ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん69…広島・鞆の浦 『衣笠』の、鯛づくし膳にかぶと煮

2007年03月29日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内に面した小さな町・鞆の浦は、かつて潮待ちの港だった名残をとどめ、落ち着いた町並みが広がっている。町歩きの前に、体にいいという伝統の「保命酒」の蔵元を訪れて試飲。ついでにおみやげの瓶も買い求め、まだ日が高いうちから酒瓶をぶら下げて町歩きをすることに。町の南端の高台にある福禅寺を目指して、再び古い町並みの中を歩き出すことにした。ここの本堂に隣接する対潮楼には、その名の通り海を見下ろす座敷があり、狭い水路を隔てて目の前に仙酔島が浮かぶ様子が、手に取るように分かる。鞆の浦の春の風物詩といえば、ここで5月に行われている「鞆の浦観光鯛網漁」だ。これは、冬を外洋で過ごして、産卵のために春に瀬戸内海の燧灘周辺に戻ってきた旬の真鯛、通称「桜鯛」を狙って、約380年前から伝わる伝統漁法を再現したものである。仙酔島の砂浜で大漁祈願をした後、漁船が船団を組んで出漁して、親船から降ろされた網を勇ましいかけ声と共に徐々に揚げていくのだが、漁というよりもむしろ祭事という意味合いが強いようだ。見学のための観光船も出ており、網を絞ったところの写真を撮ったり、何と船の上から鯛を買うことまでできるのだとか。

 そんな具合にあれこれと、座敷から海を見ながら鯛のことばかり考えていたら腹が鳴る。おかげで、昼食にはどうしても魚料理が食べたくなってしまった。しかし、時計を見ると13時過ぎ。対潮楼を後にして料理屋を探して街を歩き回ってみたものの、やや時間がずれてしまったせいもあり、どの店も行列だったり、すでにオーダーストップだったりで、なかなか適当な店が見つからない。空腹を抱えて右往左往しているうち、偶然通りかかったのがさっき訪れた保命酒の店だった。先ほど色々説明をして下さった店の方に事情を話すと、鞆の浦で鯛を食べるなら、バス停に近い『衣笠』という店がいい、と勧めてくれた。さらに、わざわざ店へ確認の電話をして頂いた上、「今から行くから、席を空けておいて」と、ありがたいことに予約までしてくれたのだ。

 丁寧にお礼を述べてから店を後にして、来た道をバス停の方へ向かって引き返して、「衣笠」の暖簾をくぐった頃には、時計の針は1時半を回ろうとしていた。遅くなったが、何とか昼御飯を頂けることができてひと安心である。ここは、原漁港のすぐそばにある和食店なだけに、品書きには地元の旬の鮮魚を使った料理が豊富だ。中でも鯛料理の充実には、目を見張るものがある。奮発して頼んだ「鯛づくし膳」は、造り、かぶと煮、ちり蒸し、鯛めしなど、鯛料理がなんと7品勢揃いという豪華さなのに、割安な値段にも驚きである。

 中でも、大きなかぶと煮が運ばれてきたときには思わず感激。箸をあてるだけで、ほろりと実が崩れるほどの柔らかさで、口に運ぶとみりんと醤油でじっくりと煮てあるからこってりと甘辛く、いい味だ。鯛をつまんでいると、さっきは甘い保命酒を頂いたから、今度はきりっとした味わいの普通の酒が飲みたくなった。店の人に聞いたところ、広島の酒処である西条の銘酒「賀茂鶴」があるとのこと。さっそく冷やで1本頼んだら、鯛の頭をつつき、ほじっては、賀茂鶴の冷やをグッと一杯、を繰り返す。特に頬の部分と胸びれの付け根が、よく動いていた部位なだけに身の味が濃くておいしいのだが、どちらも2つずつしかないのが惜しい。

 この日は旅行の最終日で、明日からはまた仕事、仕事の毎日が始まる。鯛の頭を見ていると、仕事先の人達がそれこそ、船団で網を構えて待ちかまえているのをつい思い出してしまう。しかし、おいしい鯛をたらふく食べた上、健康にいい保命酒も飲んだおかげで、ばりばり働く元気が出てきたようである、というのはやはりオーバーだろうか。(9月食記)


