ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん4…白金豚/岩手県花巻市 『レストラン ポパイ』

2009年11月23日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【白金豚】
 ■系統・掛け合わせ…三元交雑種 (ランドレース×大ヨークシャー)×バークシャー
 ■肉質・等級など…自社規格による
 ■年間出荷頭数…4500頭
 ■生産出荷元…高源製麦株式会社

 宮沢賢治の代表作「風の又三郎」が表題作となっている作品集の中に、「フランドン農学校の豚」という短編が収録されている。農学校で飼われている、人間並みの知能を持ち会話ができる豚が、食肉に処理される際の人間との顛末を綴っており、命あるものを摂取して自らの命をつむぐ、人間の当然かつ業としての部分が、淡々ととらえられている。
 所詮、人間は食肉としか豚を認識していない中、作品の冒頭で学生が豚の役割を、「白金」に例えたのが印象的だ。「水や藁を食べ、それを上等な脂肪や肉とする。豚は生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ」(一部略)。穀類や水を与え、質のいい脂や高たんぱくの赤身肉を生み出す。この学生のつぶやきは、豚肉の生産の本質的な部分を、暗喩的にとらえているように思える。

 賢治ゆかりの地である花巻では、このように当地の気候風土に育まれて生産された豚肉が、近頃評判だ。銘柄名も作品の一節が由来となった「白金豚」(はっきんとん)で、別名プラチナポークとも呼ばれている。花巻の飼料会社である高源製麦が、生産から出荷まで一貫して扱っており、柔らかな肉質と甘みのある脂が、一般の豚肉を凌ぐと評価が高い。物語をもって言うなれば、「花巻の大地の恵みが白金を介して食肉と成った豚肉」といった具合だろうか。
  この白金豚、一部のネット販売を除いて原則的に小売では扱っておらず、レストランでの取扱専用ミートという位置づけになっている。プロの料理人による調理で味わって欲しい、ということからで、評判の高いミートレストランの料理人からも、銘柄指定での取引が増加中。首都圏でも扱っている飲食店が、いくつかあるという。けれど、物語ゆかりの地でもあり、白金豚の生まれ育った地である花巻が、どのような土地なのかも興味深いところだ。

花巻駅の構内にある、白金豚の看板。まるで出迎えてくれているかのようだ

 高源製麦のホームページの、白金豚を味わえる店の紹介欄には、花巻で3軒ほどの食事処が挙がっていた。なので、新幹線と東北本線の普通列車を乗り継いで、目指すは一路、花巻。9時過ぎに花巻駅に降り立ったら、レンタサイクルを利用して、まずは賢治ゆかりの見どころを巡りながら、白金豚の故郷の風土を体感してみることにした。
 イギリスのドーバー海峡の崖に似ていることから名づけられた、北上川岸のイギリス海岸から、「銀河鉄道の夜」をモチーフとしたオブジェが点在する土手の上を走り、高台の小さな森の中にある賢治詩碑へ。入口に掲示された「下ノ畑ニ居リマス」と書かれた黒板に誘われ、碑のある園地から周囲を見下ろしてみる。
 下の畑ならぬ田んぼには稲穂が実り、北上川の土手まで黄金色のじゅうたん敷き詰められている。碧く抜けた秋の空の果てには、山々の稜線が左右に渡る様子が、はるか先まで遠望できた。何十年の間ほとんど変わっていないような、この賢治の作品の原風景のどこかに、あのフランドン農学校の物語の舞台があったのかも知れない。

  

