ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん123…金沢八景 『レストラン滄海』の、アナゴ天ぷらとまぐろ茶漬け

2008年09月28日 | ◆町で見つけたオモシロごはん


 かつて各地で地ビールがブームだった際、我が家からクルマで20分ほどの八景島の近くにも地ビール工場があり、よく通った時期があった。その名も「八景島ビール」とあるように、東京湾に面し、横浜八景島シーパラダイスを望む地ビール工場。小さなブルワリーにビアレストランが併設されて、本格的ドイツ仕込の「八景島ビール」を買うのはもちろん、併設されていたレストランにも通い詰めたものだった。
 工場蔵出しの地ビールをジョッキでグイッ、そしてすぐ隣は東京湾屈指の水揚げを誇る漁港、柴漁港だから、魚介の料理もはなかなかのもの。特に東京湾屈指の人気地魚である、アナゴやシャコのフライと地ビールが見事なマッチングで、近所でご当地の地魚とご当地ビールを楽しめるとあり、非常に重宝したものだ。

 結局、地ビールのブームが収まるのに合わせるように、この施設も数年前にあえなく閉鎖に。リニューアルされた後は別の流行を追ってなのか、何と、スパ施設になってしまった。お気に入りの地ビールはなくなってしまったし、スパは結構利用料が高く、以来足が遠のいていたのだが、たまたまスパ施設の割引券が手に入ったため、とある夏の夕方に家族でひとっ風呂浴びにいくことにした。
 「シーサイドスパ八景島」と名を改めたが建物は昔のままで、かつてブルワリーと売店があった1階に設けられた浴室へと足を向けると、ジャグジーや薬湯、露天岩風呂など4~5種の浴槽が並んでいた。海洋療法、俗に言うタラソテラピーを導入しているのが売りらしく、浴室中央には海水を温めた湯、海洋泉風呂が目玉らしい。湯はややぬるめのため、何だか海水浴ならぬ生ぬるい海水で「海水温浴」をしているような気分。

 風呂あがりにはグッと地ビール、と、かつてのあの味わいが懐かしくなったけれど、今宵は館内にある食事処で普通のビール、といくしかない。風呂からあがってきた家内と娘と、休憩室で合流したら、夕食をかねてこの『レストラン滄海(あおみ)』へそのまま直行。2階にある店の海側にはテーブル席が並び、山側の畳の座敷へ落ち着くことに。窓から見える、ヨットハーバーとその向こうにシーパラのピラミッド型水族館という景色には、何だか見覚えがある。確か、かつて八景島ビールだったときに通ったレストランも2階、つまりまったく同じ場所だ。
 当時はカジュアルイタリアンだったのが、今はメニューにはしゃぶしゃぶに鍋をはじめ、各種定食や丼物、そば、うどんが中心と、いかにも和食ファミレスといった印象の店に変貌していた。そんな定番料理が並ぶ中で、魚料理の充実には目をひかれる。各種刺身の盛り合わせに定食、天ぷらと、かつて以上に漁港に隣接した立地を生かすようにしたのだろうか。界隈には釣り船の発着場も多いため、「持込の釣り魚の料理も受け付けます」との文字も見られる。

 3種、5種と選べる刺身の中から、「本日の鮮魚」というのが気になったので、お姉さんに聞いてみると「今日の魚はカンパチです」とのこと。これとしめ鯖を頼んで、とりあえずこの店の魚の実力を測ってみるとしよう。娘はお気に入りのサケイクラ丼、そして息子がオーダーした刺身定食には、本日の鮮魚であるカンパチのほか、タコ、イカ、サーモン、タイ、マグロ、甘えびと、各種刺身が揃う豪華版だ。
 ジョッキの中身は、どっしり飲み応えがあった地ビールのヴァイツェンからスーパードライになったけれど、湯上がりの渇きには何でも問題なし。運ばれてきたカンパチの刺身は、身が柔らかく歯ごたえサクサク、時節柄か脂ののりが控えめで、身のくっきりした甘みが楽しめる。しめ鯖は締め加減が浅めのため、生っぽさと黒っぽい脂の濃厚さと両方味わえるのがいい。ワサビがおろした生ワサビなのがさすがで、ツンと強い香りがいいアクセントに。
 これは魚料理に関しては、和食ファミレスの域を超えた実力、と納得して、追加も東京湾の地魚料理といきたい。丼からはみ出すほどのアナゴの天ぷらが2本ものった、ボリューム満点のアナゴ丼の写真が品書きにあるが、見るからにボリュームがすごい。お姉さんに聞いてみたら、アナゴは天ぷらのみの単品もできるそうなので、家内と1本ずつ分けることにしてひと皿、注文。


