「悪いけどそんな暇はないね。似顔絵を描く画家はいくらでもいるだろう。別の画家に描いてもらいなさい。それでは失礼」
ジョエルは女の人に背を向けると馬車に乗りこみました。馬車の中から振り返ると、女の後ろにやせた男の人が立っていました。その人は悲しそうな目でじっとジョエルをみつめていました。ジョエルの胸はずきりと痛みました。
(仕方なかったんだ。王様に待ってもらうことなんてできない。そんなこと言ったら機嫌を損ねて宮廷から追い出されてしまうかもしれない)
ジョエルは心の中で必死に言い訳をしていました。
(5)
それから三年の間は夢のような日々でした。ジョエルは王や王妃の絵だけでなく、頼まれて宮廷に出入りする貴族の絵を何枚も描きました。
ところがある日、女王が新しい画家を連れてきて王に紹介しました。王が新しい画家に命じると、画家はすらすらと絵筆を動かしました。その絵はちっとも似ていませんでした。王は十歳も若いように描かれ、女王は実際より鼻が高く、目がぱっちりと描かれていました。
王と女王は新しい画家をたいそう気に入って、その画家にばかり絵を描かせるようになりました。ジョエルにはちっとも声がかかりません。とうとうジョエルは宮殿を追い出されてしまいました。
ジョエルは、しかたなく前住んでいた場所に帰っていきました。小屋に入ると、壁に自分が描いた一枚の絵が貼ってありました。
(あっ、この人は……)
ジョエルは男の似顔絵をみてはっと胸を突かれました。宮殿の門前で女の人を追い払ったとき、女の人の後ろにいたその人の悲しそうな顔を思い出しました。
ジョエルは宮殿でもらった絵具で男の顔を描きはじめました。瞳を描こうとしたとき、絵筆が止まりました。
(何色の目だったかな?)
前に描いた絵は黒一色で描いているので、瞳の色はわかりません。
その人のやせたほお、とがった鼻、うすいくちびるははっきり思い出せるのに、目の色だけはベールに包まれているようにぼんやりとした記憶しかありません。
(あの人と、もっと前にも会っているぞ)
ジョエルは子どものころ、死にかけている母親の似顔絵を描いてほしいと家にやってきた女の子を思い出しました。そのとき女の子と一緒にいた男があの人だったのです。
(あの子に聞いてみよう。あの子はまだあの家に住んでいるだろうか……)
記憶をたどりながら、女の子の家を捜し歩き、ようやく見つけることができました。女の子はすらりと背の高い娘になっており、年とった母親と暮らしていました。
「あのおじさんは、あれからもう一度きてくれて、母さんの病気を治してくれたのよ。でも、その後は一度も会ってないの……。瞳の色? うーん。覚えてないわ。もし、おじさんに会えたらわたしにも知らせて。お礼が言いたいから」
娘は目をキラキラさせていいました。
つづく
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ジョエルは女の人に背を向けると馬車に乗りこみました。馬車の中から振り返ると、女の後ろにやせた男の人が立っていました。その人は悲しそうな目でじっとジョエルをみつめていました。ジョエルの胸はずきりと痛みました。
(仕方なかったんだ。王様に待ってもらうことなんてできない。そんなこと言ったら機嫌を損ねて宮廷から追い出されてしまうかもしれない)
ジョエルは心の中で必死に言い訳をしていました。
(5)
それから三年の間は夢のような日々でした。ジョエルは王や王妃の絵だけでなく、頼まれて宮廷に出入りする貴族の絵を何枚も描きました。
ところがある日、女王が新しい画家を連れてきて王に紹介しました。王が新しい画家に命じると、画家はすらすらと絵筆を動かしました。その絵はちっとも似ていませんでした。王は十歳も若いように描かれ、女王は実際より鼻が高く、目がぱっちりと描かれていました。
王と女王は新しい画家をたいそう気に入って、その画家にばかり絵を描かせるようになりました。ジョエルにはちっとも声がかかりません。とうとうジョエルは宮殿を追い出されてしまいました。
ジョエルは、しかたなく前住んでいた場所に帰っていきました。小屋に入ると、壁に自分が描いた一枚の絵が貼ってありました。
(あっ、この人は……)
ジョエルは男の似顔絵をみてはっと胸を突かれました。宮殿の門前で女の人を追い払ったとき、女の人の後ろにいたその人の悲しそうな顔を思い出しました。
ジョエルは宮殿でもらった絵具で男の顔を描きはじめました。瞳を描こうとしたとき、絵筆が止まりました。
(何色の目だったかな?)
前に描いた絵は黒一色で描いているので、瞳の色はわかりません。
その人のやせたほお、とがった鼻、うすいくちびるははっきり思い出せるのに、目の色だけはベールに包まれているようにぼんやりとした記憶しかありません。
(あの人と、もっと前にも会っているぞ)
ジョエルは子どものころ、死にかけている母親の似顔絵を描いてほしいと家にやってきた女の子を思い出しました。そのとき女の子と一緒にいた男があの人だったのです。
(あの子に聞いてみよう。あの子はまだあの家に住んでいるだろうか……)
記憶をたどりながら、女の子の家を捜し歩き、ようやく見つけることができました。女の子はすらりと背の高い娘になっており、年とった母親と暮らしていました。
「あのおじさんは、あれからもう一度きてくれて、母さんの病気を治してくれたのよ。でも、その後は一度も会ってないの……。瞳の色? うーん。覚えてないわ。もし、おじさんに会えたらわたしにも知らせて。お礼が言いたいから」
娘は目をキラキラさせていいました。
つづく

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