駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

岩井圭也『完全なる白銀』(小学館)

2023年08月21日 | 乱読記/書名か行
「山頂で"完全なる白銀"を見た」という言葉を残し、冬季デナリで消息を絶ったリタ・ウルラク。だがマスコミは「彼女は〈冬の女王〉ではなく〈詐称の女王〉だ」と、彼女の登頂を疑う記事を書き立てた。藤谷緑里はリタの幼馴染みシーラとともに、彼女の足跡を追って北米最高峰に挑むが…山岳小説の新たなる傑作。

 スリリングでエモーショナルで、おもしろく読みました。でも、緑里もリタもシーラも女性キャラクターだから、なのかもしれない…と途中から思うようになりました。これが全員男性キャラクターなら、今までにもたくさんあった、よくある小説なのではないかしらん、と。
 登山というものも体力勝負なのでしょうから、多少の男女差があるのは仕方ないにせよ、それでもこの分野も必要以上の性差別が横行しているんだろうな、と思いました。そして作家は男性です…ちょっと、しょんぼりしました。





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キャサリン・ライアン・ハワード『56日間』(新潮文庫)

2023年03月12日 | 乱読記/書名か行
 新型コロナウイルスが猛威をふるう中、ダブリン市内の集合住宅で身元不明の男性の遺体が見つかった。遡ること56日前、独身女性キアラは謎めいた男性オリヴァーと出会っていた。関係が深まるにつれて、ふたりには互いに明かせぬ秘密があるとわかるが…遺体発見の現在と過去の日々を交互に描く、コロナ禍に生まれた奇跡のサスペンス小説。

 もともと「カップルが出会い、恋に落ちる小説のアイディアを温めていて人物設定も結末も見えてい」たところに、コロナによるロックダウンに関する政府の記者会見があってさらに閃いて執筆した小説だそうです。「現在一緒に暮らしていない人とはたとえ屋外であっても会うことはできないという『世帯間での交流禁止』ルールを厳守するとなれば、付き合い始めて間もないカップルは別れるか同棲するしかない」という事態になったので、「知り合って間もない男女が一緒に暮らすという、やや無理筋な展開に説得力」が出たからです。
 交際の経緯を双方から別々に語ったり、過去と現在の視点が行き来したりして徐々に意外な真実が見えてきて…みたいな手法はサスペンスとしてよくあるものですが、それが上手く効奏していたと思います。おもしろく読みました。だからこそ、オチが不満でした。
 まず、ローラは目くらましみたいな存在だろうからいいにしても、でも彼女の狙いが不発に終わったことまで描いてもいいんじゃないのかな、と思いました。リーが真実にたどり着けないまま終わる、というのは別にいいと思ったんですよね。そういうことって実はよくあることだと思うので。この現状からは本当の真実は推察できないし、警察の仕事としてはそれで十分なんだろうと思うからです。全部わかってリーが納得するまで描く、なんてことには意味がないしリアリティもないと思うので。
 ただ、つまり主人公はやっぱりキアラだったと思うので、この終わり方はあまりに中途半端だったのではないかしらん。彼女は母親に真実を告げたくて、真実を明かすために動いたんでしょ? その真実を手に入れて、それでどうなったか、どうしたか、どう思ったか、が重要なんじゃないの? 兄の「真実」は明らかにされた一方で、並行して自分はある種の罪に手を染めてしまったのであり、そこに関して思うことがあるはずで、それを描写してこそ、のこの小説だったんじゃないのかなあ…でないとオリヴァーもちょっと報われないんじゃないのかなあ。彼はある種ちゃんと罰を受けることにしたわけでしょう、因果応報ってそういうことです。じゃあキアラはいいの? たとえば母の死に間に合わない、とかで報いを受けるべきなのではないの? でないと話の据わりが悪くないかなあ…
 というのが、私の意見です。おもしろく読んだだけに、残念でした。あと、コロナ禍を上手く生かした小説ってまだあまり数がないと思うので、これはその点がとてもよくできていてよかったとは思いました。







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綿矢りさ『生のみ生のままで』(集英社文庫上下巻)

2023年01月09日 | 乱読記/書名か行
 25歳の夏、逢衣は恋人の颯と出かけたリゾートで、彼の幼馴染みとその彼女・彩夏に出会う。芸能活動をしているという彩夏は、美しい顔に不遜な態度で不躾な視線を寄越すばかり。けれど4人でいるうちに打ち解けて、東京へ帰ったあとも逢衣は彼女と親しく付き合うようになる。そんな中、颯との結婚話が出始めたところに、ある日突然彩夏に唇を奪われて…女性同士の情熱的な恋を描く、第26回島清恋愛文学賞受賞作。

