【いわて短角和牛】
■系統・掛け合わせ…日本短角種(南部牛+ショートホーン)
■肉質・等級など…A2・B2以上
■年間出荷頭数…200頭
■生産出荷元…JA新いわて
味のいい高級和牛と聞くと、大理石模様のように緻密な霜降りが入った肉を思い浮かべる人も多いだろう。牛肉の旨みの要素の大部分を占めるのは、この脂の甘み。もっとも、「霜降り信仰」は日本人特有の嗜好らしく、肉食文化の本場である欧米では、脂よりも赤身の味を好むといわれている。
最近は日本でもヘルシー志向の影響で、脂がのった肉よりも赤身が中心の肉が、注目を集めつつある。岩手県内陸部で肥育されている、いわて短角和牛もそのひとつ。ルーツは南部藩の時代からの在来種、南部牛で、南部牛追唄の歌詞でも歌われているように、かつては荷役牛として活躍した。足腰が強く厳しい自然環境にも適応でき、米や塩を担いで内陸と沿岸部を往来していたという。
これにアメリカ産のショートホーン種を掛け合わせて、品種改良の上で生まれたのが、いわて短角和牛。毛色の赤い赤牛で、この地方では「赤べこ」とも呼ばれていた牛だ。昭和32年に、日本固有の肉専用種として認定されている。
県内には「いわてあしろ短角牛」「いわいずみ短角牛」「いわて山形村短角牛」と、3ヶ所生産地があるうち、いわいずみ短角和牛が生産される岩泉町は、本州一広い町として知られている。北上山地に三陸海岸、龍泉洞を擁する豊かな自然環境の中、春から秋は広大な牧草地に放牧、冬は里に下ろして牛舎で肥育する、「夏山冬里」と呼ばれる方式が、いわいずみ短角和牛の育て方の特徴だ。
放牧による豊富な運動量のおかげで、肉に余分な脂肪が付かず、赤身はイノシン酸やグルタミン酸が多く含まれた、引き締まった肉質の赤身となる。また牧草を主に食べて育つため、ベータカロチンも摂取される。有名な銘柄牛で、霜降りをきれいに出すためにビールを飲ませたり、マッサージを施したりする話を聞いたことがあるが、いわて短角牛は自然に基づいた飼育方法による、原種ならではの味が特徴なのだろう。
岩手城址公園の近くにある「大地」。ウッディな内装が落ち着いた雰囲気
9月の半ばの盛岡は、もう秋の気配が濃く、駅からたそがれの盛岡市街を歩いていると、夜風が少々冷たく感じる。目指す『味の箱舟 大地』は岩手城跡公園の近く、間口の狭い飲み屋やじゃじゃ麺の店など、庶民的な店が並ぶ神社の参道の奥にある。
しゃれた隠れ家風の外観で、2階の県庁側の堀沿いの緑を見下ろす窓際の席へと通された。店内も焼板や木の床にテーブルと、ウッディなイメージ。控えめに流れるジャズが落ち着ける。
店は岩泉町を中心とした、岩手県内の食材を使用しており。「いわて地産地消レストラン」2つ星にも認定。本日のおすすめメニューにはサンマ、カツオ、スルメイカなど三陸沖の旬の幸が並ぶが、この日は肉料理が目当て。テーブルには岩手短角牛のミニサイズの幟が立っている。
左は突き出し3種。右は県北産のにんにく揚げと、岩泉産の豆腐の冷奴
しゃきしゃき瑞々しいレタス、キュウリ、赤玉ネギ、ラディッシュのサラダに、ねっとり土の香りがするジャガイモにゴボウ、ニンジンの煮物など、地元の野菜を使った突き出しで味覚が目覚めたところで、自慢の短角和牛の料理をオーダーすることに。
前菜代わりに短角牛肉のたたきサラダ、メインディッシュはいわて短角和牛サーロインステーキとし、まずはたたきサラダが登場。生の部分が深紅色、火が通った周囲がが薄茶で、白い脂のサシは全くない。たたきなど肉の生系の料理は、一般的に弾力がありかみきりづらいが、ひと切れ口に運ぶとサクサク、キュッキュッと食感が心地よい。
赤い部分は例えると、マグロの赤身の淡白な味。焼いた部分じゃ牛肉の香ばしい匂いがする。脂の甘味がない分、赤身の旨みが出てくるようで、ガツンとパワーのある押しがない一方、さりげない主張の肉ではある。
短角牛のたたきサラダ。肉にはサシが入っていない
そして、階段をジューッとの音とともに、鉄板の器にのったステーキが運ばれてきた。こちらも見た感じ、脂はほとんどついておらず、純粋に赤身肉だけのステーキに見える。焼き方は特に聞かれなかったが、ザシザシとナイフを入れると、肉汁はほとんど出ないのに中心はちゃんとミディアムレアのほの赤い色。「焼き具合は、いつもだいだいこんな感じですね」と、運んできたお姉さんが笑っている。
おろし醤油とゆずコショウが薬味で添えてあるが、まずは塩コショウだけの味付けでひときれ。脂のとろ味のない、ザックリ純粋に赤身肉の味わいで、牛肉ならではの香りが強調されている。歯ごたえはサクサクで軽やか、大雑把にほぐれる繊維が心地よく舌にからむ。脂身はほんの少しで、ピンポイントで強力に甘いのが印象的。
断面はほんのりレア。ナイフで抵抗なく切れる柔らかさ
塩コショウのみで素材の実力を満喫したら、それぞれの薬味も試してみる。おろし醤油は普通、脂身をさっぱりさせるものだが、脂がない肉に添えると、赤身の旨みがよりくっきりしてくる。ゆずコショウは肉の香りがゆずの香りにより、はじかれて際立ってくるよう。ゆっくり食べても固くならず、かえってじんわりと熱が通ってふっくらしてくるようで、思いのほかペロリと平らげられた。
店のご主人は岩泉町の出身で、ステーキは200グラムでも食べられたかも、と話すと、「赤身が中心でヘルシーですからね。女性のお客様も、結構ステーキを食べていかれますよ」。店はもとはアンテナショップで、契約期間が切れた後にご主人が営業を継続、岩泉町を中心とした、県産の食材による地産地消を展開しているという。
原価率が高くて経営が大変、とご主人は笑っているが、岩泉ならではのいいものをちゃんと味わってほしいので、肉も野菜も本物を出していきたいです、との言葉に力が入る。短角牛も生産量はそれほど多くないため、時に品切れになることもあるが、別の銘柄の牛肉を出すことはしない、とのこだわりようだ。
ステーキにたたきといった短角牛の料理に、地場産の食材を使った一品料理、さらに「男山」をはじめとする地酒の数々をいただき、かなり満腹になった。脂分が少ない短角牛とはいえ、食って飲んでホテルですぐ寝てでは、食べたものがバッチリ身に付くこと必至だ。
南部牛の脂肪の少ない引き締まった質は、荷を担いで延々歩いたこと故だし、自らの身の締りのなさを憂うよりは、岩手城址をしっかりウォーキングして帰るべきか?(2009年9月8日食記)
【参照サイト】
いわて牛のホームページ(いわて牛普及推進協議会) http://www.iwategyu.jp/index.html
JA新いわて http://www.jaiwate.or.jp/shin-iwate/kumiai/index.html