アブソリュート・エゴ・レビュー

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Crosswinds

2015-03-09 21:31:58 | 音楽
『Crosswinds』 Billy Cobham   ☆☆☆☆☆

 マハヴィシュヌ・オーケストラにハマり、ビリー・コブハムのドラムがあまりに気持ちよいのでソロ・アルバムにも手を伸ばした。初期の三作『Spectrum』『Crosswinds』『Total Eclipse』を聴いたが、どれも甲乙つけがたい充実した出来だ。ビリー・コブハムを聴いてみようという人はどれから入っても満足できると思う。しかしアルバムの雰囲気はそれぞれ微妙に違うので、今日は二作目の『Crosswinds』を取り上げてご紹介したい。

 最初に断っておくと、コブハムのソロ作にはマハヴィシュヌ・オーケストラのあの呪術的、異教的なムードはない。かといってもちろんお洒落な都会的フュージョンでもなく、まあいってみればファンク寄りのジャズ・ロックである。ハービー・ハンコックのブラック・ファンク系の諸作を思い浮かべてもらえば良いと思う。ただしソロも後期になると本格的にファンク路線になっていくらしいが、この初期三作あたりはファンクっぽいジャズ・ロック、もしくはクロスオーヴァーというのが適当だろう。

 雰囲気は微妙に違うと書いたが、この『Crosswinds』の特徴はアルバム・タイトルとジャケットのイメージ通り、雄大な大自然の息吹を感じさせるオーガニックなサウンドである。このアルバムに耳を傾けていると、吹き抜けていく風と雲と草原のイメージが脳裏に広がる。個々のトラックは激しかったり静かだったり色々だが、全体のトーンとしてはソロ三作の中もっともしっとりと抒情的だ。加えて、私はこの音から大自然の中にひとり立った時の寂寥感、孤独感のようなものを強く感じる。そういう意味では、明るいとかエネルギッシュとかいうより、どこか翳りを感じさせるアルバムだ。

 構成も特徴的で、全7曲中最初の4曲が組曲「Spanish Moss」となる。4曲はそれぞれ「A Sound Portrait: Spanish Moss」「A Sound Portrait: Savannah the Serene」「A Sound Portrait: Storm」「A Sound Portrait: Flash Flood」と題されていて、つまり、それぞれスパニッシュ・モス(サルオガセモドキともいう、アメリカ南部から中南米の風景に特徴的な植物)、大草原、嵐、洪水、のサウンドスケープである。1曲目は雄大な自然と熱帯的な空気を感じさせるジャズ・ファンク、2曲目は静かで抒情的な曲、3曲目は文字通り嵐の到来を思わせる不穏なドラム・ソロをフィーチャーし、4曲目でまたアップテンポなファンクに戻るという具合に、変化をつけている。4曲目はドラムにパーカッションを重ねているようにも聴こえるが、一体どうやって演奏しているんだろうか。とにかくすごいことになっている。この組曲がアルバムのイメージを決定づけていることは言うまでもない。

 それに続いて、「The Pleasant Pheasant」はタイトな演奏がウリの熱いファンク曲。途中で聴けるコブハムのスネア技は常軌を逸している。瞑想的なエレクトロニクスから始まる「Heather」はスローテンポなけだるい曲で、ウッドベースとエレピ、サックス、と徐々に音が厚くなっていき、えもいわれぬ哀感を漂わせる。コブハムのドラムはおとなしい。ラストの「Crosswinds」は再びホーン入りのファンク曲だが、これも、ドラムは派手に叩くというより渋いサポートに徹している。最後にどかーんと弾けて欲しかった、と思わないでもない。

 とはいえ、アルバムを通してコブハムのドラミングを心ゆくまで堪能できることは間違いない。マハヴィシュヌのところでも書いた通り、コブハムの小刻みかつ正確なドラミングはまったく快感のきわみだ。気持ちよさのツボを押さえた独特の譜割りで、繊細に、かつ力強くビシビシ決めてくる。加えて、このアルバムではしっとりした叙情性も聴きどころになっている。叙情性と快感ドラムの合わせ技、これが本作の特徴と言っていいだろう。ちなみにコブハム以外の参加プレイヤーは、ランディ・ブレッカー(tp,el-tp)、ガーネット・ブラウン(tb)、マイケル・ブレッカー(sop,ts,fl)、ジョージ・デューク(el-p)、ジョン・アバークロンビー(g)、ジョニー・ウィリアムス(b,el-b)、リー・パストーラ(perc)。

 パワフルな演奏がたっぷり詰まっていながら、どこか寂寥感と哀愁を漂わせた不思議なアルバムだ。



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