旅で出会ったローカルごはん85…広島・鞆の浦 『入江豊三郎商店』の、健康酒・保命酒

2007年03月26日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 福山駅から、沼隈半島の海岸線に沿ってバスに揺られること30分。半島の先端に位置する終点の「鞆の浦」でバスを降りると、すぐ目の前には瀬戸内海、その向こうには緑豊かな仙水島がぽっかりと浮かんでいる様子が見える。鞆の浦はかつて、瀬戸内海を航行する船が潮待ち、風待ちのために停泊したことで栄えた港町だっただけに、古い土塀や蔵が残る商家や、美しい格子がある屋敷など、今でも往時を彷彿させる史跡が町の至るところに残っている。

 バス停から路地を入り、町の中心部へ向けて歩いていくと、沿道には格子戸の家並みが続き、まるでタイムスリップしたような気分になる。その一角に「元祖 保命酒 広島屋」と書かれた年季の入った看板が掛かった、白壁の土蔵がある建物を見つけた。中に入ってみると、仕込み桶や秤など、昔の醸造道具がいくつも並んでいて、中にいた人に聞いてみると、「保命酒のミニ資料館です」とのこと。どうやら酒の醸造所と酒造の資料館を兼ねた施設らしい。

 展示物を見ていたら、「どうぞ、ここでつくったお酒です。試飲してみて下さい」とさっきの人に勧められて、まだ町の散策を始めて間もないというのに、ちょっと一杯頂いてみることにした。すると、とても甘い。それも、日本酒でいう甘口ではなく、まるで甘酒のようなふんわりとした甘味である。そして少しすると、今度は体が熱くなってきた。これもまた、酔いがまわるというのではなく、体の芯がボッと熱くなり、その熱が全身にじわじわと広がっていくような、何とも不思議な感覚である。一体、これは何ですか、と聞いたところ、その名も「保命酒」。江戸時代初期から鞆の浦に伝わる酒とのことだった。町内にいくつかある醸造・販売元の中でも、この「入江豊三郎本店」は明治19年の創業以来、4代続いている老舗という。

 命を保つ酒とは、聞くからに体に良さそうだがそれもそのはず。保命酒は正確には「十六味地黄保命酒」という薬味酒で、地黄、高麗人参、桂皮、丁子など16種類の和漢薬エキスを配合したものを袋詰めして、もち米や麹米でつくった甘口の原酒に浸けてつくられるという。アルコール度数は14度と高いから体が熱くなるのも当然で、そのおかげで血行が促進されて、薬味成分が体の隅々まで浸透するという訳だ。寝る前にオンザロックで飲めば、滋養強壮に効きますよ、との説明にも納得できる。「酒は百薬の長」と言われるが、この保命酒は名実ともに、体に良い酒なのである。

 これはぜひおみやげに買うことにして、資料館の数軒となりにある本店へと足を運んでみた。店頭には普通の瓶入りの保命酒と一緒に、水色をした6角形に入った「やなぎかげ」というのが並んでいる。店の人に違いを聞いてみると、6角形の瓶の方は水中花付きで、飲み終わった後に瓶に水を入れてから、水中花を沈めて部屋に飾ってください、とのこと。もちろん、瓶の中身の酒はどちらも同じだが、瓶の形がとても美しかったので、こちらを2本買い込むことにした。ほかに原酒の酒粕「保命酒の花」も売っていて、これで甘酒や粕汁を作って頂いても健康に良さそうだ。保命酒を試飲したおかげで、心なしか体の調子が良くなってきた、というのはオーバーだが、これから酒瓶を片手にぶら下げて鞆の浦の街を歩くぐらいの元気は出てきたようである。(7月食記)

魚どころの特上ごはん68…松江 『いづも屋』の、蒲焼が3枚のったうなぎ丼

2007年03月23日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 松江の町は2度ほど訪れたことがあるのに、なぜか取材記録や写真が全くない。貧乏性なもので、旅先で店に入った際には取材であろうがなかろうが、品書きや感想をメモしたり、料理や店頭の写真を撮ったり、が当たり前。こんな風に、何時でもどこででも精力的、ある意味無節操に取材活動を展開しているのにもかかわらず、行ったことがある街で記録が何もないのは不思議だ。最初に松江を訪れたのは卒業旅行だったか。当時はまだ、食ライターを志すと決めてなかったからこれはやむなし。次に訪れた時はそういえば「ツレ」が居たような。それなりに気合の入った(?)旅行ゆえ、入った店でちょこまかメモったり、やにわに立ち上がってでっかい一眼レフでストロボをバシッと焚いたり(当時はカメラ付き携帯なんて気の利いたものはなかった)なんてことは、さすがにやらなかったんだろう。それが次第に平気の平左になってきて、そんな自分の無粋さが表面化してきたことが原因で…。