左からイギリス海岸、賢治詩碑のところにある「下ノ畑ニ居リマス」の黒板。
賢治詩碑の園地からは、岩手の原風景らしい田園風景が

 2時間ほどペダルを漕いだところで、白金豚を味わうお待ちかねのランチタイム。「風の又三郎」の碑が立つ、ぎんどろ公園を出てすぐのところに、『レストランポパイ』の三角屋根の建物が見えてきた。店名にちなんでか、看板に描かれたほうれん草のイラストがかわいらしい。さらに店内にはポパイにオリーブ、ブルートたちのぬいぐるみにフィギュアにポスター、ほうれん草の缶のオブジェなどがあちこちに。賢治の世界からいきなり、アメコミワールドに誘い込まれたような気分だ。
 アーリーアメリカンテイストの店内だが、オープンは意外と古い。この店、実は白金豚の生産出荷元である高源精麦が、昭和53年から営業している直営店でもあるのだ。当時から、自社農場で生産された食肉を扱った料理を提供しており、現在では白金豚を使った料理をはじめ、米や野菜、調味料にいたるまで、岩手県産の食材にこだわっているという。

  

レストランポパイ。店内のあちこちにポパイゆかりの品があふれている

 宮沢賢治の作品でレストラン、とくれば、お客があれこれ注文を出された挙句に食べられそうになる「注文の多い料理店」を思い出すが、オーダーをとりにきたお姉さんは物静かな印象で、色々と注文を出すことはもちろんなく、そっとメニューを差し出してくれた。
 飲食店専用の銘柄豚肉ということで、少々値が張る凝った料理だろうか、と思っていたところ、品書きにはポークソテーにベーコンステーキ、ポークジンジャーなど、定番洋食がズラリ並んでいる。ライスやスープがついて1000円前後と、値段も手ごろだ。
 普段使いの気軽さに気をよくして、白金豚のベーコンステーキと、白金豚の石垣塩焼きの2品を頼んでみることにした。お姉さんに、白金豚のうまさはどんなところにあるのか聞いてみたら、「厚い脂が甘いのが、特徴です」。特にベーコンはバラ肉を使っているため、脂がしっかりと厚く、脂の味を楽しむならおすすめの品とのこと。

 ビールと一緒に運ばれてきた白金豚のベーコンは、5ミリぐらいと確かに分厚い。ステーキと称するだけのボリュームで、トーストにのせるカリカリのとは、迫力が違う。内側に向かって赤身→脂→赤身が、各1センチぐらいずつボーダー模様を描き、半透明に澄んでしっとり染み出す脂が、肉食好きにとって垂涎ものの誘いをかけている。
 さっそくナイフを入れ、赤身と脂をいっしょにひとかけら食べてみると、赤身がまず口の中でハラリとほぐれ、ザクザクかみしめれば燻製肉ならではの、パンチが効いた香味が立ち上がる。脂は厚みほどには、口の中で存在を強く感じないが、赤身の部分とまとわり、ひたひたと甘みとコクが、赤身をかみしめるほどに浮き上がってくる。
 突出した甘味やトロリとした食感といった、押しがさほど強くないが、かえってそこに脂の質の良さが感じられる。ベーコン全体の味の下地として、地道に存在を示している風で、赤身と脂を一緒に味わって、その絶妙なマリアージュを楽しむ豚肉なのかも知れない。
 脂のみの味わいも確認してみようと、厚みがあるところをひときれ、口に運ぶと、クニッとした食感から次第にゆるやかに溶け、純度の高い高貴な甘みがしみじみと広がっていく。

 

しっかり厚くたっぷりの脂がついた、白金豚のベーコンステーキ。ボリュームの割にはどんどん食べられる

 白金豚は、母方がランドレースと大ヨークシャーの掛け合わせ、父方がバークシャーという三元交雑種で、肉の柔らかさは母方の大ヨークシャー、脂のうまみは父方のバークシャーの特性が引き出されている。脂ののりがきつすぎず、弱すぎず適度なのは、肥育の期間によるところが大きい。
 通常、豚の肥育には5~6ヶ月ほどかけるのだが、白金豚の場合は200日と、一般的な期間よりも長くかけている。じっくりと、そしてていねいに肥育するおかげで、脂ののりが程よい按配に仕上がるのである。

