アブソリュート・エゴ・レビュー

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転校生

2012-04-26 23:56:47 | 映画
『転校生』  大林宣彦監督   ☆☆☆★

 大林監督は『異人たちとの夏』が好きで(泣いてしまうのであまり何度も観ていないが)、それ以外にも「尾道三部作」などで、ノスタルジーと甘美なリリシズムが溶け合った独特の世界観を持つ映像作家というイメージがある。が、その初期の代表作である『転校生』をちゃんと観たことがなかったので、「日本映画史上に残る大傑作」とのAmazonの紹介文に惹かれたこともあり、DVDを購入した。

 Amazonのカスタマーレビューを見ても思い入れの強いコメントがずらり並んでいて、確実にある種のスイートスポットを突いてくる映画であることが伺われる。おそらくそれは思春期へのノスタルジー、のようなもので、確かに私もそういうムードを感じることができたし、なかなか面白かった。しかし個人的には傑作とはまでは言えない、というのが正直な感想だ。

 雰囲気作りがうまい監督さんだと思う。本作の美点はやはりそのリリシズムで、それは日本情緒漂う尾道の風景、BGMとして流れるクラシック音楽、モノクロの8ミリ映像などによって醸し出され、カメラが分け入っていく思春期の少年少女の世界が甘酸っぱい感傷とともに立ち上がってくる。

 ストーリーは一種のファンタジーで、中学生の男女の体と心が入れ替わってしまうという話。もちろんさまざまなコミカルなシチュエーションが現れるが、それと同時に無視できないのが性の要素である。主人公の二人は終始、男女の体の違いに戸惑い続ける。SF的な仕掛けで増幅されてはいるが、この戸惑いは間違いなく思春期の少年少女が潜り抜けなければならないリアルな戸惑いである。そういう意味では「体の入れ替わり」というアイデアによって、互いに惹かれあう思春期の性の不思議が巧みに表現されている、とも考えられる。さらに言えば、思春期にしかできない柔らかい恋愛には、果たして相手に恋しているのか自分自身に恋しているのか分からない、というか、煎じ詰めればどっちも同じものなのかも、といった不思議さがあり、そういう微妙な甘酸っぱい感覚も、この映画は大胆に視覚化してみせてくれる。

 というようなことを考えれば、この映画が思春期とともに失われてしまった感覚を私達大人の中に再び蘇らせてくれることも納得がいくし、この映画が多くの人々に愛される理由もそこにあると思う。

 しかしテーマや仕掛け、そして雰囲気作りはいいのだが、ストーリーと個々のエピソードにいまひとつ力がない。基本的に(一美の体に入った)一夫が無神経なことをして、(一夫の体に入った)一美が泣く、というパターンの繰り返しである。別にこのパターンは悪くないが、パターン以上の驚きがないのだ。少なくとも私の場合、このエピソードが良かったなあ、という風にしっかり残るものがなかった。

 それから、さすがに主演の二人の負担が大き過ぎる。小林聡美も尾美としのりも非常にがんばっていて、特に小林聡美は彼女でなければここまでできなかっただろうと思わせるほどの演技だが、それでも観ていてきつい場面があった。この役柄をリアリズムでやれと言うのがそもそも無理で、どうしてもマンガになってしまうのだ。

 さらに気になったのが、脇役たちの演技が驚くほどヘタということ。一夫のクラスメートの少年たちや、特にひどかったのは一美の兄たちである。セリフ棒読み。本作が作られたのは邦画がドン底の時代だが、他もみんなこうだったのだろうか。あるいはこの映画だけこうなのか。

 そういうわけで傑作とは言わないが、先に書いた通り、アドレッセンスの甘酸っぱい感覚を蘇らせてくれる映画ではある。特にラストのモノクロ8ミリ映像で、「さよなら、わたし」「さよなら、おれ」と声をかけ合う場面は美しい。それはとりも直さず、私たち全員が、かつて思春期の少年少女だった自分に対して投げかける別れの言葉であるかのようだ。

 ところでこの映画を観るとどうしても思い出してしまう手塚治虫の短編マンガがある。『ザ・クレーター』に収録されている「オクチンの奇怪な体験」という短編で、これは主人公である高校生の少年・オクチンの体の中に短期間だけ女の子の魂が入り込む、という話である。ケンカが強かったオクチンが急にオカマみたいになったり、体を時間交代で使うことにしたために12時を境に人格が激変する、など面白いエピソードがたくさんあって、とても印象的な短編だ。オクチンはなぜか30万円を貯めようとしていて、最後の最後にその理由が分かるが、それがそれまでのストーリーと繋がって思いがけない感動で読者を不意打ちにする。本作と良く似たアイデアで、短いながらストーリーははるかに優れていると思う。

 このストーリーを膨らませて、本作のノスタルジックなスタイルで映画化したらいい映画になるんじゃないかなあ。


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