程よく脂がのったカンパチ。生ワサビがピリッと効く


 30センチほどはありそうな長い天ぷらにかぶりつくと、白身がホッコリ、ホクホクと瑞々しい。ほのかに漂う土の香りが東京湾の底魚らしく、皮目の粘りがまた、独特。上品ながらも力強い味で、まさに地魚ならではといったうまさだ。衣が多めで、バリバリとかじるとビールのアテにももってこいである。
 東京湾で最大級の水揚げを誇る柴漁港において、アナゴは「柴の地魚」と称されるように、シャコと並び屈指の水揚げを誇る魚介である。一般的に江戸前のアナゴ、といえば柴のアナゴを指すぐらいで、料亭や寿司屋ではブランド指定で買い付けされるほどの人気なのだとか。壁に掲げられた貼紙の「柴のアナゴはミシュランで星をとった有名店の素材に負けない」との文言にも、かなりの自信を感じさせる。
 柴漁港のアナゴ漁は、延縄式の筒漁で操業している。イワシやスルメイカの餌を入れた長さ80センチほどの筒を、長さ15キロほどの縄に600本ほど連ねて船上から流し、ひと晩沈めて翌朝引き上げると中にアナゴが入っている、という寸法。捕らえたアナゴはすぐに水揚げせずに、一晩、網に入れて海中で活かし、腹の中をからっぽにしてから出荷する。柴漁港では毎週日曜の午後、一般の人も購入できる直売市が開かれていて、水揚げしたてのアナゴを購入することもできる。
 そして
アナゴは何といっても、鮮度の良さが一番で、水揚げ港に隣接した料理屋で食べるに限る。柴漁港界隈には天ぷらをはじめ、アナゴ丼、アナゴ寿司など、アナゴの料理を出す料亭や寿司屋が立ち並ぶのも道理で、漁港からわずか数十メートルのところにあるこの店のアナゴが味がいい訳か。近くには何と、アナゴフライを中に入れた「アナゴパン」を扱う手作りパンの店も。

 大アナゴの天ぷらを肴にビールを飲めば、充分満腹になってきたが、えびにマグロ、イカ、鯛と刺身をおかずに飯をガンガン食っている息子を見ていると、こちらも締めにご飯ものを食べたくなってしまう。お茶漬けで軽く締めようと品書きを眺めたら、サケや梅、海苔に混じって「まぐろ茶漬け」なるものもある。
 マグロといえば、三浦半島の先端に位置する冷凍マグロの日本有数の水揚げ港、三崎も、八景島から比較的近い。店の品書きにも、ぶつ切りのヅケマグロや、赤身マグロのカルパッチョといった、マグロの一品料理がいくつか見られる。まぐろ茶漬けは、ご飯の上に赤身のマグロを並べ、上から熱々のダシをかけまわしたもので、青ネギ、ゴマ、のりが香ばしく、半煮えの刺身がするりと食べられる。
 飲んだ締めの一品にはもってこいで、さらりと頂き、ごちそうさま。店の人に、店で使っているマグロは三崎で水揚げされたものか尋ねたところ、「築地から直送した、三崎の上物のマグロです」と、少々ややこしい自慢げな返事が返ってきた。


まぐろ茶漬け。熱いダシのおかげで刺身がほんのり煮えている


 ちなみにここがかつて地ビール工場だったとき、駐車場はビールを買えば駐車券をもらえたため、よく八景島シーパラダイスに遊びにきた際にここに停めて1日遊び、帰りビールを買って駐車料金を浮かせたものだった。今はそんな使い方は無理らしいが、シーパラの食事どころはバイキング中心なのでワンパターンのため、たまにはシーパラで遊んだ帰りに食べにきてみよう。ちょっとお高いスパもたまには利用して、風呂上がりには地魚で一杯、といくのもいいかも。(2008年8月3日食記)