 ベーコンステーキで白金豚の脂の真髄を堪能したところで、もう一品の石垣塩焼きの皿が運ばれてきた。たっぷりの野菜とともに、薄切りの肉が数枚並んでおり、見た目は豚のしょうが焼き定食風でもある。肉はナイフを入れると軽く切れ、口の中でもサクサクと、自然にかみ切れるほど柔らかい。
 肉自体の味は淡めだが相応のコクがあり、石垣の天然塩によって程良く旨みが引き出された感じ。素材本来の持ち味が素直に出ていて、シンプルだから飽きのこない味わいだ。焼いた肉のくぼみにたっぷりたまった脂もまた、絶品。ベーコンと同様、脂っこさも甘味もほどほどで、こちらも肉にからめていただくと、味のバランスがよりよくなる。

 

町の食堂のしょうが焼き定食風の、白金豚の石垣塩焼き

 白金豚のうまさは前述の遺伝や肥育期間のほか、肉の味を左右する水と飼料に対するこだわりも、大きく影響している。水は花巻の東方に連なる、奥羽山脈を水源とする湧水を用い、これを釜石鉱山の磁鉄鉱と石灰石でろ過。白金豚の柔らかな肉質は、この水に含有するミネラルのおかげでもある。
 そして飼料は、古くから自社で生産・販売を手がけていることもあり、自家で指定の配合飼料を使用。麦を中心としているため、肉の味わいがまろやかになるという。こうした優れた水と飼料が、同様に優れた「触媒」を介されて、白金に値する味の豚肉が生まれる、ということなのだろう。

 脂がたっぷりの豚肉料理を2品平らげても、お腹にはそれほどこたえることなく、満足して店の外へ。花巻駅へ向けてペダルをこぐ道中、「フランドン農学校の豚」の物語を頭の中で反芻していたら、豚が自身の重さを白金に換算するといくらになるか、懸命に計算している場面が思い出された。
 「白金が一匁三十円だから、自分のからだは二十貫で実に六十万円だ。六十万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士なのだ」(一部略)。当時の60万円を現在の貨幣価値に換算すると、なんと1億2000万円ほどで、水や穀物から優れた食肉を作り出す触媒の評価として、妥当なのかどうなのか。

 それを摂取する人間だって、触媒として世に何かをもたらし、自身も白金的な価値となるべきなんだろう。それが物語の根本にある人間の業を浄化できる、ひとつの方法かもしれない…。と、宮沢賢治の作品に傾倒した食べ歩きだったせいか、いつになく食の根本などに思いを巡らして考え込んでしまった、花巻のローカル豚肉紀行の締めくくりであった。(2009年9月9日食記)

【参照サイト】
高源製麦 
http://www.meat.co.jp/
レストランポパイ http://popeye.meat.co.jp/
フランドン農学校の豚(インターネット図書館青空文庫)http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4601_11978.html


ローカルミートでスタミナごはん3…前沢牛/岩手県奥州市 『肉料理おがた』

2009年11月14日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【前沢牛】
 ■系統・掛け合わせ…黒毛和種
 ■肉質・等級など…A4~5・B4~5/BMS平均7~9
 ■生産出荷元…JAいわてふるさと

 平泉駅を後にした東北本線の列車の車窓には、稲刈りを控えた雄大な田園風景が広がっている。稲の葉の濃い緑と鮮やかな黄緑、垂れた稲穂の黄金色が織り成す、緑系統のグラデーションは圧倒的な鮮やかさ。加えて山の深緑の奥深さと空の蒼さ、その上にもくもくと盛り上がる白い雲。松任谷由美の歌ではないが、岩手の内陸の風景は、どこかロシアや北欧をイメージさせるものがある。
 この冷涼でクリーンな空気こそが、前沢牛の肥育に向いた環境なのだろう。北上盆地に位置する前沢は、中央部を北上川が流れ、北上高地と奥羽山脈を望む、清涼な水と内陸性の穏やかな気候に恵まれている。その肥沃な土地では、前沢米に代表される良質な穀類が栽培される。暑さに弱く寒さに強い牛の生育に、もってこいの環境。鮮やかな霜降り肉の形成の基となる、稲藁や穀類の飼料。このように、当地は名だたる高級和牛である前沢牛の故郷として、申し分ない条件が整っている。

