Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

バングラディッシュのテロ事件-援助国での国際援助関係者の在り方

2016年07月05日 | 国際協力・プロジェクト

7月3日のブログ、
バングラディッシュのテロ事件-ODAの軍事関連供与決定がテロリストを刺激していることはないか
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/39e7ab643c63cf63dc28a9231659bb45

で、私は 

「もしかしたら日本人、特にJICA、日本政府関係者として狙われたということはなかったのだろうか?」
と、正直に言うと私は思ってしまいました。  

と書きました。
これは、今でもその可能性はあると思っていますが(ODA関係者が『軍事協力者』と同一視されてしまう場合もあると思うから。少なくとも、海外滞在者や出張者にはそのイメージだけでも危険)、ただしこの記事を書いた時点では、今回の実行犯を

イスラム過激派のテロ容疑者-実体と報道
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/4e556e2d55e575523db3366cd7e1f2da
 で書いたようなテロリストと想定して書きました。 

しかし、実際、今回の犯人たちは、「海外に留学したこともあるような裕福層の若者」と言われています。そうなると、 

「ODAの軍事関与云々の前に、富裕国との生活と自国のギャップを感じ、西側諸国から搾取されていると感じ、西側に向けての憎しみが強くなったグループの犯行か?」
とも思えてきます。 

もう30年以上前になりますが、国際協力機関で東南アジアの某国に駐在員として滞在していた知人S氏は、現地では現地の人と同じ目線で、自転車を移動に使っていました。これはうろ覚えですが、通勤もおそらくそうだったのだと思います。 

しかし、そこの日本人会に、「日本人なのに(現地の人と同じように)自転車を足に使うなんて!」と非難され、自転車ではなく、運転手付きで自動車(運転手付き)を使うことにならなくなってしまったとのことで、この話を友人から聞いた私は、S氏を非難した日本人会を軽蔑し、S氏に同情しました。 

しかし、この「日本人なのに自転車を使うなんて!」という非難が、現地人を下げずむニュアンスでは必ずしもなかった、というのを7,8年前に現地でのことを覚えていたA氏と話していた時に知りました。 

「途上国で仕事をさせてもらっているのだから、なるべく現地にお金を落とすべき。
もちろん、「日本人としての品位」と言う人もいたし、実際ある程度の地位の人が現地の庶民と同じようなことをするのが良いかと言えば、そうとも思えない。
現地の人と同じ目線というが、これは『自己満足』のようなものではないか」
そう彼は言いました。

(確かに、東南アジアの別の国に赴任していた元上司B氏などでも、「運転手さんやメイドさんのお給料はこの国の相場だと10000円以下(※これは80年代の話)。本当は運転や家事くらい自分でできるし、家に使用人がいつもいるのは疲れるんだけど・・・でも、彼らを雇う事も貢献。」というようなことも言っていた人もいました。) 

このA氏の意見、それを聞いても、S氏の「現地の人目線の行動」を非難する気にはなりませんでしたが、そうであっても彼の話に私は納得しました。
(S氏の行動は事件に巻き込まれるという危険もありました。80年代は今ほど危険ではなかったとはいえ。) 

しかし、貧しい途上国において、「あなたの国に貢献する」と言いながらやってきた外国人が優雅な生活をしているのを快く思わない人は今も昔も少なくないのではないでしょうか。 

外国人に雇用してもらったり、商品を買ってもらったり、何か支援してもらったりする人達や、小さい頃からその光景を「当たり前のもの」と受け取り、疑問も持つきっかけもなかった人達の場合は、何も問題がないと思います。 

反対に、自国から出て先進国に留学and/or旅行した経験がある人には、自国が搾取されている気持になる人が出てきても不思議はない気がします。

特に、そうした人達のなかで自国で職につけなかったりする若者に、(国際協力関係者以外であっても)先進国外国人に逆恨み的な見方をする人がいるかもしれません。

今回の事故の被害者の方々は、日本人他イタリア人、アメリカに留学していたアメリカ人など。 

今回の事件の真相はまだ完全に明かされていませんが、「イスラム過激派が起こした事件」と片づけてしまうだけなのは、間違いの様な気がします。 

こちらの記事も参考まで。 

ハフィントンポスト(2016年7月5日)
「援助したのになぜ狙われるのか」ではなく、「援助したからこそ狙われた」という発想転換を
http://www.huffingtonpost.jp/yoko-kuroiwa/bangladesh_support_b_10798124.html?utm_hp_ref=japan 

(前略) 

援助機関が多く入れば、超格差社会ができあがる。本部採用の国連職員の給料は、米国の外交官の給料を基準にし、赴任先の物価に応じた額が支給される。例えばヨルダンの国連職員なら、手取りで少なくとも月70-80万円。ナイロビなら60-70万円もらう。地元住民の10倍以上である。 

多くの場合、国連は援助プラグラムを組んで、実際の支援活動は欧米のNGOに任せるため、国連機関が増えれば、その分、NGOの数も増える。そして、これらNGO職員の給料も、日本のNPOとは比べ物にならないくらい高い。 

さらにJICAなど、欧米各国には政府系援助機関があり、その家族も含めれば、数千、数万人単位の大金持ちコミュニティーができあがるのである。これはヨルダン人にとっては、千載一遇のビジネスチャンスであり、その人たち向けの高級モールができ、レストランができ、年間の学費が300万円するインターナショナルスクールができる。 

東京に置き換えるとすれば、世田谷区の一角に、毎月300万円稼ぐ外国人数千人のコミュニティーが出来上がるようなものである。年収200万円にも満たない人からしたら、「俺たち日本人がこんなにヒーヒーいってんのに、俺たちを助けに来るといいながら、何贅沢な暮らししてんだ」と感じる人もいるかもしれない。 

私はケニアで、1年間、ダダーブという難民キャンプの国連機関で働いていた。そこの国連機関の職員は、インターナショナルスタッフと呼ばれる本部採用組、ローカルスタッフと呼ばれる現地採用組、そして難民従業員の3つに区分され、月収は、それぞれ、30-100万円、5-30万円、5000-1万円と、組織内で最大200倍の格差があった。難民従業員から「あなたたちはたくさん稼げていいですね」と嫌味を何度言われたことか。 

私は国連職員の給料が高すぎると言いたいのではない。援助をストップしろとも言っていない。ただ、「この国にはたくさんの援助をしてきたのに、なぜ日本人が殺されたのか」というナイーブな問いかけだけは、やめてほしい。逆に「援助をしたから狙われる」という発想転換が必要な時に来ているのかもしれない。次の犠牲者を出さないためにも、問題の本質を問う報道をしてほしいと願うばかりだ。

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