無意識日記
宇多田光 word:i_
 



翻って、『Forevermore』のベースはよく動く。そういや、エレクトリックかアコースティックかもよくわからんな。アップライトでもこんなサウンド出ない? 無理かな。やっぱりエレクトリックベースかな。

イントロのストリングスからのAメロでは登場しないが、そこからクリス・デイヴと一緒にまぁ跳ね回る事跳ね回る事。二番じゃもう耐え切れずにAメロから登場している。いやはや、本当に、こんなにベースが動き回って目立つヒカルの曲は珍しい。

実を言うと、ベースとして何か特別なフレーズを繰り出しているかというと、そんなでもない。フュージョンにシャンソンを合わせて「なんだこれは」と言わせるような特異性がある訳ではなく、極々普通なベースラインだ。コードから極端に離れる事もない。

しかし、それこそがいいのである。オーソドックスで、気を衒わず、王道を行きながらここまでの高揚感を齎してくれたから嬉しいのだ。つまり、この曲は、「最初聴いた時の驚き」に頼らずとも全く普遍的に魅力が強いのである。何十回何百回聴こうがこの「シリアスウキウキ」感は消える事がない。いつ何時ライブで演奏しても必ず盛り上がる事だろう。ある意味「いざという時のとっておきの曲」を手に入れたのだヒカルは。

このオーソドックスではあるが"強い"ベースラインさえあれば、ヒカルの曲を知らないオーディエンス(残念ながら国内では望むべくもない客層だ)ですら引き込む力を持っている。なんだったらこのベースとドラムを中心にして曲をストレッチしてギターとヴォーカルのアドリブを絡めたジャム・セッションに突入したっていい。ライブなら、次第にオーディエンスは盛り上がっていく。断言しちゃおっかな。

知ってる我々は勿論大いに期待していい。ベースサウンドというのは、ライブでこそその威力を発揮する。ギターの音は大きすぎると耳障りなだけだが、ベースサウンドはデカければデカいほど耳ではなく腹に響く。カラダに訴えかけるのだ。今までのヒカルのライブではその点がやや弱かったのだがこの『Forevermore』を手に入れた今弱点は失せた。もう存分に踊り狂いはしゃぎ回ればいいさ。

逆からいえば、そういうライブ的な魅力を是としない人にとっては『Forevermore』はアップテンポだけどなんかパッとしない地味な曲、みたいに映っているかもしれない。ならまずベースとシンバルを聞いてくださいな。話はそれからだ。

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さて、『Forevermore』はストリングスに始まりドラムスが曲を引っ張ってギターが彩るサウンドだが、宇多田ヒカル的に最も新奇なのはよく動くベースラインである。

宇多田とエレクトリック・ベースは、J-pop(と嘗て呼ばれたジャンル、かな最早)においては珍しい程疎遠であった。兎に角ヒカルはベースを鳴らさない。フルバンド編成の曲ですらベースレスのものがあったほど(『Stay Gold』のスタジオバージョン)。ベースは親の敵なのかと訝る位。例えば亀田誠治プロデュースならこんな事は考えられない。

鳴らしても殆どがルート音のみ、それもバスドラのキックとユニゾンだから大体音を潰される。鳴っているかどうかわからない。鳴っていても「これシンセドラムだから(打撃音に音程を与えられる―トーキングドラムみたいに―)かなぁ?」と錯覚するほどだ。否、ちゃんとベーシストのクレジットあるからっ。

ヒカルはそうやってベースの音を(普通より)間引いておいて空いてしまった低音域をどうするかというと、最初から居るドラムスに更にパーカッションを入れて対応してきたのだ。ベーシストもう既にそこに居るのに…っ! 贅沢というかなんというか、ヒカルのライブでは「ドラマーとパーカッショニストのダブルリズムセクション」が定番となっていた。ベーシストの影はとても薄かった。だってキーボーディストが足で踏んで賄える程度しか音が無いんだもの!(それは言い過ぎ)

恐らく、これはヒカルの曲作りの手順に起因しているのだ。ヒカルはまずリズムパターンをプログラミングする所から始める。超名言『スネアの切なさ』からわかるのは、ヒカルがそのリズムトラックを作るや否や切ないメロディーが現れてくる感覚である。実際にはまずコードを組んで、更にそこからメロディーラインを決定していくのであろうが、ヒカルの場合リズムが出来た時点である意味既に"メロディーが聞こえている"のだ。ちょっと普通じゃない。リズムとメロディーは全く別のもので、組み合わせによってそれぞれに色を変えるものだと我々は思っているが、ヒカルの場合リズムにもうメロディーが"絡みついた"状態で楽曲を生み出すのだ。絡みついているだけに、掘り起こす必要があるが。

普通はリズムとメロディーが別々にあって、その間を取り持つのがベースなのだ。リズム楽器でありつつ、音程を持つ。ドラムスはベースのリズムと呼吸を合わせてグルーヴを作り、ギターはベースのコードに合わせてソロを弾く。そうして"バンド・サウンド"というものが出来上がるのだ。

ヒカルにはそれが必要ない。いや、なかったのだ。リズムパターンからいきなり歌メロだったから。ベースの介在する隙はない。低音を補強しようと思ったら、だから、ひたすら打楽器を増やす方向にしか行かなかったのだ。

それが何故か『Forevermore』ではベースが中央で大活躍しているのだ。その話から又次回。

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