旅で出会ったローカルごはん103…大阪・USJ 『フィネガンズバー&グリル』の、ハーフヤードビール

2008年09月23日 | ◆旅で出会ったローカルごはん


 ユニバーサルスタジオジャパンといえば、西の
TDLとも称される、関西を代表するテーマパークである。この夏の家族旅行の目玉でもあり、USJに隣接したオフィシャルホテルに泊まり、翌朝は開門と同時によーいドンでアトラクションへダッシュ。前夜に熟読した攻略マニュアルをもとに、回る順は完璧、と、激混み・行列さあかかってこい、と、気合を入れて臨むこととなった。
 それがいざ、訪れてみると、開門前の行列もさほどではなく、人気のジェットコースター「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」や、ウォータースライダーの「ジュラシックパーク・ザ・ライド」、室内ライドの「E.Tアドベンチャー」の御三家を別とすれば、園内も大した込み具合ではない。攻略マニュアルに「子供向け」とあるので、まず目指した「スヌーピースタジオ」なんて、なごみ系のゾーンのため開園直後にはまだ人っ子ひとりいない。
 8月の最終週といっても夏休み中なのに、ライドよりショーが中心の施設だからか、それとも東京と大阪との混雑の観念の違いなのか、ディズニーに行った時の大混雑を思えばまるで楽勝。混雑度も広さも、入園パスの値段も全部、「8掛けディズニーランド」といった感じだろうか。

 人ごみや行列、加えて激しいライドが苦手な自分にとって、絶叫系アトラクション以外は比較的空いているのはありがたい限り。スヌーピースタジオでミニコースターに乗り、迫力ある水上アクションショー「ウォーターワールド」を見て、と、マニュアルにのっとってチェックポイントを順調にこなしても、まだ昼前。マニュアルによると、これからが園内が最も込む時間帯で、早めの昼ごはんに逃げるに限る、とある。
 午後のブロードウェイミュージカル「ウィケッド」に備え、シアターがあるゾーン、ランド・オブ・オズへと移動。ここはショーが中心のゾーンのため、開演時間近くでないと比較的人気が少なく、エリアにあるレストラン『マンチキンキッチン』も、7割程度の客入りだった。攻略マニュアルの作戦成功で、並ぶことなく昼ごはんをいただけることとなった。魔法使いのおとぎ話をモチーフにしたエリアにあるため、見た目はずいぶんファンタジックだが、中はウッディで落ち着けそうだ。
 オーダーがカフェテリア形式なのはいいが、最初にデザートコーナーがあるため、子供たちはマグカップ入りプチシューやメリーゴーランドのムースを前に、さっそく渋滞している。初っ端にデザートを置くとは、なかなか商売上手だな、と感心する一方、この店、メイン料理の値段は1000円ちょっとと、テーマパークのレストランにしては手ごろな値段なのがありがたい。


イカリングとタコスで、結構ボリュームはある(上)店の概観はかなりメルヘンチック(下)


 ここのメイン料理である、店名を冠した「マンチキンプレート」は、ハンバーグカレー、チキンのトマト煮込み、シーフードミックスフライの3種のおかずから選べ、どれにするか息子が長考に入っている。ほか「オズの魔法使い」にちなんだネーミングの「ゆうきをだそうよプレート」なんてのも。カレーにミートボール、星型コロッケなどが付いたお子様ランチで、完食すると「ゆうきのしるし」なる紙製の冠がもらえるから、娘はこれに即決である。
 そしてここでもディズニーとの違いに遭遇、なんとビールが置いてある。「夢の国」にお酒は無粋だからか、ディズニーランドでは売店飲食店とも、一切アルコールが販売されていないのは有名だが、こちらは「映画撮影スタジオ」だから別にかまわない、というわけか。では自分は軽くリーズナブルに、フライリング&チップスを肴にビールで昼ごはんがわりにしよう。
 ディッシュには、サルサソース付きのタコスにイカリングが4つほどのっていて、こちらは1000円しないからなかなかお得。ビールは普通のスーパードライだが、朝早くから園内をあちこち動き回ったのがいい運動になっていて、これが実にうまい。ディズニーの影響で、テーマパークでビールを飲むのは禁断のこと、という印象があるから、よけい美味く感じるのかも?

