表現するのに、やはり「宝塚歌劇」というフィルターは適しているのだろうなあ、と思いました。
 主人公はオイディプスであるとされ、彼が父を殺し母を娶ってしまうことになる悲劇を描いている物語ですが、女の目からしたらこれは息子に夫を殺され息子の妻になったイオカステの悲劇の物語だろうと思えます。そう考えるとき、生身の男優がオイディプスを演じて苦悩していたりすると私は「けっ」とか言いそうなので、男役のオイディプスで見られてよかったな、と思ったのです。
 そのあたりが上手く作用して、最終的には一傍観者として、テーバイ市民のためにこの結末をよかったねという想いで私は見届けられたのでした。

 素晴らしいと感じたのはやはりカチャのイオカステ。カチャの声ってちょっと不思議で独特で、男役としては正直微妙な気がしなくもないと私は思うのですが(ちなみに私はヘン声好きですが、残念ながらカチャは守備範囲ではナイ)、女役でかつこういう世界観で芝居をするととてもハマる色音を持っている。素敵でした。
 先王の妻で現王の王妃、王と同じ権力を持ち、神に祈りを捧げ、民を愛し、しかし実は神託などにあまり重きを置いていない、自由でしなやかで現実的な女。すごく存在感がありましたし、でも清潔感と品格があり、かつとにかく美しい。年齢不詳っぷりといい、古代ギリシアの話なんだけれど神々に片足突っ込んでるような浮き世離れ感もあって、見惚れました。
 それからコマの羊飼いがよかった。ただの老人、みたいな感じではなく、ちゃんとキャラクターが見えました。さすがだと思いました。
 もちろんるうちゃんやすーちゃんがものすごくいい仕事をしていて、ナガさんが大事な台詞を噛んで言い直したときにはヒヤリとしましたがやはり頼もしく、はっちさんもまりんさんもすごい。要するにどこを見てもすごい。
 そしてクレオン(華形ひかる)がみつるでよかったな、と思いました。髭がないので若く見える、というのもあるけれど、義兄である王と姉である王妃と同等の権力を持ちながら、王位など望まず、気ままに暮らす自由を愛する明るい青年、というキャラクターをさわやかに演じていてくれて。だからこそ彼がこののちのテーバイ王位を継ぐのだろうとなっても、この国は大丈夫、彼がきっと確かに治めてくれる、と思える。市民のために、よかったね、と思えたのでした。

 コロスの研1さんたちも、なかなか大変な舞台だったでしょうが、いい勉強になったことでしょう。今後に生かされるといいなあ。
 なーこたんもなかなか奥深い演出家ですよね。やはりショーが見てみたいし、完全オリジナルの脚本での新作も見てみたいです。






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宝塚歌劇花組『ベルサイユのばら/宝塚幻想曲』

2015年08月19日 | 観劇記/タイトルは行
 台湾・国家戯劇院、2015年8月10日ソワレ。

 星組台湾公演に続き、行ってきました。台湾旅行としては四度目でした。
 演目としては梅芸版と同じ。
 植Gこだわりの字幕は確かに早めに切り上がっているようで、字幕を読んでから舞台に目をやって役者の演技が見られるようになっていたように見えました。でもこだわるのはそこじゃないだろうという気しかしませんでしたけれどね…
 プロローグは初めて観るのではない分、そこまで長くは感じませんでした。でもやっぱりパレードふうになると「これで終わりでもいいかも…」となってしまう…
 ロビーに公平氏がいらっしゃいましたが、「これで『ベルばら』がしばらく打ち止めだと思うとほっとするわー!」とか聞こえそうなくらい大声で友と本音を言い合ってしまいましたよ…

 初日にアンドレが死ぬシーンで客席から爆笑が起きていたと聞きましたが、私が観た回はそんなことはなく、背景の空も赤くなったり手前でオスカルが嘆く演技をちゃんとしているし、ここは悲しい場面なんですよ、ということがやっとちゃんと伝わったのかな…と思っていたのですが、最後の最後にアンドレが再度立ち上がるところではやはりさざ波のような笑いが起きていました。
 うーん、演出というか芝居の嘘というものが通じないのだなあ…たとえば日本だったら、おかしいと思っても周りの様子を見て周りの空気に合わせて笑うのをこらえる、みたいな文化(?)があると思うのですが、同じアジア圏でもここではそういうデリカシーはないということですよね。
 なら逆にフェルゼンの馬車に爆笑が起きてもいいのになあ。私は毎度笑うけど。カンテラが揺れる芸の細かさとかがあればなおさら、箱馬車かよって大きさとか、馬車馬に届くはずのない長さの鞭とかに笑いを禁じえません。
 あと、笑いが起きていてそうだよね、と思ったのは、アンドレがフェルゼンに「オスカルはあなたのことを…」とか言っちゃってフェルゼンが「なんだって!」とか返すくだり。そうだよね、間抜けだよね。ホント反省してほしいよ老害脚本家…
 でもオスカルの死やお芝居ラストはちゃんと鑑賞されていたようです。梅芸より階段数が多くて、アントワネットが処刑台に向かう様子がたっぷり見せられたのもよかったかな。
 全体としては、私語、飲食、着信、撮影(!)とサワサワわさわさした客席で、まあお国柄で仕方ないし宝塚ファンの方が神経質すぎかつお行儀がよすぎるところもあるのだろうと思いましたが、おちつかないし生徒もやりにくかろう…とはヒヤヒヤしながら、観ました。

