♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■十戒 -自由への励まし80 姦淫してはならない / 大嶋重徳

2018年11月15日 | Weblog
2018/10/11放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。十戒第七戒には「姦淫してはならない。」(出エジプト記20章14節 新改訳2017)とあります。

この戒めは結婚外の誰かと性的な関係を持つことを禁止する戒めです。ではどこまでが姦淫の罪なのかという、この罪を犯すことに魅力を感じている人々によって、この戒めがゆがめられ狭められてきました。

 しかし十戒第七戒の「姦淫してはならない。」という戒めが放っている広がりについてイエス様はこんなふうにおっしゃいました。
 「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナ---つまり地獄---に投げ込まれるよりは、よいからです。もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。」 マタイ 5:28節~30節 新改訳第三版

 とても厳しいことばです。姦淫の罪の範囲は情欲を持って女性を見る者全員となります。あるキリスト者の女性が正直に、「この情欲を持って見るということばの前には形は違えども女性もまたその罪を犯しています、夫よりも男性アイドルを、韓流スターを追いかけるのも同じことなのです。」とおっしゃっていました。そして自分自身も今なおこの箇所を開く限り、自分はいつになっても避けがたい罪人であることを明確に自覚させられます。

 中学生の頃、私はこの聖書箇所に出会った時、自分の弱さを言い当てられている恥ずかしさと罪深さを認めずにはいられませんでした。そして同時に、この箇所さえ聖書からなかったなら、という思いにもなりました。

 しかし十戒が連れて行こうとしている所は、罪悪感にまみれることではありません。十字架の足元に私たちを招いているのです。性的な戦いはリアルに私たちの前に立ちはだかっています。この戦いに何度負けだとしても、何度でも十字架のもとに膝まずきに行くのです。私たちは罪を犯さない者に地上で完全になることはできません。大切なことは、悔い改め、赦されることから遠くならないことです。諦めや開き直りに入ることなく、十戒第七戒が促すように自分の罪をきちんと認め、私たちは神様の赦しを見上げていく者となりたいのです。

    ( PBA制作「世の光」2018.10.11放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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