  
前沢ギュー太君は幟にも登場。菜旬館は前沢駅からも近い直売所で、前沢牛肉を買うこともできる

 前沢ギュー太君なる、ゆるキャラのイラストが手を振って歓迎してくれている、前沢駅の案内マップによると、駅の西側に前沢牛肉の販売店や食事処が、いくつかあるらしい。まずは歩いて2、3分のところにある、JAの直販所「菜旬館」を覗いてみることに。
 店頭にはいわて前沢牛の幟がはためき、産直品が並ぶ店内の奥の左手の一角に、前沢牛の販売コーナーが設けられていた。冷蔵ケースには見事な霜降りの肉が並んでおり、特選カルビが100グラム1500円、焼肉用が100グラム850円と、さすがにいいお値段だ。切り落としやすじ肉といったお得商品も並び、地元の買い物客の姿もちらほら見られる。

 直販所を運営しているJA岩手ふるさとは、前沢牛の集荷・出荷団体でもある。前沢牛は、松阪牛や神戸ビーフなどと並ぶ「5大ブランド牛」に挙げられるが、それらの中では後発の銘柄にあたる。それが近年評価されてきたのは、JAをはじめとする町と生産者による努力のおかげといえる。前沢牛のルーツをたどると、農業の機械化で余剰となった荷役牛。これをもとに肉用種の繁殖を目指したが、初出荷した昭和44年当初は、まだ評価が低かったという。
 それが兵庫と島根の牛を種牛・繁殖牛とした頃から、肉質が向上し始める。加えて出荷した牛の枝肉情報を還元するなど、農協や生産者間で密な情報交換や、独自の改良が行われていった結果、昭和53年の東京食肉市場への出荷で、枝肉販売価格が当時の日本一を記録。これを機に、前沢牛の銘柄が全国に知られるようになった。前沢牛のブランドの確立は、地域がひとつになっての品質向上の努力がなされていった結果だろう。

 
まるで豪族の館のようなたたずまいの肉料理おがた。販売所も併設している

 前沢米や地場産の野菜を眺めながら、店内をぶらついていると、時計がようやく11時を指した。街道を挟んですぐ向かいにある、『肉料理おがた』の開店時間である。自社の牧場である、小形牧場直営の肉を販売する「前沢牛オガタ」の食事処で、郊外型レストランのような大型の店舗が目をひく。客席もボックスシートのテーブルの中央に鉄板が据えられた、大型焼肉店のスタイル。通された席の窓の外には、店頭に立っている前沢牛の像が眺められ、牛君の像を拝みながら本場・前沢牛をいただくことに。
 ランチメニューを開いてみると、ヒレ、サーロイン、それぞれをハーフにしたミックス、リブロースなど、各部位が揃った前沢牛のステーキが目に飛び込んでくる。ほか「霜降り肉」と記してある焼肉定食に、前沢牛のハンバーグもうまそうだ。様々な部位の肉を味見してみたいと思ったら、その名もズバリ「前沢牛焼肉味くらべ膳」を発見。前沢牛の上霜降り焼肉、霜降り焼肉、赤身焼肉がそれぞれ50グラムずつ、ミニユッケもついて3500円とは、ランチならではのお得メニューである。

