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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(12)

12.

 小学校の校庭の隅の、花壇を四角く囲んだ縁石の一つに、和也は腰掛けて、姉が迎えに来るのを待っていた。五時限目の授業が終わり、ついさっき、この花壇まで来て腰を降ろしたばっかりだ。足元に置いたランドセルを開き、中を漁って、携帯電話器を取り出した。いわゆるキッズケイタイだ。時間と、メールの有無を確認する。新着のメールは入ってなかった。

 「お姉ちゃん、まだかな。まだだろうな‥」

 和也は小声で独り言で、そう言いながら、ケイタイをランドセルに戻した。いつも、中学生である姉・愛子の方が、授業が終わる時間が遅く、和也が、小学校や駅で愛子を待つことになる。学校の用事で愛子が、いつもよりももっと遅くなるときは、時には、和也が独りで先に帰ることもあった。勿論、その時は、愛子の持つ携帯電話に、メールを打って報せていた。

 広いグランドでは、友達どおしじゃれあいながら、校門方向へ向かう生徒たちが見える。和也の座る位置から対極の、遠いグランドの隅でも、三、四人の子供たちがランドセルを背負ったまま、ぐるぐる追い掛けっこをしている。他にも、下校に、会話をしながらグランドを横断する、女の子のグループが居る。校舎からグランドへ降りる階段にも、下校途中の子供たちのグループが見える。それらを眺めながら、和也は両手を挙げて伸びをした。

 「あ~あ、待ってるの、退屈だな。お姉ちゃん、早く来ないかな」

 和也はまた、独りごちた。

 「駅まで行って、待ってようかな…」

 和也は、先に一人で駅まで歩いて行って、駅前で待っていようか、と考えた。それには姉·愛子に電話を入れて、その旨、連絡しないといけない。和也は、横に置いてあるランドセルから、携帯電話を取り出そうと、ランドセルの方を向いた。

 「愛子ちゃんなら、今、こっちに向かってるよ」

 声が聞こえた。和也は顔を上げて、辺りを見回した。違う。これは、普通の呼び掛けじゃない。和也は気付いた。これは、自分の頭の中に直接、話してる。ハチさんだ。

 「ハチさん、居るの?」

 和也はもう一度、辺りを見回しながら、声に出して問うた。キョロキョロしていると、また、頭の中に声が聞こえた。

 「ああ。さっきから近くに居るんだが、下校の生徒さんが多いからね」

 「ああ、それで姿を見せないんだね」

 和也は声に出して、返事をする。また、ハチの言葉が頭の中に入って来た。

 「僕やジャックは、ほら、見た目野良犬だろ。今は、野犬とかにイロイロ、世間はうるさいしね。特に小学校とかじゃ、直ぐに通報されちゃう」

 「あ、そうなんだろうね」

 和也が返事する。

 「昔は、首輪さえしてたら普通、人間は、見逃してたけど、今は、ペットの放し飼いなんてないからね。今はほとんどの犬は、リードで繋いで人が連れてないと、駄目だ。自分ちの庭や私有地とか、公園とかだったら、放して遊ばせてるけど」

 「昔って、どれくらい?」

 「和也の、お父さんお母さんが子供の頃かな」

 ハチの話を聞いて、和也は俯いて黙った。

 「悪いことを思い出させたかな。お父さんは心配だよな」

 「うん。いったい、どうしちゃったんだろう、って。今、何処に居るんだろうって」

 ハチ自身も、何と答えて良いのか迷って、返しの言葉が出て来なくて、会話が途切れた。和也が、思い直したように顔を上げ、最初にハチが言ったことに気が付き、訊いた。

 「お姉ちゃん、今、こっちに来てるんだ?」

 「ああ。間違いないよ。もう十五分くらいすれば、着くんじゃないか」

 「ねえハチさん、姿、見せれないの?」

 「そうだな。下校してる生徒が、もう少し減ったらな」

 「ハチさん見つけたら、先生たち、大騒ぎするかな?」

 「いや、大騒ぎはしなくても、今の世の中は、野犬に厳しいからね。先生は、保健所に連絡するかも知れない。現代の日本じゃ、狂犬病は無いけれど、野犬だと、何かの病気に掛かってるとも限らないって、先生は考えるだろうし。学校は、子供ばかりの場所だからね」

