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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■喜びの日 / 大嶋重徳

2015年04月07日 | Weblog
2015/4/7放送


 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。 今週はキリスト教会ではイースターと呼ばれる日曜日を過ごしました。イースターとは、イエス・キリストが墓にはいない、よみがえられたのだ、ということを喜ぶ日なのです。


 聖書の中にあるマタイの福音書28章にはイエス・キリストの復活のことが記されています。十字架にかかり息を引き取られたイエス・キリストの墓の所に女性たちが悲しみの中、やってきました。しかし、天使が「恐れてはいけません。」(5節)と語り、「(イエス・キリストは)ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。」(6節)と答えます。

 もう一度イエス様は私たちと共にいてくださるんだ、この事を知った女性たちは大喜びで他の仲間たちに伝えに行こうとしました。するとその時、イエス様が彼女たちの前に現れるのです。イエス様は何と私たちに声をかけられるのだろうか、イエス様のことばを持ちました。

 「おはよう。」 (9節)これがイエス様の最初のことばでした。彼女たちは、目覚めて朝イエス様とお会いした時に、いつも声を懸けてくださったあの優しさで、あの声で、「おはよう。」とおっしゃったのです。あの十字架にかかられた時、もう二度とイエス様の声を聞けない、と悲しみのどん底に突き落とされました。でも彼女たちに「おはよう。」と、変わらないいつもの響きが聞こえてきたのです。今までと何も変わらずに、「わたしはあなたと共にいるよ。おはよう。」と。もうこの一言で十分だったのです。彼女たちは近寄って行き、イエス様の足にすがりつくように抱きしめたのです(9節)。

 イエス様はこの朝も私たちに「おはよう。」と声を懸けてくださいます。いろんな恐れがありながら目覚めたとしても、どれほど嫌なことがあったとしても、不安なことが起ころうとも、どれほど孤独で寂しさの中に目覚めようとも、「おはよう。今日もわたしはあなたと共にいるよ。」と言ってくださるのです。その時私たちはもう十分満たされて力を受けて元気になって一日を始めることができるのです。この新しい朝は昨日までの一人きりの不安な朝とは違うイエス様が今日一日一緒にいてくださる朝なのですから。

 イースターはいつもの日常にイエス・キリストが共にてくださる喜びの日の始まりなのです。

  ( PBA制作「世の光」2015.4.7放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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このサイトは URL名として  http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。



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■復活はあなたのために / 関根弘興

2015年04月06日 | Weblog
2015/4/6放送


 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。イエス・キリストは十字架につけられ死なれましたが、三日目の朝、よみがえられました。このイエス・キリストの復活を記念しお祝いするのがイースター・復活祭です。

 しかし多くの人は復活という話を聞くと、そんなことは信じられないと言います。しかし、2千年前に起きたこのイエス様の復活は、その後の弟子たちの行動を180度変え、その後の世界をも変える原動力となっていきました。

 一体イエス・キリストの復活の事実は、私たち一人ひとりに何をもたらすのでしょう。

 第一に、イエス・キリストの復活は死を打ち破るいのちがあるということを教えているのです。私たちのいのちは誕生があり、いつかは人生の終焉を迎えるわけですよね。多くの人は死はすべてのものの終わりだと思っています。しかしその死を打ち破るいのちがあるとするならそこに何が湧き上がって来るでしょう。そこには豊かな希望が溢れてきますね。ですから復活の事実はあなたに永遠の希望があるのだということを伝えているのです。

 そして第二は、復活の事実によってイエス・キリストが語られた、そして約束されたことのすべてが本当だったという太鼓判が押されたということでもあるんです。イエス・キリストはヨハネの福音書の11章25節で、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」と言われました。

 もしイエス様が死んだままならどうしてこのことばに真実があるでしょう。「わたしはよみがえであり、いのちなのだ」と言われた方が死んでおしまいであるならば、イエスという男はただの大風呂敷の大言壮語の偽り者に過ぎませんね。その方のことばなど誰が信じることができるでしょう。

 でもイエス・キリストが復活されたということは、確かにイエス・キリストが語られたことばも約束も真実であったということなんです。

 そしてイエス・キリストは復活のいのちは信じる一人ひとりに与えられるということを約束しているということです。イエス・キリストはヨハネの福音書の中で、「まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。」(ヨハネ 6章47節)と告げました。