 お昼前後の混雑時はショーか食事、朝や15時以降の空いている時間帯にライド、というのがUSJの基本攻略法らしく、夕方前になるとタイムマシン体感ライドの「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」も、大火事体験の「バックドラフト」も、30分強ぐらいの待ち時間でこなすことができた。どちらも激し目のアトラクションのため、特に娘は少々ビックリ、くたびれてしまった様子。締めは20時頃から開始のピーターパンの屋外ショーなので、夕食も早めに済ませておかなければ。
 昼間にアルコールがあったのに気をよくして、夜はアイリッシュパブへと誘導を試みようと、「名物はオムライスらしいよ」と子供たちの好物でもある店の名物で誘ったら、無事合意。ショーが行われるラグーンに近い『フィネガンズバー&グリル』で、パークで2度目の食事である。
 こちらは昼間のファンタジックな店と違い、名のとおり欧風パブといったムードの、スタイリッシュな店構えが目をひく。天井が高く広いフロアにはずらりとテーブルが並び、庶民的な酒場らしい賑わいが感じられる。普段使いにしたくなってしまいそうな、しゃれた雰囲気の店である。
 みんなのオーダーは、もちろんオムライスだ。デミグラスソース、モッツァレラチーズソースなどソースの種類が選べ、トッピングのフライもいろいろあり、あれこれと検討している。3人前ある巨大オムライスのまわりをフライが囲むようにずらりと盛られた、「パーティオムライス」なる特別メニューも。


オールドアイリッシュなバーといったたたずまい(左)定番のデミグラスソースのオムライス(右)


 パーティオムライスもすごい迫力だが、アルコールのコーナーでも負けずにすごいものを見つけた。なんと、高さ50センチほどはありそうな、長~いグラスに注がれたビール。「ハーフヤードという、うちの名物です。普通のジョッキよりもお得ですから、いかがでしょ?」と、USJのアイリッシュパブなのに大阪ノリのウェイトレスさんが、愛想よく勧めてくれる。
 一体どれぐらいの量が入っているのか聞いたところ、中ジョッキで2杯分、約720ミリリットルとのこと。1ヤード(約90センチ)の半分の長さのグラスからその名が付いたそうで、午後もアトラクションに並び続けて渇いたのどには楽勝だ、とチャレンジしてみることに。ビールはスーパードライに黒生、ハーフ&ハーフと選べる中から、見慣れない「グリーンビール」にしてみよう。

 あまりにグラスが長いため、木製の専用ラックに据えられて運ばれてきたグラスは、さっき「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の研究室にあった実験器具のようにも見える。中はまるでクリームソーダのように、鮮やかなペパーミントグリーンの液体で、よりケミカルな感じだ。お姉さんに、グリーンビールの正体を尋ねたら「魔法の粉が入ってるんです」と笑っている。
 でかいだけに飲み方も独特の手順があり、まずは軽く持ち上げて上部から木のラックから外し、片手を底に添え、片手で飲み口に近い上部を握って、ゆっくりと傾ける。ラッパ状の薄い飲み口から、するすると流れてくる冷えたビールが、実に爽快! 調子にのってグッと傾けると、勢いでドッと流れ込んでくるから、そろりそろりと傾け、遠くグラスの奥から緑の液体が迫ってくるのを眺めながら、慎重に味わう。

 そしてアイリッシュパブのビールのアテといえば、ブリティッシュなローカルごはんの代表、フィッシュ&チップスに限る。イギリスでは古くから、安価なファーストフードとして名高く、皿の上には山盛りのフライドポテトに、白身フライが2切れ。そして味付けにはタルタルソースに、モルトビネガーの瓶が添えて出された。
 モルトビネガーとは大麦とトウモロコシが原料の穀物酢で、熱々のうちに塩とこれをかけ回して頂くのが本場流… といきたいが、この酢、かなり癖のある匂いがする。例えれば納豆の匂いで、熱々、ホクホクの納豆ポテトをつまみ、奥底から迫ってくるビールをクイッ。