 という訳で、松江の記録がない理由と、ついでに余計なことまで思い出したところで、境港を後にしたバスは定刻に松江駅前に到着した。ホテルへ直行して荷物を置いたら、レンタサイクルで市街へとこぎ出す。 千鳥が羽根を広げたような千鳥破風の屋根が威風堂々と構える 、町のシンボル・松江城。かつては松江藩主の中級武士の屋敷が軒をつらねていた、古い屋敷が集中する塩見縄手。松江藩18万6000石の城下町らしく、しっとりとした風情の町を進むにつれ、記録がないかわりに様々な「記憶」があれこれと甦ってきてどうもいけない。さらにペダルをこぎ進め、宍道湖大橋を渡り、橋の中ほどから宍道湖を眺めながらひと休み。周囲47キロ、水深平均4.8メートル。面積は日本国内で7番目という大きな湖が、市街にすぐ隣接して広がっているのは、日本のほかのどこにもない松江ならではの風景だろう。橋の上からはきらめく湖面、広い空には雲が流れ、広々した風景が気持ちいい。そういえばここで、日本屈指の夕景との呼び声が高い、嫁が島に没する宍道湖の夕日も眺めたような。

 市街散策をしていると、どうも雑念に振り回されてしまうので、そろそろ本筋に立ち返って食い物屋巡りといくことにしよう。そういえばかつて、宍道湖大橋のたもとのウナギ屋で、飯を食ったことがあるのを思い出した。確か野郎3人で、ということは卒業旅行の記憶だからまあいいだろう。橋のたもとから大橋川沿いにややのぼったところだった、『いずも屋』の小ぢんまりした店構えは健在だった。自転車を店頭に置き、のれんをくぐって店内へ。窓際のテーブル席に腰を下ろすと、すぐ外には大橋川が流れ、左手に宍道湖大橋と宍道湖がちらりと見える。品書きによると、うな丼は蒲焼が2切れと3切れで値段が違う仕組みで、上中や松竹梅というランク分けとは違うようだ。注文はもちろん、3切れで。卒業旅行で訪れたとき、どっちを注文したのかは思い出せないが、学生の貧乏旅行だったから押して知るべしか。

 このたび松江にやってきたのは、そんな昔訪れた際の郷愁の数々に浸るためではもちろんなく、俗に「宍道湖七珍」と称される、宍道湖の湖魚料理を味わうのが目的である。宍道湖は大橋川と中海で日本海とつながっているため、淡水と海水の混じった「汽水湖」。各水域で塩分が異なるため、様々な魚種が棲息している。七珍を全部挙げると、スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シジミ、コイ、シラウオの7種で、頭文字をとってスモウアシコシ、つまり「相撲足腰」と覚えるそう。中でも相撲の「ウ」である宍道湖の天然ウナギは、足腰のみなならず全身が締まり歯ごたえがあるため、蒲焼に向いているのだとか。この店では直火でしっかりと焼いたウナギを、先代から引き継がれたタレで仕上げたうな丼が、地元の客を中心に評判が高いという。

 そのうな丼、厚い身の蒲焼が3切れドンとのっており、ご飯が隠れて見えないぐらいのボリュームである。食べてみると厚さの割にはかなりあっさり、さらりと軽いタレも少なめなので、鰻丼特有の重さがなく食が進む。いわば淡白な白身魚丼といった感じか。蒲焼と一緒に、ご飯をばくばくと食べ進めていくと、底のほうからたっぷりのタレが現れた。まるで先に丼にタレを入れて、上から飯をよそったよう。蒲焼を先に食べ進めてしまっても、残ったご飯にこのタレで味がつくから効率的かも知れない。

 さすがは宍道湖産のウナギ、と言いたいところだが、天然物のウナギはよそと同様、宍道湖でも漁獲量が少ない希少な品。数が少ないため市場に出回ることはほとんどなく、大きさや質も揃いづらいから料理屋で仕入れるのも至難の業。食べたいなら前もって店に予約をする必要がある上、値段は養殖の倍はするため、1000円ちょっとの予算で手軽に、という訳にはいかないのが実情である。七珍のひとつだけに松江でも名物にしており、市内でウナギを扱う店は数多いけれど、実際にはほとんどの店が浜名湖や鹿児島などの養殖ウナギを使っているとも言われている。女将さんにこの店のウナギは宍道湖産ですか、と聞いてみたところ、微妙な間の後に「…はい」との返事。

