アブソリュート・エゴ・レビュー

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久生十蘭短篇選

2010-07-21 18:06:34 | 
『久生十蘭短篇選』 久生十蘭   ☆☆☆☆

 日本で買って来た久生十蘭の短篇集を読了。なかなか面白かった。久生十蘭は創元推理文庫の「日本探偵小説全集(8) 久生十蘭集」を持っているが、こちらは探偵小説全集という趣旨からか大部分が「顎十郎捕物帖」で、それ以外の短篇はほんのちょっとしか入っていない。渋澤龍彦が「稀代のスタイリスト」と賞賛した作家の本領を充分に感得できたとは言えなかった。その点、本書は戦後の名作と言われる作品をほぼ網羅して収録してある。

 久生十蘭といえば江戸川乱歩的感性を受け継いだ<新青年>作家の一人、という印象があって、創元推理文庫の「久生十蘭集」収録の「湖畔」や「ハムレット」を読んだ限りその印象からそう外れてはいなかった。が、『日本怪奇小説傑作集2』に収録されていた『妖翳記』は実に洒落た作品で、おやと思ったのだけれども、本書を読んで納得できた。この人の作風は日本的に湿った怪奇、耽美というよりは、むしろ明澄で硬質である。

 本書には非常にバラエティ豊かな作品群が採られているが、とりあえず死者が現れたり、生者に干渉したりという幻想譚が多い。この幻想性がまず第一の特徴である。それから後半になって真相が判明する、あるいはそれまでの前提が唐突に覆される、というミステリ性。プロットが知的に仕組まれている。ただし白黒はっきりつけて終わり、というのではない、解釈の余地を残して終わる微妙な多義性を持つ作品も多く、単に腑に落ちて終わる頭でっかちな作風ではないようだ。このあたりはさすがである。

 それからこれも渋澤龍彦がエッセーで書いていたが、この博識っぷりも大きな特徴である。作品の中で着物の柄から美術、食べ物、庭まで、色んな事柄についての詳細な知識が披露されて圧倒される。それも調べて書いたというよりは、趣味人の教養としてこれぐらい当然、という感じで出てくるのである。これが彼の作品に実に豪奢な、典雅な味わいをもたらしている。貧乏くささがない。

 それから硬質な幻想性や知的な仕掛けとともに、ユーモアやほろりとさせる人情味があり、これが意外だった。押しつけがましくなく、淡々としたユーモアである。これが幻想性や巧緻さと融合して、久生十蘭独特の作風を形作っているように思える。その典型ともいえるのが『ユモレスク』である。パリやマルセーユも出てくる洒脱かつトリッキーなプロットで、アンチリアリズム的な人工性が漂うが、「やす」という母親の造形やストーリーにはユーモアとしみじみした人情味がある。それらが溶け合って不思議な味わいを醸し出している。

 もう一つ感じたのは、着想や明晰さにはフランスの幻想小説みたいなところがあるが、ストーリーの流れは日本的で、つまり一直線に核心に至らず、周辺的な細かいエピソードをちりばめながら迂回していく感じがある。これが博識とあいまって優雅さ、品の良さにつながっているが、一方ではある種のアクの弱さにつながっているようにも思う。とはいえ、これが洗練というものかも知れない。

 先に書いたように収録作品はバラエティに富んでいるが、印象に残ったのは先に書いた『ユモレスク』をはじめ幻想的な『黄泉の国から』『予言』、16世紀末ローマのフランシスコ・チェンチとベアトリーチェの逸話を日本を置き換えたという残酷譚『無月物語』、ユーモアとペーソスが強く出た『鶴鍋』、ルードヴィヒ二世を題材にした『泡沫の記』、喋り言葉だけで書かれた『猪鹿蝶』あたりである。世界短篇コンクールで一席を獲得したという『母子像』はそれほどでもなかった。


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