♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■神の裁きと憐み / 岩井基雄

2019年09月09日 | Weblog
2019/8/5放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 第一月曜日の今日は詩篇107篇の最後から「神の裁きと憐み」と題して神様の恵みに生かされる人生に心を留めてみましょう。

 神の民イスラエルが通った苦しみの一つがバビロン捕囚でした。バビロン捕囚とは神の民イスラエルが自分たちの罪のゆえに新バビロニヤによって滅ぼされ、捕虜として敵国に曳いていかれたことを示しています。しかしその地あって彼らは神様に向かい、約束の地に戻ることになったです。

 この詩篇107篇はバビロン捕囚から帰還した人々に対し、主が様々な恵みを示されたことに感謝を捧げるよう呼びかけています。それは民の罪への裁きを超える神様の憐れみと祝福が神様の民イスラエルに注がれたからです。神様は確かに私たちの罪を裁かれますが、その裁きの中にさえ神様の憐れみが満ちており、罪の悔い改めへと導かれる者に、思いをはるかに超える祝福と恵みを神様は豊かに与えてくださるのです。

 今日の詩篇をお読みします。
 「主は荒野を水のある沢に 砂漠の地を水の湧き上がる所に変え
  そこに飢えた者を住まわせる。 彼らは人が住む町を堅く立て
  畑に種を蒔き ぶどう畑を作り 豊かな実りを得る。
  主が祝福されると 彼らは大いに増え 主はその家畜を減らされない。

          旧約聖書詩篇107篇35節から38節

 聖書が語る神様は罪を裁かれますが、それは神を悔い改めに導くためであり、悔い改めた民を憐れみ、回復させてくださるからなのです。罪を認めるとき、赦しが私たちを待っています。そして荒野や砂漠のような地に神様は潤いと共に豊かな収穫を与え、神様の祝福によって神の民も家畜も増え続けることができたのです。その全てが神様の愛に基づいていました。私たちもまた様々な過ちや罪を犯してしまいますね。それゆえ神の裁きを受けるべき存在なのです。しかし神様はこんな罪深い私たちにその罪を認め、悔い改めるようにと招き続けてくださいます。

 聖書のことば
 「神へのいけにえは 砕かれた霊。打たれ 砕かれた心。
  神よ あなたはそれを蔑まれません。

      旧約聖書 詩篇51篇17節

 神様はあなたの罪をすべて御存知で赦そうと待っていらっしゃいます。

(PBA制作「世の光」 2019.8.5放送でのお話より )
 
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