アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Pat Metheny Group

2011-03-04 23:59:08 | 音楽
『Pat Metheny Group』 Pat Metheny Group   ☆☆☆☆☆

 パット・メセニーは昔から好きなアーティストだが、最近ますますハマりつつある。聴けば聴くほど良い。私が好きなのはパット・メセニー・グループ名義の作品主体だが、ジャスやフュージョンを越えた普遍的な魅力に溢れたこのグループをちょっと聴いてみようかという人のために、おおまかな俯瞰図を呈示しておこうと思う。作品すべてを聴いたわけじゃないので熱心なファンには怒られるかも知れないが、どこから手をつけていいか分からない人にはこういう情報も役に立つはずだ。

 パット・メセニー・グループ(以後PMG)の作品中、まず一番ポピュラーなのは『Still Life』『Letter From Home』あたりだろう。『Still Life』収録の『Last Train Home』はメセニーらしいキャッチーな美メロと爽快感のある演奏で、この時期の代表曲だ。『世界の車窓から』という番組のテーマ曲だったので知っている人も多いだろう。まだ見ぬ土地を旅する高揚感、憧れ、感動、そして帰郷の安らぎ、ノスタルジーなどがぎゅっと凝縮されていて、旅行番組のテーマにはぴったりだ。繊細で、品の良い軽さがあり、何よりもヒューマニスティックな感動がある。この時期の特徴はもともとメセニーの音楽が持っている清涼感、明るいロマンティシズムに加えてブラジル音楽の要素が導入され、ワールド・ミュージック的なスケールの大きさと豊穣さを感じさせること。透明感のあるヴォーカルが入っているのもブラジル音楽的だ(歌詞はなく一つの楽器として扱われている)。またアルバムの収録曲が非常に多彩で、ポップな曲から渋い曲、静かな曲、ボサノバやサンバっぽい曲、またはロック的な曲など色とりどりである。PMGといって一般にイメージされるのはこの時期の音だろう。ジャズやフュージョンを越えてもっとも大勢のリスナーにアピールする音だ。

 ところが、個人的にはあまりに爽やかで八方美人的なところが物足りない感がなきにしもあらずで、何を隠そう、私が一番好むのは「らしくない」と言われるアルバムである。たとえば『Imaginary Day』。何がらしくないかというと、暗いのである。暗い、重いはPGMらしくない。この『Imaginary Day』はPGMには珍しく暗く、重さのある作品で、実験作もしくは異色作と位置づけられている。ところがこの暗いPMGサウンドがいいのである。暗いといっても決してどす黒くはない。藍色に染まった夕暮れ時の空のような、美しい憂愁と深みを内包した暗さだ。これが持ち前の清澄なロマンティズムにブレンドされ、なんともいえない味わいを醸し出す。ちなみに私は『Offramp』も異常に好きだが、これもPMGにしては「例外的に暗い」といわれているアルバムである。

 これは私がもともとフュージョン好きではなくプログレ好きだからかも知れない。最初にメセニーを聴いた時は、なかなかいいが爽やか過ぎると思ってしまった。『世界の車窓から』もそうだが、要するにニュース番組とか天気予報とかでBGMに使われそうな感じなのである。フュージョンてのはそういうのが多いが、プログレ好きとしてはちょっと物足りないところ。が、『Offramp』や『Imaginary Day』はプログレ好きもいける。だから『Still Life』や『Letter From Home』を聴いて軽過ぎるとか明る過ぎると思った人は、『Offramp』『Imaginary Day』を聴いてみて欲しい。サウンド的には『Offramp』の方がシンプルで、ギターシンセも入ってちょっとアンビエント的な感触があり、『Imaginary Day』の方はワールド・ミュージック的で、激しい曲調もあり、つまり『Still Life』を暗く激しくしたようなサウンドになっている。