 「ハチさんは、狂犬病に掛かったことあるの?」

 「無いけれど、狂犬病の犬は、何度も見たことある」

 「今は居ないんだ?」

 「世界のあちこちには居るだろうけど、今の日本には居ない」

 「ハチさんは大丈夫なんだ?」

 「僕やジャックは、免疫力が強いから、病気には掛からない」

 「じじごろうさんも?」

 「あの人は、どんな寒いところでも、裸で居て大丈夫な人だからね。多分、僕らより病気には強いだろう」

 「へえ~、不思議だね」 

 会話が途切れた。お互い、しばし黙っていた。

 「ねえ、もう出て来て良いんじゃないの?今、生徒見えないよ」

 沈黙を破って、和也が喋った。和也の声は、普通の会話のトーンだ。

 午後の授業、五時限目までで下校するのは、四年生くらいまでだ。高学年の五、六年生は午後は六時限まで受けて帰るから、もう少し遅くならないと校舎から出て来ない。

 「そうだな。それ程、心配することもないか…」

 ハチが返事する。勿論、音声ではなく、和也の頭の中に、だ。

 「ねえ、ハチさん。出て来ないの?」

 少しして、和也が前を向いたまま、独り言のように訊いた。

 「隣だよ」

 慌てて和也が、左右に首をやると、自分のランドセルの横に、ちょこんとハチが座っていた。中型犬サイズよりも少し小さめのハチは、ランドセルよりもひと廻り大きいくらいのサイズだ。「いつの間に…」と和也は、目をまん丸くして驚いた。

 「ねえ、さっき、お姉ちゃんが、こっちに向かってるって言ったよね?」

 「ああ。歩いて来てるようだから、もう少し掛かるだろうけどね。お客さんと一緒だ」

 「お客さん?お客さんって誰なの?」

 「僕の知らない人だ」

 「お姉ちゃんの、中学校の友達かなあ?」

 「いや。若いが、大人だな。愛子ちゃんは学校からでなく、元の家から向かって来てる」

 「えーっ!お姉ちゃん、こっちの家に行ったんだ」

 「そうみたいだな」

 「誰なんだろう?お客さんって。家に、お父さんは居たのかな?」

 「居なかったみたいだな。一緒に来てるのは、若い女だな」

 「ふう~ん。誰なんだろうな。お父さん、居なかったんだね。会社、行ってるのかなあ?」

 「僕は、吉川和臣の行方に関しては、解らない…」

 ハチは、愛子や和也の父親については、これ以上は話し辛そうに顔を背けて、遠くを見た。ハチの沈黙に、和也は話題を変えた。

 「ねえ、じじごろうさんやジャックさんは、今どうしてるの?公園の森に居るの?」

 「ジャックは知らない。じじごろうさんなら、さっきまで一緒に居たけど」

 「あ、そうだったんだ。お姉ちゃんがお客さんと、こっち来るの、一緒に見てたんだ?」

 「いや。それを見たのは、僕だけだけどね。じじごろうさんは、森に戻ったんじゃないかな」

 和也が返事をせず、会話が止まった。しばらく二人は黙って、あたりを見ていた。まだ、高学年の子供たちが、下校で校舎から出て来るには時間がある。小学校低中学年の子供たちの下校の流れも、途切れたり、ぽつりぽつりと校舎側からグランドに降りて来たりしていた。

 「あーっ!」という大きな声で、和也とハチは首を廻した。和也とハチが、何気なく見渡していた方とは死角になる、斜め後ろ方向から、子供としては凄い勢いで走って、近づいて来る小さな姿があった。

