駒子の備忘録

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『宝飾時計』

2023年01月12日 | 観劇記/タイトルは行
 東京芸術劇場プレイハウス、2023年1月9日17時半(初日)。

 10歳から29歳まで、奇跡の子役としてミュージカル『宝飾時計』の主役を演じてきた松谷ゆりか(高畑充希)は、30歳となった現在も女優として活躍している。当時は何故か背が伸びず、精神年齢も妙なところで止まっていたが、一年前にマネージャー・大小路祐太郎(成田凌)が現れて、今は恋人となった彼との将来を考え始めていた。そんなとき、『宝飾時計』二十周年記念公演でのカーテンコールで、メイン曲を歌ってほしいとの依頼が入る。ゆりかは初代キャストで、当時主役をトリプルキャストで務めた同期の板橋真理恵(小池栄子)と田口杏香(伊藤万里華)がいた。ゆりかはふたりを招くことを条件にオファーを受けるが…
 作・演出/根本宗子、美術/池田ともゆき、衣裳/神田恵介、テーマ曲作詞作編曲/椎名林檎。当て書きで執筆された新作プロデュース公演。

 出演者に好きな人が多く、タイトルとポスタービジュアルに惹かれてチケットを取ったのですが、くわしいことは知らず調べず、タイトルのレトロさから「菊池寛とかの戯曲か?」とか思って劇場に出向いたくらいでした。新進気鋭の女性の劇作家さんなんですね、『クラッシャー女中』のタイトルだけは聞いていましたが不勉強ですみません…
 常に当て書きで戯曲を書く作家さんだそうですが、今回も5年ほど前に高畑充希に自分に芝居を書いてほしいと言われて、ここぞということで作った作品だそうです。確かにメタっぽく、しかしもちろん当人がモデルということは全然ないし、もっと違うところに焦点というかキモがある舞台で、私は夢中で食い入るように観てしまいました。
 というかたまたま行けるのがこの日しかなくて初日を取ったのですが、だからなのかロビーや客席を見渡す限り客層がとても若く、なんとなく普段お芝居なんか観なさそうな層で(偏見ですみません)、不思議な空気がありました。誰のファンなんだろう、どこに宣伝しているんだろう…ともあれ新しいお客さんが増えているならそれはとても良きことですね。ただしこの作品は舞台ならではのギミックにあふれているのはもちろん、メタっぽい部分なんかが舞台ファンが観た方がおもしろいだろうな、とは感じました。ついていけないとかワケわからないということはないと思うけど、けっこう不親切というか、ある種の業界用語みたいなものについても特別な解説をしないままにガンガン話が進むので。でもわかる人には「わー」って感じでニヤニヤしちゃっておもしろすぎる、という感じの作品かと思いました。
 10歳前後から子役を始めた同じくらいの歳の女子3人、というには小池栄子はやはりひとりお姉さんに見えましたが、しかし上手いんだコレがまた。13歳時代もちゃんとそう見えるし、33歳の今の様子がまた、素の小池栄子ってこんな感じなのかなと思わせつつ絶対に違うんですよね多分、そういう業界人っぽさの演技が抜群に上手い。唸らされました。
 そしてテレビドラマ『お耳に合いましたら。』が印象的で、実は元・乃木坂アイドルだと私が全然知らなかった(ホントすんません)伊藤万里華のステージママ(池津祥子)つき子役っぷりが、またむちゃくちゃ上手いし今の引きこもりっぷりもめっさ上手くて、ホントどーなってるんだって感じです。すごい配役だなあ、役者に惹かれてきてよかったなあ!(例の覆面座談会なるもののに当て擦っております)
 というか真理恵のマネージャー役の後藤武範のロレツの回らなさが気になった以外は、みんなものすごく芝居が上手くて怖いくらいでした。この人も、演技はホントにいいんですよ。ナレーターも、オーディションを受けに来た女児をやっちゃうのも上手かったし、このマネージャーも、こういう人間ホントいそうってのがホント上手かった。ただ口が回っていなくて…呑んでるの? 口内麻酔でもしてるの? ってくらいだったのですが、あれが常態なのでしょうか…?
 まあでも、すごいのはやはり物語でしょう。以下ネタバレしますが、これは元トリプルキャスト子役の20年の盛衰とドロドロ…なんて話では全然なかったのでした。
『宝飾時計』のヒロインはトリプルキャストでしたが、相手役の男子は勇大(小日向星一)のシングルキャスト。ゆりかは彼と心を通わせ、仲良くなりますが、彼はやがて自殺してしまう。その死が信じられずお葬式にも行かなかったゆりかは、やがて公演終演後の30分だけイマジナリー勇大を楽屋に呼び出せる?ようになる。ゆりかは彼と会いたくて、成長を止め、周りの役者が入れ替わっても毎年子役として出演し続ける…そうは演出されていませんでしたが、むしろあどけなく微笑ましいもののように語られていましたが、しかしこれはほぼホラーでしょう。そしてそんなゆりかの前に、新たな現場マネージャーとして祐太郎が現れ、ふたりは恋仲になる。しかしゆりかがふたりの将来、つまり結婚をほのめかし迫っても、彼の方は「好き」の一言も理由をつけてなかなか口にしようとしない…
 実は祐太郎は、名前も顔も変えて現れた勇大で、勇大は海に身投げしたものの実は助かっていたのだ…というようなことのようです。実は明快な説明は作中にありませんでした。ゆりかは祐太郎の正体に気づきながらも、彼からの言葉が、説明が欲しくて、そのきっかけになればと『宝飾時計』二十周年記念公演に真理恵と杏香を呼んだのです。一方で、未だ少年の姿で現れる勇大に、もはや自分が作り出した幻想であり自分が想定した言動しか取らないとわかっている勇大に、話しかけることをゆりかはやめられないでいる。
「出会い直したかった」と語る祐太郎は、ゆりかに正体を知られてしまったので、また姿を消します。これはゆりかの物語なので、祐太郎の真意は語られません。私には、典型的なただの男に見えました。結婚から、将来から逃げる男の典型です。かつて、初日や千秋楽のお祝いの花を自宅に持ち帰っても世話しきれず枯らせてしまっていたから、枯らせず飾れるようなきちんとした大人になりたい…と言うのは、わかります。それは確かに大人のひとつのあるべき姿でしょう。しかし「いつか~したら」みたいな「いつか」なんて来やしないのです。男はちゃんとしてから、とか一人前になってから、などよく言いますが、そんな日は絶対に来ないのです。好きならまず一緒になって、一緒にちゃんとしていけばいいのです。でも、そういう覚悟がない。そして逃げる。男ってみんなそうです。
『宝飾時計』がどんなミュージカルなのかもまた語られませんが、そしてこの作品におけるこのタイトルの意味もまた明確には語られませんが、人生を時計に準えるなら、確かに女の人生には出産年齢という区切りがあります。子供を持ちたい、そういう将来のために結婚したいとなったら相手が要るのです。その相手が「いつか」とか言うのを待っていても、いつかなんて来やしないし、進む時間は止まらないのです。
 祐太郎がいなくなり、ゆりかは主題歌を歌い始めます。この舞台の主題歌であり、これが『宝飾時計』のメインテーマ曲なのでしょう。彼女は二十周年記念公演で歌い、その後も女優を続けて節目にリサイタルなどで歌い続けたのでしょう。絶唱の間に時は流れ、彼女は老境に達し、ついに倒れます。そこに現れたのはイマジナリー祐太郎であって、現実の恋人が戻ってきたわけではない。それでもゆりかは自分の人生は幸せだったと言うのかもしれないけれど、なんと残酷なオチなのか…と私は震えました。
 舞台奥には時計盤、舞台も時計盤を思わせる二重円の盆、置きっ放しの小道具が動かされたり盆が回ったりして場面展開していたのが、だんだん小道具が運び出されて何もなくなり、ゆりかと祐太郎だけの場所になる。でも本当はひとりなのでしょう。「私が考えてきた真実」が祐太郎の姿となって現れただけなのだから。それを妄執と呼ぶか恋と呼ぶかはたまた愛と呼ぶべきなのか、それは余人にはわからない。ゆりかがそう言うならゆりかは幸せに死んだということなのかもしれない、けれど実際に彼女が生きた年月はおそろしく孤独だったのではあるまいか…
 そんな、物語でした。