 逆にショーはそれはそれは熱く盛り上がって、楽しかったです。
 生徒は大変だったろうとは思いますが、中国語の歌を歌うと現地の方は本当に喜びますねー! みりお花魁が「追追追」を歌い始めたときのどよめき、そこからロケットまでずーっとわあわあ盛り上がる熱さ、あきらPキキカレーのF4が「OAOA」をアイドルばりに歌いまくり客席を煽りまくるときの激しい反応、黒燕尾のみりおが「望春風」を歌い出したときの歓声、そこからの手拍子、アンコールでの斉唱…感動的でした。
 黒燕尾はやっぱり大変そうで、でも生徒がみんなノッていて、持てる力を振り絞って踊っているのがわかって、誇らしくて、泣きました。
 台風で初日の公演が中止という大変な事件もありましたが、生徒たちにとってはすべて得がたい経験だったでしょうし、歌劇団の興業としてもいろいろ挑戦だったでしょうが成功を収められてよかったかと思います。
 でもやっぱり中もちゃんと見てくださいね。生徒の健康や体調を第一に、レッスンやお稽古場をちゃんと見て、才能も努力もセンスも認めてあげて、適材適所で使ってあげて、みんなが輝くようにしてください。そして誰がどこでやっても通用する芝居とショーを作ってください。特に脚本、本当に精査して吟味して演目を作ってください。そうしたらファンはどこへでも喜んで行きます。

 千秋楽はさらに盛り上がったようですね。
 生徒さんたちは少しは観光したりゆっくりできたりしたのかな、もう帰国なのかな。集合日がすぐだとも聞きましたが…きちんと静養して、咀嚼して自分のものにして、また次の公演をがんばってください。
 その次の公演の演目発表には正直げんなりしたけれどね…ダーハラの偉人伝に『アーネスト』再演…御曹司として劇団が大事に大事に育ててきたみりお、花組のトップスターに就任させたみりお、それが未だに代表作に恵まれ真に開花したと言いきれないこの状況を、劇団はいったいどう考えているの…? 不安です(ToT)。
 『アーネスト』少なくともアルジーとセシリーは変えてきますよね? アルジーはあきらとちなつのダブルキャストとかでもおもしろいと思うけれど。というかそれくらいしないと客入らないでしょ…(ToT)
 頼むよ、劇団!!!
 
***

 備忘録として、四度目の台湾日記を。

 10日(月)、6時すぎに起床、7時前に家を出て、8時に羽田空港国際線ターミナルで待ち合わせ。10時すぎのNHで台北松山空港へ。機内食は鶏つくね丼にしました。
 台北は薄曇りでやや蒸すものの、東京ほどではない様子。前回来たとき入手した交通カードにチャージして、MRTで中山駅へ。
 今回のお宿は大倉久和大飯店、オークラプレステージ台北でした。明るく気持ちのいいロビー、モダンな客室、見晴らしのいい大浴場と屋外プール、すべてが快適でスタッフがホスピタリティにあふれ、素晴らしかったです。チェックイン時間前でしたがお部屋の用意ができていたので、入れてもらって荷解き。
 そしてまずはコンシェルジュ・デスクに行って、その日の夕食と翌日の昼食と翌々日の昼食のお店を予約してもらう私たち…どんだけごはんが大事なのか(^^;)。ま、観光らしい観光はもうしちゃったしね!
 そしてここのパイナップルケーキは美味で包装が可愛いと評判らしいので、早速お土産に何箱もがっつり買い込みました。
 赤峰街あたりの雑貨店などをちょっとうろついて、お手紙に使えそうな小洒落た台湾ポストカードなどを購入。
 で、早めの夕食を取りに竹里館禅風茶趣へ。ハンパな距離だったので路線図を見てバスに乗ってみました。メインが選べる茶葉料理コースで、少しずつたくさん出る上品な料理にうっとり。たっぷり贅沢を味わっていたら意外に時間がかかってしまい、タクシーで国家戯劇院へ。開演10分前に到着したのでプログラムだけ買ってさくっと着席。
 終演後はMRTで帰宿して、バーラウンジで閉店まで祝杯を挙げて、さっとシャワーして就寝。