 「勇人くん…」

 荒い息を吐きながら、同じ小学三年生の池田勇人が、目の前に立った。池田勇人は、和也と学年は同じだが、クラスメートではない。

 「駄目なんだよ!」

 池田勇人が叫んだ。片腕で、ハチを指差している。

 和也は驚いて、勇人とハチとを交互に見た。突然のことに、和也は言葉が出ない。

 「野良犬を放っといちゃ、駄目なんだよ!和也くん」

 池田勇人はハチを指差したまま、子供ながら真剣な表情で訴えている。ハチはというと、和也の横にちょこんと座って、見た目はおとなしい犬そのもので、凝っとしたままだ。

 「お母さんも先生も、言ってたんだ。野良犬は危険だって。噛まれたら、病気のバイ菌を持ってるって。ほら、この犬も毛並みなんか、汚いじゃないか」

 勇人は興奮した様子で、一気に捲し立てる。和也はただただ、勇人の剣幕に気圧されて、言葉が出て来なかった。

 「えらい言われようやな…」

 ハチが、ボソッと言った。和也が驚いて、ハチを見る。勿論、ハチの喋りは、和也の頭の中に聞こえただけだ。ハチの声は音声としては流れていないので、勇人には聞こえない。ハチは、そっぽを向いた。和也はハチに気を遣って、戸惑いながら勇人に向かって言う。

 「勇人くん!この犬はね、とても人懐こくって、おとなしいんだ。だから、大丈夫だよ」

 和也は、ハチが形だけでも、勇人に尻尾でも振って、人懐こいふりをしてくれないかなあ、と思った。だがハチは、そ知らぬふうで遠くを見ている。

 池田勇人は、小さな身体の腰を曲げて、凝いっと、ハチを見詰める。

 「でも汚いし、やっぱり野良犬でしょ。お母さんが言ってた。野良犬は危険だから、見つけたら直ぐに保健所に電話しなさいって」

 「いや、大丈夫だよ、勇人くん!この犬はそうだ、僕の飼い犬みたいなもんなんだ」

 和也は慌てて、手振りを添えて、勇人の説得に掛かる。保健所なんか呼ばれたら大変だ。

 「でも…」

 勇人を何が何でも説得しようと、和也が腰を上げ勇人の前に立ち上がると、和也の隣におとなしく座っていたハチが、くるりと身体を回して、サッとひと跳びして、後ろの用具倉庫の陰に消えた。

 「あっ!」と、ハモるように和也と勇人が同時に叫んだ。

 勇人がダッシュして、用具倉庫の裏へ駆け込む。和也も勇人の背中を追った。勇人は用具倉庫の側面で、キョロキョロしながら辺りを見回し、倉庫の裏側を覗いたりしている。用具倉庫の裏側に沿って、低いフェンスがあり、その下の道路に向かってブロックの土手になっている。 

 勇人が、真下の道路から遠くまで、キョロキョロ辺りを見回したが、犬の姿は何処にも見当たらなかった。

 「あれえ~、おかしいなあ」

 勇人が首を傾げて、不思議そうにしている。勇人は暫く、辺りを見回し続けていた。和也の方は、ハチの能力からすれば、この場に居る人間の目から消えることなんて、雑作もないことだろうと、納得していた。

 勇人が振り返り、和也を見詰めながら言った。

 「何処行っちゃったんだろ?あの野良犬。取り敢えずさ、僕はこれから保健所へ連絡するからさ。和也くん、証人になってよ」

 和也は驚いて、焦った。

 「いや…。もういいじゃない、勇人くん。何度も言うけど、あの犬は悪い犬じゃないよ。保健所なんて通報したら、可哀想だよ。おとなしい犬なんだから」

 「えっ。駄目だよ、和也くん。野良犬はおとなしくても保健所に通報しないと、衛生的に悪いんだ。お母さんが言ってたから間違いないよ。野良犬や野良猫から、いろんな病気が生まれるんだって」

 「あの犬はそんなに汚くないよ。病気も持ってないよ。おとなしくて健康な犬なんだ」

 和也は、勇人に保健所へ通報させないように、必死で説得する。でも、勇人も、こうと言い出したら聞かない、頑固な性格のようだ。小学三年生ながら、同い年の和也に譲りたくない、ライバル心のような気持ちが働いているのかも知れない。

