アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

青い虚空

2005-10-06 08:17:22 | 
『青い虚空』 ジェフリー・ディーヴァー   ☆☆☆★

 原題は、The Blue Nowhere。ブルー・ノーウェア。何というかっこいいタイトルだろうか。まずそれに感心した。もし私が今バンドを作るとしたら、バンド名はブルー・ノーウェアで決まりである。
 これはディーヴァーの造語らしい。要するにサイバースペース、ネット世界のことである。本作は悪質なクラッカーと、それを追う刑事と凄腕ハッカーの活躍を描くエンターテインメントである。

 ディーヴァーといえばリンカーン・ライム・シリーズ。以前私も文庫になったやつ、『ボーン・コレクター』とか『コフィン・ダンサー』とか読んでなかなか楽しめたので、今度はリンカーン・ライム・シリーズ以外にも触手を伸ばしてみた。結果は予想通り面白かったが、パターンはほぼ同じだ。ストーリーや全体の印象はリンカーン・ライム・シリーズと良く似ている。冒頭、まず被害者が殺されるシーンから物語が幕を開けるところも同じ。ハリウッド映画的である。

 今回の悪役は「フェイト(phate)」。天才的なクラッカーであり、残忍な殺人者でもある。対するは、刑事とハッカーのコンビ、プラスその他大勢。主人公はハッカーのワイアット・ジレットで、国防省の暗合化ソフトをクラックするプログラムを書いたという容疑で投獄されている。刑事が彼のところへ助けを求めに来ることで物語は動き出す。
 ところでジレットに会いに来る刑事はアンダーソンといって、そこに全然やる気のなさそうなビショップ刑事が同席するのだが、ジレットと組むのはアンダーソンでビショップは悪役かと思っていると実はビショップがもう一方の主役なのである。おいおい、こんなところでフェイントをかけるか、というようなフェイントだった。そしてこの小説はこういうフェイントに満ち満ちている。いわゆるどんでん返しの連続なのだが、どんでん返し率は私が読んだディーヴァー作品中最も高いと思う。実はこいつがあいつだった、と思ったらやっぱり違ってた、と思ったら実は……とそんなことばっかりなのである。

 しかしどんでん返しというのは難しいもので、やり過ぎると話が軽くなるし、だんだんどうでも良くなってくる。本書もちょっとやり過ぎか、という域に片足突っ込んでいるが、ギリギリ許容範囲だった。

 それにしてもこのディーヴァーという人は、主人公のプロフェッショナルな仕事振りで読者を圧倒するのが好きらしい。リンカーン・ライムも科学捜査の凄さで驚かせてくれるが、本書はコンピューターやネット、ハッキングの知識をてんこ盛りにして読者を圧倒する。私はシステム・エンジニアなので、読んでいて「これはちょっと違うかな」と思うところもあったが、まあ些細なことで、物語の面白さを損なうほどではない。全然知らなかったハッカーの生態なども書かれていて、そういうところは非常に面白かった。
 
 ちょっと気になったのは、特に最初の方だが、会話にコンピューター用語が出るたびに登場人物が(知識のない刑事に説明するという形で)解説を入れる。読者についてきてもらうために仕方がないのだろうが、いちいち解説が入るのがどうもわざとらしく感じた。でもそういう意味では、コンピューターやネットの知識がない読者にも親切に書かれていると思う。

 それにしても、現実にはトラップドア(本書に出てくる、フェイトの魔法の杖ともいえるプログラム)のようなプログラムは存在しないし、このフェイトのようなクラッカーはあり得ないと思うが、将来はどうなるか分からない。この本を読むと、ネットを支配するものは世界は支配するという時代が来つつあると感じる。決して錯覚ではない。家電だってもうすぐインターネットに接続するようになるのだ。そのうち、コンピューター・ウィルスが文字通り人間の生死にかかわるようになるだろう。
 これまでハッカーを描いた小説と言えばネット犯罪の話が多かったと思うが、この小説では文字通り「キーボードで人を殺す」クラッカーが跳梁する。実際、銃を持った殺し屋なんかよりよっぽど恐ろしい。警察の人事情報を読み取り、帳簿を改竄し、犯罪記録を捏造し、架空の人物を作り出し、停電を起こし、人がかけている電話を好きなところにつなぎ、患者への投薬指示まで書き換えてしまう。もはや神の如き存在である。

 しかしこういう題材というのは作家は扱いにくいと思う。すぐに古びてしまうからだ。本書は2002年刊行のようだが、もうちょっと後だったらスパイウェアやP2Pソフトあたりも登場していたかも知れないし、そうしたらもっと面白かったかも知れないが、この手の小説はそういうことを言い出すときりがない。とりあえず本書の面白さに不足はない。時間を忘れてサクサク読めるエンターテインメントである。

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