安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

公共交通と原発を中心に社会を幅広く考える。連帯を求めて孤立を恐れず、理想に近づくため毎日をより良く生きる。

全国のJRが赤字区間を公表~JRの「これまで」と「これから」

2022-11-05 23:24:24 | 鉄道・公共交通/交通政策
(以下の記事は、11月3日(木・祝)、札幌学院大学で開催された日本科学者会議北海道支部主催「2022年北海道科学シンポジウム~北海道の地域振興の道は? -JR問題と原発問題から考える-」での発表に先だってまとめた「予稿」をそのまま掲載しています。このシンポジウムでは、原発問題を小田清・北海学園大学名誉教授、JR問題を当ブログ管理人が担当しました。)

 人口の多い大都市圏を抱え、これまで経営的に順調と思われてきた鉄道事業者に、コロナ禍で異変が起きている。JR北海道だけは、すでに2016年11月、「自社単独では維持困難」な10路線13線区を公表しており、まもなく6年が経過する。しかし、2022年に入って以降、JR東海を除く全JRが赤字区間を公表するに至っている。鉄道事業者がどのように表面を言い繕おうとも、赤字路線・区間の公表は廃止に向けた最初の意思表示であり、日本の鉄道史を紐解くと、その後はほとんどが廃線に至ってきた。この歴史を繰り返してはならない。

 私たちはそのために何をすべきか。現状分析と今後の方途を考える。結論を初めに述べておくと、筆者は今後、鉄道が生き残るためにはこれまでと異なる新たな役割の付与が必要であり、それは3つの「K」(環境・観光・貨物)にあると考える。本稿ではこのうち環境と貨物について述べる。

1. 環境対策、人手不足対策としての鉄道
(1)CO2排出量削減の手段としての鉄道


 日本では、全CO2 排出量の1/5 を運輸部門が占め、運輸部門のCO2 排出量の86.2 %を自動車が占める。鉄道は自動車に比べ、輸送量当たりCO2 排出量が旅客輸送で 7 分の 1 、貨物輸送ではなんと 55 分の 1である。「環境に優しい」鉄道の特性は、旅客輸送より貨物輸送の分野でこそ発揮されるといえる(「2018年度交通政策白書」より)。当研究会の独自試算でも、貨物輸送を自動車(2t車)から鉄道(500t列車)に転換した場合、列車1 本当たり輸送量は小型トラック 1 台当たりと比較して 250 倍に増えるのに、そのために必要なエンジン出力はトラック1台(100馬力)から国鉄DD51型ディーゼル機関車(2200馬力)に代えたとしても22 倍にしか増えない。

 持続可能な環境を作るには車を減らすことが必要である。貨物輸送のモーダルシフトにより CO2 排出を大幅に減らすことが可能になる。

(2)トラック運転手減少対策としての鉄道

 トラック運転手減少対策としても、モーダルシフトは避けて通れない課題である。国がこの危機を予想していたのに対策を講じなかったことを示す資料がある。「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討報告書」(2008年9月、国交省自動車交通局貨物課資料)である。これによれば、3つの予測パターンのうち、最も好況で推移した場合、基準年度(2003年)における全国の必要運転手数は823,704人から2015年には892,020人に増加するが、運転手供給数は逆に742,190人に大幅に減少。149,830人もの運転手不足が見込まれると予測している。国は、こうした事態を7年も前から見越していたのである。

 トラック運転手の有効求人倍率を見ると、コロナ前は2.7 倍(2016年12月)もあった。2.7 件の募集に1人しか応募がないことを意味する。人手不足、過重労働、事故、遅配の「物流危機」が、コロナ後に再び問題となることは確実である。

 過疎化のため全国に先駆けて危機が進む道内はさらに危機的状況である。トラック運転に必要な大型二種免許保有者は 2001~2016年の15 年間で 15 %(ほぼ年1 %ずつ)減少。免許保有者の8割を50 歳以上が占める。「3K」職場の上、低賃金では若者は就きたがらず、今後も減少は必至だ。

