アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ヘンリー八世の六人の妻

2008-03-27 17:25:16 | 音楽
『ヘンリー八世の六人の妻』 リック・ウェイクマン   ☆☆☆☆★

 イエスのキーボード奏者、リック・ウェイクマンの初ソロ・アルバム。1973年発表。イエスの方はちょうど『危機』発表直後で、要するに最高最大の音楽的ピークを迎えていた時期だ。同じ頃に発表され、ジョン・アンダーソンを除くすべてのイエスのメンバーも参加したこのリックのソロも悪かろうはずがなく、リックの華麗な才能をこれでもかと見せつける充実した出来になっている。

 リック・ウェイクマンといえばこの次の作品である『地底探検』が一番有名で売れたようだが、私はあんな大げさで退屈な作品のどこがいいのかさっぱり分からない。ロンドン交響楽団と共演したライブ作品だが、時代がかったナレーションや大仰で古臭いヴォーカルが入っていてうんざりするし、肝心のリックのプレイはムーグやメロトロンが時々入っている程度。正直、聴くに堪えない。英メロディ・メイカー紙の一位になったそうだが、冗談としか思えない。

 それに比べてこの『ヘンリー八世』は今聴いても古びていない。まず大げさで余計なオーケストラが入っておらず、ひたすらリックが弾きまくるキーボードが聴けるのがいい。それから余計なヴォーカルが入っていない。要所要所で女性コーラスが使われているだけだ。楽器奏者のソロ作品ではどういうわけか中途半端なヴォーカリストを連れてきて歌わせることが多いが、私はあれが嫌いで、そんなんだったらインストで押し通して欲しいと思ってしまう。あれはやっぱり歌が入ってないと売れない、というような思惑があるのだろうか。何かの音楽雑誌に書いてあったが、楽器奏者がソロを作る時悩ましいのはヴォーカルだ、なぜならすごいヴォーカルを連れてくると誰のソロか分からなくなるし、かといってしょぼいヴォーカルだとアルバムそのものがつまらなくなってしまう、そうだ。まあインストのアルバムは売れないというような当時の音楽事情もあったのだろう。今となっては理解に苦しむ話だ。

 イエスのキーボーディストといえばパトリック・モラーツも有名で、ソロ作の『ザ・ストーリー・オブ・アイ』なんか評価が高いが、あれもあのどうでもいいようなぬるいヴォーカルさえなければと思ってしまう。まあとにかく、この『ヘンリー八世』にはしょぼいヴォーカルが入ってない。それだけでも大拍手である。そのかわり、ありとあらゆるキーボードをとっかえひっかえして弾きまくるリックのクラシカルかつロック的なプレイを心ゆくまで堪能できる。インスト奏者のソロはこうでなくちゃ。
 
 ヘンリー八世の6人の妻の名前がそれぞれの曲のタイトルになっていて、私はよく知らないが曲想もそれぞれの女性をイメージしてあるらしい。クラシカルなピアノとオルガンの掛け合い、ムーグ、メロトロン、女性コーラス、そしてバンド演奏とめまぐるしく曲想が変化する非常にかっこいい「アラゴンのキャサリン」、オルガン・ソロがたっぷりフィーチャーされたノリノリの「クレーヴのアン」、しっとりした美メロをピアノとメロトロンで聴かせる「キャサリン・ハワード」、パイプ・オルガンの荘厳な響き「ジェーン・シームーア」、メランコリックな美しいピアノで始まってシンセサイザーのソロへと展開し、再び美しく哀愁を帯びたピアノと女性コーラスで締めくくられる「アン・ブーリン」、そしてオルガンの早弾き、ピアノ、ムーグのソロと何でもぶち込んで陽性に展開する「キャサリン・パー」。とにかくどの曲も構成が複雑で展開がめまぐるしい。鍵盤の上をものすごいスピードで、しかも流麗に駆け巡るリックの手さばきが目に浮かぶような曲ばかりだ。もちろん、リックのヨーロピアンな陰りを帯びた美旋律もたっぷり味わえる。私はとにかくリックのピアノが好きなので、「アラゴンのキャサリン」「キャサリン・ハワード」「アン・ブーリン」あたりがお気に入りだ。

 リックのソロを全部聴いたわけじゃないが、聴いた限りではこれがダントツで一番。リックの魅力が一番凝縮されている。リック・ウェイクマンを聴いてみようという人はとりあえずこれを聴くべきだ。間違っても『地底探検』から入ってはいけない。それから前に書いたように同時期ということもあり、このアルバムは全体の音の感じがなんとなくイエスの『こわれもの』『危機』と似ている。シャープでソリッド、緊張感があり、オルガンの音もザラザラしている。だからそのへんのイエスが好きな人も必聴。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