アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

私人―ノーベル賞受賞講演

2012-04-28 12:07:39 | 
『私人―ノーベル賞受賞講演』 ヨシフ・ブロツキイ   ☆☆☆☆☆

 ヨシフ・ブロツキイのノーベル賞受賞講演の記録。ブロツキイの『ヴェネツィア』は私のオールタイム・ベストの一つなので、興味をひかれ入手してみた。ものすごく薄っぺらい本であっという間に読める。が、この内容の濃さはハンパじゃない。

 駆使される流暢かつ精密ななレトリックはさすが『ヴェネツィア』の作家で、淡々と、しかし丁寧につむがれる言葉の数々は、彼の作品の中のそれらと同じようにとても美しい。しかしそれ以上に印象的なのは、自らを一人の「私人」と定義するブロツキイの態度の誠実さ、そして慎重さである。できるだけプロパガンダから、そして権力や政治から身を遠ざけようとするその姿勢は、謙虚というより求道者的で、どこまでも毅然としている。これこそ威厳というものだ。ウケや人気取りを狙った政治家的、外交官的言辞とはまったく対極にある言葉と精神を、ここに感じる。

 しかしながら、影響力を行使し得る立場から自分を遠ざけようとする控えめな態度とは裏腹に、彼の論旨は驚くほど大胆かつ挑発的である。まず彼は、文学が大衆の言葉で書かれるべきという言論に異を唱える。彼は言う、人類はもうこれ以上進歩しなくて良いという判断が下されたならば、大衆の言葉で文学が書かれるようになるでしょう。そうでなければ、逆に大衆が文学の言葉で喋るべきなのです。ここでもし「大衆の言葉」「文学の言葉」という区別を文学者のエリート主義と解釈してしまうと、真意を見誤ることになる。文学の言葉とはクリシェやプロパガンダに毒されない言葉のこと。そして彼はこう続ける、なぜならば、審美的判断は倫理に優先するからです。つまり、良い、悪いという判断は、何よりもまず美しいか美しくないかという審美判断から生まれてくるのです、と。

 美は善の母なのである。これには驚いた。そして目からぼろぼろと鱗が落ちた。

 したがってブロツキイによれば、人が政治家を選ぶ時はその政治綱領や公約よりも、むしろ彼の読書体験、つまり彼がトルストイやドストエフスキイやディケンズにどういう態度をとるかに注目する方が有益だ、ということになる。いくらなんでも極論だ、と苦笑されるだろうか。レトリックはいささか挑発的かも知れないが、彼の真摯さは疑いようがない。ブロツキイは読書が人間精神に及ぼす影響を語っている。人はその政治綱領を、あるいは公約を、あるいはマニフェストを他のどれとでも交換することができる、しかし精神を交換することはできない。人はその精神が導くところに従って進むしかないのである(この部分はミラン・クンデラの「グルント」の考え方に似ている)。そして文学作品は精神形成に影響を与える。独裁者が大衆をコントロールしようとする時なぜいつも文学作品を焚書にするのか。それは文学が人の心とダイレクトに一対一の関係を結び、プロパガンダやクリシェの解毒剤として働くからである。

 美が善を生むというブロツキイの論旨は、さらに驚くべき場所へ私たちを連れて行く。すなわち、倫理が人間を動物と区別する特質であり、詩がその母だとするならば、詩は人類の活動の副産物どころか人類の営みの目的であると言える。この部分、「詩」を「芸術」と読み替えてもいいだろう。

 なんという大胆な論旨だろうか。昔ながらの芸術無用論、つまり実益をもたらさない芸術が一体何の役に立つのか、という議論に対する究極の反駁である。人類のあらゆる営み、政治、経済活動、科学の進歩、それらはひょっとすると、人類が詩を、そして芸術を生み出すための道具に過ぎないのかも知れない。

 とにかく本書を読んで圧倒されるのは、ブロツキイの詩と文学に対する信頼の深さである。それはたとえば、文学に対するもっとも大きい罪は焚書ではなく、本を読まないことである、などという一節からも伝わってくる。本を読まない人間はそれだけで罪を犯している、と彼は言う。

 それからまた興味深かったのは、文学はその体験を決して他人と共有できない、という一節だ。人は映画や音楽は誰かと一緒に味わい、体験することができる、しかし文学はそれができない。詩や小説を読む時、人は必ず著者と一対一で対峙し、孤独の中でそれを体験しなければならない。あらゆるものを他人と共有することが良しとされ、孤独は悪とされるフェイスブックの時代にうさんくささを感じる私としては、孤独であること、そして他人と共有できない経験の価値を擁護するブロツキイのメッセージに、大きなシンパシーを覚える。

 とてつもない文学論であり人間論である。洞察と叡智と驚きに満ちている。
 


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2 コメント

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素晴らしい本でした (reclam)
2014-12-28 18:00:33
こんばんは。この年末、ふとしたきっかけでこの本を読んで、とても感心したのでコメントします。

最初に、読書とは何のためにあるのか、読書に意味はあるのかという疑問に対する答えがあったことが一番の収穫でした。これにより私の読書という趣味はより有意義なものであると感じられました。

そして、美学は倫理の母であるという大胆な発想、個性というものがなくなりつつある世の中で自分の人生を生き抜くことの大切さなどは、読書感だけでなく生き方をも変えてしまう力を持っていました。

最後にego_danceさんのおっしゃる通り、ブロツキイの詩と文学に対する信頼の深さを強く感じました。この誠実な思いは内容の薄い多くの本を凌駕していると思われます。

結論として、この本はすべての読書を愛する人にとって必読な本であると思いました。読書とは本当に素晴らしいものであると感じられる良書です。

今年もego_danceさんのブログにお世話になりました、ありがとうございます。健康に気をつけて、良い年を過ごされることを願っています。
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Unknown (ego_dance)
2014-12-31 23:06:19
ブロツキーは小説『ヴェネツィア』でファンになったのですが、本書には本当に感動しました。まずプロパガンダや政治を遠ざけ「私人」であろうとする誠実さ に感動し、次に、その謙虚さとうらはらにも思える大胆な考察に驚きました。普通なら、性格も言う事もどちらも穏便になるか、どちらも攻撃的になりそうなも のです。これこそ本当の文学者だと思いました。日本語ではあまり作品が読めないのが残念です。特に小説は『ヴェネツィア』しか読めないようです

日本ではもう大晦日の夜だと思いますが(こちらはまだ朝です)、良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願いします。
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