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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■礼拝とは何? 聴く / 関根弘興

2011年11月21日 | Weblog
2011/11/21放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 今月はキリスト教会で毎週日曜日に行われている礼拝ということについてご一緒に考えていきます。今日はですね、礼拝それは神様のことばを聴く(ことから)、ということについてお話をしたいと思うんですね。

 新約聖書のローマ人への手紙10章17節にこう書かれています。
 「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

 信仰は何かを一生懸命するとか善行を重ねるとか修行するとかそういうことからではない、聴くことから始まるんだ、と聖書は教えています。そして何を聴くかというと、キリストについて聴くことから始まるのだと教えています。一体それはキリストの何について聴くのでしょう。

 第一は、キリストが来られた目的を聴くのです。イエス・キリストは、失われた人を探して救うために来た、と言われました(ルカ 19章10節参照)。イエス・キリストが来られた目的は救いを与えるためです。自分の人生を見失い、どのように歩んで行ったらよいか分からない。まるで羊飼いのいない迷った羊のような一人一人を救うために来てくださったんです。

 第二は、キリストの語られたことばを聴くのです。イエス・キリストは失われた人を救うために来ました。そして素晴らしい説教をなさいました。イエス・キリストは「人はたとえ全世界を手に入れても魂(まことのいのち、自分自身)を損したら何の得になるのか」(マタイ16章26節、マルコ8章36節、ルカ9章25節参照)と言われ、人の価値高さを教えられました。互いに愛し合うことの大切さを教えられました。人が生きていく上で最も大切な愛を持って生きることを自ら実践し教えられたんです。ですからこのイエス・キリストの語られたことばを聴いていくんです。

 そして第三は、キリストのなされた「みわざ」を聴くのです。イエス・キリストは素晴らしい説教をしただけはありませんでした。人々を癒し、慰め、そしてイエス・キリストの最後はむごたらしい十字架に貼り付けにされていきました。そこには深い意味が込められています。本来私達は神様の前に出たら皆罪人で、滅ぼされても文句を言えないような一人一人です。しかし私たちを愛してくださっている神様は独り子なる罪のないイエス・キリストを遣わしてくださり、私たちの罪をイエス・キリストがすべて背負ってくださったんです。十字架で死んで身代わりとなって私たちに代わって罰を受けてくださいました。キリストが行なってくださったことはあなたのために命を捨ててくださったということです。そして三日目によみがえり今も生きておられるんですね。

 礼拝は聴くことです。それはこのキリストによって示された神の愛と恵みを聴き、その聴いたことばに生きるときなんですね。


 (PBA制作「世の光」2011.11.21放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


 



 

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