 11日(火)、雲は出ていますが昨日よりさらにいいお天気。
 ザッツ台湾の朝ごはん、みたいな食事がしたくて、地元の人が行くようなお店を探してプラプラと2,3ブロックほど歩きました。テイクアウトに並ぶ人でにぎわうお店を発見して奥のイートインに入れてもらうと、写真つきのメニューと漢字の注文表を渡されたので、見比べて書き込んで注文。私は油條に薄いクレープみたいな卵焼きを巻きつけたものとあたたかい豆乳、友はお饅頭の皮みたいなものでお肉を包んだものに冷たい豆乳。安くてお腹いっぱいになりました。
 ホテルに戻って私は大浴場でゆっくり朝風呂し(洗い場の代わりにシャワーブースがある他は日本の大浴場とまったく同じノリでした)、友はプールへ。普段からジムとスイミングに通うストイックな人なのでした。
 朝ごはんを消化したらMRTで早めの昼食へ、阿正厨坊でこれまたメインを選べるプリフィクスのコース。シックな店内、上品な創作中華でまたまた贅沢な時間を堪能。私はビールはあまり好きではなかったのですが、今回は台湾ビールをよく飲みました。
 そのあとは永康街でまたまた雑貨など見て、私は扇子が壊れたところだったので一目惚れしたものを自分土産として購入。以前行った有名かき氷店の思慕昔が大にぎわいでしたが、さすがにまだ満腹でスルーし、MRTを乗り継いでいくつか目当ての雑貨屋さんなどを巡って買い物を堪能して帰宿。
 夜は友はひとり観劇に出かけ、私はマッサージに出かけました。全身+足裏みっちり90分、リフレッシュしたー!
 観劇後の友とアイスモンスターで落ち合って、マンゴーかき氷とタピオカミルクティーかき氷を食べました。氷が違う、そしてホントに果肉が違う! トロットロのゆるんゆるんで濃厚で美味で、寒くなりながらもぺろりと完食してしまいました…
 終電間際のMRTで帰宿し、コンビニで買ったワインやお惣菜でさらに部屋飲みして就寝。

 12日(火)、ゆっくり寝て、バスで変身写真館へ。四度目の台湾にして初チャレンジでした。開店一番で入って、2着5枚2時間の一番お手軽なコースにしてみました。友は真紅のドレスや黒のチャイナをセレクト、私はロココ風ドレスとねねちゃんMSのバービーみたいなピンクのミニドレスがあったので、旅の恥はかき捨てと娘役ばりに着てきました! 出来上がりが…楽しみ…イヤ怖い…
 写真セレクトまでさせてくれるので意外に時間をかけてしまい、急いでホテルに戻って荷物をまとめて12時チェックアウト。
 新葡苑で飲茶ランチ。小籠包がやっぱり美味しくて、海老蒸し饅頭だの揚げ春巻きだのやきそばだのチャーハンだのガンガン頼んで、満腹。
 お土産で重くなったトランクを運ぶ元気がなく、タクシーで空港へ。カフェでタピオカミルクティーを飲んで搭乗、爆睡しているうちに離陸、機内食も少しつついて無事帰国。
 帰宅して荷解きしてお風呂に入って寝ました。いい夏休みでした。
 