 デビュー時に話題になった作家さんですが、おそらく初めて読むかと思います。さすがにもういい歳なはずなので、この小説の文体が一人称スタイルだからとはいえあまりにもラノベチックなのは、あえて、わざと、ヒロインがそういうキャラだから、ということなんでしょうね。そうだと思いたい、でないとあまりにも、なんか、こう…ねえ?
 それはともかく、帯には「男も女も関係ない。逢衣だから好き。」という作中の彩夏の台詞や、「女性同士の性愛関係を描きながら、他ならないその特別な愛を追求する小説」だのという解説の一節が惹句に使われていて、今どきいかがなものかという感じなのですが、読み終えた私の感想は「フツーの恋愛小説だったな」ということでした。
 主役カップルがどちらも、これまでは異性と付き合ってきた女性だということもあるのかもしれませんが、相手が異性だろうが同性だろうが、惹かれ、近づき、でもとまどい、一度は離れたり、また惹かれ合い引き寄せ合ったりして理解を深め親しくなっていく…というのは同じだし、どんなに好きな相手だろうと初めて他人の身体と触れ合うときにとまどいがあるのもあたりまえで性別関係なく同じだと思うし、たとえいわゆる結婚適齢期の男女のつきあいであろうと周りの他人が余計な口出ししてくることも同じだな、と感じたのです。その異性愛と同じ「フツーさ」の描写がいいなと思ったし、けれど同性同士の恋愛の「フツーさ」をそう描いた創作物ってまだまだ少ないんだと思うので、存在を確認できたことが嬉しかったです。「別にそう特別なことではない、数は少ないかもしれないが特殊だったり異常なことではまったくない」というコンセンサスがそれこそ普通に取れる世の中になっていってほしいな、と改めて思いました。私はこの小説のキャラクターの誰も好きじゃないしリアリティーもない気がしますが、それでも、そのフツーさを支持します。




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町田粥『吉祥寺少年歌劇』(祥伝社フィールヤングコミックス全1巻)

2021年10月25日 | 乱読記/書名か行
 吉祥寺少年歌劇は男子のみで構成される伝統の歌劇団。入団へは付属の音楽学校への入学が必須である。81期生の進藤瑞穂は男役に憧れて入団したのに、娘役と判定されてショックを隠せずにいた。主席候補の白井寿に娘役への不満をこぼすと「じゃあ早くやめろ」と冷たく言い放たれてしまい…自らの理想と、思いどおりにならない現実との間で、己のすべてを懸けて夢の舞台を目指す少年たちの青春輪舞曲。

 よしながふみ『大奥』もそうでしたが、男女はそもそも非対称なので単に逆転してもいろいろとねじれが出て、それがおもしろい、ということがあります。
 この作品でも、「西の宝塚、東の吉祥寺」ということで、男子だけが出演できて男子が男役も娘役もやる吉祥寺歌劇というものがある、という設定になってはいますが、ファンは宝塚歌劇同様に女性が多いようで、歌舞伎の女形同様に娘役がいじらしいと人気もあるらしいけれどトップスターは男役で、宝塚歌劇同様に男役偏重であるようです。そしてこの作品も少女漫画ですし、主に女性読者が読むものでしょう。
 でも、集まった若者たちが、いろんな夢や理想や希望がありながらも、自分の身体や特徴や個性の壁にぶつかりながらももがき、成長し、何かを得ていく…という青春模様、という意味では変わらない…のかな。匂わせ同性愛みたいなものが特に扱われていない点も好感が持てました。この設定ならBLっぽくすることは全然簡単だと思うんですけれどね。
 逆に明らかに現実の宝塚歌劇と違う設定としては、音校の寮が予科生は6人か8人くらいの大部屋なこと、男役志望の生徒はネクタイ、娘役志望の生徒はリボンタイを選ぶ儀式があること、卒業のときには銀の鈴が贈られること…でしょうか。これらの設定もなかなか上手く生かされていて、なかなかおもしろかったです。
 1話完結のオムニバスで、メインキャラの中から毎回順繰りに視点人物が変わるスタイルですが、一応瑞穂が主人公だと思うので、もっと全体の尺があればそれがより掘り下げられ確立できたんだろうな、とは思います。現状では、擬音の描き文字と描き文字台詞が見分けづらかったり、その視点人物のものではないモノローグが挿入されることがあったりと、漫画としての下手さのために読みづらかったり、読者がキャラに感情移入しづらかったり、この物語、エピソードをどう捉えていいのかととまどわせる部分が多いなと感じました。人気がなくて巻いたのか、そもそもハナから1巻本の予定だったのか…でも最終話は明らかに拙速にすぎた気がして、本当にもったいなかったです。メインの物語は音校時代ということだったのだとしても、劇団に入ってからもいろいろあるはずだし、組替えもトップコンビ結成ももっといろいろあったろうし、何よりコロナで卒業の大千秋楽が無観客配信なんて、我々ファンでも消化しきれていないくらいの頃に描かれたはずで、物語として落ち着けるにはちょっと生々しすぎたし、盛り込みすぎ、駆け足すぎな気がしたのです。
 とにかく全体に、せっかくの設定なんだからもっとねちねち読みかったなー、と思う作品でした。でもおもしろかったです。違う性別を演じてみたい、違う人間になって違う人生の物語を生きてみたい、それができる技能を手に入れたい、発揮したい、そしてそれを人に観てもらって喜ばれたい…という欲望には性差はないんだな、おもしろいなと思いましたし、でも女性が男役を目指すことと男性が娘役を目指すことの苦労その他はけっこう違うんだろうし、女性が娘役で苦労することと男性が男役で苦労することもまた微妙に違うのでしょう。そしてそれぞれ不思議な偏見や思い込みやあるいはこだわり、醍醐味があって、でもそれでかかる魔法がその舞台にはあるのでしょう。それに魅せられて、私たちファンは今日も劇場に通うのでした。