 運ばれる貨物の変化も背景にある。かつては産業用製品など「重厚長大、少品種、同一方向」への輸送が中心で、物流業界にとって利幅が大きかったが、最近は宅配便など「軽薄短小、多品種、多方向」への輸送がメインを占めるようになった。その結果、手間ばかりかかる割にはまったく儲からないという状況が生まれている。トラック運転手の低賃金是正が叫ばれながら実現しない背景に、こうした物流業界を取り巻く環境の変化がある。

 「モーダルシフト」(貨物輸送の道路から公共交通への転換)は筆者が若い頃からもう半世紀近くいわれているが実現していない。荷主から発地の貨物駅まで、着地の貨物駅から最終配達先までは結局、自動車が必要であり、「それなら全区間、自動車でいい」という物流業界の「自主性」に任せきりにしていた行政の怠慢が原因である。

 これまでと同じように、運転手を長期間拘束する長距離輸送の分野をトラック任せにしていては、減る一方のトラックドライバーの適正配置は今後、不可能となる。中長距離輸送は鉄道や海運を中心とする。トラック輸送は最寄りの港や貨物駅と配達先まで(または荷主から)の「ラスト・ワンマイル」だけを担う。そのような方向に物流政策を転換させる必要がある。

 JR貨物発足当時、専用トラックを直接貨車に乗せて運ぶピギーバック輸送が行われていた時期がある(トラックを鉄道貨車に乗せられるサイズに収めた結果、少しでも積載量を増やすため天井が丸みを帯びた形状になり、それが豚の背中(Piggie Back)に似ていたことからこの名がついた)。CO2 を減らし、運転手不足時代に備えるため、その価値を再確認する時期に来ている。

<写真>ピギーバック輸送(撮影:岩堀春夫さん)


 交通問題専門家・上岡直見さんは「JRに未来はあるか」(緑風出版)の中で、JR貨物が道路輸送を代替することで年間1兆4千億円の外部経済効果を生んでいると指摘する。この場合の外部経済効果とは、大気汚染・気候変動・騒音・交通事故・道路混雑の緩和を意味する。国鉄末期、国は鉄道貨物安楽死論に等しい議論の下、国鉄の貨物輸送を大幅に縮小させたが、一度手放した貨物駅跡地は再利用されているため、もう一度貨物駅を復活させたくてももはや不可能である。『国鉄分割民営化と、それにともなう鉄道貨物システム縮小は後世に悔いを残す愚策』(同書)であった。

2.新たな役割(復活する役割)―貨物輸送

 青森~函館~札幌間は、貨物列車が旅客特急列車の約2倍の本数を誇る。津軽海峡を越えて輸送される貨物は1日当たり25,500 tに上る。青函トンネルでは、新幹線が貨物列車のために減速運転するほどである。現在、新幹線のスピードアップのため青函トンネル区間で貨物輸送をやめる案が検討されているが、これだけの量をトラック(10t車)で置き換えた場合、青函区間では1日当たり車両延べ2,550 両、運転手もそれと同じ延べ2,550人が新たに必要になる。前述の通り、運転手は減る一方なのに、これだけの数の運転手も車両もどこにあるというのだろうか。

 コロナ前まで、外国人観光客に湧いていた日本では、観光バスもトラックも不足し、車両不足で宅配便が配達できない、バスに至ってはバス会社がメーカーに車両を発注しても納車に最大1年待ちの事例すらあった。「荷物があるのに誰も運んでくれないまま、北見で穫れたタマネギが腐っていく」――これが私たちの望む「未来」なのだろうか。

 道内では、食料品輸送において鉄道貨物の果たす役割は大きい。「JR北海道に対する当会のスタンスについて」(2017年5月、北海道経済連合会)によれば、道内~道外の輸送シェアのうち豆類50%、野菜類47.6%、タマネギに至っては67.6 %を鉄道が占める。2016年、北海道に4つの台風が上陸し、首都圏でタマネギなど野菜が高騰、ポテトチップスが棚から消え「ポテチショック」といわれた。

 一方で、「日本一の赤字線」といわれた美幸線の1974年度における営業係数(100円を稼ぐために必要な費用)は3,859円であるのに対し、最も儲かる路線である東京・山手線の1980年度における営業係数は48円。経費の倍以上の儲けが出る路線であった。国鉄時代は東京が北海道の鉄道を支える代わり、北海道が東京の「食」を支えていたのである。

