【白金豚】
■系統・掛け合わせ…三元交雑種 (ランドレース×大ヨークシャー)×バークシャー
■肉質・等級など…自社規格による
■年間出荷頭数…4500頭
■生産出荷元…高源製麦株式会社
宮沢賢治の代表作「風の又三郎」が表題作となっている作品集の中に、「フランドン農学校の豚」という短編が収録されている。農学校で飼われている、人間並みの知能を持ち会話ができる豚が、食肉に処理される際の人間との顛末を綴っており、命あるものを摂取して自らの命をつむぐ、人間の当然かつ業としての部分が、淡々ととらえられている。
所詮、人間は食肉としか豚を認識していない中、作品の冒頭で学生が豚の役割を、「白金」に例えたのが印象的だ。「水や藁を食べ、それを上等な脂肪や肉とする。豚は生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ」(一部略)。穀類や水を与え、質のいい脂や高たんぱくの赤身肉を生み出す。この学生のつぶやきは、豚肉の生産の本質的な部分を、暗喩的にとらえているように思える。
賢治ゆかりの地である花巻では、このように当地の気候風土に育まれて生産された豚肉が、近頃評判だ。銘柄名も作品の一節が由来となった「白金豚」(はっきんとん)で、別名プラチナポークとも呼ばれている。花巻の飼料会社である高源製麦が、生産から出荷まで一貫して扱っており、柔らかな肉質と甘みのある脂が、一般の豚肉を凌ぐと評価が高い。物語をもって言うなれば、「花巻の大地の恵みが白金を介して食肉と成った豚肉」といった具合だろうか。
この白金豚、一部のネット販売を除いて原則的に小売では扱っておらず、レストランでの取扱専用ミートという位置づけになっている。プロの料理人による調理で味わって欲しい、ということからで、評判の高いミートレストランの料理人からも、銘柄指定での取引が増加中。首都圏でも扱っている飲食店が、いくつかあるという。けれど、物語ゆかりの地でもあり、白金豚の生まれ育った地である花巻が、どのような土地なのかも興味深いところだ。
花巻駅の構内にある、白金豚の看板。まるで出迎えてくれているかのようだ
高源製麦のホームページの、白金豚を味わえる店の紹介欄には、花巻で3軒ほどの食事処が挙がっていた。なので、新幹線と東北本線の普通列車を乗り継いで、目指すは一路、花巻。9時過ぎに花巻駅に降り立ったら、レンタサイクルを利用して、まずは賢治ゆかりの見どころを巡りながら、白金豚の故郷の風土を体感してみることにした。
イギリスのドーバー海峡の崖に似ていることから名づけられた、北上川岸のイギリス海岸から、「銀河鉄道の夜」をモチーフとしたオブジェが点在する土手の上を走り、高台の小さな森の中にある賢治詩碑へ。入口に掲示された「下ノ畑ニ居リマス」と書かれた黒板に誘われ、碑のある園地から周囲を見下ろしてみる。
下の畑ならぬ田んぼには稲穂が実り、北上川の土手まで黄金色のじゅうたん敷き詰められている。碧く抜けた秋の空の果てには、山々の稜線が左右に渡る様子が、はるか先まで遠望できた。何十年の間ほとんど変わっていないような、この賢治の作品の原風景のどこかに、あのフランドン農学校の物語の舞台があったのかも知れない。
左からイギリス海岸、賢治詩碑のところにある「下ノ畑ニ居リマス」の黒板。
賢治詩碑の園地からは、岩手の原風景らしい田園風景が
2時間ほどペダルを漕いだところで、白金豚を味わうお待ちかねのランチタイム。「風の又三郎」の碑が立つ、ぎんどろ公園を出てすぐのところに、『レストランポパイ』の三角屋根の建物が見えてきた。店名にちなんでか、看板に描かれたほうれん草のイラストがかわいらしい。さらに店内にはポパイにオリーブ、ブルートたちのぬいぐるみにフィギュアにポスター、ほうれん草の缶のオブジェなどがあちこちに。賢治の世界からいきなり、アメコミワールドに誘い込まれたような気分だ。
アーリーアメリカンテイストの店内だが、オープンは意外と古い。この店、実は白金豚の生産出荷元である高源精麦が、昭和53年から営業している直営店でもあるのだ。当時から、自社農場で生産された食肉を扱った料理を提供しており、現在では白金豚を使った料理をはじめ、米や野菜、調味料にいたるまで、岩手県産の食材にこだわっているという。
レストランポパイ。店内のあちこちにポパイゆかりの品があふれている
宮沢賢治の作品でレストラン、とくれば、お客があれこれ注文を出された挙句に食べられそうになる「注文の多い料理店」を思い出すが、オーダーをとりにきたお姉さんは物静かな印象で、色々と注文を出すことはもちろんなく、そっとメニューを差し出してくれた。
飲食店専用の銘柄豚肉ということで、少々値が張る凝った料理だろうか、と思っていたところ、品書きにはポークソテーにベーコンステーキ、ポークジンジャーなど、定番洋食がズラリ並んでいる。ライスやスープがついて1000円前後と、値段も手ごろだ。
