アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

華麗なる一族

2007-05-08 19:52:50 | 
『華麗なる一族(上・中・下)』 山崎豊子   ☆☆☆☆★

 木村拓哉主演ドラマの原作だが、ドラマは未見。ドラマでは息子の鉄平が主役になっているらしいが、原作では親父の万俵大介が主人公。自分の企業的野心のために権謀術数を弄し、息子すら切り捨てていく冷酷な銀行頭取。『白い巨塔』と同じくピカレスク・ロマンと言っていいと思うが、万俵大介の方が財前より年配ですでに権力の座にある分、より老獪かつ強大である。銀髪の貴族的風貌でありながら、家では愛人と妻を一晩おきに抱くという異常な私生活を送っている。

 物語に登場するのは銀行頭取や専務、政治家、官僚などのエリート達ばかりで、いわゆる庶民的なキャラクターはほとんど登場せず、だから私などが読んでいても全然生活感を感じない。彼らの生活や関心事はまったく私のそれとは異なっており、だから別世界を舞台とした虚構の印象が強い。『白い巨塔』でもそうだったが、この小説の登場人物達はいかにして権力を得るか、いかにしてちょっとでも社会の階段における自分の地位を上げるかということに命をかけている。とにかくそれを中心にすべてが回るのである。そんなことばっかりやってたらストレスで胃が痛くなるんじゃないか、そこまでして出世しなくてもいいんじゃないかとも思うが、エリートにはエリートの人生観があるのだろう。肉親の結婚もとにかく閨閥作りを最優先にして相手が選択される。うーん、本当にこんな人々がいるのだろうか。

 それからまた、本書のメインプロットは万俵大介と息子の鉄平の闘いだが、肉親同士の冷酷な戦い、そしてその結果としての悲劇ということで、何となくギリシャ悲劇とかシェークスピアの悲劇を連想させる。先に書いたようにエリート達の別世界が舞台なので、余計にそういう印象がある。荘厳な物語である。

 鉄平はこの原作では男っぽくて顔が浅黒い、眉が太い、毛深いなどと書かれているのであまり木村拓哉のイメージではない。彼は大介と対照的なモノづくりを愛する理想家として描かれているが、惜しいのは企業家としての逞しさをそれほど感じさせず、大介との闘いがほとんど一方的なゲームになってしまっていることだ。鉄平が父の大介をたまに脅かすぐらいの器量を見せてくれたら、もっと緊迫感が増し、話が面白くなったと思う。

 それから物語の序盤は、鉄平よりむしろ弟の銀平の方が印象が強い。虚無的なプレイボーイでマザコンという、これもなかなか面白いキャラクターだ。けれども後半、鉄平vs大介の闘いがヒートアップしてくるとともにあまり活躍しなくなる。これだったら鉄平の存在感を増すために、序盤に鉄平の凄さを示すようなエピソードを配置した方が良かったのではないだろうか。なんとなく、鉄平と銀平の比重が途中で入れ替わったような印象がある。

 それにしてもこの熾烈で荘重な物語がどう決着するかと思っていたら、見事な結末だった。理想家の鉄平は滅び、冷酷な策謀家の大介が勝利する。しかし自分の実子ではないという疑いから鉄平に冷たかった大介は、自分のこの思い込みが間違っていたことを知り衝撃を受ける。人間的器量からして一族の後継者にもっともふさわしかった鉄平を、父親である自らの手で葬ってしまったという強烈なしっぺ返し。そして更に、それほどの犠牲を払ってなしえた銀行の合併が、単なる一時的な栄光でしかないという残酷な暗示。大介もまた、更なる権力者の手によって「食うために太らされた豚」でしかなかったという真実。いやー、こりゃたまらんね。

 ラストシーン、豪邸の中で夕食をとる大介、妻、愛人の寒々とした光景で小説は終わる。全体の出来としては『白い巨塔』に一歩譲ると思うが、このエンディングの素晴らしさで三割増しである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