2011/11/5放送
世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。今日はアブラハムについてお話をします。
アブラハムはユダヤ人の祖先です。ですから私たちとは関係ない人です。しかし聖書はこのアブラハムが私たちにとって、とても関係の深い人であることを教えているのです。新約聖書ローマ人への手紙4章16節には、「アブラハムは私たちすべての者の父なのです。」と教えています。このことばはアブラハムが彼と同じ信仰を持っている者たちすべての父であることを教えているのです。
アブラハムの信仰とは、神の約束を信じる信仰です。神様はアブラハムに、あなたの子孫は星のように増える、と約束されました(創世記 12章2節、13章16節、15章5節、17章2節、22章17節参照)。アブラハムはこの神様のことばを信じたのです。実際には、子孫が与えられるという約束をいただいた時アブラハムとその妻サラは共に70歳を超えていました。しかしアブラハムは神様は約束されたことを必ず守ってくださると信じ続けたのでした。
先程のローマ人への手紙4章には、アブラハムは「神には人を死者の中からよみがえらせることもできる」(ヘブル 11章19節)ということも信じていた、と教えています。聖書は、「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と見なされた。」(ローマ 4章3節)と教えています。義とは神様との正しい関係にあることを意味します。アブラハムのように、神様は約束を必ず守り、死者をもよみがえらせることもできると信じる者は神様との正しい関係を持つことができるのです。
ローマ人への手紙4章23節から25節にこのように語られています。
「彼の義とみなされた。」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。
イエス様の十字架によって私たちの罪は赦され、イエス様のよみがえりによって私たちは義と認められるのです。
続いてローマ人への手紙5章1節でこのように語られています。
「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」
義と認められるということは神様との正しい関係を持つことであり、神様との正しい関係とは神様との平和なのです。あなたも神様を信じ、神様との平和を持ってください。
( PBA制作「世の光」2011.11.5放送でのお話より )
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このサイトは URL名として
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が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ
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アブラハムはユダヤ人の祖先です。ですから私たちとは関係ない人です。しかし聖書はこのアブラハムが私たちにとって、とても関係の深い人であることを教えているのです。新約聖書ローマ人への手紙4章16節には、「アブラハムは私たちすべての者の父なのです。」と教えています。このことばはアブラハムが彼と同じ信仰を持っている者たちすべての父であることを教えているのです。
アブラハムの信仰とは、神の約束を信じる信仰です。神様はアブラハムに、あなたの子孫は星のように増える、と約束されました(創世記 12章2節、13章16節、15章5節、17章2節、22章17節参照)。アブラハムはこの神様のことばを信じたのです。実際には、子孫が与えられるという約束をいただいた時アブラハムとその妻サラは共に70歳を超えていました。しかしアブラハムは神様は約束されたことを必ず守ってくださると信じ続けたのでした。
先程のローマ人への手紙4章には、アブラハムは「神には人を死者の中からよみがえらせることもできる」(ヘブル 11章19節)ということも信じていた、と教えています。聖書は、「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と見なされた。」(ローマ 4章3節)と教えています。義とは神様との正しい関係にあることを意味します。アブラハムのように、神様は約束を必ず守り、死者をもよみがえらせることもできると信じる者は神様との正しい関係を持つことができるのです。
ローマ人への手紙4章23節から25節にこのように語られています。
「彼の義とみなされた。」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。
イエス様の十字架によって私たちの罪は赦され、イエス様のよみがえりによって私たちは義と認められるのです。
続いてローマ人への手紙5章1節でこのように語られています。
「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」
義と認められるということは神様との正しい関係を持つことであり、神様との正しい関係とは神様との平和なのです。あなたも神様を信じ、神様との平和を持ってください。
( PBA制作「世の光」2011.11.5放送でのお話より )
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