 運ばれてきた肉の見た目は三種三様で、赤身肉は鮮やかな紅色で、目の粗い網状に脂が入っている。霜降りは脂がマーブル模様のように細かく、表面がごわごわした感じ。そして上霜降りは霜降りが細かすぎて、模様というより赤身の部分となじみ、全体がピンク色をしている。まるで人肌っぽい艶かしさだ。
 店の人に焼き加減を聞くと、「特に決まりごとはないので、お好みでどうぞ」とのことで、まずは網の上にそれぞれひと切れずつ並べていざ、焼きはじめである。すると上霜降りがすぐに炎をあげて燃え出してしまい、あわてて3つ全部を網から撤収。縁の部分がほの赤く焼き上がったぐらいの赤身からいただくと、焼きが足りないのか味が軽い感じがする。ほのかに牛の香りがするが、品が良すぎてやや物足りないか。
 霜降りは表面にジクジク肉汁が泡立っており、焦げもなくちょうどいい焼き加減のよう。赤身の部分はやはり淡く感じるが、脂がトロトロと染み出し、際立った甘みが牛焼肉の醍醐味だ。一方、上霜降りは見た目がカリッと焼けすぎてしまったが、口に入れるとフルフルの舌触り。ほとんどが脂のようで、口の中でとろけて蜜のような多重な甘みが広がってくる。

    
左から赤身、霜降り、上霜降り。霜降りの入り方が、密になっていくのが分かる

 「味の芸術品」ともいわれるこの霜降りこそが、前沢牛の大きな売りだろう。緻密に入っている割にはくどさがなく、風味豊かに口の中でとろけるため、焼肉やステーキのほか、牛刺やにぎりなど生食での評価も高いとされる。全国肉用牛枝肉共同励会では、これまでに名誉賞(グランプリ)を6度、最優秀賞(準グランプリ)を5年度延べ6回獲得。銘柄の基準である肉質等級4以上が、年度により生産量の7割を超えることもあるそうで、地元では「肉質日本一」と堂々と称しているのも、伊達ではないようだ。
 三種の部位それぞれのベストな焼き加減が違うので、二順目からはマイペースで1枚ずつていねいに焼きながら、優雅にひとり焼肉を満喫しよう。赤身は片面が軽く焼けたらひっくり返し、もう片方の表面に赤い肉汁が浮かぶぐらいが食べ頃のよう。クイッと歯ごたえが出て、少ない脂が落ちた分わずかな肉汁が瑞々しく、純粋に赤身の旨さが楽しめる。
 一順目の焼き加減がベストだった霜降りは、表と裏がざっと色が変わったぐらいでいただく。シコシコと弾力があり、かむと脂の味がジトッ。赤身と脂のバランスが、実にいい肉だ。そして上霜降りは炎に軽くかざしたぐらい、まだピンク色のレアで。すると蜜のような脂がサラサラととけて激甘、舌にしっかりと残るほど印象的である。

 
霜降りは炎がボッと上がるほどの脂ののり具合。甘みがあるが、赤身の部分も味がいい

 それぞれの焼き加減を会得したので、残りひと切れずつを同様にもう一巡いただき、赤身、肉汁、脂それぞれの実力を食べ比べて実感。満足して食事処を後に、隣接の売店にも立ち寄ってみる。ランチメニューで気になった、前沢牛ハンバーグを見かけ、買い求めると「脂が多いので油をひかずに表裏を焼いたら、ふたをして中火で仕上げるといい、水は使わなくても大丈夫」と、店のおばちゃんが焼き方を細かくレクチャーしてくれた。素材の肉はもちろん、前沢牛のミンチのみ、と、自信満々で勧めてくれる。
 一緒に焼肉用の肉も買っていこうか、と冷蔵ケースを眺めていると、品札に前沢牛とは別に、「牛匠小形牧場肉」という銘柄があった。ロースにカルビなど、部位によってはどちらの銘柄もあり、値段もいく分違う。見た目では違いが分からず、おばちゃんに聞いてみたところ、「どちらも同じ牧場で肥育した同じ肉。だけど、銘柄だけが違う」との答え。同じ牧場の同じ肉なのに違う銘柄とは、ますますよく分からない。

