アブソリュート・エゴ・レビュー

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酔いどれ天使

2008-05-05 22:37:08 | 映画
『酔いどれ天使』 黒澤明監督   ☆☆☆☆★

 Criterionの『Drunken Angel』を購入して鑑賞。久しぶりに観たが前観た時より良かった。黒澤明と三船敏郎が初めてタッグを組んだ作品、三船敏郎の初主演作、そして黒澤明が最初に黒澤スタイルを完成させたとされる記念碑的作品である。『七人の侍』『生きる』のような最高傑作群と比べると小粒感はあるが、小粒でもキラリと光る魅力ある作品であることは間違いない。

 とにかく肺病病みのヤクザ・松永を演じる三船敏郎の存在感が凄い。眼光の鋭さがハンパじゃない。白いスーツをびしっときて、戦後の活気に溢れた市場をゆっくりと歩いていく場面なんかオーラが出まくっていて惚れ惚れする。まるで虎のような猛獣がけだるく歩いているような迫力なのである。花を一輪取って胸ポケットにさすなんてキザな動作がキザに見えない。いきがってアル中の医者を殴ったりする乱暴さと同時に、病気を恐怖する繊細さ、べろべろに酔っ払わないと医者に診てくれとも頼めない弱さ、人間くささが完璧に表現される。そして後半、結核でやつれ、頬がこけて血を吐いたりし始めると今度は息を呑むような凄愴さを漂わせる。親分のところへ行って見放され、岡田との対決に至るシークエンスでは狂気すら漂わせる。セリフを喋ると「大根役者なんじゃ?」と思わせるが、眼光や存在感そのもので説得力を持たせてしまう。やはりすごい役者だ。そしてどれほど凄んだり暴れたりしても、どこか愛すべきところがある。観客はこの松永というヤクザがだんだん好きになっていくのである。

 もう一人の主人公、酔いどれ医者の真田を演じる志村喬は、口が悪くてアル中という人間臭い役は魅力的だが、口調が一本調子なのが惜しい。他の出演作と比べるとあまりいい演技をしているとは思えない。「フン!」がやたら耳につく。「口が悪い」というのをちょっと大げさにやってしまった感じだ。しかし薬用アルコールを水で割って呑んでしまう場面はお約束だけれどもおかしい。それにヤクザに向かって「馬鹿みたいに突っ立ってないで洗面器に水入れて持って来い」「おいデブ、氷と氷嚢買って来い」などと言いたい放題。すごい医者だ。

 それから終戦直後の、貧乏ながら猥雑な活気に溢れた町の雰囲気もこの作品の魅力となっている。ダンスホールやバーがあり、一方では腐った沼やあばら家のような木造家屋がある。その中を肩で風を切って歩くヤクザたち。そしてこの風景の中にたたずむ三船敏郎の絵になること。ところでダンスホールで変な女が「ワオーワオー!」なんていって振りつきで歌うシーンがあり、『ジャングル・ブギ』とか言うらしいが、あれにはちょっと引いた。

 結局松永は死んでしまい、エピローグで松永に惚れていた女給(千石規子)と真田医師が会話を交わす。真田はあいつは結局けだものだったと言い、女は違うと言う。真田も松永を好きだったのだが、だからこそ彼を殺してしまった彼の中の「ヤクザ性」が許せないのである。そして最後に、それまでに一度だけ登場していた結核と戦うセーラー服の少女が現れる。彼女の結核はだんだん良くなっている。この少女は猥雑な映画の中にあって非現実的なまでに美しく、無垢であり、黒澤特有のシンボリックな存在であることは明らかだ。映画は真田と少女があんみつを食べにいくところで終わる。松永の悲劇のあとに、希望が暗示される。この少女の存在がこの映画を見事に引き締めているが、こういうところも黒澤スタイルの完成を感じさせる。


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