 「飼い犬なら良いけど、野良犬は駄目だ。僕、職員室行って電話借りて、保健所に連絡する」

 毅然として、勇人が言いきる。和也は胸中で、困り果てていた。

 勇人は、和也が携帯電話を持っているとは知らないらしく、和也に、通報しろとは言っては来ない。

 突然、和也のランドセルから、呼び出しベル音が鳴った。ベル音は二回だけだ。ショートメールだ。多分、姉の愛子だろう。驚いた顔をして、勇人が和也のランドセルを見る。

 「今の音、ケイタイでしょ?」

 和也の目を見ながら問い質す勇人に、和也は困りながら、あやふやに返事した。

 「直ぐ切れたね。メール?」

 この問い掛けにも、和也は、あやふやな調子で返事をする。

 「へえ~、良いなあ、和也くん。ケイタイとか持たせて貰ってるんだ!ねえ、それって、ゲームとかできるの?」

 「いいや。引っ越して家が遠くなったから、お母さんとお姉ちゃんとの連絡用だけ。メールもショートメールだけだよ。遊びには使えない」

 「ふう~ん。ちょっと見せて」

 「良いけど、勇人くん、野球の練習に行かないと、いけないんじゃないの?僕はもう直ぐ、お姉ちゃんが迎えに来るんだ」

 和也は六月に引っ越した際に、地域の少年野球チームからは一応、退団しているが、池田勇人はチームに所属して、周三回の練習を続けている。今日は練習日だ。

 「ああ、そうだった。帰んなきゃ。また見せてね」

 「良いけど、他の人たちに言わないでね」

 「学校に黙って、持って来てるの!?」

 融通の効かない性格の勇人が、子供ながら糾弾するように、強い調子で和也に問う。

 「大丈夫だよ。学校にはお母さんから話してあるんだ。野良犬のことは、お姉ちゃんに言って電話して貰うから、心配しなくて良いよ。勇人くん、練習頑張ってね」

 ここぞとばかりに和也は、一気に捲し立てた。和也の態度に怯んだように、勇人は後退り、「わかったよ。じゃあね」と、片手を挙げて、くるりと身体を翻して校門の方へと走って行った。

 そうこうしている内に、校門に姉・愛子の姿が見えた。学校前道路の坂道の下の方で、池田勇人と擦れ違ったかも知れない。愛子の顔を見定めると、和也は急いでランドセルを取り上げて、背にかるい、校門へと駈けた。

 愛子は一人ではなかった。愛子の後ろにもう一人、人影がある。女の人だ。若いお姉さんのようだ。ハッとして、走っていた和也は、急に立ち止まった。校門を抜けてグラントに入った愛子の手前、四メートルくらいのところで、駆け寄るのを急に止めた和也に、愛子は怪訝に思った。その位置から和也は、凝っと、愛子の後ろを見詰めている。

 和也の視線に気付いた愛子は、後ろを振り返り、大佐渡真理の姿を認めて、和也の人見知りだろうと合点をして、和也に向かって微笑んだ。

 「和也。この人はねえ、お父さんの会社の人の、知り合いの人。お父さんのことで、家まで来てくれたの」

 離れている和也に向かって、少し大きめの声を出して、愛子が説明した。愛子の後ろに立つ大佐渡真理は、驚いた顔をして、和也の方を凝っと見ていた。

 真理は、不思議な感覚に捉われていた。それは、敵意を持った者の放つ殺気的なものや、この世の者でない怪しい妖気のような、そんな恐ろしい気配とは違う、初めて感じる、不思議なものだった。しばらく何だか解らずに戸惑っていたが、突然閃いた。これは、あたしと同じものだ。多分そうだ。しかも、強い。

