恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

震災10年

2021年03月10日 | 日記
 このところ、メディアの報道や番組は、コロナ禍と「震災10年」が鎬を削ると言っていいような様子です。その「10年」を強調する風潮が、まさに記憶の「風化」を物語るように、私には思えます。

 しかし、「風化」を我々が肝に銘ずることは無意味ではありません。むしろそこにメディアの役割があるのかもしれません。

 昨年はコロナ禍で、恐山も参拝者は激減し、宿坊も休止せざるを得ませんでした。そのせいもあってか、一年を通じて、震災の被災者の方と恐山でお話する機会がありませんでした。確かな記憶ではありませんが、一年通じて無かったのは、初めてのことだと思います。

 しかし、そのような状況にあっても、被災者の方々同様に、それぞれの理由で大切な人と突然引き裂かれるように別れなければならなかった人たちが、はるばるお参りに来られましたし、震災当時、遺体の修復という難事に臨まれた方とお話する機会もありました。

 今改めて思い起こすのは、このコロナ禍の最中、ウイルスで亡くなった方の遺族が、故人の遺体に接すべくもなく、告別し弔いをする時間をほとんど持てないまま、突如として遺骨のみを抱く姿でした。

 ソーシャルディスタンスが叫ばれ、身体的接触が忌避される一方で、あの遺族の姿は、人々の遺体への強い感情が断ちがたいものであり、弔いという行為の核心に遺体があるということを、ある意味衝撃と共に我々に教えたのです。

 この事実は、身体を通じての関係性が我々の生に持つ特別な意味を、深く問い直すものだったでしょう。

 先に述べた通り、震災の記憶の風化は、おそらく止めようがありません。というよりも、「風化」とは、記憶のされ方が被災当事者の手を離れていく過程でもあります。

 それでも、直接の被災者であろうとなかろうと、我々が震災を記録し考える意味そのものは、決して風化しません。なぜなら、そこには人間の実存に対する根源的な問いがあるからです。それは現在のコロナ禍に通じ、さらに今後の人災天災、事故事件にまで及び続けるでしょう。

 私はこれからも、恐山でその問いの一端を担い続けてきたいと思います。

 最後に一言申し添えます。

 今年の恐山は、今のところ、5月1日よりの通常開山を目指し、宿坊も一定の制限を設けながら再開の予定です。

 ただし、状況が悪化・変化した場合は相応の対応をさせていただきます。

 院代としては、なんとか無事にその日を迎えられることを、切に願うばかりです。

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