 国鉄分割民営化で東京は地方の鉄道を支えなくなる一方、地方に対する東京からの「収奪」構造は変わらず残った。農林水産省が毎年公表している都道府県別食料自給率では、北海道は200%を超えるのに対し、東京はわずか1%である。首都圏の「食」を誰が支えているのか。地方からの収奪を当然の前提と考えている首都圏とその住民に、そろそろわからせるときが来たのではないだろうか。

 再び全国に視点を戻す。「令和2(2020)年度宅配便(トラック)取扱個数(国土交通省調べ)」によると、宅配便輸送量は、調査開始した1985年以降「右肩上がり」で推移している。乗客が減る一方でも荷物は増える一方であり、人が乗らなくても貨物がある。大量輸送、定時輸送、安定輸送に向く鉄道は貨物輸送にこそ活路がある。

 鉄道貨物を復活する上で障害もある。現行JRは、旅客列車は上下一体で、貨物は上下分離という変則的な形態である。線路を保有する旅客会社が自社優先でダイヤを編成するため、貨物列車が有利な時間帯に列車を設定できず、自動車に対して競争力を失っている現状がある。線路を持つ旅客会社が赤字線の廃線を提起しても、線路を借りる立場のJR貨物は対抗できないことが、北海道内の「5線区」や函館本線「山線」協議の過程で浮き彫りになってきている。

 線路をJR旅客会社の所有から国または自治体の所有に変更すれば、旅客・貨物が同じ条件となる。旅客列車より貨物列車を走らせる方が有利と考えられる路線、時間帯にはそのようなダイヤ編成も可能になる。ガラガラの線路も旅客列車が赤字というだけでの廃線は不可能となり、貨物列車を走らせ有効活用する方向に変わる可能性も生まれる。

 単線などの理由で列車本数を増やせない地方線区では、かつてのように1本の列車に客車と貨車を連結する「混合列車」の復活もひとつの方法だ。その際、JRの枠組みは今のままでよいか再検討も必要である。混合列車を復活するためには貨物が別会社の現行JRから、上下分離のほか、国鉄時代のように客貨一体に戻すことも必要であろう。

 2021年12月、徳島県と高知県を結ぶ阿佐海岸鉄道の一部区間(高知県側)で、世界初のDMV(鉄陸両用車両)の運行が始まった。この車両の開発は、もともとJR北海道が手がけたが、資金難で頓挫し、その後、四国で実現したものである。観光輸送に特化する形での運行だが、観光は水物でありコロナなどの有事に弱いことが明らかになった。むしろ、このような車両は貨物輸送にこそ向いている。宅配便を集荷して車両ごと道路から線路に乗る。目的地の駅で再び線路から道路に下りる。線路と道路の境界駅で、鉄道運転士とトラック運転手が車両ごと引き渡しをすれば、荷物の積み替えもなく効率的な輸送が可能になる。

<写真>阿佐海岸鉄道のDMV(当ブログ管理人撮影)


 新幹線貨物の検討も始まっている。JR発足時と異なり今は新幹線が函館~鹿児島をカバーしており、客貨一体に戻せば新幹線で貨物輸送ができる。「函館で獲れた新鮮なイカをその日の夕方に鹿児島の繁華街・天文館の料亭で食べる」などということが、可能な時代がすでに来ている。乗客が減る一方のローカル線に明るい話題は少ないが、貨物輸送には明るい未来がある。

 JR九州初代社長の石井幸孝さんは、鉄道を「平時の旅客、有事の貨物」と表現する。確かに、少子高齢化、コロナ禍、ウクライナ戦争と内憂外患の有事である。これらは国内・国際情勢の構造的要因が複雑に絡み合う形で引き起こされており、有事は当分、続くであろう。貨物のために線路を残せば、人も利用できる。これからの鉄道は「貨物が主、乗客は従」くらいの発想でよいし、それくらいの大胆な発想の転換が必要である。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【週刊 本の発見】『国鉄-... | トップ | 【転載記事】国連自由権規約... »

鉄道・公共交通/交通政策」カテゴリの最新記事