アブソリュート・エゴ・レビュー

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象牙の塔の殺人

2015-01-28 19:53:28 | 
『象牙の塔の殺人』 アイザック・アシモフ   ☆☆☆★

 SFの巨匠アシモフが書いた長編ミステリ。アシモフはSFだけでなく、短編シリーズ『黒後家蜘蛛の会』のようにミステリ作品も書く人で、そもそもファウンデーション・シリーズにしてもロボットものにしても非常にミステリ色が濃い作風が特徴である。だから純然たる長編ミステリを書いてもまったく違和感はない。ただし、彼が書いたSF抜きの長編ミステリは、これと『ABAの殺人』ぐらいじゃないかと思う。

 この小説が書かれたのは1950年代と、相当古い。が、訳者あとがきにもある通り、ほとんど古さを感じない。実は訳者あとがきが書かれたのも1980年代と古いのだが、2015年の今読んでもあまり変わらないと思う。あとがきではそれを大学内の事情が変わっておらず、似たような殺人事件が当時の日本で起きていることを理由に挙げているが、私はむしろ、アシモフの作風が社会風俗や時代の匂いをあまり反映しないことが理由じゃないかと思う。もともとSF作家のアシモフが描く世界は抽象化され、舞台化され、現実社会から異化されている。本書で書かれている大学や主人公の家庭の風景は、架空世界であるソラリアやオーロラとどこか似た感触を持っている。

 さて、本書はミステリなので殺人事件が起きるわけだが、事件の舞台は大学構内、主人公は化学の助教授ブレイドである。ブレイドは実験室で学生の死体を発見する。一見不注意が招いた事故のように見えるが、専門知識を持っているブレイドはこれが殺人であることに気づく。と同時に、これが殺人だとしたら自分がもっとも怪しまれる立場にいることも気づく。彼は警察に届けようとするが、ブレイドの妻はそれを止める。大学における彼の地位はかなりあやうく、トラブルを起こしたら確実に放逐されるからである。ブレイドは苦悩するが、一方、事件の担当刑事もこの事故に疑惑を持ち、ブレイドにつきまとうようになる。

 殺人事件の有力容疑者となり、大学内でも次第に四面楚歌の状況に追い込まれていくブレイド。失業の危機、家庭の危機、そして殺人犯の濡れ衣を着せられる危機。主人公がストレスいっぱいの苦境に立たされるこの展開は、ロボット・シリーズにおけるイライジャ・ベイリの立ち位置を思い出させる。胃が痛くなりそうだ。それから大学内の政治や閉鎖性、そこで働く人間の非常識ぶりなどが細かく描き込まれているのも本書の特徴で、ブレイドを誹謗する同僚教授たちの自分勝手で無責任な言動には腹が立ってくる。しまいにはブレイドがキレてしまうほどである。

 という具合に、これはミステリではあるけれども、捜査の過程と同じかそれ以上に、ブレイドが大学内で追い込まれていくストーリーで読ませる。ミステリ半分、ドラマ半分といった印象だ。だから謎解きのウェイトは必ずしも高くなく、純然たるパズラーを期待する読者には肩透かしかも知れない。その代わり、『白い僧院の殺人』のところで書いたような本格パズラーにありがちな捜査過程の退屈さはなく、物語としてちゃんと面白い。やはり、SFでストーリーテリングを鍛えている人は違う。

 それからもう一つの読みどころは事件を捜査する刑事で、ブレイドを容疑者扱いしてねちねち絡んでくるのだが、これがムードといい喋り方といいコロンボそっくりだ。化学の知識がないもので、と下手に出ながらブレイドの意見を聞いてくるところや、そういいながら鋭い心理分析を披露するところなど、とてもよく似ている。心理分析もかなり面白い。もっと活躍させて欲しかったところだ。最後は、ギリギリまで追い詰められたブレイドが一発逆転で真犯人を暴くというイライジャ・ベイリものと同じ展開だが、クライマックスの詰めのシーンは意外ととあっけなく、あっさりした印象である。ミステリとしてはまあまあレベルだろう。

 やはりロボットものやファウンデーションものほどの興奮は得られなかったが、一応アシモフらしいストーリーテリングを愉しむことは出来る。アシモフのミステリが好きな人は買いなんじゃないかな。



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