草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

三島由紀夫の檄文は今の日本の悲劇を予言していた

2022年11月25日 | 自衛隊
 こんな日本になってしまったと嘆くのは自由である。しかし、事の本質を言い当てている言論がどこにもないのが嘆かわしい。中露や北朝鮮の侵略が差し迫っているとして、一体誰が祖国日本を守るのだろうか。
 自衛隊があっても、交戦権なき軍隊であり、警察権力と大差がない。内閣総理大臣の命令で行動を起こすわけでないのである。アメリカ依存の安全保障政策によって、日本は永久に腑抜けになってしまったのだ。三島由紀夫と森田必勝が自刃した昭和45年11月25日、三島は市ヶ谷壇上で訴えたではないか。
「ここでもってたちあがらなければ、自衛隊がたちあがらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだねえ、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ。諸君と日本の………アメリカからしかこないんだ。シビリアン・コントロール………シビリアン・コントロールに毒されてんだ。シビリアン・コントロールというのはだな、新憲法下でこらえるのが、シビリアン・コントロールじゃないぞ。………そこでだ、俺は四年待ったんだよ。俺は四年待ったんだ。自衛隊が立ちあがる日を。………そうした自衛隊の………最後の三十分に、最後の三十分に………待ってるんだよ。」
 しかし、自衛隊は蹶起しなかったばかりか、自主憲法制定を国是としている自民党は、三島を狂人扱いにした。今起ころうとしていることは、あまりにも皮肉ではないか。アメリカの傭兵から脱却できない武装集団が、どうして日本の国土を防衛できるだろうか。アメリカ軍の手先となって、夥しい犠牲を被るだけではないか。
 台湾有事になった場合には、自衛隊はアメリカ軍の駒として利用されるのだ。主体的に防衛の任務を確立してこなかった国家のツケは、あまりにも悲劇的である。アメリカ軍は後方に退いて、侵略者と正面で戦うのは自衛隊なのである。
 いかなる逆境にあろとうとも、自衛隊の諸君は身を挺して戦うだろう。残念ながら、死ねと命じるのは、日本の歴史と伝統と文化ではなく、欧米流の戦争の道具に利用されるのである。「憲法を守る軍隊になった」という時点で、自衛隊は本来の存在意義を失ったのである。
 残された時間はない。今のままで戦うしかない。三島を嘲った者たちが、こんな日本にしてしまったのだ。もはや恨んでも始まらない。危機をどう乗り切るかなのである。国民の命をどう守り、国土を戦場にしないかなのである。

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