 杏香ママが元タカラジェンヌ設定なのも個人的にはもちろんツボでした。というか芸能界ものをやろうと思ったら宝塚歌劇要素って外せないんだろうな、と改めて気づかされました。また、ここの母娘の愛憎癒着も恐ろしいわけですが、男女の恋愛は男が逃げても母娘ならこうなる、という例かもしれません。それからすると真理恵が最も健全ということなのかもしれないし、これはそれを「無難」と言っている物語なのかもしれません。
 滝本プロデューサー(八十田勇一)のトレーナーのプロデューサー巻きとかもニヤニヤものでしたが、ああいう記号ってまだ通じるのかなあ…そしてホントこういう人間いる、って上手さなんですよ抜群に嫌な感じ含めて。イヤみんなホント達者でした。
 生バンドで、特にヴァイオリニストがほぼずっと舞台上にいていい仕事をしているのも印象的でした。そもそも始まり方からして、「ああ、そういう舞台ね」ってわからせてくれたもんね。ホント小気味言い演出、脚本でした。
 作家はプログラムで最近の芝居はわかりやすすぎる、説明が多すぎるみたいなことを語っていましたが、イヤイヤ今回もめっちゃ理屈っぽく説明していて過多で過剰でハンパない台詞量でしたけどね?とは思いました。でも余白も多い作品で、確かに観客のリテラシーも必要とされるものでした。その挑戦も受けて心地良かったです。演劇らしい演劇を観て、今年の良き演劇始めとなりました。






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