ベイクドポテト山盛りのフィッシュ&チップス。奥のモルトビネガーで頂く


 グラスの長さの割には、いざ飲んでみるとスルスルと入ってしまい、おかわりもできそうだ。「おかわりならピッチャーのほうがお得ですよ」と、お姉さんがさらに豪気なお勧めをしてくれるが、食後にホテルでバタンキューにはまだちょっと早い。フィナーレを飾るピーターパンのショー見物の穴場を教えてもらい、グリーンビールで爽やかに酔った気分で店を後に。
 ディズニーを訪れるときは、あまり並ばずにたくさん見るにはどうするか、効率のいい回り方で頭がいっぱいになってしまうけれど、USJはそんなに入れ込むことなく、気の向くままに楽しめるところがいい。次回の大阪旅行では、USJは園内攻略法よりも、「飲める」レストランのチェックに力を入れよう。そして今回は新世界だった「大阪コテコテオプション」は、道頓堀や法善寺横町、鶴橋あたりが候補になるか? (2008年8月27日食記)


旅で出会ったローカルごはん102…大阪・新世界 『串カツ壱番』の、串カツ

2008年09月07日 | ◆旅で出会ったローカルごはん


 この夏の家族旅行・大阪での日程は、宿題対策で美術館博物館めぐりをしたり、
USJで1日過ごしたりと、子供たちの都合や希望が重視されている。普段、自分がひとりで旅するときとは違うテイストの見どころを巡るのだが、少しはこちらの守備範囲にも引っ張り込みたいところ。
 そこで、長居公園の大阪自然史博物館で、学校の宿題の課題だった「ダーウィン展」を見学した後に、晩御飯は「私の好み」に合わせてちょっと立ち寄り。地下鉄御堂筋線を動物園前駅で降り、ミナミ屈指の繁華街、新世界へとやってきた。ベイエリアにあるおしゃれなUSJオフィシャルホテルへ入る前に、子供たちにコテコテ浪花ワールドにも、浸っていってもらおうか。

 駅を出てJRのガードをくぐったところ、アーケードの商店街が新世界方面への入口である。その名も「ジャンジャン横丁」に入ったとたん、フライを揚げる香ばしい香りが漂ってくる。沿道はお好み焼きや串カツ、立ち飲み屋などが軒を連ね、開きっぱなしの扉の中は、まだ日が高いのに親父さんたちが、ジョッキ片手にご機嫌の様子である。息子が店頭のどて煮の鍋を、珍しそうに眺めてデジカメで記念撮影。今商店街には将棋会館や弓道場もあり、浪花の下町情緒があふれる一角、といった感じだ。
 香ばしい香りのもとは、大阪B級名物の串カツの店で、通りの中ほどにある「八重勝」と「だるま」の店頭では、行列が折り返すほど賑わっている。ともに串カツの評判店で、八重勝にはかつて寄った事がありひかれるが、カウンターのみの店なので大荷物の家族連れ旅行者は、地元の常連客の迷惑になりそうで気がひける。
 とりあえず通りの外れにある、これまた大阪B級名物のミックスジューススタンドで、子供たちののどを潤していこう。コップ売りで、それぞれバナナジュースとミルクセーキをミキサーから注いでもらい、地元のおばちゃんらに混じって店頭でグイッと一気飲み。ほかにパインや冷コーラもあり、ミルクセーキを味見すると激甘。子供たちに110円を渡して自分で払いに行かせると、「はいおおきに」とおばちゃんがにこやかに応えてくれた。二人とも生で聞く大阪弁に、ちょっとびっくりした様子である。