 まあそのへんはあまり深く詮索せずに、 特盛り3切れの蒲焼で満腹満足、雑念からも開放されすっきり元気が出てきた。食後のセルフサービスのコーヒーを頂いて店を後に、今宵訪れる予定の宍道湖七珍の店が始まる時間まで、ホテルに戻ってひと休みしようか。ペダルをこぎ、ホテルがある繁華街の京店界隈まで戻ってくると、松江名産のめのう細工の店を見つけた。気まぐれで覗いてみると、深緑に輝くいい感じの指輪を発見、みやげに家内に買っていくのもいいかも。 …そういえばこの指輪、かつて別の誰かに買ったことがあるような気も…。 (2006年9月25日食記)

魚どころの特上ごはん67…鳥取・境港漁港 『ピアス食堂』の、魚モーニング

2007年03月21日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 さあ、魚どころの街へ出かけよう。おいしい地魚を存分に食べにいこう、という時、店選びは確かに肝心だ。漁港の町の多くは、簡単にぶらりと訪れられないようなところが多いから、せっかく出かけたのに今イチの店なんかにあたったら、もう大変。事前にネットで調べたり、観光協会や市場の関係者に電話をしておすすめの店を挙げてもらったりと、万全の用意をしてから出かける… なんてことは、実はあんまりない。一応はよさげな店の目星をつけてはいくが、いざ現地入りしてしまえば結構行き当たりばったり。ガイドブックにのっている有名店にいくこともあれば、漁師の親父さんや市場のおばちゃんに勧めてもらった店にぶらっと入ることもある。お目当ての店で予定通りの料理を味わうのもいいけど、地元おススメの店で予想外の意外な地魚料理に出会う、というのもまた、楽しいもの。要はあまり当たり外れに固執せず、出くわした店を寛容な精神(?)で楽しんでしまうことが、魚どころの食事処めぐりの極意、というとちょっと大げさか?

 日本海沿岸で有数の水揚げを誇る、境港漁港で出会う地魚といえば、日本随一の水揚げを誇るベニズワイガニか、はたまたアコウやノドグロ、白ハタといった底引き網の獲物だろうか。漁港に隣接する「境港水産物直売センター」の「板倉博商店」で、おみやげの地魚を買ったついでに朝飯にお勧めの店を聞くと、「有名なお店はいくつかあるけれど、まだやってないかな」。時計を見ると9時過ぎと、市街の料理屋の昼の営業が始まる11時には、確かに早すぎる。まあこの時間では仕方ないか、とお礼を伝えて店を後にしようとすると、あとは向こうの事務所が入った建物に、このへんで働く人が飯を食うような食堂があるぐらいかな、と背中で聞こえてきた言葉に思わずグラリ。

 境港に泊まった昨晩訪れた「味処美佐」では、魚にうるさい地元客が通う食事処らしく、素材の旨さを引き出したものからちょっと凝ったものまで、多彩な地魚料理を味わうことができた。こんなごちそうはもちろんうれしいが、同じ土地で何食かとる場合は、ごちそう続きだとちょっと胃袋がくたびれる。ましてや今は遅い朝飯の店探し。そんな時には漁港や市場で働く人御用達の、ざっかけない食堂も魅力的だ。教えられたとおりに漁港の裏手の通りを進み、卸売市場に隣接する流通会館ビルの1階へと足を運ぶ。するといかにも事務所ビルといった感じの一角に、ガラスの扉の小ぢんまりとした店構え。中小企業の事業所の社員食堂というか、とりあえず打ち合わせをできる程度の喫茶スペースといった感じの、実に質素な店である。店頭を隅々まで眺め回して、ようやく見つけた店名は『ピアス食堂』。市場食堂の名にはそぐわない、名前の由来は一体、何なんだろう。