 前沢牛の銘柄の基準は、「奥州市前沢区に住所のある生産者が、前沢区内で肥育生産した牛であること」とある。出生からと畜までが、前沢区が最長とも定められ、一般的には繁殖農家で10ヶ月、前沢の肥育農家で22ヶ月育成された後に、JA岩手ふるさとを経由して集荷・出荷される。
 そして基準の中で加えて重要なのが、この「JA岩手ふるさとを経由して集荷、出荷されたもの」という点。前沢牛という銘柄は、JA岩手ふるさとにより商標登録されており、前述の肥育生産についての基準を満たしても、JAによって取り扱われないものは、「前沢牛」とは名乗れないのである。
 小形牧場銘柄の牛肉も、前沢にある直営牧場で肥育生産されており、800頭の黒毛和牛を一頭ずつ担当者を決め、独自の配合飼料を与えるなどして飼育環境や方法に気を配り、2年間かけて丹念に育て上げている。このように、肥育生産や肉質に関しては前沢牛の基準を満たしているのだが、出荷・流通はJAを通さずに、直販など独自の経路で行っている。そのためまったく同じ肉だが「前沢牛」ではなく、自社ブランドの登録商標「牛匠小形牧場肉」として、取り扱っているのである。

 
冷蔵ケースの「小形牧場肉」。前沢牛と肉質は同じ

 「『前沢牛』の方が値段が高いから、同じ予算なら小形牧場産のほうがいい肉が買える」と笑いながら話すおばちゃん。地元の人はよく知っているので、家庭で焼肉やすき焼きをいただく際には、小形牧場産の肉を買っていくという。逆に贈答品にする場合は、全国に知られた高級銘柄・前沢牛の方にするなど、用途によって使い分けているのだとか。
 家族へのおみやげに、焼肉用の肉を買いたいのだが、高級銘柄・前沢牛を買っていってびっくりさせるか、同じ予算で小形牧場の肉をたっぷり買って満腹になってもらうか、これは悩ましいところ?(2009年9月10日食記)

【参照サイト】
日本の名牛いわて前沢牛の町(前沢商工会) 
http://www.shokokai.com/maesawa/
岩手前沢牛協会 http://www.maesawagyu.net/
前沢牛オガタ http://www.maesawagyuogata.co.jp/bokuzyo.html


ローカルミートでスタミナごはん2…TOKYO-X/東京都福生市 『シュトゥーベン・オータマ』

2009年11月07日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【TOKYO-X】
 ■系統・掛け合わせ…北京黒豚・バークシャー・デュロック
 ■肉質・等級など…自主規格によりランク1・2のものを、TOKYO Xとして販売
 ■年間出荷頭数…7000頭(平成18年度)
 ■生産出荷元…TOKYO X生産組合(生産)TOKYO X Association(流通販売)

 日本の首都であり、政治経済の中心でもある東京。巨大な消費都市であるだけに、日本中はもちろん、世界中からうまいものが集まってくるという土地柄でも、地産地消のローカル食材がちゃんとあった。
 東京は古くから、南多摩地区を中心に、畜産が盛んである。その東京の名を冠した銘柄肉が、TOKYO-X。近年増加している外国産豚肉との差別化、加えて東京御当地の特産肉の開発を目指して、東京都畜産試験場により平成9年に開発された、東京生まれのブランド豚肉である。
 Xという字面と響きがミステリアス、かつ都会派のスタイリッシュなイメージを醸し出すが、名の由来はいたって真面目。良質な品種を「かけ(×)合わせる」に加え、品質のさらなる進化や、都市型養豚モデルの模索など、無限の可能性を込めたX、なのである。