大阪B級名物・ミックスジュースのスタンド。ミキサーで売っているのが妙にうまそう


 ジャンジャン横丁を抜け、新世界の繁華街の中心へと入っていくと、軒を連ねる飲食店の看板の、きらびやかなことといったら。赤やオレンジ、黄色の原色ギラギラの色使いで店頭を飾り、あらんかぎりの品書きを張り出して掲げ、兄さん姉さんがプラカード片手に、賑やかな大阪弁で呼び込みに精を出している。メインの通りに出ると、巨大なふぐや黄金のビリケンさんのオブジェの向こうに通天閣がそびえる、かの定番の風景が。高層ビルが乱立したり、ベイエリアが開発されたりと、大阪は近年小奇麗になってきたけれど、このエリアには昔ながらの派手派手な大阪の繁華街が、しっかりと残っている。
 通天閣をバックにお約束の記念撮影をして、通りを歩いてみると、派手な店の多くが串カツ屋なのに気付く。「朝日」「横綱」「えびす」と並ぶ店は収容人数が多く、座敷や掘りごたつ席もあるらしい。ジャンジャン横丁の人気店2軒が、カウンターのみで店頭も内装も質素なたたずまいだったのとは対照的だが、これなら旅行途中の家族連れでも気軽に利用できそうだ。

 通天閣に登り、展望台にいた商売繁盛の神様・ビリケンさんに、足の裏を掻いて執筆依頼が増えることを祈願して、子供たちは大阪限定キューピーやらを友達の土産に買ったら、ちょうど夕食にいい時間となってきた。ベイエリアのホテルでディナーバイキングという選択肢もあったが、ここはお父さんの権限発動。大阪らしい街で大阪名物を食べていこう、ということで、通天閣の真向かいにある串カツの店『壱番』へと、一同向かうことになった。
 木造の一杯飲み屋風の店頭では、ハイアースのホーロー看板がお出迎え。店内にもボンカレーや学生服の看板があしらわれ、通された掘りごたつ式の座敷にも、昔の映画やキリンビールのポスターが。昭和レトロの飲み屋をイメージしたインテリアが、何とも落ち着ける。


店頭では水原ひろしがお出迎え。なぜかケロリンの桶も飾られている


 通された席の横は旅行者らしい、派手目のファッションの女の子グループで、すでに串が盛られていた空のトレイが数枚、傍らに重ねられている。空の中ジョッキもいくつか並んでいて、「すみませーん、写真とってもらっていいですかぁ」と、携帯を差し出しながら上機嫌の様子だ。座敷にはほか、同じく旅行らしい家族連れも。幼稚園ぐらいの男の子が、お父さんから手渡された串にご機嫌でかじりついている。ジョッキ片手の親父さんで満席の店内に、賑やかな大阪弁が飛び交って、というのが、串カツ屋のイメージだったが、ここは旅行客御用達、ほのぼのした雰囲気が漂っている。
 こちらもお腹が空いているので、卓につくとさっそく、ズラリと貼られた串カツの短冊を目で追いながら、おのおの狙いを定めている。食べ盛りで肉目当ての息子は、豚バラに手羽先、ミンチ串あたりに、腹が減ったのか餅なんてのに注目している。肉より魚好きの娘はまずはエビを発見、あとイカやタコ、さらに大好きな卵もあったのでひと安心の様子だ。
 まずは盛り合わせ10本と、子供らふたりのリクエストを好きなように追加。自分は「どて煮」とポテトサラダも頼んで、まずはビールで一杯モードである。飲み物が揃ったところで、大阪旅行の初日はお疲れ様、で乾杯。

