アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

蜜蜂職人

2008-03-25 18:43:09 | 
『蜜蜂職人』 マクサンス・フェルミーヌ   ☆☆☆☆

 再読。本書はフランス人作家の幻想的な小説で、仏のミュラ賞、イタリアのドゥカ賞を受賞したそうだ。

 幻想小説といっても奇怪さや悪夢性を志向するバロック的な小説ではなく、フランス人らしい端整で詩的な、抒情的作品である。帯には「太陽と養蜂によって紡がれる、そこはかとなく美しい物語(レシ)」とあるが、このレシという言葉はこの小説の雰囲気をよく伝えていると思う。あまり長くなく、一つ一つの章が短く(ほとんど1、2ページ)、言葉は簡潔で詩の趣がある。ストーリーといい文体といいムードといい、イタリアの作家アレッサンドロ・パリッコの『絹』に良く似ている。

 美を探し求める夢想家、オーレリアン・ロシュフェールは蜜蜂に魅せられて養蜂を始める。が、うまくいきかけたところで火事のためにご破算になり、彼は夢に見た女性を求めアフリカに旅立つ。そこで夢の女に出会い、砂漠で死にそうになりながらも追い続けて蜜蜂断崖にたどり着く。そこは断崖一面が蜜蜂の巣となった場所で、そこで蜜を採取している部族は彼ら自身蜜蜂のような生活を営んでいる。オーレリアンは彼らに招かれて女王蜂のような女とともに夢のような一夜を過す。翌日には女も部族も消えている。彼らは一年に一度しか姿を現さないのだった。オーレリアンは三年間にわたってアフリカを放浪し、彼らを探すが二度と見つけることはできない。オーレリアンはフランスに帰り、やはり夢想家のエンジニアと組んで蜜蜂断崖をフランスに作ろうと計画する。計画はうまくいき、歴史に残る偉業が達成されたかに見えたが……。

 養蜂というテーマが美のモチーフとして中心にすえられ、流れる黄金の蜂蜜のイメージが全篇を覆っていること、主人公が異国へ旅をし、エキゾチズムが重要なアクセントになっていること、そして神秘的な異国の女性が登場し、主人公を惑わすこと、そして最後には、身近にいた女性こそが黄金であったという発見がなされることなど、驚くほど『絹』と似ている(もちろん『絹』の方では養蜂でなく養蚕、蜂蜜の代わりに「無をつかむような感触の絹」のイメージが作品全体を支えている)。場面場面の描写はリアリズムではなく、様式的、スタイリッシュで、細部は省かれてデフォルメされる。人々は簡潔で詩的なセリフを吐く。断章の連なりで小説が構成される。私はこういう散文詩的な小説は大好きなので、本書もかなり楽しめた。

 もう一つ注目すべき仕掛けとして、本書にはゴッホ(と思われる人物)とアルチュール・ランボー(と思われる人物)が登場する。それぞれの名前は出てこないし、ランボーの方は別の名前になっているが、訳者あとがきに書かれているように明らかにこの二人の分身である。ゴッホの方はオーレリアンに夢の女の肖像画を描いてやり、ランボーの方は砂漠の商人としてオーレリアンを蜜蜂断崖に連れて行く。そして後に再会した時彼は病院で片足を切断されていて、オーレリアンに詩を書いたノートを残して死んでいく。

 作者はこの二人の天才芸術家にオマージュを捧げているのだろうが、夢想家のオーレリアン、冒頭で「彼は美を探し求める人物であった。彼にとって人生というのは、そこを通過する数瞬の純粋な魔術的時間のためにしか生きるに値しないものであった」と定義される主人公の分身、いってみれば実在の例証としての役割も果たしていて、作品世界に深みをもたらしている。全体にふわふわした夢のような話であるこの物語に錨のような、ずっしりした感触を与えている。そしてオーレリアンはこの二人に同じ質問を発するのだが(「あなたは、しあわせでしたか?」「彼はしあわせだったのだろうか?」)、いずれも返事は得られない。

 おとなしく品のいい、地味といえば地味な小説だけれども、個人的には惹かれるものを感じる。この作家の他の作品、『雪』『黒いヴァイオリン』『阿片』といった小説も読んでみたいが、邦訳はされていないようだ。
 


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2 コメント

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探し物 (xenon)
2008-05-07 22:39:39
捜し物をしていて検索をかけていたらコチラのブログが出てきました。

『蜜蜂職人』
なんだか不思議そうな面白そうなお話ですね。普通に書店に並んでいるのだろうか?今度探してみましょう。


プロフィール欄の特技に、コロッケを同じ大きさに丸める…とありましたが、最初見たときに趣味と勘違いをして、変わった人だなぁ!と思わず笑ってしまいました。ゴメンナサイ。


料理人なのでしょうか?
また改めてゆっくり覗きに参ります。


突然の書き込みお許しください。
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こんにちは (ego_dance)
2008-05-08 10:18:50
xenonさん、いらっしゃい。たくさんコメントをいただけて嬉しいです。

料理人ではなくて、システムエンジニアなんです。料理はヘタですが、コロッケを丸めるのは得意です。他は、スパゲティ・カルボナーラぐらいでしょうか。

ところで探し物は見つかったのでしょうか。
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