 簡素なテーブルセットが数客並ぶだけの殺風景な店内では、長靴や作業着の親父が2、3組、黙って新聞を見ながらモーニングコーヒーを飲んでいる。市場で働く常連客がいつもの時間にやってきて、いつものメニューでいつも通りひと息。いかにも業務用な感じがまた、市場食堂らしくていい… と言いたいところだが、壁に掲げられたメニューにはカレーや丼物、麺類が並ぶものの「魚」とか「刺身」とかの文字が見当たらない。出している料理は軽食や喫茶が中心、魚料理は定食メニューのひとつ程度と、観光客や買い物客向けの店じゃないからか売りにしていないようだ。働く人御用達の店なのはいいが、魚料理が全然ないのでは魚市場の近くで飯を喰う意味がない。と、カウンターの方へと目をやったところ、「魚モーニング」なる特別メニューを発見してひと安心。

 魚でモーニングとはさすがは魚処、トーストにコーヒーにゆで卵のノリで、ご飯に味噌汁と焼き魚、ってことか。これは日替わりの魚料理がおかずになった、午前中限定のメニューで、本日の魚は焼きサバとある。サバは、さっき巻き網の水揚げや荷捌き場で見た、れっきとした境港の地魚。盆の上には焼きサバとともにごはんと味噌汁、焼き海苔と、定番の朝ごはんの定食らしい。寝坊したとはいえ、漁港や市場をあちこち歩き回ったから結構腹が減っており、焼きサバをおかずに飯がどんどんと進む。大衆魚であるサバとはいえ、そこは水揚げ港すぐそばの食堂の料理。身は丸々と厚く柔らか、脂もたっぷりのっていて、地魚の底力を充分満喫できる味である。

 サバといえば昨日の「味処美佐」では、サバの香草焼きなんて創作料理も頂いた。今朝は市場のおばちゃん推薦(は別にしてないか?)のぶらりと入った店で、シンプルな焼きサバの定食で朝ごはん。地元評判の料亭と市場食堂とで、サバ料理の食べ比べが楽しめたというのも、考えてみたら何だか面白い。モーニングらしく、ちょっと割安な食後のコーヒーを頂きながら、境港のお魚取材は締めくくりとなった。インスタントでない、サイフォンのうまいコーヒーを食後に飲んでいると、「10時より××××」と入札開始のアナウンスが響いてきたのもまた、業務用の食堂らしいか。(2006年9月25日食記)

魚どころの特上ごはん66…鳥取 『境港水産物直売センター』の、ノドグロにアコウなど地魚あれこれ

2007年03月19日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 山陰屈指、いや日本でも有数の水揚げ量を誇る漁港だけあり、境港漁港の朝は実に早い。なのに前夜にお邪魔した料理屋で、地魚を肴に調子にのって飲みすぎてしまった挙句の朝寝坊。7時過ぎにあわてて出かけてみたものの、すでに水揚げも市場での取引もすっかり終盤になってしまっていた。漁港や市場を巡る物書きとしては何とも情けない限り、と小さくなっていたら、お目当てのベニズワイガニは、本日は水揚げも競りもなし、とのこと。この日は日曜日、加工場が休みだからで、寝過ごしたせいではない、とちょっとホッとしたか? 水揚げと競りはあいにく見られなかったが、そこはベニズワイガニの水揚げが日本一の漁港。本場まで足をわざわざはこんだのだから、せめてそのお姿ぐらい、どこかで拝んでいきたいところ。

 そこで漁港に隣接する、『境港水産物直売センター』へと足を伸ばしてみることに。境港に水揚げされる新鮮な魚介を揃える県営の仲卸店舗群で、仲買が競り落としたばかりの魚介を直売している。漁港に隣接する直売所といえば、近頃は観光客を意識した小綺麗なフィッシャーマンズ・ワーフのような施設が各地に増えているが、ここは体育館風というか倉庫風の、見た感じはずいぶんと年季の入った施設である。中へと入ると建物は細長く、中央の通路に沿って両側に鮮魚店がずらり。煌々と輝く裸電球の元、ピカピカの魚介類が店頭狭しとびっしりと並べられ壮観である。店の人の呼び声も賑やかに飛び交い、人通りがなく閑散とした外とは別世界の賑やかさに、つい圧倒されてしまう。

