♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■ニコデモの問い / 関根弘興

2018年11月09日 | Weblog
2018/10/5放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

新約聖書のヨハネの福音書3章にはニコデモという人がイエス様のもとを尋ねた時のことが記されています。このニコデモはユダヤ教の中でも非常に厳格なパリサイ派に属する人で、細かな規則を厳格に守ることを誓い、熱心に実行していた人でした。また彼はユダヤの最高議会の議員でもあり、大変裕福な人でした。ニコデモという名前は「征服者」とか「勝利者」という名前で、彼はその名前の通り、いろいろなものを勝ち得てきました。地位も名誉も権力も知識も財産もありました。そして彼は老年を迎え、人々からの尊敬も集めていたんです。でもそんな何一つ欠けた所のなさそうなニコデモがイエス・キリストの元に来たんですねえ。

 彼はこう語り始めました。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたがなさっているこのようなしるしは、だれも行うことができません。」(ヨハネの福音書3章2節) 
 そう言いますと、イエス様はニコデモに「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネの福音書3章3節)と答えられたんです。

 実はこのイエス様のことばから、ニコデモの抱えている本当の人生の問いが分ってきます。それは、どうしたら神様に受け入れられ永遠の救いを得ることができるんだろうか、そういう問いです。彼は今まで人並み以上の努力をし、多くのものを得てきました。しかし自分の努力ではどうすることもできない現実があることを感じていたのでしょうねえ。本当にこのままの自分でいいんだろうか。この命が尽きたら一体自分はどうなるのだろうか。どんなに戒めを守り頑張っても何か心が満たされない、そんな空しさも感じていたのかもしれません。イエス様はニコデモに、「人は新しく生まれなければ神の国を見ることができない。」と言われました。これは聖書が教える救いとは何かという事を大切に大切に教えたことばなんです。
 
 ここで「新しく」と訳されたことばは「上から」という意味があるんです。「上」とはもちろん神様ご自身のことです。つまり人は神様によって生まれなければ神の国を見ることができない、救いを得ることはできない、ということなんですね。
 救いとは上から、つまり神様から差し伸ばされた手でもあるんです。

 それでは神様によって生まれるとはどういうことなのでしょう。次回、その事をお話しすることにいたしましょう。
 
     (PBA制作「世の光」2018.10.5放送でのお話しより)

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