 そうそう、串カツが出される前に、子供たちに重要な話をしておかなければ。「今から話す注意点は、大阪のあらゆる決まり事の中で、もっとも遵守しなければいけない『鉄の掟』なので、心して聞くように」と、わざと大げさに前置きをした後、壁に掲げられた「ソース二度漬けお断り」の但し書きを指差して説明。前置きが効き過ぎたのか、二人とも神妙な面持ちで聞き入っているのが何だかおかしい。
 串カツが大阪名物として人気があるのは、卓上の缶に入ったソースに自分で串を浸して食べるという、アトラクション性も見逃せない。このソース、客ごとに用意されるのではなく、卓にずっと据え置かれていて、客が入れ替わってもそのまま使い続けられる。そして営業が終わったら濾した後、翌日以降もさらに使われるのだ。俗に言う「ソース二度漬けお断り」は、そのように使われるソースに一度口にした部分を浸すのは、衛生上よろしくないのが理由なのである。
 同じソースをいろいろな客が使い、しかも何日も使い続けると聞いて、やや前に騒動となった大阪の某老舗料亭の件を思い出す人もいるかも知れない(失礼)。とはいえ、前述の「掟」を遵守すれば何ら問題はなく、使い残しが出ないから無駄もない。加えて様々な串揚げが日々浸され続けられることで、ソース自体の味が良くなるとも。値段も安いB級名物ながら、合理的かつ実質本意な、大阪の食文化の特徴が色濃い料理といえるだろう。


しっかり浸さないと、2度目はない?深めに漬けて、串をクルリと回すのがコツ


 甘めの味噌で牛筋をコトコト煮込んだ、どて煮の串に食らいつく自分の横では、娘が卵まる一個揚げをかぶりついている。盛り合わせは定番の牛串につくね、アスパラ、レンコン、豚バラにシシャモ、サーモン、貝柱があり、餅をやっつけた息子が野菜から攻め始めている。
 中でも自分の好みはやはり、定番の牛串。薄切りの牛肉に衣をつけてカラッと揚げてあり、薄い分肉のいい味と香りがする。最定番メニューなのに1本80円と、全品書きの中でほぼ最安値なのは、マックでいえばスタンダードなハンバーガーのような位置づけなのか。
 
1回戦が終了したので、追加はこの牛串をさらに5本まとめてと、鶏モモ、豚バラ、あとバランスをとるために野菜も多めに… と、そうだ、野菜といえばあれを頼むのを忘れてた。
 お姉さんにひと声かけて持ってきてもらったのは、山盛りの生キャベツである。二度漬け禁止ソースと並ぶ、串カツのデフォルトアイテムで、なんと無料でおかわりし放題がどの店でも当たり前。脂っこい串カツと一緒に食べると胃もたれを防ぐ役割があり、タダなのに気分爽やかになれるとは、マックでいえばスマイルのようなものか(ちょっと違う?)。

 キャベツのおかげで、牛串とレンコン串がてんこもりのトレイが運ばれてきても、まだまだ戦意は衰えない。子供たちはたこ焼き串やシュウマイ、チョリソーソーセージなど、変化球の串にも挑んでいる。自分は牛串を中心に、ピリ辛のししとうやホッコリ甘いニンニク揚げと、徐々に野菜にシフト。酒の追加もビールではなく、ヘルシーにホッピーにしてみよう。最近再流行の兆しを見せており、自分もこれが初体験だ。ビアテイスト飲料だが、焼酎をこれで割った酎ハイ系の安酒感がまた、串カツの場末感とぴったりマッチする。
 と、慣れてきて気が緩んだのか、息子がかじった鶏モモ串を再びソース缶に差し出そうとしており、寸前のところで「これっ!」と阻止。ソースが足りないときは、銘々皿にこぼれたのをつけるのが基本、と指導を入れる。ちなみにこんなときに役立つのが前出のキャベツで、これでソースをすくい、串カツの上からかけるのが、通の裏技なのだとか。

 食べ盛りを二人擁していると、食べ放題のバイキングでない時は外食の際の支払いが気になるが、ここは1本100150円だから、遠慮なくいってもらっても大丈夫なのがありがたい。デザートにイチゴ串、バナナ串になんとアイス串も用意されているのはさすが、串カツ屋。それぞれデザート串も1本ずつ平らげたところで店を後にすると、通りの看板群に明かりが灯り、より輝きを増している。
 明日の今頃は、
USJでディナーを頂いた後に、パレードを見物しているかもしれないが、二度漬け禁止の串カツといい、ど派手できらびやかな新世界の町並みといい、これもまた大阪の旅ならではのシーン。後で子供たちの絵日記に書かれるのは、USJの花火か、日立の広告に明かりが灯った通天閣か。意外と、串をソースに浸している家族みんなの絵だったりして。(2008年8月26日食記)