アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

64

2013-02-22 21:07:26 | 
『64』 横山秀夫   ☆☆☆★

 久々の横山秀夫である。新刊のハードカバーが平積みになっているのを見て買ってしまった。このミス国内部門第一位、アマゾンのカスタマーレビューでも絶賛の嵐ということで、とても文庫になるまで待てなかった。で、週末に一気読み読了。

 が、正直、期待したほどではなかった。力作だし、世間の評価が高いのも分かる。面白くないことはない。しかし個人的には刺さらなかった。舞台は『陰の季節』などと同じD県警。「陰の季節」の主人公だった「人事のエース」二渡も登場するが、主人公は広報官の三上である。タイトルの64(ロクヨン)はD県内で14年前に起きた未解決誘拐殺人事件の符号。少女が誘拐され身代金が奪われたあげく、人質は死体で見つかるという最悪の結果を迎えた。この事件をめぐって起きる警察組織内の軋轢と、64そのものの意外な新展開が本書の二つの軸となっている。

 まずはお得意の「組織の中の軋轢」がぐいぐい来る。主人公・三上は今は広報官だが元刑事。部門でいうと刑事は刑事部、広報は警務部だがこの二部門はどういうわけか仲が悪く、中途半端な立場の三上はコウモリ男みたいに見られて辛い立場だ。ある日、警察長官がD県にやってきて64がらみの会見をすることになり、遺族を訪問する許可を取ること、記者会見をセッティングすること、の二つの業務命令が三上に下る。どうってことない仕事みたいだが、これがこじれる。遺族は拒絶し、そこには警察への不信感があるようだが原因が分からない。果たして刑事達と遺族の間に何があったのか? それともう一つ、記者会見の方は別件の匿名発表が記者たちの反感を買い、本部長への抗議文、長官会見のボイコット宣言、という事態に至る。これを広報で何とかしろといわれても、一体どうすればいいのか。

 胃が痛くなりそうな話ばっかりだ。それにしても記者ってあんなに強気なのだろうか。二言目には謝罪しろだの部長出せだの、後半には大規模な記者会見の場面もあるが、若い課長に「はいやり直し!」「子供の遣いじゃないぞ!」などど好き放題ダメ出しし、走り回らせる。それでも広報というか警察側は下手に出なければならない。いくらなんでもあんなにひどくはないんじゃないか?

 まあとにかく、広報官は辛いって話である。おまけに本庁から出向してきているキャリア上司がまたどうしようもない。三上の服従心を試すような、屈辱的なもの言いばかりする。三上は「この野郎ふざけんじゃねえ、辞めてやる!」と言いたいところをぐっとこらえ、「承知致しました」「ありがとうございます」と頭を下げる。いやだねえ。他にも色々と、警務部と刑事部の板挟みになって悩まねばならない。

 中盤ぐらいまでほぼこういう「組織内の軋轢」話に終始する。遺族の不信感の元となった「秘密」も結果的には組織内の立ち振る舞いがらみだし、長官の会見の隠された目的とやらも同じだ。D県警に勤めている人には大問題なのかも知れないが、私にはどうでもいい話だ。どれもこれも、組織が世界のすべて、という組織人間の世界観である。だから大企業とか役所とか大きな組織に所属している人は「あるある!」と思えるのだろうが、あまりそういうのがない私みたいな人間は関心が持てない。ご苦労さんと言うしかない。

 こんな感じなので、半分までぐらい読んだ時点では「失敗したかな」と思ったが、その後三上は多少この組織内世界観から脱却して外に目を向けるようになる。それから長官会見をめぐる警務部と刑事部の対立が激化し、互いに戦闘態勢となる。しかしポストがどうしたとかいう組織内政治でここまでいくか? 正直、呆れてしまう。

 そして終盤、ついに第二の誘拐事件が起きる。ここでようやく普通の警察ミステリらしい「事件もの」となるが、この後の展開はかなりトリッキーでびっくりする。前半の組織の軋轢話が妙に下世話でリアルなので、この誘拐事件部分がいくらなんでも非現実的と思う人もいるだろうが、じっくり描き込むことでそれなりに説得力を持たせていると私は感じた。結果、まあまあの盛り上がりを見せて終わる。

 という風に組織の軋轢、誘拐事件、広報官の業務など色んな要素を組み合わせた複合的な作品になっていて密度は濃い。濃いが、組織の軋轢話がやはり大部分を占めていて、組織の中で組織人はどう振舞うべきか、みたいな哲学が全篇にみなぎっているといっていいだろう。ご苦労さんなことだ。こういうことに関心ない人は、パスしてもいいんじゃないでしょうか。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