 圧倒されてしまうのは、客引きの激しさもまた同様。歩いているとかなり強引に呼び止められたり、カニの足を試食させて引き留めたり、中には通路に仁王立ちして通る客を待ち構えている店員の姿までも。「はい、お兄さん。カニあるよカニ。もう買った? うちはどこでも送れるよ。さあ」と、やはりカニを売る声が飛び交っていて、ベニズワイガニがどさっと山積みにされている様子もあちこちで見かける。よくよく考えてみると、今日は水揚げがないのに何故、ベニズワイガニが店頭に並んでいるのだろう。不思議に思っていくつかの店の呼び声にのって話し込んでみたが、「商談」ではないと勘付かれると答えははぐらかされたり、うやむやにされたりと要領を得ない。値段も前日に訪れた鳥取・賀露漁港に隣接する直売所「かろいち」よりもやや高いようで、これもなぜなのか聞いたが「モノがいいからよ。とにかく買ってくれ」と押しの一手である。

 激しい売り込み攻勢に押されながらどんどんと進み、気がつけば建物のやや奥の一角にある鮮魚店の前に至っていた。この店の店頭にはカニの姿は見かけないが、地物の魚の種類豊富なこと。シマエビ、鬼エビ、モサエビ、甘エビなど各種エビほか、白イカ、白黒半々のシマメイカ。さらにノドグロやアコウといった高級地魚まで、さっき見物した境港漁港の2~3号上屋で見た、底引き網や巻き網で水揚げされた地魚が勢ぞろい、といった感じである。店頭をぶらぶらしても、おばさんが商談をもちかけてくることもなく、愛想よく様子を見守ってくれているのがありがたい。急き立てられず、品定めが落ち着いてできるほうが、かえって購買意欲が湧くというもの。ベニズワイガニのお顔も拝んだことだし、この「板倉博商店」で地魚をみやげに、と腰をすえて買い物を楽しむことにした。

 おばちゃんにこの日のお勧めの品を尋ねたところ、「ノドグロかな。大物は結構な値段がするけれど、これぐらいの大きさのが値段も手ごろでうまい。ほか今の時期は赤ガレイもいいし、今日は高級魚のアコウもあるよ」。地方によっては「魚神」とも称するノドグロは、煮魚にすると比類なき味、と漁師たちも賞賛する魚である。料理屋で注文すると大抵値段は「時価」とあり、中ぐらいのを煮付けにすると2000~3000円程度が目安か。それがここではやや小柄とはいえひと皿5匹で500円と、確かに安い。ほか、市場のあちこちで見かける白ハタとは、この地方でハタハタのことを指す。秋田で珍重される魚だが、日本海沿岸の広い範囲で漁獲される魚で、山陰でも地元ではよく食べられている地魚のひとつだ。今年は、例の巨大なエチゼンクラゲのせいで不漁らしく、巻き網の漁獲10トン中6トンがクラゲだったこともあるとか。

 こんな具合にいろいろと教えてくれるおばちゃんに、気になっていたベニズワイガニについての質問をしてみることに。すると「今日店頭に並んでいるベニズワイガニは、昨日とれたものよ」。1日前に水揚げの品を並べるとは、鮮度落ちしているのではと心配したところ、ベニズワイガニは水揚げ後に浜ゆでしてから、いったん氷や冷蔵庫で冷やし、店頭に並ぶのは水揚げの翌日なのだという。「ゆでてから1日冷やして寝かせたほうが、身の水分がとんで甘みが出てうまいのよ。でも『水揚げしたて、ゆでたて』のほうがイメージがいいという人もいるし、そのへんは好みかな」とおばちゃんは笑う。ちなみにゆでる際のポイントは、生きたまま真水に入れて時間をかけて締めること。いきなり熱湯に入れると、危険を察知して足を自ら落とす「自切」をしてしまうのだ。このあたりの加工法はカニの王様・松葉ガニとほぼ同じで、値段にゼロがひとつ少なくても、かかる手間は同じということか。

 今日はベニズワイの水揚げがないけど、明日だったら3隻が漁港に入ってくるのに、残念ね、などとおばちゃんと話し込んでいる横では、お兄さんがお土産用の地魚の詰め合わせを着々と用意してくれている。予算を伝えてお任せにしたところ、さっきのひと皿500円のノドグロにアコウ、さらに甘エビにイカも加えて3000円也。ここの直売所で売っているベニズワイガニは、鳥取・賀露漁港のよりもやや高く1枚1500~2000円だから、ベニズワイ2枚ほどと思えば、かなりお得な内容だ。ベニズワイガニが今日店頭に並ぶ真相が分かった以上、こちらも気にはなったけれどあいにく予算オーバー。朝寝坊に始まった境港漁港散策では、どうもベニズワイガニ様とご縁がなかったようである。(2006年9月25日食記)