ミサイル駆逐艦ラッセンに乗船。ラッセンが停泊してるのはアメリカ軍の9号パースです。ちなみに、ラッセンの名前の由来は人名から。
「クライド•エヴェレット•ラッセン(1942-1994)フロリダ州フォートマイヤーズ出身。ベトナム戦争で撃墜された飛行士2名を勇敢に救助し、米国連邦議会の名誉勲章を受賞した。
1968年6月19日、UH-2 シー•スプライトを操縦する27歳だったラッセン大尉は、北ベトナム領土内の奥地で撃墜された米海軍ヘリの飛行士2名の救助に乗り出した。ラッセン大尉はパイロット達が隠れていた丘陵地帯に到着し、何度も救出を試みたが、鬱蒼とした森や、敵からの襲撃、不十分な照明が妨げとなった。しかし、任務遂行の意を決したラッセン大尉は、自分の位置が探知される危険を顧みず着陸灯を点けた。損傷したヘリに飛行士達を乗せ、燃料が極度に少ない危険な状態で離陸した。そして対空射撃を避けながらヘリを無事に米海軍ミサイル誘導駆逐艦に着陸させた。帰艦した際、飛行可能燃料はわずか5分程度分しか残っていなかった。
この救助活動は、成功した通常の捜索救助任務として記録されているが、第7戦闘ヘリコプター分連隊本部では、ベトナム戦での1968年6月19日の救助任務は生還した最も勇敢な飛行功績の一つであったと常に称賛されることであろう。
ラッセン大尉は、ベトナムでの勇気ある行動が認められ米軍連邦議会の名誉勲章を受賞した最初の米軍飛行士であり、5人目の米海軍兵士である。」って書いたパネルがあった。

歴史「イージス駆逐艦ラッセンは、ミシシッピ州パスカグラで建造され、1999年進水後、2001年4月、フロリダ州タンパにて就役した。カリフォルニア州サンディエゴから処女航海に発ち、2005年9月に前方配備となった初のフライト2A搭載ミサイル駆逐艦である。それ以来、ラッセンは神奈川県横須賀市を拠点としながら西太平洋地域全体に前方展開している。
ラッセンは第7艦隊の作戦の迅速性に適しているため、韓国、オーストラリア、インド、タイ、ロシア、中国、日本など数多くの多国間演習に参加してきた。これらの演習は相互間の国家及び海軍の防衛能力や相互運用能力を高めた。
近年、ラッセンはロシア、中国、東ティモール、インドネシア、インド、ベトナムなどへの歴史的寄港を果たした。また、米国を代表し、オーストラリアでの珊瑚海海戦65周年記念式典や日米同盟50周年記念式典を開催した。
ラッセンの訓練は、実際の多くの作戦においてその真価が問われてきた。パキスタン、ロシア、中国、北朝鮮の艦船と公海上で交流を持ち、また武器不拡散、海難救助、回収、航海の自由、戦闘護衛作戦にその力を誇示してきた。ラッセンは「勇気が命を守る」という艦のモットーを忠実に守り続けている」こちらも説明板より。
自衛隊の埠頭より、米海軍の埠頭の方がドッグらしいなあ…。

ああっ!あれは1月に軍港めぐりをした時に遠くに見えてたクレーンじゃないのか?
アメリカ軍空母ジョージ•ワシントン(2011年2月20日)の記事
確か、大きな方がYOKOZUNAで少し小さい方がOOZEKIって名前のついてるクレーン。違うか?

ラッセンの前方へ行ってみた。
「クライド•エヴェレット•ラッセン(1942-1994)フロリダ州フォートマイヤーズ出身。ベトナム戦争で撃墜された飛行士2名を勇敢に救助し、米国連邦議会の名誉勲章を受賞した。
1968年6月19日、UH-2 シー•スプライトを操縦する27歳だったラッセン大尉は、北ベトナム領土内の奥地で撃墜された米海軍ヘリの飛行士2名の救助に乗り出した。ラッセン大尉はパイロット達が隠れていた丘陵地帯に到着し、何度も救出を試みたが、鬱蒼とした森や、敵からの襲撃、不十分な照明が妨げとなった。しかし、任務遂行の意を決したラッセン大尉は、自分の位置が探知される危険を顧みず着陸灯を点けた。損傷したヘリに飛行士達を乗せ、燃料が極度に少ない危険な状態で離陸した。そして対空射撃を避けながらヘリを無事に米海軍ミサイル誘導駆逐艦に着陸させた。帰艦した際、飛行可能燃料はわずか5分程度分しか残っていなかった。
この救助活動は、成功した通常の捜索救助任務として記録されているが、第7戦闘ヘリコプター分連隊本部では、ベトナム戦での1968年6月19日の救助任務は生還した最も勇敢な飛行功績の一つであったと常に称賛されることであろう。
ラッセン大尉は、ベトナムでの勇気ある行動が認められ米軍連邦議会の名誉勲章を受賞した最初の米軍飛行士であり、5人目の米海軍兵士である。」って書いたパネルがあった。


歴史「イージス駆逐艦ラッセンは、ミシシッピ州パスカグラで建造され、1999年進水後、2001年4月、フロリダ州タンパにて就役した。カリフォルニア州サンディエゴから処女航海に発ち、2005年9月に前方配備となった初のフライト2A搭載ミサイル駆逐艦である。それ以来、ラッセンは神奈川県横須賀市を拠点としながら西太平洋地域全体に前方展開している。
ラッセンは第7艦隊の作戦の迅速性に適しているため、韓国、オーストラリア、インド、タイ、ロシア、中国、日本など数多くの多国間演習に参加してきた。これらの演習は相互間の国家及び海軍の防衛能力や相互運用能力を高めた。
近年、ラッセンはロシア、中国、東ティモール、インドネシア、インド、ベトナムなどへの歴史的寄港を果たした。また、米国を代表し、オーストラリアでの珊瑚海海戦65周年記念式典や日米同盟50周年記念式典を開催した。
ラッセンの訓練は、実際の多くの作戦においてその真価が問われてきた。パキスタン、ロシア、中国、北朝鮮の艦船と公海上で交流を持ち、また武器不拡散、海難救助、回収、航海の自由、戦闘護衛作戦にその力を誇示してきた。ラッセンは「勇気が命を守る」という艦のモットーを忠実に守り続けている」こちらも説明板より。


ああっ!あれは1月に軍港めぐりをした時に遠くに見えてたクレーンじゃないのか?
アメリカ軍空母ジョージ•ワシントン(2011年2月20日)の記事
確か、大きな方がYOKOZUNAで少し小さい方がOOZEKIって名前のついてるクレーン。違うか?

ラッセンの前方へ行ってみた。