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松田環『こちらから入れましょうか?…アレを』(祥伝社フィールヤングコミックス全3巻)

2021年09月11日 | 乱読記/書名か行
 新婚2年。優等生人生を歩んできた俺・高遠敦が、愛しの妻・優とできなくなって3か月。俺より妻の方が経験豊富だったことに劣等感が生まれ、いつしか男として機能しなくなっていたのだ。妻のことが好きだからこそ、できないのには困っている。そんなある日、優が入手してきたのは●●●●だった。「……えっ、俺が入れられんの? 想定外の事案すぎるんだが??」だがそれでふたりの危機が乗り越えられるなら…性欲にまつわる夫婦の物語。

 確か1巻をたまたま読んで、以後フィーヤンで追っかけて読んできました。
 今のフィーヤンって、昔のいわゆるレディスコミックとはまた違った意味でがっつり「性」を扱ったアグレッシブな作品が多くて、これもそのひとつだと思います。
 最初は、ラブコメにしては中途半端で、どう読んでいいのかとまどったんですよね。主役夫婦に、敦の後輩で優の元カレという京介が絡んできての一応三角関係なんだけれど、敦と京介のBLとも読みづらいし、優がふたりからモテモテで揺れちゃってきゅん!みたいな話でもないので。
 敦は、後ろの方が感じるようになってしまったとしても愛しているのは優で、セックスしたいのも優なんですよね。優も、そりゃ京介と爛れた性生活を送った過去があるとはいえ、敦と結婚してからは敦との性生活になんの不満もなかったわけです。敦が優の性経験の豊富さを知って勝手に引け目を感じて勝手に勃たなくなっただけで。それでも優は敦とだけしたいし、京介に言い寄られても本当に困惑し迷惑に思っている。そして京介は優にも敦にも絡むけれど、結局はかつて優にフラれたことを自分の中で納得・消化し切れていないだけなのです。
 結局、お互い不器用に、けれど真正面からぶつかって、いくところまでいって、さらけ出して恥をかききって素直になって、それでやっとみんななんとか乗り越えて、前に進んでハッピーエンド…というお話になりました。好きだからこそテレちゃうとか恥ずかしいとかカッコつけちゃうとかこだわっちゃうとか、そういう力みを、隠したり棚上げにするのは無理があって、なんとか上手く捨て去るか、認めてそれごと相手に受け止めてもらえるよう、真摯に向き合うしかない。愛と信頼があって対等でお互い大事にしあって楽しく気持ちいい性行為ができるなら、アブノーマルとかなんとかいう世の基準(?)なんか関係ない。そういうお話だったんだと思います。優の、女性だし挿入されたいけど精神的というか性格的に攻め、みたいな感覚とか、敦の男性だけどMっぽい感じとか、多分わりと普通だし意外と広く共感されるんじゃないかなー、とも思いました。物語として、また漫画としてものすごく上手く描けている、というほどではないのが残念だったし、ラストが優の妊娠で終わるのはちょっと本筋と関係ない気が私はしましたが、でもおもしろい企画、コンセブトの作品だったと思います。




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