 和也が再び、歩を進め始めた。今度はテクテクと歩いて、二人に近付いて行く。

 「こんにちは」

 愛子の後ろから、ニコニコしながら、大佐渡真理が和也に言った。真理は安心していた。この子は自分の仲間であり、敵では全くない。真理は感覚で、そう納得していた。

 二人の前に立った和也が、ペコリと頭を下げた。和也が真理を見ながら、話し掛ける。

 「お姉さんも、サイキックなんだね」

 その言葉を聞いて、真理よりも先に、愛子が頓狂な声を上げた。

 「ええーっ!すごーい。顔見ただけで解るんだ!?」

 「うん。何か多分、同じような力があるんだ、って、そういうの、強く感じる」

 「私も」

 空かさず、大佐渡真理が応える。

 「嬉しい。仲間に会えて。こんなの初めて。ただ、あなたの方が、力が強いみたいね」

 「それは解んないけど…」

 和也の言葉を受けて、直ぐに愛子が話し始めた。

 「ねえ、和也。このお姉さんの超能力、凄いのよ!」

 愛子の言葉に、真理が、恥ずかしそうな様子を見せる。

 「お父さんの部屋のドアの前で、“この部屋の中がおかしい!”って、透視して見せたの」

 「透視って…。何か変なもの、感じただけよ」

 愛子の方は、言って、自分と弟の父親のことに想いを馳せて、急に表情を曇らせた。

 「お父さんの部屋、どうだったの?」

 和也が、姉に問う。愛子は、何と応えて良いのか当惑して、言葉を詰まらせた。姉の目を凝っと見詰めていた和也が、子供ながら険しい顔になって、言った。

 「お父さんの部屋の中が、変わり果ててたんだ‥」

 和也の様子を見ながら、真理は、この子はこの年齢にしては大人びている、と驚いていた。見た目は間違いなく小学三年生くらいだが、表情や態度が、とても子供とは思えないものがある。

 和也も黙った。愛子が、自分の家庭というものに想いを馳せて、たまらず感情が込み上げて来そうになるのに、凝っと見詰めている幼い弟を見ていて、ふと疑問がわき、感情が爆発して泣いてしまうのを、押し留めた。

 和也の顔だけ見ていても、表情が読めない。顔の表情だけ見ていても、いったい何を考えているんだろう、と思う。此の頃は特にそうだ。見ように寄っては、とても大人びている。平穏な家庭を失った悲しみから、感情が壊れそうになっていた状態から、直ぐ様立ち直った愛子は、真理の方を見た。

 真理は微笑んで、愛子を見詰め返した。

 「駅前まで行って、何か食べようか。もうお昼過ぎて、だいぶなるし」

 真理の提案に、愛子はニッコリ笑ったが、今日は財布にあんまり、持ち合わせがないことに気付いた。愛子の気持ちを察したのか、続けて真理が言った。

 「ああ、勿論、私のおごりよ。大丈夫」

 真理がニコニコしながら、交互に姉弟の顔を見る。和也の表情に初めて、微笑が出て、こっくりと頷いた。

 校門を出て、学校沿いの道路を下りながら、和也が愛子に訊いた。

 「ねえ、お父さんの部屋って、どんなになってたの?」

 「どんなにって、ね…。そうね、何か、白いクモの糸みたいのが張り巡らされてて、一見、真っ白く見えるの。濃い霧が掛かってるみたいに。でもよく見ると、クモの糸みたいなの。大きなクモの巣だらけみたいな」

 和也は姉の説明を聞いて、子供ながら、考え込むような顔つきになった。黙ったままだ。和也としては、この不思議な現象を、ハチに訊ねてみたかった。けれど、和也には感覚で解った。ハチさんは今、近くには居ない。

 大佐渡真理は、和也のことを考えていた。不思議な子供だな、と思う。妙に落ち着いていて大人びている。姉の愛子が、感情を顕にして取り乱した、父親の部屋の怪異な状態の話を聞いても、表情こそ、子供ながら険しくなるが、感情的になることは全くない。とても小学生には思えない態度だ。

 確かに、この子には、自分と同じものを感じる。自分の能力と言っても、例えば霊感が強かったり、自分の周りで事故などが起こるとき、胸騒ぎがしたり、嫌な感じを覚えたりするくらいだ。この子は多分、明らかに、自分よりは力が上だ。この子はいったい、どんな力を持っているのだろう?

 三人はテクテクと歩きながら、小学校下の大通りを駅へと向かった。

 

「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(13)へ続く。

 

●小説・・「じじごろう伝Ⅰ」..登場人物一覧(長いプロローグ・狼病編)2013-05/28

◆(2015-05/21)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(11)
◆(2016-02/20)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(12)

 

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