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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■相手に向かって「ごめんなさい」  / 山中直義

2011年11月01日 | Weblog
2011/11/1放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、山中直義です。

 誰かを傷つけ悲しませてしまった時、大切なのは相手を無視した自己反省ではなく、ごめんなさいと心から相手に謝ることではないでしょうか。

 聖書は「罪の赦し」ということを大切なテーマとして教えています。聖書が言うところの罪というものは、単に悪いことをする、悪い考えを持つ、ということではありません。このことばには「的を外す」あるいは「迷い出る」という意味があります。そしてそれはわたしたちの根本的な生き方、特に私たちと神様との人格的な関係をさして使われています。私たちが神様のもとから迷い出てしまうこと、神様が願っていてくださる幸いな生き方からそれてしまうこと、聖書はそんな状態を罪と呼ぶのです。

 さて、そんな罪が赦されるということ、私たちが神様との人格的な関わりを取り戻すことができるということを旧約聖書レビ記6章25節は教えています。こう言われています。

 「罪のためのいけにえは、・・・、主の前でほふらなければならない。」これは
 短いことばですが、ここには大切なことが二つ教えられています。一つはいけにえがほふられなければならないということを通して、罪の赦しは何らかの犠牲があって与えられるということが教えられています。

 そして二つ目に教えられてることは、そのいけにえは「主の前でほふらなければならない。」とあるように、罪というものはあくまでも神様の前で扱われなければならないということ、神様によって赦されなければならないということが教えられています。

 神様を無視した自己反省ではなく、神様に向かって正直に罪を告白し、心からごめんなさいと祈る。その時に神様を私たちの罪を赦してくださると聖書は教えています。

 神様は私たちの罪を赦し私たちが本当に幸せになることを切に願っていてくださるお方です。そしてそのためにこそ神様はご自身の大切な独り子イエス・キリストを十字架につけ私たちの罪の身代わりとしてくださったと聖書は言うのです。あなたがもし神様に向かって「ごめんなさい」と祈るなら、あなたにも豊かな救いが与えられます。
 
    (PBA制作「世の光」2011.11.1放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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