普段使いの気軽さに気をよくして、白金豚のベーコンステーキと、白金豚の石垣塩焼きの2品を頼んでみることにした。お姉さんに、白金豚のうまさはどんなところにあるのか聞いてみたら、「厚い脂が甘いのが、特徴です」。特にベーコンはバラ肉を使っているため、脂がしっかりと厚く、脂の味を楽しむならおすすめの品とのこと。
ビールと一緒に運ばれてきた白金豚のベーコンは、5ミリぐらいと確かに分厚い。ステーキと称するだけのボリュームで、トーストにのせるカリカリのとは、迫力が違う。内側に向かって赤身→脂→赤身が、各1センチぐらいずつボーダー模様を描き、半透明に澄んでしっとり染み出す脂が、肉食好きにとって垂涎ものの誘いをかけている。
さっそくナイフを入れ、赤身と脂をいっしょにひとかけら食べてみると、赤身がまず口の中でハラリとほぐれ、ザクザクかみしめれば燻製肉ならではの、パンチが効いた香味が立ち上がる。脂は厚みほどには、口の中で存在を強く感じないが、赤身の部分とまとわり、ひたひたと甘みとコクが、赤身をかみしめるほどに浮き上がってくる。
突出した甘味やトロリとした食感といった、押しがさほど強くないが、かえってそこに脂の質の良さが感じられる。ベーコン全体の味の下地として、地道に存在を示している風で、赤身と脂を一緒に味わって、その絶妙なマリアージュを楽しむ豚肉なのかも知れない。
脂のみの味わいも確認してみようと、厚みがあるところをひときれ、口に運ぶと、クニッとした食感から次第にゆるやかに溶け、純度の高い高貴な甘みがしみじみと広がっていく。
しっかり厚くたっぷりの脂がついた、白金豚のベーコンステーキ。ボリュームの割にはどんどん食べられる
白金豚は、母方がランドレースと大ヨークシャーの掛け合わせ、父方がバークシャーという三元交雑種で、肉の柔らかさは母方の大ヨークシャー、脂のうまみは父方のバークシャーの特性が引き出されている。脂ののりがきつすぎず、弱すぎず適度なのは、肥育の期間によるところが大きい。
通常、豚の肥育には5~6ヶ月ほどかけるのだが、白金豚の場合は200日と、一般的な期間よりも長くかけている。じっくりと、そしてていねいに肥育するおかげで、脂ののりが程よい按配に仕上がるのである。
ベーコンステーキで白金豚の脂の真髄を堪能したところで、もう一品の石垣塩焼きの皿が運ばれてきた。たっぷりの野菜とともに、薄切りの肉が数枚並んでおり、見た目は豚のしょうが焼き定食風でもある。肉はナイフを入れると軽く切れ、口の中でもサクサクと、自然にかみ切れるほど柔らかい。
肉自体の味は淡めだが相応のコクがあり、石垣の天然塩によって程良く旨みが引き出された感じ。素材本来の持ち味が素直に出ていて、シンプルだから飽きのこない味わいだ。焼いた肉のくぼみにたっぷりたまった脂もまた、絶品。ベーコンと同様、脂っこさも甘味もほどほどで、こちらも肉にからめていただくと、味のバランスがよりよくなる。
町の食堂のしょうが焼き定食風の、白金豚の石垣塩焼き
白金豚のうまさは前述の遺伝や肥育期間のほか、肉の味を左右する水と飼料に対するこだわりも、大きく影響している。水は花巻の東方に連なる、奥羽山脈を水源とする湧水を用い、これを釜石鉱山の磁鉄鉱と石灰石でろ過。白金豚の柔らかな肉質は、この水に含有するミネラルのおかげでもある。
そして飼料は、古くから自社で生産・販売を手がけていることもあり、自家で指定の配合飼料を使用。麦を中心としているため、肉の味わいがまろやかになるという。こうした優れた水と飼料が、同様に優れた「触媒」を介されて、白金に値する味の豚肉が生まれる、ということなのだろう。
脂がたっぷりの豚肉料理を2品平らげても、お腹にはそれほどこたえることなく、満足して店の外へ。花巻駅へ向けてペダルをこぐ道中、「フランドン農学校の豚」の物語を頭の中で反芻していたら、豚が自身の重さを白金に換算するといくらになるか、懸命に計算している場面が思い出された。
「白金が一匁三十円だから、自分のからだは二十貫で実に六十万円だ。六十万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士なのだ」(一部略)。当時の60万円を現在の貨幣価値に換算すると、なんと1億2000万円ほどで、水や穀物から優れた食肉を作り出す触媒の評価として、妥当なのかどうなのか。
それを摂取する人間だって、触媒として世に何かをもたらし、自身も白金的な価値となるべきなんだろう。それが物語の根本にある人間の業を浄化できる、ひとつの方法かもしれない…。と、宮沢賢治の作品に傾倒した食べ歩きだったせいか、いつになく食の根本などに思いを巡らして考え込んでしまった、花巻のローカル豚肉紀行の締めくくりであった。(2009年9月9日食記)
【参照サイト】
高源製麦 http://www.meat.co.jp/
レストランポパイ http://popeye.meat.co.jp/
フランドン農学校の豚(インターネット図書館青空文庫)http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4601_11978.html