アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

マッチポイント

2013-02-24 16:29:12 | 映画
『マッチポイント』 ウディ・アレン監督   ☆☆☆★

 英語版DVDで観賞。ウディ・アレンにしてはわりと普通の、アレン色が強くない映画だ。テニスのインストラクターをしている野心家の若い男(ジョナサン・リース・マイヤーズ)が資産家一家と知り合いになり、娘とつきあい、結婚し、不倫し、崖っぷちとなる。そして殺意が芽生える。シリアスで、リアリスティックなタッチ。自業自得ではあるけれども、主人公クリスの追いつめられ方がリアルなので見ていて結構きつい。

 不倫相手のスカーレット・ヨハンソンと最初はラブラブだが次第にこじれ、やがて今の生活をすべて投げ捨つかどうかという瀬戸際まで来るが、ありがちな不倫サスペンスと差別化されているポイントとして、主人公が結婚するずっと前から物語が始まる点に注目したい。クリスがロンドンに引っ越してきて、テニスのコーチの仕事を得、アパートを借り、とそこから始まるのである。そしてテニスを習いに来たトムと知り合い、趣味が一致してオペラに誘われ、そこでトムの両親、妹と会い、更に家に呼ばれ、妹とデートし、と、ものすごく丁寧に、時間をかけて進んでいく。あまりに丁寧で、話がサスペンス色を帯びてくるのはずいぶんと後半になってからである。「危険な情事」みたいな不倫サスペンスをやるだけなら、すでに結婚している男が不倫相手と出会うところから始めればいいはずだ。しかしこういう風に、広いスパンで俯瞰的にクリスの人生を見ることで、本作のテーマである「人生とは運次第」がくっきりとあぶりだされる仕掛けになっている。逆に言うと、アレン監督は単なる不倫サスペンスを描こうとしたわけではない。

 そもそもスカヨハはクリスの義兄の婚約者だった。彼女が義兄とつきあっていなければ、あるいは彼らが別れなければ、あるいはクリスが先に彼女と出会っていれば、あるいはスカヨハが再びロンドンに戻って来なければ、その後の展開はすべて違ってきただろう。そういう複数の人生の糸、偶然のめぐり合わせがもつれ合って、クリスを引き返せないあの場所まで連れて行ってしまった、ということを、映画は私たちに強く印象づける。

 人生がいかに「運」に依存しているか、というテーマは冒頭で明確に示されるが、この場面が面白い。いきなりぐっと惹きつけられる。飛び交うテニスのボールがネットに当たり、スローモーションで真上に上がる。これが手前に落ちるか、向こう側に落ちるか、これで勝敗が決まる。そしてこれと呼応するシーン、ほぼまったく同じシーン(ただしテニスボールではない)が後半登場し、文字通りそれがクリスの運命を分けることになる。この仕掛けも洒落ていて、ウディ・アレンらしい。

 先に長いスパンの物語と書いたが、さすがにアレン監督は手練れで、時間の圧縮の仕方がうまく、ストーリーはサクサク進んでいくので退屈することはない。登場人物たちの間に葛藤を作り出すのもうまく、引き込まれる。ちなみにスカーレット・ヨハンソン演じるクリスの不倫相手は確かにフェロモンむんむんで男を惑わすタイプだが、決して悪女ではない。むしろこの話の中ではかなりかわいそうな役回りだ。クリスを演じるジョナサン・リース・マイヤーズは野心ぎらぎらというより知的な、普通の青年という雰囲気が良い。彼のたたずまいが、この物語のリアルな感触を作り出していると思う。

 他にも音楽(オペラ)の使い方やロンドンの街の雰囲気、セレブな人々の生活感がお洒落で、この映画を観て愉しいものにしている。そのあたりはアレン監督のセンスの良さを感じる。

 ただし、普通の倒叙ミステリと差別化するためかブラックなアイロニーか、ラストはひねってある。このひねりが本作の大きな特徴だろうし、アイロニーは効いているが、やっぱりこれだとイマイチ盛り上がりに欠けるな、というのが私の感想だった。勧善懲悪にしろと言いたいわけではなく、物語の力学、ダイナミズムの観点から、やはり最後にがらがらと派手に崩れ落ちるものがないと、この手の物語はカタルシスを欠くように思う。それまで溜めに溜めたものをどこかで放出して欲しいのである。かといってフォーマット通り逮捕されてしまうだけではありきたりだし、倒叙ミステリの決着はなかなか難しいとは思うが、その点がちょっと肩透かしだった。




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3 コメント

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Unknown (corara)
2013-03-17 17:46:10
こんにちは。
今回もとても楽しく記事を拝見しました。
この映画は私はとてもとても大好きで、数えきれないくらい繰り返し観ているのですが、なぜかラストどういう結末だったか、というところを最近まで覚えていませんでした。
おっしゃる通り、なにかいまひとつぴりっと来ないのです。そこまでの語り口があまりにも巧くて、お洒落で、でも本質をきっちりと掴んでいて、なのに最後がなんとなく決まらない、そんな感じを受けます。
クリスが逮捕されず、あいもかわらず妊娠を急かされるという日常のまま終わるのは良いとは思うんですけど。。。
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ウッデイ・アレン (海松)
2013-03-21 14:08:40
 いつもフラフラとお邪魔してすみません。

 この映画は、ドストエフスキーの「罪と罰」か?、ルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』か?…と思ってしまいます。
階層社会を描いてますねー。

 人間と社会の深淵を覗き込んだアレン監督は、オシャレさんであるにもかかわらずコワイコワイ人です。
 
『インテリア』もコワイ映画です。
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Unknown (ego_dance)
2013-03-23 10:06:52
>coraraさん
この映画が大好きというお気持ち、なんとなく分かります。軽やかなんだけど濃密な感じでしょうか。個人的には、これでカタルシスがあればもっと良かったんですが。

>海松さん
「罪と罰」はだいぶ意識しているみたいですね。巻き添えで老婦人を殺してしまうし。やはりアレン監督は多才です。「インテリア」は観たことないですが。。。
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