♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■十戒 -自由への励まし-117  偽証してはならない / 大嶋重徳

2019年09月12日 | Weblog
2019/8/8放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。

 十戒第九戒は「隣人に対し、偽証してはならない。」(申命記 5章20節 新改訳第三版、参照出エジプト記20章16節)とあります。

 さて、以前に考えたなぜ人は嘘をつくのだろうか、という問いに戻りたいと思います。なぜなら幾ら愛のことばを語り合おうとも偽りの証言を許さない社会になるように努めたとしても、依然として自分自身の本当の姿は嘘をついてしまう弱さを抱えたままだからです。この嘘をつく自分の弱さについては、今だここで解決を見ていません。

 先日、私は自分のしたある出来事について、どうしたらごまかせるかと必死に考え込んだことがありました。そして最もらしい嘘をつこうと考え始めた自分がいることに気が付き、ハッとしたのです。そして自分がなぜそのようにしたのか、ということを考えると、結局の所、今まで築き上げてきた信頼、人間関係、自分への評価を失うことへの恐怖があったのです。その人たちの前で恥をかきたくないという思いが嘘をつこうという思いになりました。

 人が嘘つく時、そこには嘘をついてでも失いたくないものがあります。キリストが十字架にかかられる直前、キリストの弟子ペテロが「私は誓ってイエス・キリストなど知らない」と嘘をつきました。ペテロは目の前で殴られ罵られ惨めな姿でいるイエス・キリストを自分の信仰の対象とし、「あなたもあの仲間だ」と思われることを恥ずかしく思ったのです。しかしペテロはその後、キリストの十字架の愛と赦しに出会います。その時に自分の嘘をつく弱さを知っていてずっと前に弟子として選んでくださったイエス様の愛の計画、選びの計画を思う時、その愛に圧倒されることとなります。やがてペテロは自分が嘘をついたこのエピソードをいろんな所で話しました。そして聖書に記されたのです。

 キリストの十字架こそ嘘をつき隠しながら生きる苦しみから私たちを解放してくれます。キリストの十字架の圧倒的な愛と赦しの前に立つ時、嘘をついてまで失いたくないと握り締めていたものがそれほど大したものではないことに気づかされるのです。そしてイエス様の十字架の苦しみ、人から受けられた恥を思う時、私たちは人の前で一時の恥をかくことも恐れなくなります。なぜならキリストの十字架は嘘をついた自分をも赦し、弱さを知っていて選んでくれた神の愛の現れだからです。この十字架の赦しを得て、私たちは真実を語る自由を手に入れたいと思います。
 
    ( PBA制作「世の光」2019.8.8放送でのお話しより )

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