 「かけ合わせる」の基本となる品種は、豚の原種に近いとされる北京黒豚と、鹿児島の黒豚で知られるバークシャー種、生産性の高いデュロック種。TOKYO-Xはこの3種を交配、品種改良を重ね、味のいい豚肉を開発すべく、平成2年より5世代・7年がかりで育種改良を進めていった。最終的に遺伝的に固定を行い、新たな系統豚として平成9年7月17日に日本種豚登録協会に登録。これは、日本に250あまりある銘柄豚の中で、交雑種では唯一のこととなっている。
 筋繊維が細かく肉質が滑らかなバークシャー、脂肪にうまみのあり肉の色がいい北京黒豚、霜降りに特徴があり生産性の高いデュロック。TOKYO-Xには、それら元となった3種の長所が、うまく継承されている。ほんのり桜色の肉はしっとりした食味で、細かく入った霜降りの上品な甘みと、滋味あふれる肉汁が、味の大きな特徴である。

 そんなTOKYO-Xだが、生産者数が限られており、大量生産できないのが現状だ。生産は、東京都農林水産振興財団が飼育の「維持豚」から生まれた子豚を配布される、生産組合加盟の農家に限られており、組合員数は青梅市など東京都西部地区を中心に、都外も合わせて24件ほどしかない。なので生産数は年間7000~8000頭あまりと、近年はやや増産されてきたとはいえ、まだまだ希少な品らしい。
 そのため販売や流通は、精肉店やデパート、スーパーといった流通販売店で組織された、TOKYO X Associationの指定販売店に限られている。指定販売店といっても、TOKYO-Xの入荷量や入荷頻度はわずかであり、入荷後即完売も珍しくないとか。まさに、幻のローカルミートといえるだろう。

 

福生駅からすぐのところにあるシュトゥーベン・オータマ。ちょっとしたホールのような店内は、広々として落ち着ける

 希少なTOKYO-Xを味わってみようと、足をのばしてやってきたのは、東京都西部の福生市。JR青梅線の福生駅から歩いてすぐのところにある、『シュトゥーベン・オータマ』は、ドイツ式製法による畜産加工品を生産する、大多摩ハム直営のレストランである。特にTOKYO-Xを素材とした、限定生産のロースハムにベーコン、ソーセージには定評があり、いずれも東京都認定の地域特産品にも指定されている。
 レストランは工場の敷地に隣接した、ドイツ風洋館の2階で、オレンジ色の壁に三角屋根が目をひく。フロアは天井が高く広々したホールにテーブルが並び、屋外にはテラス席も。コンサートもできるというのも納得の、開放感あふれる雰囲気である。
 ランチタイムメニューの中から、頼んだのはその名もズバリ、「TOKYO-Xランチ」。TOKYO-Xを素材とした加工品や料理を、ワンプレートにまとめたランチで、ロースハムにボンレスハム、ベーコン、ヤークトヴルスト、あらびきウインナーに絹びきウインナー、フィレ肉カツレツと、希少なTOKYO-Xそろい踏みの、贅沢な一品である。

 

品数豊富なTOKYO-Xランチ。メニューにはプレート上の品名がずらりと書かれている

 先に玉子のスープと野菜サラダが運ばれ、後にプレートが1枚運ばれてきた。パッと見はカツとウインナーとハムの3種盛りだが、カツの下にベーコンとヤークトブルストが隠れており、一覧してみるとかなりバリエーションに富んでいる印象だ。
 まずは、ウインナー2種の食べ比べからいくことに。粗挽きの方にナイフを入れると、粗挽きなのに断面はサラリ、それが口に運ぶとザクッ、ブツッとかみごたえがある。肉汁は少なく香りも控えめだが、中にぶつぶつした肉粒がいっぱい含まれていて、これがはじけるとウィンナーの旨さがとびだす感じ。まるで旨みのカプセルのようだ。
 一方、絹挽きのほうは小ぶりで、肉のきめが細かく歯ごたえがサクサク、舌触りもよりサラリとしている。こちらのほうが味にコクがあり、いつも食べているウインナーの味わいに近い。粗挽きは歯ごたえとインパクト、絹挽きは味と香りと上品さを楽しむといった対比が楽しめる。