 イエス・キリストが死から復活されたという出来事は、私たちに希望を与え、イエス・キリストが約束された一つ一つのことばが確かなものであるということを証明しています。そしてこのイエス・キリストを信じる一人ひとりに、この復活のいのちが約束されているのです。イエス・キリストの復活はあなたのためなんですね。

 (PBA制作「世の光」2015.4.6放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■あなたのためのキリストの十字架 / 羽鳥頼和

2015年04月04日 | Weblog
2015/4/4放送
 
 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
今週はイースター・スペシャルをお届けしています。昨日は教会にとって特別な日でした。受難日と言って、イエス・キリストが十字架にかかって死んでくださったことを祈念する日だからです。キリスト教会はクリスマス以上にこのキリストの十字架を重要なことしています。そしてキリストの生涯について教える福音書も、十字架について本当にあった出来事として非常に克明に詳しく語っています。

 例えばヨハネの福音書にはキリストが十字架にかかった日が安息日の前日であったこと、その場所が都に近い「髑髏(どくろ)の地・ゴルゴダ」と言われるところであったこと、キリストの十字架に罪状書きがつけられたこと、両側に二人の犯罪人がキリストを真ん中にして十字架につけられたこと、キリストを十字架につけたローマ兵がキリストの服をくじ引きしたこと、キリストの十字架の側にその母マリヤたち4人の女性と一人の弟子がいたこと、キリストが十字架にかかりながら話したことば、ローマ兵がすねを折ろうとしたが既にキリストは死んでおりキリストの脇腹を突き刺したこと、ヨセフがキリストの遺体の引き取りを申し出てニコデモと共に葬る準備をして近くの新しい墓に遺体を収めたこと、など記されています。

 なぜこのように詳しく十字架なことが語られているのでしょうか。福音書を書いたヨハネは、あなたがたに信じてもらうために真実を話しているのである、と言っています。キリストの十字架は私たちのためなのです。

 旧約聖書イザヤ書53章5節にキリストの十字架の意味が語られています。
 「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

 キリストの十字架は私たちに平安をもたらし、癒しを与える神の救いです。(1ペテロ 2章24節参照)

 明日は日曜日です。私たちの救いのために十字架にかかってくださったキリストは三日目の日曜日の朝によみがえられました。すべての教会ではこのことを記念するイースターの礼拝を行います。ぜひお近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2015.4.4放送でのお話より )
 
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このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。。携帯からもこのURLでどうぞ。

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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■わたしとともにパラダイスにいます ~あなたのための十字架~ / 岩井基雄

2015年04月03日 | Weblog
2015/4/3放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 イエス・キリストが十字架にかかられた時、両側の二人の犯罪人は最初、二人ともイエス・キリストをあざけり、ののしっていました。しかし途中で、その一人は心を変えます。聖書にはこう記されています。

 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言った。ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」
 新約聖書 ルカの福音書23章39節から42節

 この犯罪人は十字架の上で自分の罪を認め、キリストには罪がなく御国の位に着くお方であることを告白したのです。それは小さいけれど確かに信仰の告白でした。

 彼がなぜ心を変えることができたのでしょうか。彼は最も近い所で次のキリストの祈りを聞いたのです。
 
 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」( ルカ 23章34節)

 それは自分を嘲る人々のために神に赦しを祈る祈りでした。彼はこのキリストの赦しの祈りが自分の罪のためにもなされたことを理解したのではないでしょうか。

 イエス・キリストは彼の告白に応じてこう語られました。
 「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」( ルカ 23章43節)

 この犯罪人の喜びはどれほどだったでしょう。彼は死罪に相当するような多くの罪を犯してきました。しかし、自分の罪を心から認め悔い改め、小さな信仰告白をした彼に、キリストはこう語られたのです。
 「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
」 

 パラダイスとは天国のことを示しています。どのような罪が私たちの中にあったとしても神の前にそれを心から認め、赦しを求めるとき、神はそれを赦し、私たちに永遠のいのちを与えてくださるのです。あなたも神の前に罪を認めて赦しを求め、そして天国へと導かれていきませんか?
 
