アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

リンさんの小さな子

2009-06-02 19:31:56 | 
『リンさんの小さな子』 フィリップ・クローデル   ☆☆☆☆☆

 日本のアマゾンで購入。非常にシンプルな物語で、あっという間に読み終えた。雰囲気は静謐。ストーリーは悼みと哀しみを基調のトーンとしつつ、あくまで繊細に、淡々と進む。内省的で簡潔な文章がとても美しい。

 船で異国にやってきたリンさんと、その国の住人であるバルクさんの穏やかな交流が描かれる。二人は公園で出会う。二人とも相手の話す言葉が分からない。それでも二人は相手に会うのを楽しみに、その公園にやってくる。リンさんはバルクさんにタバコをプレゼントする。バルクさんはリンさんに食事をプレゼントする。時折回想が挿入される。それぞれの過去の痛みと、苦しく辛い中に見え隠れする人生の美しさを、この小説は静かに綴っていく。

 タイトルの「小さな子」とは、リンさんの孫娘である。彼はこの子と一緒に異国にやってきた。そしてどこに行くにもこの子を連れて行く。リンさんの生きがいはこの子を守ること、そして彼女の育った姿を見ることだけ。リンさんがこの子に注ぐ愛情の深さはとても言葉では表せない。読み進むほどに、読者は胸を締めつけられる。そしてそのまま、この物語は驚くべき結末へと突入していく。

 最後に事件が起きた時、なるほどこうなるか、と私は思った。そして、ちょっと安易なのではないだろうかとも。これではお涙頂戴になってしまうんじゃないかと思ったのだ。が、私の読みはまったく甘かった。その直後のことである、この物語唯一の、そして最大の仕掛けが地雷のように爆発したのは。不意打ちである。予想もしていなかった。文字通りめまいに襲われた。「そういうことだったのかあああ!」と久々の大驚愕。そしてそれはこの物語のすべてを変えてしまう。それまで読んできた世界がひっくり返り、すべてのディテールが色合いを変え、はるかに切実な意味を持って立ち上がってくる。すでにお読みになった方はお分かりと思う。そして本を閉じ、もう一度本書の『リンさんの小さな子』というタイトルを目にした時、ほとんど胸が苦しくなるような感動に襲われる。
 
 それにしてもなんという残酷な、しかも美しい物語だろうか。

 この素朴に見える物語は、実は『アフタースクール』並みの巧緻なトリックを装備しているのだった。しかもただ騙すだけでなく、真実が明らかになった時の衝撃が更なる感動で読者を打ちのめす、という点でこっちの方がはるかに上だ。これこそ最上の文学的詐術の一例である。もちろん、どんでん返しだけの小説などではまったくない。静謐な語り、抒情性、祈りのような敬虔な感覚、そして巧緻な文学的詐術が一体となった素晴らしい小説だった。


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