 肉汁が控えめのウインナーからいったので、次は脂たっぷりのベーコンだ。幅の半分を占めるほど脂が厚いが、口に入れると染み出してこず、食感がほっくりしている。それが舌で転がしているうちに、脂がツルツルとほとび出てくる感じ。これがTOKYO-X自慢の脂のうまさらしく、控え目でさりげないのがいい。赤身は焦げ目の端の部分がうまく、サラミのように旨みが絞りきれている。
 このベーコンはもちろん大多摩ハムならではの、ドイツの伝統的な製法で作られている。材料のバラ肉を1週間漬け込み液につけて熟成。さらに2昼夜、山桜のおがくずを燃やす直火燻製で、時間をかけてスモークされる。仕上げに加熱をしないため、時間もかかり手間暇もかかるが、TOKYO-Xの良質の脂に山桜の燻製香がつき、絶妙な風味に仕上がっている。
 そしてベーコンの後ろには、一見ミートローフのようなやや厚めのがひと切れ。ヤークトヴルストとは、肉塊入りソーセージのことで、「ヤークト」は狩り、「ブルスト」はソーセージの意。ドイツでは狩猟者が、ケーシングに入れて持ち歩く携帯食としていたという。焼いてありジューシーだが脂分が少なく、鋭角的な肉のうまみがベーコンの脂のうまみと対照的である。

 

ウィンナーは上が荒挽き、下が絹挽き。ハムは上がボンレスハム、下がロースハム

 ハムもソーセージと同様、ロースハムとボンレスハムの2種類の食べ比べだ。ロースハムは縁に分厚い脂がたっぷりつき、口にするとヌルリととろけるほど。脂の主張がかなり強く、まるで豚の脂身を食べている感じだが、体温で自然にとろけ、ほのかな甘さに良質さを感じる。力強いコクがあり、体に素直にしみるエネルギー源といった感じか。
 ここのハムは素材である肉以外の異種タンパク質を加えず、添加物を少なくした「低添加」で製造しているのが特徴だ。加えてタンパク質がうまみに自然に分解する、ドイツ式製法の「自然熟成法」をとり入れており、弾力があり、自然に繊維がほぐれていく。霜降りが細かく入ったボンレスハムは、確かに腰があり、赤身のうまみがクキッと立ち上がっている。燻製の香りがつよく、ハムらしい味わいだ。
 最後はワンプレートの中のメインディッシュ、フィレ肉カツレツにナイフを入れる。フォークで断面を見ると、繊維が一本一本分かるほど。脂はほぼなく、繊維の詰んだしっかりしたかみごたえが心地よい。歯をかけると繊維が自然にほぐれ、豚肉の旨みがばらけ出していく感じ。豚独特の香りがほのかなアクセントとなっていて、雑味のない完成されたカツといった感じである。

1階の売店では、TOKYO-Xのハムやウインナー、ベーコンといった加工品を販売。宅配も受け付けている

  「何といっても脂の甘さが、TOKYO-Xの自慢です」とは、レストランのマネージャーの菊池さん。筋肉内脂肪(IMF)が5%と高い上、脂肪の融点が30度程度と低く、口の中に入れたとたんに脂がとろける味わいは、他の豚肉に比類なき旨みだろう。大多摩ハム自慢のベーコンやハムもいいが、菊池さんのおすすめはフィレカツ。しっかり霜降りが入っているから、温かい料理だと脂のうまさを、より感じられるという。
 TOKYO-XのXは、「掛け合わせ」のXに無限のX、それに加えて奥行きがありまだまだ「未知」なる旨さのX、の意も、込めておきたいところか? (2009年7月27日食記)

【参照サイト】
(財)東京都農林水産振興財団 
http://www.tokyo-aff.or.jp/syutiku/01tokyox.html
大多摩ハム http://www.otama.co.jp/tokyo-x/tokyo-x.htm
ミートコンパニオン http://www.meat-c.co.jp/tokyox/index.html
東京X生産組合 http://tokyox.net/