アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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赤線地帯

2015-01-31 22:47:44 | 映画
『赤線地帯』 溝口健二監督   ☆☆☆☆☆

 クライテリオンの『Kenji Mizoguchi's Fallen Women』パッケージ中の一枚、『赤線地帯』を再見。これが溝口監督の遺作である。とにかく凄い。強烈だ。観るのは二回目だが、観終わったあと思わず「すごいなあ…」とため息が漏れた。それはもちろんすごい傑作という意味と、あまりにもオソロシイ話という意味の両方である。冒頭の音楽からしてわけ分からず、なんだか怖い。

 物語の舞台は売春禁止法が議論されている頃の吉原、サロン「夢の里」。いわゆる赤線地帯であり、この映画はここで働く女たちを描く群像劇だ。女達の顔ぶれは、そろそろ学校を出て働く年頃の息子がいるゆめ子(三益愛子)、病気の夫と赤ん坊を抱えて家計を支える通い女郎のハナエ(木暮実千代)、美貌と如才なさゆえにナンバーワンだが計算高いやすみ(若尾文子)、恋人との結婚を夢見る田舎娘のより江(町田博子)、そして新しく入ってきた奔放で派手な不良娘ミッキー(京マチ子)、の5人である。加えて、「夢の里」のおかみ(沢村貞子)に主人(進藤英太郎)。すごいメンツである。濃過ぎる映画であることはもう目に見えている。

 そして実際、濃い。エロいという意味ではなく、苦い、辛辣という意味だ。女たちはみんなそれぞれに人生と格闘している。その格闘の茫然となるほどの凄まじさ、それがこの映画の見どころだ。そんな暗い映画はイヤだ、好きじゃない、という人は観ない方がいいかも知れないが、ただ貧乏たらしい陰気な映画ではなく、溝口映画の例に漏れずおとな向け残酷童話の味わいを持つ、痛烈で毅然とした映画に仕上がっている。じめじめ、うだうだしていないのである。しかもアイロニーがたっぷりで、上質な本わさびのようにツンと効いている。

 映画は女たちの顔見せから始まり、それぞれの個性を小出しにしながら、徐々に各人が背負うテーマを掘り下げていく。まずは通い女郎のハナエだが、眼鏡をかけていつも遅刻してくるなんだか生気のない彼女は、病気で失業中の夫と赤ん坊を抱えている。仕事のあと、夫と二人でぶらりと入ったラーメン屋で「今に、あの時死ななくてよかったと思う時が来るよ」なんて会話がさらっと出てきてギョッとする。「ここのシナソバはうまいな」なんてセリフと一緒に出てくるのである。やがて夫は自殺未遂をし、ついには家賃滞納でアパートを追い出されて、赤ん坊をおんぶした病気の夫が「夢の里」にやってくることになる。すさまじいばかりの生活苦だ。

 田舎娘のより江は恋人と結婚することになり、皆に祝福されて田舎に帰るが、結局すぐ戻ってくる。女中よりひどい生活に幻滅したためだ。ゆめ子は息子のために頑張って働いているが、赤線で働いている母親を恥じた息子に縁を切られ、激しくなじられ、ついには精神に異常を来たして施設に収容される。彼女が発狂して異常な振る舞いを見せる場面の迫力はすさまじい。奔放なミッキーはルックスも良くナイスバディなので稼ぎは多いが、浪費癖があって金はたまらない。やがて父親が連れ戻しに来るエピソードの中で、能天気に見える彼女にも複雑な家庭事情と鬱屈があることが判明する。

 そして美しいやすみは、男にとって吸血鬼のような女である。子供の頃に父親が金絡みで投獄されたというトラウマを持つが、そのために金に対する執念、貧乏への嫌悪は人一倍激しく、男を骨の髄までしゃぶり尽くすことに一片の良心の呵責も持たない。普段は可愛らしい彼女に騙され、徐々に絡めとられ、最後には破滅させられる男が何人も出てくるが、もはや利用価値がなくなったと見切った時に見せる夜叉の顔は、その美貌ゆえに強烈である。そしてそれを見た男が狂乱し、思いあまって彼女を殺そうとするエピソードがこの映画のクライマックスだ。いやまったくすごい。結果的に彼女はただ一人「夢の里」を脱出し、自分で商売を始めて成功者と呼ばれるが、その店は彼女が絞りつくしたせいで夜逃げした男の店舗なのである。死屍累々とはこのことだ。

 こういうすさまじい女達のエピソードに加えて、売春禁止法に憤慨する進藤英太郎が女たちを集めて「お前たちのことを本当に考えているのは、俺たち以外に誰がいる。そこんとこをよーく考えて」と演説をぶつ場面がご丁寧に二回ある(二回ともそっくり同じセリフ)など、面白い場面のてんこ盛りだ。ラスト、新人のおぼこ娘に水揚げのための化粧をしてやりながら、私だって辛いんだよ、と沢村貞子が冷淡な顔で念仏みたいに唱える場面もこわい。

 まさに怪談以上に恐ろしいエピソードばかりで、冴え冴えとしたアイロニーと残酷が凄愴な美しさに結実する。これは精神に焼き鏝を当てるような映画である。


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2 コメント

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満州娘 (亀井刑事)
2016-06-24 17:13:46
私はこの映画で「満州娘」という歌を知りました。カラオケでよく歌います。
Unknown (ego_dance)
2016-06-27 11:08:36
カラオケで「満州娘」とは、渋すぎる選曲ですね。

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