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『エリザベート』

2015年08月07日 | 観劇記/タイトルあ行
 帝国劇場、2015年8月6日マチネ。

 1992年オーストリア初演、2000年東宝版初演。舞台美術(二村周作)や衣裳(生澤美子)も一新した新演出版。

 直近の宝塚歌劇花組版の感想はこちら
 直近の東宝版の感想はこちら
 HNが違う、少し前のものですが、未だに同じな私のエリザ論はたとえばこちら

 ハナちゃんシシィ、芳雄くんトート、松也ルキーニ、万里生くんフランツ、古川くんルドルフ、ウタコさんゾフィーで観ました。

 うーん、今回のバージョンでも私はやっぱり納得できませんでした。というかますます混迷を極めてきた気がしました…
 もともと東宝版より宝塚版の方が好みということもあります。あと、外部のいろいろな俳優さんがやるとそれだけで歌唱や演技の方向性がバラバラになる気がして、今の私はそれを楽しむ方に感覚が行っていないんだと思います。均質で統制の取れた美しい宝塚歌劇ワールドに、今が多分一番ハマっている気がするので…
 だからたとえば、リアルドールなスタイルのハナちゃんと、すらりと長身でそれは素敵なんだけどでも顔だって大きいしザッツ・男性な芳雄くんとの並びがまずカップルとして美しく思えなくて、今の私には受けつけがたいわけです。
 ただ、そもそもエリザベートとトートをカップルと考えるのがもう宝塚版に毒されすぎているということなのでしょうね? ウィーン版を観たことがないのでなんとも言えないのですが、これはエリザベートこそがザッツ・タイトルロールの作品であってトートはヒロインの影にすぎない、言うなればエリザベートⅡのような存在(この表現がすでに宝塚に毒されすぎて以下後略)なんですもんね?
 でもなー、それにしてはトートが存在感ありすぎだと思えたしなー。でも意外に出番は少ないんですよね、やっぱり。光と影みたいな対称性は感じられなかったし、なんというか対っぽい感じがなくて、このふたりをどう捉えていいのかが私にはよくわかりませんでした。お互いがお互いをどう思っていることになっているのかもよくわからなかった。私はふたりの恋愛と相克が見たい派なのですが、そうでないのだとするならばそこには何があるのかがよくわからなかった、というか…
 歌の方向性も全然違うし。芳雄くんはもちろん上手いんだけどさらにものすごくエフェクトかけられてて、それがトートっぽいというか非人間性を表現しているということなのかもしれないけれど、私には違和感がありすぎました。これでは余計にトートがエリザベートと同じフェーズにいるように見えない、接点が成立するように見えない…
 私は育三郎くんが好きなので、彼のルキーニで観られたらまた違った感想になっていたのかもしれませんが…ルキーニの立ち位置というか役割も宝塚版とはおそらく違うのでしょうが、でもとにかく私にはぴんときませんでした。
 台詞や歌詞も宝塚版で慣れ親しんだものとは細かく変更それていて、それはブラッシュアップされていたりわかりやすくなっていたりより流れが強調されているようで良かったな、とは思いました。
 でも「私が踊るとき」であんなに対立の構造をはっきりさせておいて、すぐトートになんか泣きつくような形になるのがどうもなあ…とか、「夜のボート」でものすごい他者との断絶を見せつけておいて結局トートには抱きついて終わるんだ…とか、感情の流れというか芝居の流れがよくわかりませんでした。エリザベートの孤高の人生を描いた…という形になっているとも思えなくて…うーむ。
 だったらやっぱりもっとザッツ・三角関係みたいなものの方がわかりやすくないかなー…私が観たい『エリザベート』が形になることはないのかなー。みんなこの作品の何がそんなに好きなのかなー、楽曲が素晴らしいとはそりゃ思うんだけど…
 と、不思議な感覚で観終えた舞台でした。
 一幕ラストはちょっとときめいたんですよね。舞台下手奥にトート、上手手前にフランツ、真ん中にあの白のドレスに星の髪飾りのエリザベート、三角関係の構図。そしてエリザベートは開いた扇で顔を隠す…どちらの男も拒む、というその孤高。
 それがニ幕ラストのあと、ラインナップで上手袖からセンターに出てきて、下手奥に顔を向けてちょっと斜めに後ろ姿を見せたハナちゃんの姿につながったように思えました。振り返ったらあの肖像画のポーズになる、その直前の、顔を見せない後ろ姿。
 一瞬だけれど、孤独で、悲愴で、悲しげで寂しげな後ろ姿に、私には見えました。エリザベートの心は、生き様は、まだ描かれきっていないのではないかしら…と思ったのでした。

 ハマコの鮮やかさには目を奪われました。特筆。
 でも東宝ミュージカルだからってOGばっかってのはどうなんだろうねえ…とはちょっと思ったり、しました。





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言葉にならない、ということを言葉にしておきたくて…『星逢一夜』。

2015年08月02日 | 日記
 花組バウホール公演『スターダム』とハシゴして、雪組大劇場公演も観てきました。
 当日のツイッターでも少しつぶやきましたが…終演後、言葉になりませんでした。イヤつぶやいたけどさ(^^;)。言葉にならない、ということをつぶやいておきたかったからね。だからこちらにも書いておきます。
 実はけっこうかまえて行ったんですよ。私はそんなに簡単には泣かないよ? とか、細かいことが気になって泣けないんじゃないかな、ヤダな可愛げのない自分…とか、事前にはいろいろ考えていたのです。
 でも…今も、言葉がない。この一言居士の私が!
 あとはもう東京で観るだけですが、再び観るのが楽しみなような、怖いような気すらしています。

 ある方が、この舞台を観た他の座付き脚本・演出家は筆を折りたくなるのではないか、とつぶやいていましたが、どうかな…意外にこの作品のすごさがわからなくて、たいした話じゃないのに…とか思ってそう、とか思っちゃいました。絶望的だなー。

 あ、そうだ、言っておきたいことがあるとすれば、前から好きでしたし上手い人だとも思っていましたが、私はだいもんが本当に好きなんだなー! と改めて実感したことです。
 というか、もうだいもんなんて呼べない。望海さま、だわ…!!


 ちなみにタイトルは一点しんにょうの文字が正しいのだそうです。が、出ませんでした、すみません…
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