アブソリュート・エゴ・レビュー

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ブルジョワジーの秘かな愉しみ

2014-02-12 20:53:11 | 映画
『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』 ルイス・ブニュエル   ☆☆☆☆

 ブニュエル後期、『哀しみのトリスターナ』と『自由の幻想』の間に撮られた映画である。久しぶりに観た。

 またしても堂々のアホ映画である。『自由の幻想』と同じくコントっぽい感じもあるが、あれほどストレートなコントではなく、もう少しややこしく屈折したストラクチャを持っている。主要登場人物は外交官など裕福で社会的地位も高いブルジョワ男女6人だが、この連中、道徳観念や倫理観というものがまったく欠如していて、ただただ安寧と悦楽を求める日常を送っている。外交官のくせに麻薬密輸をやり、男三人集まって外交官オフィスでそれを賞味し、親友の妻とは不倫する。それでいてまったく罪悪感なし。それどころか、「庶民には美の何たるかは分からないよ」などと、自らの優越性に絶対の確信を持っている。

 この連中の日常のエピソードを羅列したのがこの映画だが、いくつか特徴があって、一つは食事をしようとするたびに邪魔が入るという趣向。ただし、ずっと食事にありつけず飢餓状況に陥っていくというような話ではなく、食事を邪魔されても翌日はまた、何事もなかったかのように集まって談笑している。

 特徴の二つ目、幽霊話。なぜか幽霊の話があちこちで出てくる。特に脈絡はなく、たとえばご婦人たちがカフェで談笑していると(ちなみにこのカフェでも頼んだものは全部品切れ、コーヒーすら出てこない)、居合わせた中尉が「失礼ですが、話を聴いていただけますか」と言って子供の頃の話を始めるが、それは死んだ母親の幽霊が現れて子供の父親、つまり自分の夫を殺して欲しいと頼んだという話である。それから兵隊の一人が語る怪談じみた夢の話、留置所で警官が同僚に語る怪談などもある。

 特徴の三つ目は夢オチ。この映画、後半になるとエピソードの非現実性がエスカレートしていき、シュールレアリスムの域に達したところで「はっ……なんだ、夢か」という夢オチが連発されるのである。もうやりたい放題、反則技使い放題だ。それから司教がブルジョワの家にやってきて庭師になったりもする。映画なんてこれぐらいテキトーでいいじゃん、といわんばかりの悠々自在さ。ブニュエル爺さんの達人ぶりが遺憾なく発揮されている。

 この庭師兼司教が死を目前にした男の告解に呼ばれていき、自分の両親を殺した犯人だと知って猟銃で射殺するなんていう、例によってキリスト教批判、というよりキリスト教揶揄的なエピソードもあるが、全体としては風刺を目的としているとも思えない。ばかばかしくも面白いエピソードも脈絡なく詰め込んだ映画である。

 そしてもう一つの特徴、というか仕掛けとして、主要登場人物6人が田舎道をてくてく歩いている映像が定期的に挿入される。特に何の説明もないし、物語のどこにもつながらないが、繰り返されることで寓意を帯びてくる。しかし、だからこれはどういう意味なのかとか、あるいはこのエピソードの意図は何か、というように、腕組みをしてマジメに考える映画ではない。他のブニュエル映画と同じである。この自由さ、縛りのなさ、達人にしかなしえないこのテキトーさを「わはははは」と笑いながら愉しめばいいのだ。そういう意味で本作は、ブニュエルの「わけのわからない愉しさ」を満喫できる、なかなかの良作だと思う。

 ところでこの映画の主要登場人物のうちの一人アリスを演じているステファーヌ・オードランという女優さん、端正な顔立ちの中に官能性とかすかな退廃を感じさせて魅力的だが、どこかで見た顔だと思ったら、『バベットの晩餐会』のバベット役の女優さんだった。もちろんこっちの方がずっと若いが、それにしてもあの有能な家政婦バベットと、若くて美人でエロいアリスではあまりに印象が違うのでびっくりした。でも確かに顔のつくりは一緒だ。人の印象って意外と顔立ちには依存しないものなんだな、とあらためて思った。



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