(PBA制作「世の光」2015.4.3放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■多くの人の罪を負うために / 福井 誠

2015年04月02日 | Weblog
2015/4/2放送



 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「多くの人の罪を負うために」です。それではヘブル人の手紙9章27節、28節から読んでみましょう。

 「 人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられました

 今週はイースター・スペシャルということなので、少しイエス様の十字架の祝福を覚える時にしたいと思い、新約聖書からヘブル人への手紙を選びました。この書はイエスの十字架の恵みが豊かに説き明かされている書ですねえ。しかし、この書を理解するためにはやはり旧約聖書、特に旧約時代イスラエルの民が捧げた罪のためのいけにえの知識が必要です。

 イスラエルの民は子牛や山羊、羊など多くの犠牲動物を捧げる宗教儀式を行なってきましたが、それは人間が無意識にあるいは意識的に犯した様々な罪の赦しのために行われるものでした。そしてこの手紙の著者はそれはやがて起こることの象徴であったと説明しています。つまりそのような宗教儀式を通してユダヤ人は人の罪が赦されるためには犠牲が必要だということを教えられ続けてきたのです。

 悪いことは水に流す感覚を持っている日本人とは違う文化を感じますねえ。ともあれ彼らは人間の犯す罪には償いが必要、血が流されることによる赦しが必要と教えられてきたのです。その延長線上にイエス様が十字架にかかる出来事が起こりました。

 この手紙の著者は、このイエス様こそ真に神が受け入れられることのできる最良の子羊であったのであり、全人類の罪の赦しのための完全なそしてただ一度限りの永遠のいけにえであったと語ります。そしてもはやどんないけにえも必要とされない、どんな血の犠牲も必要はないのだ、と言うのです。

 どんな人も必ず死を迎えることでしょう。聖書は、それが自然なように死後の裁きも同じである、と言います。けれども、イエス様の十字架の罪の赦しを受け入れているならば、死後のさばきを恐れる必要はありません。なぜなら、罪は赦されているからです。イエスの十字架の恵みを素直に受け入れて、死後、永遠の神の祝福に入れられる希望を持って歩みたいものですね。

(PBA制作「世の光」2015.4.2放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■罪過のために(受難) / 板倉邦雄

2015年04月01日 | Weblog
2015/4/1放送


 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は 「罪過 のために」という題でお話ししましょう。始めに聖書をお読みします。

 「主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、」(口語訳聖書)
  ローマ人への手紙4章25節です。

 今週はキリスト教の暦ですと主イエス・キリストの受難週にあたります。世界中のキリスト教会ではイエス・キリストの受難と十字架の死を覚えて過ごします。そのようなことをしながら過ごす理由が先程お読みしました聖書のことばにありました。主イエス・キリストの十字架の死は私たちの罪過のためでした。十字架刑は当時、罪を犯した極悪人が処罰され罪過の償いとして受ける極刑でした。しかし罪のない主イエス・キリストが十字架の死に渡されたのです。なぜでしょうか? それは私たちの罪過の身代わりとなって死に渡されたのです。

 私たちの罪過とは三つあげることができるでしょう。法律的な罪、道徳的な罪、そして宗教的な罪の三つです。前の二つの罪については分りますね。宗教的な罪とは偶像崇拝の罪のことです。例えるなら私の父はただ一人です。しかし私が父以外の者に(親に対する)御礼や感謝をしていたらどうでしょうか。唯一まことの主なる神様以外の者に手を合わせ感謝するなら、それは偶像崇拝です。罪の本質は的を外している姿です。

 このような私たちの数々の罪過の身代わりとなるために、罪のないきよいイエス・キリストが十字架の死に渡されたのです。ですから、誰でもまたいつの時代の人でも、今日ラジオの前のあなたでありましても、この十字架のキリストは私の罪過のためだったんだと信じて仰ぎ見るならば神様の前に罪のないものとして認められるのです。ですから罪のない主イエス・キリストを死に渡したのは他でもなく数々の罪を犯している私たちです。私たちは愛する独り子イエス・キリストを十字架に渡した父なる神様の痛みと悲しみ、そして私やあなたへの愛が分るでしょうか?
 
聖書のことばです。
 「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」 ヨハネ福音書3章16節(口語訳聖書)

 (PBA制作「世の光」2015.4.1放送でのお話より )

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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