ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん64…鳥取・境港 『味処美佐』の、地魚づくしの夕食

2007年03月07日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 山陰線の列車を米子駅で下車して、山陰地方屈指の水揚げを誇る漁港の町・境港へと向かう列車に乗り換えようと、境線のホームへと向かった。入ってきた列車を見てビックリ、車体に描かれたねずみ男のイラストが、こちらを見ながら不気味に笑っているではないか。境線の終点である境港は、妖怪を題材とした漫画家の水木しげる氏ゆかりの町。そのためアクセス交通である境線も、観光路線としてバックアップしているという訳なのだ。途中、停車する駅も「泥田坊駅」「ぺとぺとさん駅」など、妖怪の名前が愛称につけられていて面白い。境港駅の愛称は、もちろん「鬼太郎駅」。駅前には水木しげる先生執筆中の像と鬼太郎ポストがお出迎え、そして駅から延びる商店街の沿道には、様々な妖怪のブロンズ像がずらりと並んでいて圧巻だ。その名も「水木しげるロード」と称する駅前通りは、妖怪の町・境港のまさにシンボル的ストリート。砂かけ婆や塗り壁、ねこ娘といった、「ゲゲゲの鬼太郎」でおなじみの妖怪たちに見守られながら、黄昏時の通りを進んでいくのは、何とも痛快な気分である。

 この日の宿である「旅館美佐」は、そんな商店街の中ほどから1本通りを入ったところにあった。まるで築数十年の木造アパートといった感じの、かなり年季が入った建物で、玄関で靴を脱ぎ、廊下の突き当たりの扉を開けて、日の差し込まない畳の6畳間へ。調度はテレビと小テーブルのみと、シンプルというか殺風景というか。部屋の角に座敷童子がちょこんと座っていたり、ぬらりひょんがちゃぶ台でタバコでも吸っていそうな雰囲気である。部屋の隅に自分で布団を敷いてちょっとウトウトして、共同の風呂でシャワーをあびてさっぱりしたら、いよいよ期待の夕食の時間だ。宿を出て、すぐ斜め前にある建物は白壁のシックな外観で、店内も落ち着いたムードの内装にジャズが流れている。古びた旅館とはずいぶん対照的な、しゃれた雰囲気である。女将さんに予約をしていた旨を伝えると、カウンターの隅の席へと通された。板場では、店名を染めた紺のTシャツの兄さんがふたりで腕を振るい、女将さんとお姉さんは続々とやってくる地元のお客を、愛想よく案内している。

 『味処美佐』という店名からも分かるように、ここは宿泊した旅館のための食事処… ではなく、むしろ逆。「魚にうるさい地元の客向けの料理を観光客にも」をモットーに、地元でとれる材料を使った魚料理や創作和食を扱う、魚どころ・境港で屈指の料理屋なのである。料理の評判のよさ故に、ゆっくり食事を楽しむうちに遅くなり帰るのが面倒になった、という客も。ならばいっそ泊まれるところも用意しよう、ということで設けられた宿泊所が、あの旅館なのである。自分も駅近くの小ざっぱりしたビジネスホテルに泊まるつもりが、ここの料理をじっくり頂きたい一心で、1泊夕食付きでこの妖怪の町らしい雰囲気の(?)旅館に泊まることにしたのだ。「部屋はいい加減な分、魚を味わっていってね」と笑う女将さんの、キリッとした対応が気持ちいい。すでにいくつか料理の皿が並ぶカウンター席に付いたら、さっそくいただきます、である。

 まずはビールをあおりながら、甘エビ、サザエ、ワタ付きのバイ貝、イカ、アジのつくり5点盛りから頂く。ネタはどれも境港魚市場直送だから鮮度は文句なし、味がしっかりと強い。中でもムッチリと太目の甘エビは感動モノ。シャクシャクとした歯ごたえがあり、頭の中のピンク色の味噌が甘みをより濃厚にしている。アジも脂がのり、イカはフワリと柔らか。サザエはブツブツとかみ締めるごとに、小片から磯の香りが漂う。これで軽くジョッキを空けてから、イカとバイ貝の味噌あえ炒めのコンロに火をつける。クツクツと煮立ってきたところで、「熱が加わりすぎないうちに消して」と女将さんがアドバイス。ややピリ辛の味噌に食欲があおられ、誘われるように酒のお代わり。境港の地酒をリクエストしたところ、千代むすび酒造の「鬼の舌震」を勧められた。プラス15度の、辛さを通り越して苦味の在る激辛の酒をグッとやり、イカをひとつまみ。すると潮の香りが抜けてイカの甘みが膨らみ、辛い味噌がバイ貝の甘みを引き立てている。白飯があれば上へかけたいところだが、飯の出番はまだ少々早い。鍋の味噌まですっかりなめて平らげる様は、風呂をなめてきれいに掃除する妖怪「あかなめ」のごとし?

 初っ端の2品で食欲が出たところで、続いて揚げ物に煮物、焼き物と、料理がどんどん進んでいく。煮付けのカレイは「ベラガレイ」で、別名「山ガレイ」とも呼ばれる、この時期の山陰地方の底引き網でとれる代表的な漁獲。煮物にしても揚げ物にしてもうまい、「カレイではイチオシの味」とおばちゃんのお勧めだ。骨ごとしゃぶるように頂くと、瑞々しくあっさりしていて、縁側のゼラチンがなかなか珍味。煮汁に白身を浸して食べるとこれがなかなか、勢い「鬼の舌震」が進んでしまっていけない。焼き物のマルゴに箸をのばすと、厚い身がほっこりと骨離れがよく、塩焼きのおかげで身の味が引き出されている。ブリの塩焼きに似ていると思ったら、マルゴは出世魚であるブリの幼魚の呼称。60センチ前後のものを指し、ブリよりは脂ののりが控えめな分、身の味が楽しめる。よく魚処を訪れると、刺身など生魚をいっぱい食べることが多いけれど、ここでは焼き物や揚げ物、煮物など熱を加えた料理が充実していて、体に優しいのがありがたい。

 ここで趣が変わり、洋風の料理がひと皿登場した。境港で水揚げされた地サバを使った、サバの香草焼きである。境港では日本海を漁場に操業する巻き網漁が盛んで、サバはイワシと並ぶ巻き網漁の主要漁獲のひとつ。水揚げ量が全国でベストテン入りする年もあるほどで、大衆魚ながらも境港の水揚げを支える、重要な魚なのである。「地サバ」を使ってあるので、厚い身がホッコリ、皮がパリパリ、香草のソースの爽やかな香りが効いているのが、フレンチのコースのひと皿のようでもある。塩焼きや味噌煮が似合うサバにしてはずいぶん「よそ行き」の装いの料理で、空になった「鬼の舌震い」の続きはワインにしてみようか。

 締めくくりの釜飯は、白身魚をつかった海鮮風釜飯。ゴボウ、ニンジンに白身魚のダシがしっかり出て、固めに炊いたご飯によく合う。カニ汁と一緒に平らげたところで、ごちそうさま。ちなみにこれだけの料理で6000円ちょっと、しかも1泊分の宿泊料金というか、飲んで喰ってうちに帰るのが面倒になった際のごろ寝場所代も込みだから、確かに格安だ。もう満腹、あとは寝るだけ、これなら確かに部屋はあれで充分かも、と向かいの宿へと戻る。部屋の扉をあけたとたんに、妖怪つるべおとしのごとく布団の上にバタン! (2006年9月24日食記)