 というわけで前置きが長くなってしまったが、この『Pat Metheny Group』はタイトル通りPMGのデビュー・アルバムである。これが原型。メセニーらしい清澄感、透明感、明るいロマンティシズムがぎゅっとつまって、しかもギター、キーボード(ピアノ)、ベース、ドラムのスリリングな演奏がフュージョンっぽい。後期PMGはオーケストラが入ったりヴォイスが入ったり、フュージョン・バンドというより映画のサントラみたいな雰囲気のアルバムもあるが、このアルバムはギタリストがリーダーのフュージョン・アルバムという感じがする。だからフュージョンっぽいサウンド、スリリングなバンド演奏が好きという人にはこれがお薦めだ。サウンドの核になっているのはメセニーのエレクトリック・ギターとライル・メイズのピアノである。次の『American Garage』まで似たサウンドで、『Offramp』でガラッと変貌する。

 もちろん曲もいい。邦題は『サン・ロレンツォの思い出』で、これは一曲目のタイトルだが、問答無用の名曲である。タイトル通り幸福な思い出を、キラキラ光る木漏れ日の中甘美なノスタルジーに包まれつつ想起しているような、そんなムードの曲だ。このきらめき感がたまらない。特に曲のまん中あたりから始まるライル・メイズのピアノ・ソロは音の一つ一つが宝石のようで、ひたすら美しい。他の曲もいい曲ばかりだし、全体の印象も非常に統一感がある。清澄なロマンティシズムでいっぱいのいかにもPMGらしい音だが、曲がキャッチー過ぎることもなく、繊細さ、柔らかさと爽快感のバランスが理想的だ。いくら聴いても飽きない。

 ちなみに本作のベースは全部フレットレスで、ジャコ・パストリアスに捧げられた3曲目の『Jaco』では、マーク・イーガンのジャコ並みとまではいかないまでも達者でしなやかなフレットレス・ベース・ソロが聴ける。とても艶っぽい音で、これも本作の魅力の一つだ。マーク・イーガンは次の『American Garage』までで抜けてしまうので、フレットレス入りのPMGが聴けるのはこの二枚だけだ。

 さっき書いたように私はPMGの中では「暗い」と言われる『Offramp』『Imaginary Day』が特に気に入っているが、この『Pat Metheny Group』は暗くないけれども同じくらい、またはそれ以上に好きだ。PMGを語る上で決して欠かせない一枚である。


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2 コメント

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SOUL BROよ! (歩行する貝殻)
2012-10-16 10:36:03
アブエゴさんとはソウル・ブローであることにやっと気づきました。『TRAVELS』をいったい何回へビー・ローテンションで聴いたことか・・・。(2317回でした。) 『TRAVELS』にはどれほど癒され、何度、死を思いとどまらされたことか。まだ生きられる。まだ息ができる。まだ旅はつづくと。『Offramp』もすばらしい。というより凄味効かせすぎだろうが、パッティくん。「メセニーはダン・ゴットリーブとほんとは仲がわるいんじゃないのか?」と初期の頃から思っていたら案の定の結果でしたね。私見ですけれども、パット・メセニーという表現者は繊細さと強靭さと柔軟さを実にバランスよく持ち合わせていると思うんです。演奏上、共演者にどんどんコミットメントしていくし、共演者にどんどんコミットメントさせちゃう。オーネット・コールマンと演ればアブストラクトでアバンギャルド。チャーリー・ヘイデンと演やればジェントリーかつハートウォーム。でいながら、メセニー・スタイルは決してゆるがせにしない。一聴してメセニーだとわかりますからね。これ、かなりすごいことだと思いますね。帝王が「SO WHAT?」の連発しすぎがもとでくたばったときはいったいこれからジャズ・ミュージックのシーンはどうなっちゃうんだと思ってましたけど、メセニーがいるからだいじょうぶだって無理矢理思い込んで日々をやりすごしたこともあります。さて、『TRAVELS』と『Barcarole』と『Offramp』と『Always and Forever』と『Cinema Paradiso (Love Theme)』をヘビー・ローテンションしよっと。仕事もキャンセルしちゃおっと。(悪。)
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Unknown (ego_dance)
2012-10-16 11:58:20
メセニーが繊細さ、強靭さ、柔軟さを実にバランス良く持ち合わせているという点、同感です。この人は感性の受容範囲が異常に幅広く、かつ貪欲でありながら、自身の表現の軸は微塵もブレないという驚異的なアーティストです。しかも常に清新で、退廃というものと縁がない。ちなみに私も『TRAVELS』は大好きです。
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